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第一章 学生編
模擬戦の決着
しおりを挟む先に動いたのは須我だった。
回り込もうと外回りに駆け始める。挟撃や包囲は多対一でのセオリー、遅れて世良が”羽突(はづき)”を低く構えて前進、距離を詰めてくる。
まずは世良からだ。
一歩大きく踏み込み斬馬を突き出す。羽突は柄が短く取り回しが利きやすい反面、リーチが短い。
刺突で使った場合、僅かに斬馬の方がリーチが長い。
それに対し穂先を跳ね上げ弾かれる。それによりこちらの腹部ががら空きになり、世良の目が光る。
踏み込んでの突き、渾身の一撃だろう。
……この程度の誘いに乗ってしまうからこいつは伸びない。「そこそこ」の域から出られない大きな理由だろう。
刀身を跳ね上げたのはわざとであり、斬馬を垂直に立てそのまま引き下げる。
こちらに穂先が届くよりも先に斬馬の柄頭が羽突の柄を叩くと、世良は驚愕の表情を浮かべた。
右方へと逸らした勢いのまま刀身を寝かせ、前のめりになっている世良を袈裟斬りにする。金属が金属を引っ掻く音と確かな手応えが腕に伝わる。
数拍の後、世良のヘルメットの側頭部に付いているランプが赤く点滅しブザー音が鳴り響く。訓練用の纏衣にだけ搭載されている、撃破された事を示す機能だ。
だが気は抜けない、一連の動作中に既に須我が斬りかかってきている。
上段からの斬撃。これが横薙ぎならば対処は難しかっただろう。
後方を見向きもせず、纏衣の出力頼みの跳躍。斬馬を手放しながら倒れ込む世良を避けるように前方へステップ。
本来の立ち合いであれば剣を振るった後にこのような動作はできないが、纏衣というもう一つの身体を持っているが故に可能な芸当。
自身の体の動きと切り離して動作させれば人体では不可能な動きもできる。
回避した後に振り返り、再度構え直す須我と対峙する。
須我に関して言うと組手は強いが武器の扱いはまだまだで、校内でも下位グループの腕でしかない。
”刃桜”のような長物の武器を振り回すより、篭手型の兵装の方が性に合っているのではないかと思っていた。
だがまあ、俺には関係のない話だが。
半身になった中段の構えから横薙ぎの斬撃が伸びてくるも、容易くバックステップで回避。
単調過ぎる攻撃だ。
相手が構え直すより先に懐に飛び込み力任せに胴体を殴りつける。
くぐもった声が聞こえ、たたらを踏んで脇腹の辺りを押さえてこちらを睨んでいる。
纏衣を着ているとは言え打撃の衝撃は伝わってしまう。
更に装甲部の継ぎ目に拳を打ち据えたのでかなりの痛みが走っているだろう。
そんな須我を尻目に悠々と斬馬を取りに行き、大きく振り正面に構える。
「須我! 負けんなよ!」
そう声を上げる世良は既に戦場となっている場所から離れ、胡坐をかいてこちらを見ている。
戦闘不能になったんだからさっさと消えろよ。内心毒吐きながらも刃桜を構える須我を見据えた。
纏衣の駆動音が高音に変化している。出力を大きく上げている証拠だ。
こいつは俺よりも、いや一般的な猟特隊員よりも多い”陽流気”を持っている。
あまり扱い慣れていないのか普段は高出力可動を行わないが、この場では使うつもりのようだ。
付け焼刃のそれで俺とやる気か。
嘲る気分になるのと同時に、思わず口角が上がってしまう。
この東京校では高出力可動を使える者は少ない。既に纏衣を貸与されてから十カ月以上経過しているが、現状俺並みに使いこなせていると思える生徒は居なかった。
だがこいつは陣扇山での一件以降、高出力可動を度々使っているとは噂で聞いていた。なのでその実、このシチュエーションが訪れるのを楽しみにもしていたのだ。
互いの纏衣の音がより甲高く、激しく唸りを上げる。
睨み合いをして暫しの対峙の後、弾かれるように互いが動き始めた。
一足の踏み込みだけで数メートルの距離が潰れる。
直ぐに互いの刃が届く距離になり、尋常ではない速度で刀剣を打ち合わせた。
そこからはあらゆる方向からの剣戟の応酬。斬りつけては防ぎ、突いては弾きを互いに繰り返す。この状態であれば長剣である斬馬も細剣の如く扱える。目まぐるしい速度での打ち合い。
甲高い金属音と際限なく響き辺り、二人の間に刃の暴風が吹き荒れる。
……だが、やはりこんなものか。
期待した分の肩透かしが酷く、先程の高揚感も打ち合いの最中に霧散してきていた。
対等に打ち合っているように見えるが実際は、闇雲な須我の攻撃に付き合っているだけという恰好だった。
もっと機動力を駆使すれば良いのにそれをせず、棒立ちで刀を振り回しているだけに過ぎない。
かと言ってそれを教えてやる義理もない。
幕引きにするべく、渾身の力を込めて放たれているであろう斬撃を弾く。
斬馬をくるりと手の中で回し、空いた胸部へ切っ先を差し込み突き飛ばした。
吹っ飛んでいった須我が背中から地面に打ち付け転がる時にはブザー音が鳴り、ヘルメットが赤く光っていた。
「くっそ!」
仰向けの状態で須我が叫んでいる。完全に冷めてしまった。この程度か。これならばまだ早水の方が数段手強い。
須我は今でも無意識に苛立ちを覚える相手だった。
やはりどう考えても猟特科に居るべき存在ではなく、たまたま高い陽流気を持っていたのがプラスの要素になったとしか思えない。
それを挙げても一般隊員の少し上程度、探せばそこらの一般人の中にも高い値を示す者も居ると聞くし、やはりこいつが猟特科高校に編入される理由としては薄い。
基礎身体能力はそこそこ、組手だけは上等、武器はからきし、知能は猿以下、まあまあ高いだけの陽流気で兵装の扱いは下等。
この評価ではどう足掻いても途中退学した落伍者達よりも下だろう。
なのに必死な顔をして着いてこようとする。
あまりにも哀れで痛ましくてみっともなく、そして苛立たしい姿だ。
目障りなのでとっとと消えて欲しい。
そんな須我に対し、周りの連中が妙に優しいのも見ていてウザったい。
遠回しに擁護する教官に、やたらと世話を焼く女達、無理にレベルを合わせて付き合おうとする世良を始めとした男共。
どれもこれもが気色の悪い馴れ合いにしか見えず、教室に居れば否応なくそんな光景を目にしてしまう為、余計に苛立ちを加速させた。
猟特隊とは暗鬼を狩る、この国の根幹を支える特殊部隊だ。
馴れ合いの先に成果など無く、非情な戦いと強力な一個人の戦果の果てに成り立つものだ。
猟特隊の歴史に名を連ねている者達は例外なく龍章を所持している。
つまりは単独で三級以上を倒せる、化け物以上に化け物じみた実力者達なのだ。
だから力の弱い者を労り、歩みの遅い者に合わせる今の風潮が心底腹立たしく、その中心人物たる須我へは最早嫌悪を超えた感情を抱いてもいる。
あいつがどんな崇高な目的を持って猟特隊を目指したか等どうでもよく、実力の伴わない者が同じ空気を吸っている事実……それだけが許し難かった。
自身の内に渦巻いている感情に説明がついた所で、状況の報告だけでもするべきかと思い直し無線を開く。
「二宮、状況はどうだ? こちらは二人撃破」
報告を終えて暫しの沈黙の後「八坂か、流石だな。こっちも敵は残り三だ。損害は無し。八坂の位置から七時の方向、距離一二〇〇、援護求む」
報告を聞いて束の間思考する。
一人しか倒せていない、距離も遠い。数的有利は取れている。
ならば無理に行く必要は無いか。
「了」
全くその気のない返事をして無線を切る。
五対三で負けるようなら余程のヘマをしない限り負けはあり得ない。
俺は俺の仕事を充分に果たしている。
だが完全に徒歩で向かえば訝しまれるのは明らかだ。とりあえず駆け足程度で向かうとするか。
面倒と思いながらも軽く駆け始める。着く前には模擬戦が終わる事を祈って。
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