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「リョースケくーん! 迎えに来ましたよー!」
準備を済ませてお茶を飲んでいると、外からエンジン音と共に俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
時刻を見ると十時半を回ったところ、凡そ想定していた時間通りだ。
最低限必要と思う装備と、昼飯などを入れたザックを持って外に出る。
「おお、リョースケ君もタクミ君も結構本格的ッスね」
「ガワだけそれっぽく見えるだけだよ」
「本当は縦走しながら登山とキャンプやりたいなーって揃えてたんだけどよ、体力も無いし涼介も時間が取れなくなって断念したんだ」
「へえー、やっぱお二人さん仲良いッスね」
何でそういう結論になるのか首を傾げつつ、康平の車に乗り込む。
「じゃあ、とりあえず県道ずーっと登ればいいッスかね」
「待ち合わせの方法がアバウト過ぎて分からないけど、まあ空から見つけられるだろ」
人間ではまず不可能な合流方法に苦笑しつつ、車に揺られる。
いつもの壬生さんの店に入る道をスルーし、古くなりつつある鉄橋を越え、そして山越えに入るつづら折りの坂道を登り始める。
この辺りに来ると一気に民家が無くなり、辛うじて街灯のポールが点在しているものの、人気については一切無くなってくる。
たまに自転車で坂道を登り降りしている人を見かける事はあるが、彼らは自転車競技の練習に来ている高校生か大学生だろう。この辺に住んでいる訳ではない。
スマートインターの開通以来、風切村へのもう一本のアクセス方法として確立され、この道を通る車は随分増えたと思う。
ただ、西側地区に用がある人は極端に少ない。
総じて東地区へ向かう者か、若しくは東地区から用事で出る人が通るだけだ。
彼らにとってみれば、二つある山越えの道中の地域という認識しか無いと思う。
この山は、我らが裏山とは高さも広さも比べ物にならない。しかし特に観光名所になる事も無く、また登山に訪れるような場所でも無い為、名前すら知らない山だったりする。
ここ静かに死に行く山となっているのだろうか。
登り始めて中腹に差し掛かった頃、車のすれ違いの為に広く作られたスペースに大きな黒い翼が降り立ったのが見えた。
「康平」
「了解ッス。停めますね」
皆気付いたようで速度を落とし、車を路肩に寄せる。
「ピッタリ待ち合わせられたな。エクセレントってやつだ」
響が歯を見せて笑う。
「ここらに停めて登るのか?」
「いや、この先に道の分岐があるから下りの方に行くんだ。そうすりゃ沢に出る」
確かにほぼ一本道であるこのつづら折りの中で、数少ない支道があったなと思い出す。
響の指示通り車を進め、車一台が通れるかどうかという細い道ながらも、何とか邪魔にならず停めておけそうな場所を見つけて停車する。
そこからはザックを背負い、ストックを手にして歩き始める。
「はは、なんか杖突いて歩ってる所見ると今も昔も変わんねーなって思うな。随分色は眩しくなったけどさ」
前を歩く響が振り向く。
「昔の人もこんな感じだったのか?」
「遠目に見たら同じさ。荷を背負って、枝を杖にして、山越えをする人間達の声真似をして遊んだもんさ」
石だらけの道を軽やかに歩く響を見て、よくそんなんで歩けるよなと昔の時代に思いを馳せ感心する。
さすがに人の入らない道を通るだけあって、邪魔な草木が多いし足場も悪い。
これが冬場なら草も少なくなるし水も乾いているのだろうが、今は夏の真っ盛りで雨季の直後。
水溜まりになっていたり、ぬかんるだ場所や、草が堆積して腐り果てている場所など、通常なら選択する事は無いルートを通っている。
加えて踏み締められていないので土がふかふかだったり、石も転がりやすく足場が崩れやすい。
慎重な足運びにならざるを得ず、先を行く響と天狗ちゃんは呆れた様子で俺達を見ているのだった。
「……響、まだ掛かりそうか?」
「あんたらが遅いせいでまだまだ掛かるよ。あと半分はあるな」
すっかり膨れっ面になった響がそっぽを向いて答える。
「悪い。とりあえずさ、飯にしねえか? 生肉もあるぞ」
「おお! それはナイスだ涼介!」
と振り返り肩に腕を回し引き寄せてくる。余程嬉しいようだ。
「私にはー?」
「天狗ちゃんにも買ってあるよ。甘納豆だ」
「よろしいです」
天狗ちゃんのセンスはお婆ちゃんだ。こういった甘いお茶菓子が好物なのはよく分かっている。
「康平の分もあるからさ、飯にしよう」
「うッス!」
ニッコリマートで買い込んだパンや高カロリーな菓子、エナジーゼリーなどを取り出し小休止する。
この気温ではおにぎり等は傷んでしまうと思い、腐りにくい物を選んで買ってきていた。
「やっぱ暑いのもあって体力削られますね。虫もうざったい」
「また虫除けかけ直した方がいいな」
蚊は勿論、時折アブや他のよく分からない虫達にもたかられてしまい、鬱陶しい事この上ない。
こう考えると俺達の裏山は不快な虫が少ないんだと思う。
「スズメバチが出てきてないだけマシだと思うしかないな」
匠が足に留まった虫を掃い除け、ウンザリとした表情を浮かべながらパンを齧る。
「蛇も結構這ってるの見かけたから気を付けろよ。毒ある奴も居るから」
「マジで?」
「下手に刺激しなければ大丈夫ですよ」
と天狗ちゃん。
「なあ、小三郎は山の狸達を統率してるけど、天狗ちゃんや響は動物や虫とかと話せるの?」
「私はカラスとならある程度は。でも、小三郎ほど言い聞かせる事はできませんね」
「アタイは別に何も。ただの山彦さ」
ふーん、と頷くが少し釈然としない。食の好みから響も何か動物だと思うのだが。
「話せるなら虫とか蛇がこっちに来ないよう言って欲しかったんだけど……まあ仕方ないな」
エナジーゼリーに口を付け、一気に絞り出す。口いっぱいに柑橘系の香りと甘みが広がる。
「さて、あと一時間って所かね。行くよ腰抜け共」
「おー」
これから先もまた道なき道を進むと思うと気が滅入るが、目的の水神様に会うために重い腰を上げた。
準備を済ませてお茶を飲んでいると、外からエンジン音と共に俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
時刻を見ると十時半を回ったところ、凡そ想定していた時間通りだ。
最低限必要と思う装備と、昼飯などを入れたザックを持って外に出る。
「おお、リョースケ君もタクミ君も結構本格的ッスね」
「ガワだけそれっぽく見えるだけだよ」
「本当は縦走しながら登山とキャンプやりたいなーって揃えてたんだけどよ、体力も無いし涼介も時間が取れなくなって断念したんだ」
「へえー、やっぱお二人さん仲良いッスね」
何でそういう結論になるのか首を傾げつつ、康平の車に乗り込む。
「じゃあ、とりあえず県道ずーっと登ればいいッスかね」
「待ち合わせの方法がアバウト過ぎて分からないけど、まあ空から見つけられるだろ」
人間ではまず不可能な合流方法に苦笑しつつ、車に揺られる。
いつもの壬生さんの店に入る道をスルーし、古くなりつつある鉄橋を越え、そして山越えに入るつづら折りの坂道を登り始める。
この辺りに来ると一気に民家が無くなり、辛うじて街灯のポールが点在しているものの、人気については一切無くなってくる。
たまに自転車で坂道を登り降りしている人を見かける事はあるが、彼らは自転車競技の練習に来ている高校生か大学生だろう。この辺に住んでいる訳ではない。
スマートインターの開通以来、風切村へのもう一本のアクセス方法として確立され、この道を通る車は随分増えたと思う。
ただ、西側地区に用がある人は極端に少ない。
総じて東地区へ向かう者か、若しくは東地区から用事で出る人が通るだけだ。
彼らにとってみれば、二つある山越えの道中の地域という認識しか無いと思う。
この山は、我らが裏山とは高さも広さも比べ物にならない。しかし特に観光名所になる事も無く、また登山に訪れるような場所でも無い為、名前すら知らない山だったりする。
ここ静かに死に行く山となっているのだろうか。
登り始めて中腹に差し掛かった頃、車のすれ違いの為に広く作られたスペースに大きな黒い翼が降り立ったのが見えた。
「康平」
「了解ッス。停めますね」
皆気付いたようで速度を落とし、車を路肩に寄せる。
「ピッタリ待ち合わせられたな。エクセレントってやつだ」
響が歯を見せて笑う。
「ここらに停めて登るのか?」
「いや、この先に道の分岐があるから下りの方に行くんだ。そうすりゃ沢に出る」
確かにほぼ一本道であるこのつづら折りの中で、数少ない支道があったなと思い出す。
響の指示通り車を進め、車一台が通れるかどうかという細い道ながらも、何とか邪魔にならず停めておけそうな場所を見つけて停車する。
そこからはザックを背負い、ストックを手にして歩き始める。
「はは、なんか杖突いて歩ってる所見ると今も昔も変わんねーなって思うな。随分色は眩しくなったけどさ」
前を歩く響が振り向く。
「昔の人もこんな感じだったのか?」
「遠目に見たら同じさ。荷を背負って、枝を杖にして、山越えをする人間達の声真似をして遊んだもんさ」
石だらけの道を軽やかに歩く響を見て、よくそんなんで歩けるよなと昔の時代に思いを馳せ感心する。
さすがに人の入らない道を通るだけあって、邪魔な草木が多いし足場も悪い。
これが冬場なら草も少なくなるし水も乾いているのだろうが、今は夏の真っ盛りで雨季の直後。
水溜まりになっていたり、ぬかんるだ場所や、草が堆積して腐り果てている場所など、通常なら選択する事は無いルートを通っている。
加えて踏み締められていないので土がふかふかだったり、石も転がりやすく足場が崩れやすい。
慎重な足運びにならざるを得ず、先を行く響と天狗ちゃんは呆れた様子で俺達を見ているのだった。
「……響、まだ掛かりそうか?」
「あんたらが遅いせいでまだまだ掛かるよ。あと半分はあるな」
すっかり膨れっ面になった響がそっぽを向いて答える。
「悪い。とりあえずさ、飯にしねえか? 生肉もあるぞ」
「おお! それはナイスだ涼介!」
と振り返り肩に腕を回し引き寄せてくる。余程嬉しいようだ。
「私にはー?」
「天狗ちゃんにも買ってあるよ。甘納豆だ」
「よろしいです」
天狗ちゃんのセンスはお婆ちゃんだ。こういった甘いお茶菓子が好物なのはよく分かっている。
「康平の分もあるからさ、飯にしよう」
「うッス!」
ニッコリマートで買い込んだパンや高カロリーな菓子、エナジーゼリーなどを取り出し小休止する。
この気温ではおにぎり等は傷んでしまうと思い、腐りにくい物を選んで買ってきていた。
「やっぱ暑いのもあって体力削られますね。虫もうざったい」
「また虫除けかけ直した方がいいな」
蚊は勿論、時折アブや他のよく分からない虫達にもたかられてしまい、鬱陶しい事この上ない。
こう考えると俺達の裏山は不快な虫が少ないんだと思う。
「スズメバチが出てきてないだけマシだと思うしかないな」
匠が足に留まった虫を掃い除け、ウンザリとした表情を浮かべながらパンを齧る。
「蛇も結構這ってるの見かけたから気を付けろよ。毒ある奴も居るから」
「マジで?」
「下手に刺激しなければ大丈夫ですよ」
と天狗ちゃん。
「なあ、小三郎は山の狸達を統率してるけど、天狗ちゃんや響は動物や虫とかと話せるの?」
「私はカラスとならある程度は。でも、小三郎ほど言い聞かせる事はできませんね」
「アタイは別に何も。ただの山彦さ」
ふーん、と頷くが少し釈然としない。食の好みから響も何か動物だと思うのだが。
「話せるなら虫とか蛇がこっちに来ないよう言って欲しかったんだけど……まあ仕方ないな」
エナジーゼリーに口を付け、一気に絞り出す。口いっぱいに柑橘系の香りと甘みが広がる。
「さて、あと一時間って所かね。行くよ腰抜け共」
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これから先もまた道なき道を進むと思うと気が滅入るが、目的の水神様に会うために重い腰を上げた。
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