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第一章 学生編
恋バナ
しおりを挟む「え、いつ? 一昨日に事故があったばかりだから昨日お見舞いにでも行ったの?」
「いや、行ってないよ。さすがに入院早々には行けないって」
何とか平静を取り戻し否定する。
「えーっと……それじゃあ、いつ?」
理解が追いつかないようで頭の上に際限なく疑問符が浮かんでいる様子だ。
「だーかーら! その日! 助けた直後に告られたの!」
再び感情の揺れ幅が大きくなり、半ば自棄気味に白状する。
それに対し「マジで?」と聞くので「マジで」とオウム返し。
「うわぁ……流石にびっくりした。助けられた瞬間に惚れちゃった? それにしてもすぐ告白なんてする? すごい子ね」
「俺の方がびっくりしたよ。泣きやんで落ち着いたと思ったらいきなりだったし」
その時の光景を思い起こすと今でも現実味がなく、自分でも半信半疑だったりする。
「その子に会った事ないけど私、仲良くなれる気がする」
先程までの驚愕の表情が繕われ、いつものクールな顔が戻ってきていた。顎に片手を当て考えるような様子で下を見つめている。
「あー……多分なれると思う。早水さんと先生、ちょっと似たトコあるし」
「やっぱり? 今度紹介してよ、彼女なんでしょ?」
再び冷やかすような、薄笑いの表情でこちらを覗きこんでくる。
「いや、断ったんだよ」
口ごもるように言うと本日二度目の驚愕の表情。
「断った?!?!」
恐らく亀井先生と出会ってから今までの間、ここまで取り乱した様子の彼女を見るのは初めての事だった。
「なんで?! 意味が分からない! 断った? 馬鹿か?!」
えらい剣幕で詰め寄ってくるので思わずベンチから転げ落ちてしまう。
日陰とは言え真夏の屋上、床はフライパンのように熱されており、ついた尻が熱い。
「いやだって俺、そういうの分かんないし……」
「なんだそれ、乙女か?! 逆でしょ普通! というか女の子の告白なんだと思ってんだ?! 舐めてんのか?!」
「ちょちょ、先生落ち着いて落ち着いて」
立ち上がり尚も指差し詰め寄る先生を宥めるように両手の手の平でジェスチャー。
どう、どう、と言ってベンチに座らせると定位置に戻る。
「今の俺って恋愛どころじゃなくてさ、ここの授業着いてくので目一杯だし、先生にも毎日教わってるのに覚え悪いしさ。余裕なくてギリギリなんだよ」
言葉を慎重に選んで紡ぐ。下手な事を言えば再び爆発するのが目に見えているからだ。
「とにかく今、ここの授業以外の事に回せる力が無いんだよ。これでも帰った後自由時間は寝る前まで自習室に籠ってるし、日曜だって筋トレと勉強してるんだぜ?」
「まあ努力してるのは知ってるけど……それでも女の子からの告白を断るなんて許せない話ね」
先程までの剣幕は裏に引っ込めてはいるが、依然厳しい顔つきでこちらを見ている。
「断ったって言っても、保留にさせてもらったんだ。俺も早水さんの事は嫌いじゃないし、寧ろ転入してすぐの頃から何かと面倒見てくれたり、気にかけてもらってたし……美人だし優秀だし優しいし、誰からも好かれてて頼りにされてる……そんな人なんだ」
これまでの彼女との記憶を振り返り、彼女の顔を思い浮かべて思わず耳に熱が集まるのを感じる。
「そこまで良くしてくれてる子に対して……これだから童貞は」
その言葉に今度は耳の熱が一気に頭全体に広がる。
「それ関係ないだろ! 自分で言うのはいいけど人に言われると地味に傷つくんだよ!」
自嘲で言う分にはダメージが低めだが、いざ他人に言われるとザックリと胸を抉られるような気分になるものなのだ。
「でも彼女が受けた傷に比べたら無いに等しいぐらいちっぽけな傷よね」
ピシャリと言い放たれた言葉に何も返せず口ごもってしまう。
「保留って言ったけど期限は?」
「決めてない……」
質問に対し素直に答えると「最悪」と侮蔑の響きが籠った言葉が返される。
「あのね、その子は貴方に対して真剣に向き合って告白してくれたんじゃないの? それに対して言い訳並べて無期限の保留? 流石に無責任が過ぎない?」
「仰る通りです……」
いたたまれなくなり本日幾度目かの足元しか映らない視界。
「真剣に対しては誠意で向き合う事、いい?」
「はい……でもほら、あの時はこう、普通じゃない心理状態で気持ちが昂ってた可能性も」
「吊り橋効果で? なら今日にでも会いに行って確かめてみたら?」
「うっ……」
「ほら、根本的な問題はそこじゃないでしょ」
問い詰めるように、それでいて諭すように亀井先生の言葉は続く。
「告白するって凄く勇気が要るの。それこそ崖から飛び降りるような覚悟が必要なぐらいにね。それに対してごちゃごちゃ理由並べて逃げようとしちゃダメ。ちゃんと向かい合いなさい。受けるにしろ、断るにしろ、態度をハッキリさせなさい」
「俺……正直分からないんだよ。自分が早水さんをどう思っているのか。優しいし魅力的だし、正直もし付き合えたらって思った事もあるんだ。でもいざこうなってみたら全然自分の気持ちの整理がつかなくて」
尚も言い訳をしてしまう自分を惨めに感じながらも、想いの吐露が止まらない。
情けないったらありゃしないが、こんな風に他人に自分の気持ちを打ち明けられる事に驚いてもいた。
爺ちゃんと婆ちゃんが死んで以来、本心を語るという事がなかなか出来なくなっていたから。
そんな俺の様子に少し表情を和らげ、仕方のない子だ。と小さく言った後、「じゃあ今の気持ちを正直に言ってあげなさい。理由を並べて盾にしないで、真っ直ぐぶつかりなさい。ちゃんと誠意で向き合ってあげて」
そこまで言うとこちらを向いていた膝の向きが変わり、別の方向を見始めた事が分かる。
俯いたまま何も言わない俺を気遣うように独り言ちる。
「それにしても若いっていいよね。私みたいな年齢から見たらそんな葛藤思いつきもしないわ。やっぱり十代の恋愛ってこう、甘酸っぱさと不器用さが全面に出てくるものなのかね」
下を向いている俺から表情は伺えないが、声色に清々しい響きを覚える。
思考がぐちゃぐちゃな状態で更に亀井先生に指摘された事が全て図星で、余計に心に生じた渦が大きくなる。
確かに不誠実な対応だったと思う。自分の事ばかりで早水さんの事など微塵も考えていなかった。
なるべく傷つけないようにと言葉を選んでいたが、その実最も自分が傷つかないように選択したものだった。
曖昧な言葉で濁した言葉を聞いた後の、彼女に差した一瞬の翳りが鮮明に焼き付いている。
すぐにその翳りは繕われ、力ない笑顔で大丈夫だよと返す彼女の顔を直視できず、顔を背けてしまった事も後悔していた。
全ては曖昧にしたかった自分の我儘で、勇気を振り絞ってくれたであろう告白を無碍に扱ってしまった。
未だ彼女と付き合おうという気持ちにはなれていない。
でも、彼女が嫌いではなく寧ろ好きだと思っているのも事実だった。
これまでクソみたいな母親のせいで、若い女性が信用できず苦手だった。
小学生の頃はそれなりに女子達とも遊んでいた記憶もあるが、恋愛など頭に無かった。
腕っぷしだけは強く無性に苛立っていた中学時代は、今にして思うと荒みきっていて同級生の女子は近寄ろうともしなかった。
そんなこんなで同年代の女性に対する免疫ゼロの状態の俺にとって、ここでの生活は刺激が強かったし話す事さえ戸惑いが先行するような有様で、付き合うなどという話はずっと遠くにあるものだと思い込んでいた。
だからいざ真っ直ぐな好意を向けられた今、どうしても受け止める度量がなく気持ちも不確定なまま浮ついている。
でも、亀井先生の言葉で雁字搦めになった思考が少し整理できて自分のやるべき事が見えてきた気がする。
少なくともこのままにしておくのは良くないのは理解できた。
だから。
「俺……」
「ん?」
俯いたまま呟くようにして言った言葉も聞き逃さず、亀井先生は促してくれる。
「俺、ちゃんと言うよ。先生の言う通り最低な事してた。だから今の俺の気持ちをハッキリと伝える」
「うん」
俯いていた顔を上げ正面を見ると、口元を綻ばせた亀井先生の顔があった。
「ちゃんと言ってくるようにね」
「おう」
慈しみを感じさせる微笑みを浮かべる彼女の顔を見ながら思う。
野木先生が兄なら、亀井先生は姉か母親のように思っていた。
本人にこんな事言ったらキレてしまうのが目に見えているので絶対に言わないが、こんな人が俺の母親だったらもっとマシに育ったのにな、などとどうしても思ってしまうのだ。
「じゃ、食べちゃいましょ。お昼ももうすぐ終わっちゃうし」
そう言って残っていたパンを食べ始める。
「あ、俺全然食ってな……先生食うの早い! 待て待て待て全部食うな!」
「奢りって言ってたでしょ?」
モゴモゴと口に含みながら悪びれなく言いやがる。
こちらが手を伸ばし取ろうとした先から奪われ、早業で包装が剥かれ口に放り込まれていく。
途中彼女が口いっぱいの状態になり、隙ありと奪おうとすると、伸ばした手を払われてしまってどうしても目的の物が取れない。
そうこうしている内に口が空になると再び食べ始め、八つ程準備していた炭水化物類が全て彼女の胃袋に収まってしまった。
「ご馳走様でした」
そう言ってペットボトルに入ったお茶を喉に流し込み、こちらへ向かって合掌。
「クソ……全部食べるなんて。太るぞ……ごふっ!」
文句を言おうとした所で腹部に強烈な衝撃。
見れば右手が拳の形に握られており、目に見えぬ速さのボディブローが入った事を遅れて認識する。
……マジでこの人に勝てる気しねえ。絶妙な力加減が施された瞬速の一撃を受け、改めて実力差を実感する。
「しばらくは報告だけの付き合いになるわね。ご飯ありがと」
そう言い捨てると蹲るこちらを置き去りに、すたすたと下階へ向かう階段へと行ってしまった。
卒業までに亀井先生から一本。確固たる目標として掲げていたものの、自信がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じる。
とりあえずは今日、行った方がいいかな。
でも補習後だと面会時間オーバーしてしまうだろうか。というか何て言おう。
グルグルと再び思考の渦がうねり始めてきたものの、今は不思議と深く落ち込むような心境にはならなかった。
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