12 / 94
2-5
しおりを挟む
山爺のじーさんは身長が低く、俺の腰辺りの高さだ。裸足で泥で真っ黒になったボロの着物を着て、太めの木の枝を杖代わりにしている。
ボサボサの鼠色の髪は長く、右側の目は伸びた前髪で隠れている。見えている左目が頭の大きさに比べて非常に小さく、豆粒ほどしかない。
髪と同じ色の髭で口元も覆われており、見た感じでは灰色の毛玉に見えなくもなかった。
「なんじゃ辰巳(たつみ)また来たんか」
驚く康平など見向きもせず、俺に話し掛けてくるじーさん。
「だから辰巳は死んだ親父だって。俺は涼介」
「ああ? 辰巳はここにおろうが。ボケたか辰巳よお」
「相変わらず人の話聞かねえな」
会う度会う度こんなやり取りから始まるので辟易していた。
この山爺、見た目の通りこの山に住まう妖怪の中でも最長老で、フラフラとその辺を歩き回っている。妖怪でも長生きすればボケてくるようで、他の妖怪達からすら呆れられているのだった。
しかし知恵袋として尊敬もされており、大事な仲間なのだと言う。
「この爺さんいつの間に……」
状況に置いていかれている康平は狼狽えており、俺に助けを求めているようだ。
「この爺さんが山爺だよ。妖怪の一種」
「ああ? 羊羹持って来たんか?」
「ちょっと黙っててなじーさん」
話の腰を折るじーさんに睨みを利かせつつ、康平に話を続ける。
「さっき言った通り、天狗も化け狸も山彦も古杣も皆居る。今までお前が見ようとしなかっただけで、皆居るんだ」
「いや、でも……あ」
何か言いかけて言葉を留め、前方のやや上を指差していた。どうしたのかと視界の先を追うと、丁度一対の黒翼をはためかせて少女が飛び立った所だった。
天狗ちゃんが見えるようになったらしい。
それにしてもこいつの順応性の高さには恐れ入る。匠も相当だったがこいつもか。
「パンツが飛んでった」
「パンツも飛んでった、が正しいな。あれは天狗ちゃんね」
「おう……」
目の前で次々と起きる出来事に口をパクパクさせ、康平は呆然と天狗ちゃんが飛び去った方向を見つめていた。
「信じてもらえたか?」
「……うん。信じるよ。妖怪が居るのもリョースケ君の話も。やっぱリョースケ君すげえや」
呆然とした様子だが、康平の呟きに似た返事を聞き安心した。
これで俺がここにキャンプ場を作るのに抗議したりはしないだろうと思う。
それに最後の言葉。遥か昔、小学生の頃聞いていたセリフで、やっぱりこいつ変わらないなと少し嬉しくなった。
「とりあえず降りよう。引き留めて悪かったな」
「やべ、ちょっと時間立ち過ぎた」
ここに来てから既に三十分近く経過している事に気づき、慌てて二人で下り始める。
あの後ちょっとばかり魍魎達と遊んでしまったのが原因だ。
「んでもさ、この道綺麗にしてどうすんの?」
息を弾ませながら康平に問い掛けられる。
「まあ、その、さ。さっき言った事、組み、合わせで。キャンプ場、やろうか、なって」
康平のペースに追いつけずほぼ疾走状態のまま答える。体力の差が歴然としておりちょっと泣きそうだ。こいつと二個しか変わらないのに。
「そうかー……それ、面白そうだね」
前を行く康平の顔は見えないが、少し考えているように見える。
そして結論が出たのか少しの間を置き、俺を振り返り口を開く。
「ねえそれ、俺も混ぜてくんない?」
……ん?
突然の申し出に思わず足を止める。
「っと、ちょっと! 早く降りようよ!」
前で足踏みしながら康平が急かしていた。
だがその声は耳に入るがすぐに抜けてしまう。
……それは、それはアリな気がする。何せ妖怪見える仲間が増えたわけだし、こいつの仕事は最も俺達に必要なものだ。
さすがに重機を融通してもらうつもりは無いが、仕事で培った知識と技術は役に立つ。寧ろ必須なレベルだ。
秘密を共有した仲でもあるし、計画の概要も話してしまっている。
何より。
何より、こいつ悪さはするけど悪い奴じゃないんだよな……
こいつがやらかしてきた様々な悪事を思い返す。
確かに面白半分どころか面白全部でやっている事も多いが、その実いじめてくる中学生達に対する仕返しが大半だったのだ。
所謂弱い者イジメが好きな中学生の先輩が居て、そいつに泣かされる子供達を見ると憤慨してやり返しに行く。
まあ、それがオーバーしてしまって大事になったりするわけだが。
「リョースケ君! 頼むから早く!」
焦れて急かす声が続く。
なので無言で走り出し、前の康平に並ぶ。
「なあ、康平。後で顔合わせするからここにキャンプしに来ないか? その時詳しく話す」
「いいよ! ……あ、でも俺道具とか無い」
「心配しなくていいよ。持ってるから」
「それなら……でも、本当に俺入っていいの?」
言い出したのはお前だろ、と言いたくなるがこんな性格だったよな、とも思い直す。
思いつきを直ぐに口に出してしまうし、やろうと考えたら即実行に移してしまう。
厄介者だと煙たがっていた部分はあるが、決断力と行動力の高さは羨ましくも思っていた。
「お前が手伝ってくれたらかなり助かる。俺の友達もこっちに来る予定だからさ。そいつも妖怪達を助けたいって言ってくれてる」
「あ、他にも居るんだ。了解、じゃあ連絡先これだから」
と、胸ポケットをガサガサといじると皺くちゃの紙切れを手渡してくる。
「それ名刺」
走りながらなので文字が読めないが、確かにフォントや構成から名刺だと分かる。
「お前、これ客に渡すか?」
「リョースケ君お客さんじゃないからセーフ」
そう言ってクシャッと顔に皺を作る笑みを向けられる。
「……ったく」
貰った名刺(紙クズ)を乱雑にポケットにねじ込み、大の男二人で草だらけの道を勢い良く駆け下りていった。
ボサボサの鼠色の髪は長く、右側の目は伸びた前髪で隠れている。見えている左目が頭の大きさに比べて非常に小さく、豆粒ほどしかない。
髪と同じ色の髭で口元も覆われており、見た感じでは灰色の毛玉に見えなくもなかった。
「なんじゃ辰巳(たつみ)また来たんか」
驚く康平など見向きもせず、俺に話し掛けてくるじーさん。
「だから辰巳は死んだ親父だって。俺は涼介」
「ああ? 辰巳はここにおろうが。ボケたか辰巳よお」
「相変わらず人の話聞かねえな」
会う度会う度こんなやり取りから始まるので辟易していた。
この山爺、見た目の通りこの山に住まう妖怪の中でも最長老で、フラフラとその辺を歩き回っている。妖怪でも長生きすればボケてくるようで、他の妖怪達からすら呆れられているのだった。
しかし知恵袋として尊敬もされており、大事な仲間なのだと言う。
「この爺さんいつの間に……」
状況に置いていかれている康平は狼狽えており、俺に助けを求めているようだ。
「この爺さんが山爺だよ。妖怪の一種」
「ああ? 羊羹持って来たんか?」
「ちょっと黙っててなじーさん」
話の腰を折るじーさんに睨みを利かせつつ、康平に話を続ける。
「さっき言った通り、天狗も化け狸も山彦も古杣も皆居る。今までお前が見ようとしなかっただけで、皆居るんだ」
「いや、でも……あ」
何か言いかけて言葉を留め、前方のやや上を指差していた。どうしたのかと視界の先を追うと、丁度一対の黒翼をはためかせて少女が飛び立った所だった。
天狗ちゃんが見えるようになったらしい。
それにしてもこいつの順応性の高さには恐れ入る。匠も相当だったがこいつもか。
「パンツが飛んでった」
「パンツも飛んでった、が正しいな。あれは天狗ちゃんね」
「おう……」
目の前で次々と起きる出来事に口をパクパクさせ、康平は呆然と天狗ちゃんが飛び去った方向を見つめていた。
「信じてもらえたか?」
「……うん。信じるよ。妖怪が居るのもリョースケ君の話も。やっぱリョースケ君すげえや」
呆然とした様子だが、康平の呟きに似た返事を聞き安心した。
これで俺がここにキャンプ場を作るのに抗議したりはしないだろうと思う。
それに最後の言葉。遥か昔、小学生の頃聞いていたセリフで、やっぱりこいつ変わらないなと少し嬉しくなった。
「とりあえず降りよう。引き留めて悪かったな」
「やべ、ちょっと時間立ち過ぎた」
ここに来てから既に三十分近く経過している事に気づき、慌てて二人で下り始める。
あの後ちょっとばかり魍魎達と遊んでしまったのが原因だ。
「んでもさ、この道綺麗にしてどうすんの?」
息を弾ませながら康平に問い掛けられる。
「まあ、その、さ。さっき言った事、組み、合わせで。キャンプ場、やろうか、なって」
康平のペースに追いつけずほぼ疾走状態のまま答える。体力の差が歴然としておりちょっと泣きそうだ。こいつと二個しか変わらないのに。
「そうかー……それ、面白そうだね」
前を行く康平の顔は見えないが、少し考えているように見える。
そして結論が出たのか少しの間を置き、俺を振り返り口を開く。
「ねえそれ、俺も混ぜてくんない?」
……ん?
突然の申し出に思わず足を止める。
「っと、ちょっと! 早く降りようよ!」
前で足踏みしながら康平が急かしていた。
だがその声は耳に入るがすぐに抜けてしまう。
……それは、それはアリな気がする。何せ妖怪見える仲間が増えたわけだし、こいつの仕事は最も俺達に必要なものだ。
さすがに重機を融通してもらうつもりは無いが、仕事で培った知識と技術は役に立つ。寧ろ必須なレベルだ。
秘密を共有した仲でもあるし、計画の概要も話してしまっている。
何より。
何より、こいつ悪さはするけど悪い奴じゃないんだよな……
こいつがやらかしてきた様々な悪事を思い返す。
確かに面白半分どころか面白全部でやっている事も多いが、その実いじめてくる中学生達に対する仕返しが大半だったのだ。
所謂弱い者イジメが好きな中学生の先輩が居て、そいつに泣かされる子供達を見ると憤慨してやり返しに行く。
まあ、それがオーバーしてしまって大事になったりするわけだが。
「リョースケ君! 頼むから早く!」
焦れて急かす声が続く。
なので無言で走り出し、前の康平に並ぶ。
「なあ、康平。後で顔合わせするからここにキャンプしに来ないか? その時詳しく話す」
「いいよ! ……あ、でも俺道具とか無い」
「心配しなくていいよ。持ってるから」
「それなら……でも、本当に俺入っていいの?」
言い出したのはお前だろ、と言いたくなるがこんな性格だったよな、とも思い直す。
思いつきを直ぐに口に出してしまうし、やろうと考えたら即実行に移してしまう。
厄介者だと煙たがっていた部分はあるが、決断力と行動力の高さは羨ましくも思っていた。
「お前が手伝ってくれたらかなり助かる。俺の友達もこっちに来る予定だからさ。そいつも妖怪達を助けたいって言ってくれてる」
「あ、他にも居るんだ。了解、じゃあ連絡先これだから」
と、胸ポケットをガサガサといじると皺くちゃの紙切れを手渡してくる。
「それ名刺」
走りながらなので文字が読めないが、確かにフォントや構成から名刺だと分かる。
「お前、これ客に渡すか?」
「リョースケ君お客さんじゃないからセーフ」
そう言ってクシャッと顔に皺を作る笑みを向けられる。
「……ったく」
貰った名刺(紙クズ)を乱雑にポケットにねじ込み、大の男二人で草だらけの道を勢い良く駆け下りていった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
追放からはじまる異世界終末キャンプライフ
ネオノート
ファンタジー
「葉山樹」は、かつて地球で平凡な独身サラリーマンとして過ごしていたが、40歳のときにソロキャンプ中に事故に遭い、意識を失ってしまう。目が覚めると、見知らぬ世界で生意気な幼女の姿をした女神と出会う。女神は、葉山が異世界で新しい力を手に入れることになると告げ、「キャンプマスター」という力を授ける。ぼくは異世界で「キャンプマスター」の力でいろいろなスキルを獲得し、ギルドを立ち上げ、そのギルドを順調に成長させ、商会も設立。多数の異世界の食材を扱うことにした。キャンプマスターの力で得られる食材は珍しいものばかりで、次第に評判が広がり、商会も大きくなっていった。
しかし、成功には必ず敵がつくもの。ライバルギルドや商会から妬まれ、陰湿な嫌がらせを受ける。そして、王城の陰謀に巻き込まれ、一文無しで国外追放処分となってしまった。そこから、ぼくは自分のキャンプの知識と経験、そして「キャンプマスター」の力を活かして、この異世界でのサバイバル生活を始める!
死と追放からはじまる、異世界サバイバルキャンプ生活開幕!
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる