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第三話 死闘 前編

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 あれからの俺は、決して順風満帆とは言えなかった。
 貯蓄もしていて自分の部屋も買っていたので、冒険者としてはわりと成功者に属している。
 なので当面の金の工面は心配無かったので、Cランク以下の低報酬の依頼は全く請けず、ひたすら鍛錬の為に高難易度のダンジョンや魔物の巣に潜っていた。
 低位の魔物といくら戦っても自分のステータスが伸びず、全く強くなれる気配が無かったからだ。

 しかし惨敗に次ぐ惨敗。何度も死にかけた。
 大概が入口から程遠くない場所でエンカウントし、一体でも倒せていれば上々、ほとんどを無戦果での撤退を繰り返していた。
 だが倒せたとしても成長が見られない。なのでより高位の狩場へと移り、どんどん勝ち星を減らして負けを重ね、死を目前にする機会も日毎に増した。

 最近になるとたまたま他の冒険者が通りがかって助けられたり、重傷で気絶していた所を救助されたりという事が多くなった。
 多くなった、というよりほぼ毎回な気すらしている。

 しかしそんな事を気にしてはいられない。俺は強くならなければならない。
 もう三か月近く経っている。既に風の便りで、西の前線で新鋭の若手パーティーが戦果を挙げている話が流れている。
 噂で聞く風貌から、どう考えてもアレクセイ達なのは分かっていた。魔族ともやり合ったという話だ。

 奴らはどんどん先に進んでいる。それなのに俺は。

「……ふう、行くか」

 目の前にあるのは黄銅色の口を広げる大洞窟。
 通称もそのまま”黄銅窟”と呼ばれるここは、元は鉱山として拓かれていたものが魔物の巣窟となりダンジョン化したものだった。

 奥には希少な鉱石があるとの事で、回収する依頼が何度も来ていたものの果たされておらず、このクエストは恒常化している。

 それもその筈、洞窟の最奥にはあの”ストーンドラゴン”が巣食っているのだ。ドラゴンは何故か鉱物や宝物を好む連中が多く、取り分け全身を鉱石で飾るストーンドラゴンはレアな鉱物に目が無いらしい。
 今まで討伐できた者は居ない。ドラゴンはそこらの”魔物”とは違い、現存する”生物”の中で最も偉大で強大な存在だ。魔物を狩っている数で言えば人間とドラゴンはほぼ同列だろう。それぐらいに強い。
 ドラゴンを倒せた者は漏れなく吟遊詩人の詩になり、後世まで語り継がれる英雄譚の主人公になれる。ドラゴンとはそういう存在だ。

 本来なら、その偉業はアレクセイ達と俺で果たすべきものだったろう。
 五度の挑戦を経て万全の準備をした六度目の攻略。結果的に半日も掛からない場所で敗退する事になったが。

 ならば、ドラゴン討伐の偉業をたった独りで成し遂げたなら、奴らを越えた証とするに充分だろう。
 まだ最奥への挑戦は無理だが、とにかく行ける所まで潜り情報を集める。それにここはストーンドラゴンの影響でドラゴンを真似た魔物が多い。総じて奴らは格上の化け物だ。調査と鍛錬を一挙に行える最良の狩場。

「強くなる……絶対に」
 気合いを一つ入れ、潜っていく。

 早く追いつき、追い抜かなければ。焦燥と憎悪だけが俺を動かす原動力になっている。



 咆哮。
 洞窟内で反響するのでずっと大きく鼓膜を揺さぶられる。
 甲高い鳥のようでありながら、低い獣の唸り声も入り混じっている。

 出くわしたのは”リカ―ル”と言う名の魔物。
 平原や森で遭遇する事が多いが、こいつは洞窟環境に適応した個体のようだ。体毛は黒の混じった茶褐色、俺達の世界で言えばハイエナに近いフォルムをしているが、口はワニのように大きく、前肢は鱗に覆われてドラコアの形状に似ている。尾も長くなっており、獣と爬虫類のキメラのような見た目だ。
 そして体も大きく立ち上がれば俺の背丈を越えているだろう。

 魔物は変異や進化が早い。環境にすぐに適応するし、その環境内での強者を模して変化する。こいつもストーンドラゴンやドラコアの影響を受けているのだろう。

 こいつの討伐等級は個人ならC以上、パーティーでならD以上となっている。俺はCランク相当の腕前とされているのでほぼ同格……いや、実際はCの底辺なので格上の相手だ。
 荷袋を下ろし、口を開けると全部で十本の木製の棒が並んでいる。
 それらを引き抜き、無造作に放り投げる。
 散らばった木製の柄の先には、片側が研がれた鉄の板が付いている。そう、投げたのは全て手斧だ。

 ガラガラと派手な音を立てて落ちる十本の斧の音にリカールは警戒して後退りする。どれも狙って投げつけた物ではなく、ただ適当にばら撒いただけだ。
 しかしこの行動が戦闘開始の合図となった。

 屈んだ姿勢からの跳躍。リカールお得意の飛びかかりだ。

 それに対し俺は小盾を装備した両手を下げつつ前進。牙と爪をすり抜けながら落とした手斧を一本掴んで投げつける。
 リカールは振り向き様に投げ斧を喰らうものの左の前肢で防御。鱗に弾かれる。
 ノーダメージと見ていいだろう。

 だがその隙に二本手斧を拾い構える。暫しの対峙。
 魔苔による淡い光に照らされる洞窟内で睨み合う。

 不意にリカールが低く突進、大口を開けて迫ってくる。俺は手にした斧を軽く回し、右手を横薙ぎに振り指の力を抜く。
 手斧は回転しながらリカールの口目掛けて飛んでいくが、ガチリと閉じて牙に弾かれる。

 対処されるのは見越していたので、左手の斧を振り上げ跳躍。
 垂直に二メートル程を飛んで突進を回避。落下の勢いを利用して左手を思い切り振り下ろす。

 リカールの動きは素早い。胴体を狙った一撃だが後ろ腿の辺りを掠めただけで終わる。
 舌打ちしつつ着地後に向き直るとリカールの引っ掻き爪が迫っていた。
 俺の防御力では肌に触れればたちまち肉ごと削がれるような一撃。

 爪を左腕の小盾で受け止めて弾く。
 衝撃。結構痛い。
 握っていた手斧を落としてしまう。

 間髪入れずにバックステップで後退。丁度足元に二本ある。それを拾い、今度は俺から突進する。
 何故ならリカールが既に跳躍のモーションに入っていたからだ。

 低い姿勢での突進、というよりほぼ水平に前に跳んだ状態だ。
 その中で体を捻り回転する。
 見えるのはリカールの腹。暗闇に適応した緑色の目が、こちらを見下し妖しく光って見える。

 回転の勢いを利用し、両腕を振り回す。腕に手応え。
 その後肩から落ちて鈍痛が走り顔を顰める。固い岩盤質の地面に突っ込んだんだから、そりゃそうだ。

 だが奴に手傷は与えられたか。
 リカールは一度甲高い鳴き声を上げると転がり、跳ね起きる。光源が乏しいので見えづらいが、腹から液体を垂らしているようだ。

「へっ……」
 思わずほくそ笑み頬を掻こうとするも、ぬるりとした感触。見ればグローブの指先に血がべっとりと着いていた。
 爪が顔を掠ったか、クソ。

 だがアドレナリン全開の状態。今の所あまり痛みは無い。その割に肩からぶつかった時の方は痛かったが。

 リカールが唸り声を上げてガチガチと牙を打ち鳴らす。
 蛍光色の緑色の目が、じわりと赤い光へと変わっていく。リカールの第二段階、怒り状態だ。

 基本的にこの状態になる前に仕留めるのがセオリーだ。俊敏性が上がり、攻撃力も大幅に上昇する。危険度が大きく跳ね上がるのだ。
 だが、俺では一撃で倒せるほどの”攻撃力”が無い。なのでこの状態になる事も承知済みだった。

 リカールの唸り声に明確な怒気と殺気を感じる。全身の毛が逆立ち、メキメキと筋肉と骨が軋む音が聞こえる。
 一瞬、頬から流れる血が気になって目線を落とした。その時岩を砕く音と共にリカールが視界から消える。

 まずい。

 思ったのはそれだけだった。

 背中に衝撃が走り前方へ弾き飛ばされる。
 ブチブチと何かが切れる音が頭に響き、呼吸を忘れる。だが、

「……れお、ま……っていた!!」

 言いたかった言葉が言えなかったものの、手にした二本の斧を再び投擲。
 斧を振り払おうとした右の前脚、それに左目の下辺りに易々と刃が入り、怒号が響き渡る。
 怒り状態のリカールは防御力が落ちるし、防御が二の次になる。俺にも付け入る隙が増える。

 目の前が暗くて赤い。口の中が血の味がする。
 打たれた背中が熱いし苦しい。力も上手く入らない。呼吸しようとするも上手く吸えない。だから呼吸は諦める。

 次の斧、あった。一本を手に取り横っ飛びに振り投げる。リカールが飛びかかろうとしているのは視界の端で見えていた。投擲した斧はリカールの首元に吸い込まれていく。
 まだだ。まだ足りない。

 転がり、足をバネのように弾き走る。動きを止めるな。苦しい。痛い。熱い。
 斧、二本。更にもう一本あった。腕を広げて回転するように拾い、その勢いを殺さず投擲。
 手斧の投擲はかなり練習した。ある程度姿勢が崩れても狙った位置に飛ばせる程に。

 しかし力が足りず今の二本は弾かれる。リカールが再び屈む。違う、待っているのはそれじゃない。
 もう一本を手に取り今度は渾身の力で振り投げる。これは上手くいき、丁度眉間の辺りに突き刺さり大きくのけ反らせた。

 すかさずバックステップで更に距離を取る。どうだ。
 リカールは再びの咆哮と共に、獲物に狙いを定めた猫のような前傾姿勢を取る。

 ……これを待っていた!
 腰に差している一本の斧を抜く。

 怒り状態の時のリカールが使用する魔法”影踏み”。それは物理法則を無視した瞬間移動に近い”魔法”だ。どういう原理か説明された事があったが俺の頭では理解できなかった。
 だが、影踏みをする時のモーションは覚えている。そして……

「おおおおおおお!」

 両手で柄を握りハンマー投げのように振り回す。
 後方で岩が砕ける音。
 腕に衝撃と重み。俺の斧を振り抜く動きが突然阻まれ、身体が理解できず硬直する。

 しかし。

 俺の目の前にリカールの姿があり、頭が上を向いて首元が露わになっていた。そして手にした銀色の斧が喉から顎に向かって深々と突き刺さり、どす黒い鮮血を撒き散らしている。
 リカールは尚も動いており、俺を掻き殺そうと前脚で足掻くもピッタリと密着しているので空を切るのみ。

 苦しい。熱い。でもまだだ。

 斧をリカールの首から抜き、残る全ての力を込めて振り上げる。斧は首元を縦に裂きながら進み、顎の骨に当たり、打ち砕いた。
 リカールはもう一度前脚を動かすも力なく空を漕ぎ、ドサリと仰向けに倒れ込む。


 と、同時に俺も地面に手を付き四つん這いの状態になる。
 止まっていた呼吸をようやく再開させ、肺に酸素を送り込む。

 肺が膨らむ度に脇が、背中が痛む。所々打ったようで体中が痛い。
 何より、頬に激痛が走る。歯を食い縛ろうとすると更に痛むので力が入れられない。

 その内腕の力も支えられなくなり、息絶えたリカールと仲良く仰向けになる。
 これが不良漫画か何かなら友情の一つでも芽生えるのだろうが、こっちは殺し合いだ。そんな生易しいものではない。


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