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第21話 初めての成果

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ブレンドル伯爵が相談に訪れた次の日から、クリストフは研究所へ行く日と勉強の時間以外は自室に籠もった。

王宮やローゼン公爵家に出入りしているシモーナ商会のウーゴに依頼し、商会の商品の中からエレナが選んだ流行りの帽子がいくつもクリストフに届けられ、クリストフの部屋は帽子だらけになった。他にも魔法紙やら糸やら部屋は足の踏み場もないほどだ。


「何をお作りになるのかは知りませんが、もちろんうちで取り扱うというお話で構いませんでしょうな」


ウーゴは好奇心と商売人根性を丸出しでにこにこと笑って手を揉んだ。


「例のランプとポーションペンは早速商品化へ向けて進んでおります。これは後で目を通しておいて下さい。公爵閣下にもお渡ししておりますから」


商品化する際の名称や値段、販売方法、権利の所在、クリストフやローゼン公爵家へ還元する利益率等々。手渡された紙の束には商品化するに当たっての詳細が書かれていた。一応受け取りはしたものの、クリストフはあまり細かいことに興味はなかった。必要とする人に行き渡ればそれで良い。




試行錯誤すること一週間。


「できた!」


クリストフは真夜中にも関わらず大きな声を上げ、試作品を手に椅子から転げ落ちるように部屋を飛び出した。ちょうどクリストフの声を聞いたローゼン公爵が夜着にガウンを羽織って部屋から出てくるところに出くわすと、クリストフはローゼン公爵に飛びついた。


「殿下!」


ローゼン公爵は批難めいた声を上げた。


「このような夜中に」

「見てよ!」


クリストフは甘えるように抱きついて、ローゼン公爵のガウンを引っ張った。


「ね!」


クリストフが上目遣いにローゼン公爵を見ると、ローゼン公爵は困惑したように視線を彷徨わせ、クリストフの肩を押して身体を離すと、はしゃぐクリストフの背に手を当てて部屋へと促した。


「少しはお休みになりませんと。お食事も取られていないのですよ?」


クリストフはにこにこと手にした帽子をローゼン公爵にかぶせてやった。


「これは何です?」

「帽子」


羽とルビーに似た石のついたつばの広い帽子はまるでローゼン公爵に合わないものだ。さらに、その羽をクリストフが引っ張ると、なんとふわりとローゼン公爵の顔を包むように美しい金髪が帽子の中から生えてきた。


「こ……これは……」

「髪の毛」


ローゼン公爵は眉間に皺を寄せながら突如生えてきた毛を一房手に取り、何故か匂いを嗅いだ。クリストフは鏡の前にローゼン公爵を引っ張っていった。夜着の上にガウンを羽織り、頭に帽子を乗せ、長い金髪となったローゼン公爵の姿が映る。


「ははっ」


クリストフが笑い声を上げると、意外なことにローゼン公爵も釣られたように笑い出した。


「これは……これは滑稽ですな!」

「全然似合ってないよ!」

「えぇ、酷いものです。まるで道化だ」


ローゼン公爵が笑いながら帽子を取っても、金髪はローゼン公爵の頭に乗ったままだった。ひとしきり二人で笑い合ったあと、ローゼン公爵は目頭に指を当て、それからクリストフを見た。


「全く貴方様ときたらこのような……」


クリストフは驚いた。ローゼン公爵のこんな顔は見たことがない。優しげに目を細めてクリストフを見つめるその顔は、口元に笑みを浮かべているのにいつもの嫌味な顔とは違う。


「分離の魔法陣ですか?」

「う、うん。あとは吸着を弱めて、適合と」

「よくお勉強されたようですね」


答え終える前に思わぬ言葉が返されて、我知らず頬が赤くなる。


「それで、こんなものを作ってどうしようというのです」


照れ隠しに頭をひとかきしてからクリストフはにやりと笑い、その使い途を目の前のブロンドの毛をぶら下げた男に囁いたのだった。






ヴィヨン侯爵夫人は社交界で有名な好事家こうずかである。

彼女はその財力を思う存分活用し、服飾品、宝飾品のみならずありとあらゆる美術品を集めることに精を出していた。伝統的なものだけではなく斬新なアイデアや人々が目を覆うものまで、新しい価値と見るや彼女は芸術家のパトロンとして誰よりも早く名乗りを上げるのだ。

彼女の財源は夫のヴィヨン侯爵が所有する王都でも一番人気の服飾店を経営する商会である。その商会の店でオーダーしたドレスを夜会やお茶会へ着ていくことは、社交界を楽しむ女性達にとっては一種のステータスとなっていた。

そしてお洒落や芸術に興味がある女性達が憧れているのは、ヴィヨン侯爵夫人の開催する夜会へ招かれることである。その夜会には、居並ぶ貴族達の中でも特に新しいものに目がないと言われる人々が集まっている。会場に飾られている調度品も芸術品も一級品であり、奏でられる音楽も各国の著名な音楽家や新進気鋭の作曲家のものだ。

それだけではない。

そこではこれから流行となるであろう最先端のドレスや、驚くほど奇抜なデザインの装飾品、趣向を凝らした演目なども披露される。見たことがないものを見たいのならヴィヨン侯爵夫人の夜会へ。それはアルムウェルテン王国の貴族達にとっては当たり前のことであった。



その夜、夜会の主催者であるヴィヨン侯爵夫人は、華やかなホールを上階から睥睨へいげいし扇子を握り締めていた。

何度招待しても断られていたブレンドル伯爵夫妻が、やっと今夜姿を現す。美しいブレンドル伯爵の若かりし日の姿に、同じ王立学院の生徒であったヴィヨン侯爵夫人は一目惚れをしてしまった。そして、幼いころから決まっていた公爵令息との婚約を解消する算段をつけてまで彼を手に入れようと両親を奔走させた。

ところが何と、ブレンドル伯爵は容姿でも家格でも格下と見ていた伯爵令嬢と結婚してしまったのだ。その伯爵令嬢はヴィヨン侯爵夫人と王立学院で同期であった。そのころから、やれ慈善活動だの、やれ貴族の義務だの、堅苦しいやかましい女であったのに自分の憧れの男性を横からさらっていってしまうとは。

しかし、時はヴィヨン侯爵夫人に味方した。ブレンドル伯爵夫人は華やかな社交界では相手にされていない。慈善活動にばかり力を入れておりドレスにかける金銭的な余裕もないようで、いつも地味な装いだ。女性の価値は見た目である。ヴィヨン侯爵夫人はそう考えている。

年を重ね、いつまでもつまらない格好ばかりしているブレンドル伯爵夫人は哀れな中年女として夫から捨てられる運命なのだ。そして今夜、この年にしてなお美しい自分の姿を見てブレンドル伯爵は考え直すことだろう。つまらない女を選んでしまったと後悔するに違いない。

やがて目当ての伯爵夫妻の名前が呼ばれた。ヴィヨン侯爵夫人はホール中央へと続く階段を一歩ずつ降り始めた。遠目に見るブレンドル伯爵は年を経てもまだ男の色気が漂っている。その隣の女、ブレンドル伯爵夫人は、美しいがただそれだけのドレスを身に纏っており、相変わらず冴えない女だった。地味でつまらない化粧、既製品であると思われる大量生産品の首飾り。映えない色の靴。あれは形が古すぎる。おまけに野暮ったい帽子までかぶっている。

「まるでピエロね」

ヴィヨン侯爵夫人は口元にあてた扇子の奥で笑った。夫婦で揃いの帽子を用意するなんて。ブレンドル伯爵の頭にも乗っている安物の帽子に目をやった。愚かな妻を持った哀れな夫。早く救い出してやらなければ。

ブレンドル伯爵夫妻がホールの中央へと歩みだす。ヴィヨン侯爵夫人もそれに合わせてホールへと下り立った。


「ようこそ。ブレンドル伯爵」

「ヴィヨン侯爵夫人、本日はお招きいただきありがとうございます」


ブレンドル伯爵夫妻の挨拶に、ヴィヨン侯爵夫人は困ったように眉を下げた。


「何やらお困りのご様子だったのでご挨拶に参りましたの。お気に召さないことでもございまして?」

「滅相もありません。このような素晴らしい場に呼んでいただけるなんて、とても」

「だけど……ねぇ?」


ブレンドル伯爵夫人の言葉を遮って、ヴィヨン侯爵夫人は周囲へと視線を投げた。哀れみの嘲笑がブレンドル伯爵夫妻を取り巻いている。豪奢な扇子がブレンドル伯爵の帽子を指した。


「雄々しかった獅子の毛並みがこんなに哀れものになるなんて、わたくしとても見ていられなくて。女神の加護も時には呪いとなるのね」


新色の口紅が、弧を描く唇を華やかに彩った。この公の場で、ブレンドル伯爵夫人の妻としての素質を問う言葉を他の貴族へと聞かせてやろう。お前のせいで夫は笑われている。早く身を引けと伝えてやるために。しかし、ブレンドル伯爵夫妻は互いを見てからにっこりと微笑んだ。


「さすがはヴィヨン侯爵夫人だ。私達の本日の演目をすでに予想してくださっていたのですね!」


ブレンドル伯爵夫人は屈託のない笑顔を向けた。まるで、溢れる愛をその身に受けた女に通じる毒など存在しないかのように。


「演目……ですって?」


ヴィヨン侯爵夫人の言葉に応え、ブレンドル伯爵夫妻が地味な帽子を取り去り、大仰に放り投げた。するとその下のブレンドル伯爵の頭の上には全く別の帽子があって、光沢のある滑らかな生地が目を引いた。

そして、ブレンドル伯爵夫人は帽子こそなかったものの、目立たなかったはずのただの茶色の髪に、色とりどりの光が煌めいている。宝石をつけているのかと思ったが違う。ゆったりと下ろされた髪の中に複雑な織物のように違う色の髪が編み込んであって、会場の明かりを受けて輝いているのだ。

周囲の人々がどよめいた。ヴィヨン侯爵夫人も目の前のブレンドル伯爵夫人の輝きに思わず目を奪われていたが、どこからか聞こえてきた「美しい」という声に正気を取り戻した。この夜会で美しさを決める権利を持っているのはただ一人。主催者であるヴィヨン侯爵夫人でなければならないのだ。

目の前の女の価値を貶める言葉も思いつかないままに一歩踏み出すと、ヴィヨン侯爵夫人の前にブレンドル伯爵が進み出て、帽子のつばに片手を当てながら腰を低くしてお辞儀をした。彼が帽子を取ると、美しい金色の髪がさらりと流れた。

しかしヴィヨン侯爵夫人は気づく。初恋相手の髪色は金髪ではない。これはこれで良いのだが……。さらにブレンドル伯爵はまたどこからか新しい帽子を取り出して、それを手に舞ってみせた。そしてまた帽子をかぶり、ぴたりと止まって帽子を取る。そこには今度は鮮やかな赤い髪が現れた。

ブレンドル伯爵は軽快なステップを踏みながら、次々と帽子をかぶっては新しい髪型と髪色を披露した。用が済んだ帽子は会場へと投げられて、そばにいた貴族の一人が拾っては見たものの、仕掛けが分からず帽子を引っ張ったり折りたたもうとしたりしている。

やがて、会場からは歓声が上がり、賞賛の拍手がブレンドル伯爵夫妻を包みこんだ。ヴィヨン侯爵夫人は憧れていた男の舞いにうっとりとして、ブレンドル伯爵夫人の存在も忘れて見入っていた。

そしてついにフィナーレとなったのか、ブレンドル伯爵は妻であるブレンドル伯爵夫人の側で足取りを止め、最後の帽子を高々と掲げてみせた。

その瞬間――

会場の全ての音が止まった。彼の光る頭部に釘付けになった。ヴィヨン侯爵夫人はその光を見て、あまりの衝撃に気を失って倒れてしまった。






「……それで、どうなったの?」


クリストフは身を乗り出して物語の続きを目の前の男にねだった。ビスケットを二枚まとめて取ろうとしたクリストフの手から皿を引き離し、ローゼン公爵は続きを語った。


「結局、頭髪がなくなってしまったことは社交界に広まってしまいました。伯爵の頭部を笑い者にする愚物も少なからずおり、外見により不当な評価を下す輩を止めることはできませんでした」


ビスケットは口の中に入らず、皿の上に戻された。飛び出たくせ毛がしおれていくかのように、クリストフの頭はしょんぼりと下を向いた。


「俺、悪いことしちゃった……」


思いついたときは確かに良い案だと思ったのだ。面白いことをやる男性は女性にもてる。クリストフはそう思っていたのだ。それというのも、クリストフが育った娼館の近くにあった大衆向けの食堂にいた双子のせいだった。

その双子は外見はそっくりな兄と弟だった。だが、兄よりも弟の方が随分と女性に人気があった。娼館にも弟に憧れていた娼婦が何人かいたぐらいだ。真面目で無口だった兄に比べ、弟は面白い話が得意な上に手先が器用で、いつも一風変わった手品を人々に見せ、それに惹かれた女性が何人もいた。弟の周囲に集まる女性は、その手品を見て手を叩いて喜んでいて弟の頬にキスする女性すら多くいた。

だから、変わっていて面白いことをやれば、ブレンドル伯爵の評判が悪くなることはないだろうと安易に考えていた。貴族は平民と価値観が違うというのに。

ビスケットの皿から手が離れ、クリストフの膝の上で握られる。浅はかな魂胆でブレンドル伯爵に恥ずかしい思いをさせてしまった事実に、自分自身に向けてため息をついた。


「……ですが」


クリストフの目の前に湯気の立つカップが差し出される。


「身に降り掛かった困難を芸術へと昇華した伯爵の心意気は大いに賞賛されるところとなり、また、夫人がつけた髪の魔道具は男女を問わず話題となりました」


甘い匂いにひくりと鼻を動かしてから、クリストフは湯気を辿って顔を上げた。

ブレンドル伯爵夫人の髪の魔道具は、帽子の魔道具を作っている際の副産物だ。魔法陣を描いた丈夫な紙を細くり合わせ、糸を組み合わせて織った土台に織り込んで作った。ウーゴからは、色の種類や装飾用に光るようにとの提案があり、今後は髪留めや宝石などを利用することも考えているらしい。


「また、伯爵の頭髪の原因が、孤児院の不正を暴いたことによる毒殺未遂だという話も広まり、お二人は今や時の人です。夜会の主催者であるヴィヨン侯爵夫人が、伯爵夫妻との長年の確執を超えてまでもその美徳を社交界に訴えているとか。まぁ、今後伯爵夫妻を笑う者は後ろ指を差されることでしょうな」


ローゼン公爵は薄っすらと笑みを浮かべている。志ある伯爵夫妻を笑う愚か者の末路でも考えているのかもしれない。


「伯爵夫妻が守った孤児院にも寄付が集まっているとか。その寄付金で読み書きや計算、また、職を得るための幅広い知識を学べるように手配するそうです」

「ほんと!?」


孤児達のためになった。クリストフの表情は明るさを取り戻した。自然とビスケットに手が伸びる。


「あの髪の魔道具を求める女性も跡を絶たず、シモーナ商会では売上の一部を孤児院へ寄付することにしました。それに何より」


大好物にぱくついたクリストフを静かに見つめながら、ローゼン公爵は語気を強めた。


「何より、ブレンドル伯爵が頭髪のない自分自身を克服したのです。彼は頭髪のない状態を嘆き、頭髪のない人生に絶望していました。しかし殿下の魔道具により、頭髪のないことに意味を見出し、頭髪のないこれからの生活を、頭髪がなくともより素晴らしいものにしようと新しい視点から前向きに」

「ちょ、ちょっと」


もう「頭髪のない」話は充分だ。クリストフはくせ毛だらけの頭が少し寒くなった気がした。


「とにかく、ブレンドル伯爵は元気になったんだよね?」

「ええ、殿下。御礼状が届いております」


ローゼン公爵が見せてくれたその書状には、丁寧な文字で何度もお礼の言葉が綴られていた。伯爵夫妻はクリストフに直接礼を述べたいとのことで後日この館を訪れるという。

初めて自分の魔道具で人助けができた。クリストフは高揚感に包まれて、全身が熱くなるのを感じた。想像していたやり方とはだいぶ違う形とはなったが、それでも誰かの役に立ったのだ。

目の前に座るローゼン公爵をちらりと見上げる。

ブレンドル伯爵夫妻が参加した夜会から数日後の今夜、クリストフの部屋でこの報告をしたローゼン公爵は「ご褒美」だとは言わないまでも、ココアとビスケットを持ってきてくれた。

久しぶりのローゼン公爵との静かな夜だ。闇夜を映した瞳が細められ、柔らかな視線がクリストフに注がれている。ココアとビスケットがある夜は、ローゼン公爵は昼間よりもほんの少しクリストフに優しい気がする。

だから、クリストフはもう少し欲しくなってしまった。ココアと、そしてそれには程遠いまでもローゼン公爵の僅かな甘さを。


「何か?」


ためらいがちに差し出されたカップにを見て、ローゼン公爵はクリストフに冷たい視線を投げた。カップの中身は空だ。クリストフの要求がなんなのか、察しがついたのだろう。


「ちょっとだけ」


ローゼン公爵は何も答えなかった。


「この間はおかわりをくれたよ?」


物言わぬ目線がビスケットを見た。お菓子があるだろうと言いたいらしい。


「でも、おかわりをくれた時はビスケットもあって」


ローゼン公爵は腕を組んだ。普段なら「ケチ」だのなんだの悪態をついて引き下がるのだが、自分の力で事を成し遂げた男の自信がクリストフを前へと押し出した。


「ご褒美は……?」


クリストフは思い切って求めていた言葉を口に出してみた。ローゼン公爵の左眉がぴくりと動く。だが、まだそれだけだ。何か策を講じなければならない。

案も浮かばぬまま、クリストフはローゼン公爵を見つめ続けた。しかしローゼン公爵は全く動く気配がない。左眉を動かしたきり、あまりに動かないので時が止まったのかと思うぐらいだ。

調子づいていただけに落胆する心は急激にクリストフの熱を冷やしてしまった。肩を落としてカップを持つ手を引いた。最後にもう一度だけ。眉尻を下げてローゼン公爵を見上げる。

ローゼン公爵の眉間に皺が刻まれた。苛立ちともとれるその表情に、クリストフはますます眉を下げた。諦めとともに両手でカップを引き寄せる。

途端にローゼン公爵が立ち上がった。

クリストフの手の中からカップを奪い取ると左眉を持ち上げてクリストフを見下ろし言い放つ。


「そのように情けないお顔をされないでください」


厳しい言葉を吐いたあと、それでもローゼン公爵は二杯目のココアを持ってきてくれた。しかも、それはカップの縁までなみなみとつがれている。クリストフはカップが置かれる前に手を伸ばしかけて、ローゼン公爵に睨まれた。

その後、ココアを飲みながら二枚目のビスケットに手をつけようとしてまた鋭い視線に晒されたが、クリストフがもう一度、例の「情けない」顔をしてみせると、ローゼン公爵は苦い顔をしながらも、ビスケットを食べようとするクリストフを止めなかった。

クリストフは内心にやりとした。なるほど、偉そうに批判などしていたが、ローゼン公爵にはクリストフのこの「情けないお顔」とやらが効くようではないか。

慢心したクリストフは続けて三枚目のビスケットを取ろうとして手を叩かれた。皿の上にたくさんあるのに、枚数を制限されるのはおかしいと抗議したが、ローゼン公爵は盛り付けがどうのなどと言って取り合ってくれなかった。





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