4 / 31
第1章 猫にまたたび
4
しおりを挟む
久しぶりに酔ったかも。
紗也と理都が一緒だと緊張せずにいられる。隣の逸登君が何気なく話をふってくれて、浮かずに済んでいるのも大きい。
合コンを楽しんでいる状況が初めてで、自然と飲食が進んでいた。
「ちょ、ほんとすごい! 二人も見せてもらえばー?」
その手のお店でもあるまいし、お触り放題なのもいかがなもの?
と、思いつつも、自由奔放な理都を止める気はとっくに失せている。
「健次で見慣れてるって」
さすがに紗也も呆れている。
しかし、理都はお構いなしだ。両手に花状態にご満悦で、花のシャツを軽く捲り直に触れ出した。
自然な手付きとスピード感はさすがとしか言いようがない。
「詩乃ちゃんも触ってみる?」
ときどきムラ君の視線が絡みつく。弓なりに細められた目の奥が底深い。爽やかな顔つきなんだけど、大きな黒目がやけに鋭くて、どことなく粘着質。
抱いた苦手意識のせいか、迂闊に目を合わせてはいけないような気がして落ち着かない。
「ぇ、あ、私は大丈夫」
誤魔化すためにグラスに口をつけた。ちびちびと飲んでいる梅酒のロックも3杯目が終わろうとしている。私にとっては、明らかに飲みすぎの量だ。
「詩乃さぁ、ノリ悪いのマジつまんないって」
ノリが悪い。澄ましている。何を考えているか分からない。冷たい。感じ悪い――
子どもの頃から散々陰口をたたかれてきた。
今や面と向かって投げてくるのは理都か、別れ話をする男ぐらい。
「そんなつもりじゃ」
言い訳も反論も無意味だと知っている。
別れ話すらしない男だっているんだから。フェードアウトした男の顔がチラついて、言われ慣れた言葉に苛立ちを覚えた。
これもお酒のせいだと思いたい。
グラスの底に薄く残った梅酒に恨みがましい目を向ける。
「興味ないふりもいいけど、感じ悪い」
理都も酔いが回ったのか、やけに突っかかってくる。
せっかく「仕方ない」でやり過ごしてるのに、責め立てられるのは不愉快。
「興味あるよ?」
意思を持って微笑を向けると、理都がぐっと喉を鳴らした。巧く笑えず、冷笑になっているのは分かっている。
情けなくも、これが際一杯の応戦。
以上、これまで。
険悪な雰囲気にしたいわけじゃないし、子ども染みた張り合いも馬鹿らしい。下手なほほ笑みは真顔に戻した。
「なんだ遠慮しなくていいのに」
にっこりするムラ君は、私の汚さに気付いていない。
ありがたいけれど、だからと言ってムラ君に手を伸ばす気にはなれない。
「そぉ? それじゃ、せっかくだし誰かのじゃなければ」
視線を先行させて、ゆっくり首を回した。
逸登君に向けた営業スマイルは、理都に見せた冷笑より幾分マシなはず。
「詩乃さん、その心配してたんだ」
逸登君が切れ長の目を細めると穏やかさが増す。どうぞと、袖を伸ばし二の腕を差し出してくれた。
いやらしさのない視線に安堵して、遠い方の手をゆっくりと持ち上げると、
「どれ、中井氏。詩乃様がお楽しみぞ。服の上からってこともなかろう」
紗也が無遠慮に逸登君の臍あたりを鷲掴んだ。
冗談を言っているのに、妙に目が座っている。
心ここに有らずのまま笑っているような妙な顔付きは紗也らしくない。
「ちょっと、紗也」
「サヤ、どしたのー?」
理都でさえ首を傾げると、紗也は飲み過ぎたと、通りかかった店員を捕まえてお冷をオーダーした。
「でも折角なら腹筋見たいー」
「だよね」
理都の煽りに紗也がニヤリとして両手をワキワキさせた。
「健次のねーちゃん痴女だ」
くまちゃんがケタケタと笑いだすと、紗也が「よいではないか」と時代劇風の三文芝居を始めた。
「そこは『あ~れ~』って回るとこでしょ!」
「え。それを俺に求める?」
一通りお代官様ごっこに興じた紗也は、届いた水を流し込んだ。
理都とは違うノリの良さは私を救う。
紗也と一緒に居ると、いつだって自然に微笑む自分に気付かされる。
「まさか女の子にひん剥かれることになるとは」
「待て待てぃ」
もぞもぞと乱れた衣服を整えだす逸登を阻む紗也に迷いはない。
「ちょ。まだやる?」
「違うって! ほら詩乃、しっかり拝ませて頂きなさ~い」
「今の件要った? ここまで長くない?」
「ほらぁ、詩乃様がお待ちかねぞ」
「ぇ? あー、ごめん」
逸登君が薄っすらと微笑んだのは了承の兆し。
捲りなさいと人差し指を軽く曲げて見せると、逸登君は後ろ手で体重を支え、控え目に腹筋をさらけ出した。
すごっ。
綺麗というのが正しいに違いない。
広告やメディアで見かけるような、魅せるために作られたボディビルディングとは違う。素人目にも、肉体のポテンシャルを余す事無く使うために鍛えれているのが分かる。
「触っていい?」
「どうぞ。詩乃様専用です」
梅酒の残りを一気に口に含み、グラスの底の角を立てて逸登君の鳩尾を撫でるように這わせた。
「冷たっ」
グラスが纏う汗が大粒の雫となって、割れた腹筋の縦筋を流れて臍に溜まる。
片目を瞑って冷たさに耐える表情が愉しくて、わざとゆっくりグラスを動かす。
「生でシックスパック見るの初めてかも」
緩む頬を自由にさせて、逸登君の恨めし気な視線を真正面に受け止めた。
挑戦的に視線を絡めたまま、グラスの底でブロックをなぞらえる。
「本当、いいカラダ」
逸登君の喉仏が大きく上下した。瞬間的に力が籠められると臍のダムが決壊し、一直線に脇腹を光らせる。
色っぽいなぁ。
ひとさし指の背を宛がって掬い取り、臍の窪みにグラスを乗せて蓋にした。手から離れたグラスが、逸登君の引き締まったお腹をまた濡らす。
水滴の感触に反射で収縮する筋肉が固さを増した。
「詩乃さん、危ないって」
「空にしたから大丈夫」
一筋指を沿わせただけでは名残惜しい。
自分の身体にはない固さと、なにより体温が違う。
指先に残る感触を記憶しつつ、逸登君の濡れた腹部をおしぼりで拭った。
「っ、ストップ! 自分でやる」
「あらそう? ごちそうさまでした」
残念。
本人から咎められたら止めるしかない。
不貞腐れたようにも見える逸登君が乱雑に裾をデニムに差し込んでいる。
もしかしたら、気分よく楽しみすぎちゃった?
謀らずとも、ふふっと忍び笑いが漏れた。
「あれ? みんなどうしたの?」
賑やかしていた周囲が黙っていることに気が付いた。
「え」
「あ」
「いや」
「詩乃って、そういうとこあるよねー」
真顔になった理都が、脱力したようなか細い声をだした。
紗也と理都が一緒だと緊張せずにいられる。隣の逸登君が何気なく話をふってくれて、浮かずに済んでいるのも大きい。
合コンを楽しんでいる状況が初めてで、自然と飲食が進んでいた。
「ちょ、ほんとすごい! 二人も見せてもらえばー?」
その手のお店でもあるまいし、お触り放題なのもいかがなもの?
と、思いつつも、自由奔放な理都を止める気はとっくに失せている。
「健次で見慣れてるって」
さすがに紗也も呆れている。
しかし、理都はお構いなしだ。両手に花状態にご満悦で、花のシャツを軽く捲り直に触れ出した。
自然な手付きとスピード感はさすがとしか言いようがない。
「詩乃ちゃんも触ってみる?」
ときどきムラ君の視線が絡みつく。弓なりに細められた目の奥が底深い。爽やかな顔つきなんだけど、大きな黒目がやけに鋭くて、どことなく粘着質。
抱いた苦手意識のせいか、迂闊に目を合わせてはいけないような気がして落ち着かない。
「ぇ、あ、私は大丈夫」
誤魔化すためにグラスに口をつけた。ちびちびと飲んでいる梅酒のロックも3杯目が終わろうとしている。私にとっては、明らかに飲みすぎの量だ。
「詩乃さぁ、ノリ悪いのマジつまんないって」
ノリが悪い。澄ましている。何を考えているか分からない。冷たい。感じ悪い――
子どもの頃から散々陰口をたたかれてきた。
今や面と向かって投げてくるのは理都か、別れ話をする男ぐらい。
「そんなつもりじゃ」
言い訳も反論も無意味だと知っている。
別れ話すらしない男だっているんだから。フェードアウトした男の顔がチラついて、言われ慣れた言葉に苛立ちを覚えた。
これもお酒のせいだと思いたい。
グラスの底に薄く残った梅酒に恨みがましい目を向ける。
「興味ないふりもいいけど、感じ悪い」
理都も酔いが回ったのか、やけに突っかかってくる。
せっかく「仕方ない」でやり過ごしてるのに、責め立てられるのは不愉快。
「興味あるよ?」
意思を持って微笑を向けると、理都がぐっと喉を鳴らした。巧く笑えず、冷笑になっているのは分かっている。
情けなくも、これが際一杯の応戦。
以上、これまで。
険悪な雰囲気にしたいわけじゃないし、子ども染みた張り合いも馬鹿らしい。下手なほほ笑みは真顔に戻した。
「なんだ遠慮しなくていいのに」
にっこりするムラ君は、私の汚さに気付いていない。
ありがたいけれど、だからと言ってムラ君に手を伸ばす気にはなれない。
「そぉ? それじゃ、せっかくだし誰かのじゃなければ」
視線を先行させて、ゆっくり首を回した。
逸登君に向けた営業スマイルは、理都に見せた冷笑より幾分マシなはず。
「詩乃さん、その心配してたんだ」
逸登君が切れ長の目を細めると穏やかさが増す。どうぞと、袖を伸ばし二の腕を差し出してくれた。
いやらしさのない視線に安堵して、遠い方の手をゆっくりと持ち上げると、
「どれ、中井氏。詩乃様がお楽しみぞ。服の上からってこともなかろう」
紗也が無遠慮に逸登君の臍あたりを鷲掴んだ。
冗談を言っているのに、妙に目が座っている。
心ここに有らずのまま笑っているような妙な顔付きは紗也らしくない。
「ちょっと、紗也」
「サヤ、どしたのー?」
理都でさえ首を傾げると、紗也は飲み過ぎたと、通りかかった店員を捕まえてお冷をオーダーした。
「でも折角なら腹筋見たいー」
「だよね」
理都の煽りに紗也がニヤリとして両手をワキワキさせた。
「健次のねーちゃん痴女だ」
くまちゃんがケタケタと笑いだすと、紗也が「よいではないか」と時代劇風の三文芝居を始めた。
「そこは『あ~れ~』って回るとこでしょ!」
「え。それを俺に求める?」
一通りお代官様ごっこに興じた紗也は、届いた水を流し込んだ。
理都とは違うノリの良さは私を救う。
紗也と一緒に居ると、いつだって自然に微笑む自分に気付かされる。
「まさか女の子にひん剥かれることになるとは」
「待て待てぃ」
もぞもぞと乱れた衣服を整えだす逸登を阻む紗也に迷いはない。
「ちょ。まだやる?」
「違うって! ほら詩乃、しっかり拝ませて頂きなさ~い」
「今の件要った? ここまで長くない?」
「ほらぁ、詩乃様がお待ちかねぞ」
「ぇ? あー、ごめん」
逸登君が薄っすらと微笑んだのは了承の兆し。
捲りなさいと人差し指を軽く曲げて見せると、逸登君は後ろ手で体重を支え、控え目に腹筋をさらけ出した。
すごっ。
綺麗というのが正しいに違いない。
広告やメディアで見かけるような、魅せるために作られたボディビルディングとは違う。素人目にも、肉体のポテンシャルを余す事無く使うために鍛えれているのが分かる。
「触っていい?」
「どうぞ。詩乃様専用です」
梅酒の残りを一気に口に含み、グラスの底の角を立てて逸登君の鳩尾を撫でるように這わせた。
「冷たっ」
グラスが纏う汗が大粒の雫となって、割れた腹筋の縦筋を流れて臍に溜まる。
片目を瞑って冷たさに耐える表情が愉しくて、わざとゆっくりグラスを動かす。
「生でシックスパック見るの初めてかも」
緩む頬を自由にさせて、逸登君の恨めし気な視線を真正面に受け止めた。
挑戦的に視線を絡めたまま、グラスの底でブロックをなぞらえる。
「本当、いいカラダ」
逸登君の喉仏が大きく上下した。瞬間的に力が籠められると臍のダムが決壊し、一直線に脇腹を光らせる。
色っぽいなぁ。
ひとさし指の背を宛がって掬い取り、臍の窪みにグラスを乗せて蓋にした。手から離れたグラスが、逸登君の引き締まったお腹をまた濡らす。
水滴の感触に反射で収縮する筋肉が固さを増した。
「詩乃さん、危ないって」
「空にしたから大丈夫」
一筋指を沿わせただけでは名残惜しい。
自分の身体にはない固さと、なにより体温が違う。
指先に残る感触を記憶しつつ、逸登君の濡れた腹部をおしぼりで拭った。
「っ、ストップ! 自分でやる」
「あらそう? ごちそうさまでした」
残念。
本人から咎められたら止めるしかない。
不貞腐れたようにも見える逸登君が乱雑に裾をデニムに差し込んでいる。
もしかしたら、気分よく楽しみすぎちゃった?
謀らずとも、ふふっと忍び笑いが漏れた。
「あれ? みんなどうしたの?」
賑やかしていた周囲が黙っていることに気が付いた。
「え」
「あ」
「いや」
「詩乃って、そういうとこあるよねー」
真顔になった理都が、脱力したようなか細い声をだした。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
副社長と出張旅行~好きな人にマーキングされた日~【R18】
日下奈緒
恋愛
福住里佳子は、大手企業の副社長の秘書をしている。
いつも紳士の副社長・新田疾風(ハヤテ)の元、好きな気持ちを育てる里佳子だが。
ある日、出張旅行の同行を求められ、ドキドキ。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ヤンデレ男に拐われ孕まセックスされるビッチ女の話
イセヤ レキ
恋愛
※こちらは18禁の作品です※
箸休め作品です。
表題の通り、基本的にストーリーなし、エロしかありません。
全編に渡り淫語だらけです、綺麗なエロをご希望の方はUターンして下さい。
地雷要素多めです、ご注意下さい。
快楽堕ちエンドの為、ハピエンで括ってます。
※性的虐待の匂わせ描写あります。
※清廉潔白な人物は皆無です。
汚喘ぎ/♡喘ぎ/監禁/凌辱/アナル/クンニ/放尿/飲尿/クリピアス/ビッチ/ローター/緊縛/手錠/快楽堕ち
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる