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「ごめんな、遙……」
 幸哉はベッドに腰掛け、色づく遙の頬と艶やかな髪を撫でた。遙はそれにさえ息を詰め、助けを求めるように幸哉に向かって手を伸ばす。
「キス、して……?」
「……ああ」
 被ったままの布団を剥ぎ、体勢はそのままに顔を寄せる。
「ん……」
 漏らした吐息はどちらのものか。何度も唇を離しては触れあわせ、少しずつ口付けが深くなっていく。
 気持ちいい……。遙が吐息交じりに囁く。二人はやがて舌を絡め吸い上げて、甘くこぼれる互いの微かな声ごと飲み込んでいった。
「ゆき、や……好き……」
 うっとりと呟く遙の、閉じられた瞼に幸哉が唇を寄せる。もっと、と遙の腕が首に回され、ぎゅっと引き寄せられる。隙間無く重なる口から、こぼれた滴がつつ、と流れた。

「脱がせて、いいか?」
「……うん」
 一度遙を座らせ、セーターを脱がせる。肌着代わりに着ていたシャツに手をかけると、遙が身じろぎした。
「恥ずかしい……」
 恥じらう遙の白い肌、つるりとした腹部。少しずつ露わになっていくその身体に、幸哉が生唾を飲み込んだ。
 やがて下着に包まれた胸元が見えると、幸哉はそこへ唇を寄せた。
「っあ……」
 ぴく、と身体を跳ねさせる遙にに構わず、胸元を護る下着も取り去ると横たわらせて黒いタイツに包まれた脚を撫で上げる。微かな喘ぎを漏らす遙は、赤く染めた顔を腕で隠して震えていた。
「可愛いな……」
 思わずそう呟いた幸哉が、遙の手首をぺろりと舐めた。
「っ、やぁ……」
 思わず腕を解いたその瞬間に見えた顔に、幸哉の芯がずくりと脈打つ。
 あまり、俺を煽るなよ……。
 眉間に力を入れる幸哉に気付かない遙は、膝を擦り合わせ啜り泣くように息を荒げている。捲れたスカートに手を入れた幸哉は、タイツごと下着に手を掛けた。
 する、するりと衣擦れの音が響く。荒い呼吸を遙の肌に零しながらスカートも剥ぎ取り、とうとう遙が纏うものは何もなくなってしまった。
「恥ずかしい……」
 幸哉は遙の両手を取り、それらを片手で頭上に纏め上げ馬乗りになって唇を重ねた。遙がそれに気取られている間に素肌をなぞり胸に触れた。
「っん……!」
 遙の甘い声は口付けに飲み込まれる。口角を上げた幸哉が淡く色付く先端を擽るように触れると、面白いほど遙が跳ねる。
 纏めていた両手を放して両胸を揉みしだくと、身動ぎした遙が淫靡な水音を立てた。幸哉は片手を滑らせ、そこにそっと触れる。
 濡れそぼったそこは、温かく弛んで指を招き入れる。
「遙……」
 きつい、とか、濡れている、とか。呼びかけの後に続く言葉も出せず、幸哉は口付けを解いて胸元に吸い付いた。
「っあ、やぁ……、んっ……!!」
 手の甲で口を押さえても、幸哉の手が動く度に淫らな声が漏れる。それはもはや意味を成さず、ただ蟠る熱と、迫ってくる言い知れぬ何かを逃そうとしているようでもあった。
 幸哉の指が、唐突に遙の芯に触れる。強すぎる刺激に身を捩り、遙が高く喘いだ。
「やだ、怖いっ……、駄目ぇ……!」
 とうとう抑えきれなくなった遙が一際大きく跳ね、招き入れた幸哉の指をきつく締め上げる。
 ずくり、ずくり……。
 遙が弛緩するのとは逆に、幸哉の身体はある一点に熱を運び続ける。苦しいほどに張り詰めたそれは、解放を求めて乱れのない衣服を押し上げる。
 これは、流石に……。
 自身の状態を理解しつつ、くたりと横たわる遙を見る。
 色付いて、普段からは想像もつかないような艶を出す淫らな肢体。閉じた瞼を時折震わせ、半開きの唇から漏れる切なげな吐息。

 挿し込んだままの指に伝わるもの。

 ずくり、ずくり。熱が篭る。身体の奥底から、普段とは全く異なる種類の熱が湧き出し思考を奪っていく。いっそ襲い掛かってしまいたくなる強い衝動を、幸哉は無理矢理抑え込んだ。
「ゆき、や……」
 頼りなげな声で呼ばれてみれば、遙が両手を差し出していた。
「ぎゅっ、て、して……?」
「……っ」
 指をそっと引き抜く刺激に、甘く震える遙。ふやけてしまった指をペロリと舐めてみると、なんとも言えない不思議な味がする。
そんな幸哉に「馬鹿」と小さく呟いた遙をあやすように、幸哉はそっと伸し掛かり抱きしめた。
「好き……」
 呟きは、幸哉の首筋をそっと撫でる。その刺激も相俟って、幸哉は限界だ、と呻いた。
「俺も……、好きだよ」
 遙は嬉しそうに頷いて幸哉を見つめる。
「ね……、まだ、熱いの……。助けて……」
 ふぅっと息を吐いたのは、幸哉だった。

「今度はもう、どうなるかわからねえよ?……俺も、飲んじまったから」
 幸哉の射るような眼差しに、遙はごくりと喉を鳴らす。
 自分と同じものを飲んだと言うなら……。
 腹部に感じる、他より熱い箇所。遙はそれが何か分からない程初心うぶでは無いが、それを指摘できる程すれてもいない。結果、ますます顔を赤らめるだけだった。
「可愛い……」
 ずくり、ずくり。どちらもひたすら熱が蟠る。思考までグズグズに溶け始め、潤んだ視線が交わる。

 そして、口付けが二人の箍を取り去った。

 ごめん、と告げてベッドに降りた幸哉が、鞄から小さな入れ物を持ってきてサイドテーブルに置いた。遙がそれを訝しむ間も無く、幸哉は迷いのない手つきで着ていた服を乱雑に脱いでいく。露わになるその身体が直視できずにいる遙に、幸哉は妖しく笑んだ。
 ズボンを脱ぎ、最後の一枚に手をかけて……やめた。
 ベッドに戻った幸哉は、下着に隠されたそれを遙の太腿に押し当てる。
「もう、止めてやれない。遙が……欲しい」
 素肌が触れ合う。その温もりと早鐘のような互いの鼓動に安堵する。
 自分だけじゃないのだ、と。
「幸哉……、私、も……」
 声に誘われるように、夢中で遙の身体中に唇を寄せて舌で味わう。その度に遙は甘く啼いて、それがまた熱を呼ぶ。

 2人は互いの身体を指で、唇で撫でながら浮かされたように名前を呼ぶ。それだけで溶けて混ざってしまえそうだった。
 ただ一枚、二人を隔てる最後の砦。それに手をかけた遙は、緊張に喉を鳴らす。
 刹那の時、視線が交わった。
「これ、取っていい?」
 遙が問うと、幸哉はぎこちなく頷く。
 戸惑いながらそれを引き下げていく遙の、眼の前に晒された幸哉の欲情の証。直視して固まってしまった遙にもどかしさを感じ、幸哉は自ら下着を脱ぎ去る。
「もう……やめてやれないよ……?」
 遙が小さく頷くと、幸哉は遙を押し倒す。ギラギラと光る眼。噛み付くように口付けて、泥濘む遙のそこに指を沈ませた。
「んっ……、ふ……」
 水音が重なり、遙は再び柔らかく解れていく。指の数を増した圧迫感に慣れた頃、ずるりとそれを引き抜かれた。
「ゆき、や……?」
 幸哉は遙に笑みを向け、サイドテーブルに手を伸ばす。
「少し、待ってて」
 額に口付けながら、そこから何かを取り出した。
「あ……」
 それが何か察した気配に、幸哉は苦笑した。
「だから……良い?」
 何が、とは言わない。何を、とは訊かない。遙はこくりと頷き、幸哉はほっと息を漏らした。
「……少し、待ってて」
 それから手早くそれを着け、再び遙に口付ける。少しでも醒めてしまったかも知れない熱を、高く高く煽るように。甘く柔らかく溶かした身体に、熱を挿す。
「……っ、あ……」
 遙の零す吐息も、幸哉が嚙み殺した呻きも。二人が奏でる音のみ、部屋に響いた。
ゆっくりと深くその身を埋めた幸哉は、遙と唇を合わせた。
「ごめん……痛い、よな?」
 頬を撫でて気遣う幸哉に、遙は頬を緩めた。
「大丈夫……。まだ、身体がおかしいままなの。だから……」
 遙が触れ合う幸哉の唇を舌でなぞり、薄く開かれたそこにそのまま挿し入れる。極近くで立つ水音と、身体の奥底で鳴るそれが重なる。
「もう……、ごめん……っ、爪、立てていいから……」
 気遣う余裕があったのはそこまでで、幸哉がそう呟くや否や、その動きが激しくなる。遙は揺さぶられるままに任せ、幸哉の首にしがみつく。
「っ、はぁ、ん……っ」
 意味をなさない二人分の吐息。淫らに響く、抜き差しの湿った音と重なる肌が奏でる乾いた音。固く手を繋ぎ指を絡め、唇を合わせて身体を繋ぐ。熱くて心地よくて、幸せなのに泣きそうで。

 何度も何度も打ち付けて、脚を掲げて締め付けて……その時が来る。
 遙の身の内深くでそれが震えて、熱を吐き出す。遙は身体を震わせ、薄い膜に遮られたそれを感じた。
「あ、っあ………」
 高く喘ぐ遙と低く唸る幸哉は、互いに強く抱きしめ合った。

 熱病に浮かされたような刹那を過ぎ、緩やかに熱は下がっていく。妖しげなカプセルの効果はようやく切れたらしく、互いの呼吸を整えた後は、繋がる身体をそっと離した。
「っ……」
 ずるりと引き抜かれたそれに纏わりつく雫と、被膜のなかの雫。幸哉は手早くそれを始末すると、ベッドに横たわり遙を抱き寄せた。
 少し汗ばんだ素肌は吸いつくようで心地良い。遙も幸哉の胸元に擦り寄り、その背に腕を回した。
「遙、ごめんな……」
 ぽつり、と幸哉が呟く。
「変なもの飲ませるつもりは無かったんだ。でも……結果的にこうなっちまって。……悪かった」
 後悔の滲むその声に、遙は目を伏せた。この腕の中はこんなに幸せなのに、幸哉はそうではないのかと……悲しくなった。
 ぎゅ、と遙が力を込める。まるで責められているように感じた幸哉は、更に言葉重ねようと口を開く。
「俺、は……」
 続く言葉は、遙の口内に溶けた。

「幸哉は、後悔、してるの?」
 真っ直ぐに幸哉を見つめる遙は、凛としていた。
「後悔どころか、嬉しかった。俺は、ずっと……遙とこうしたかったから。だけど、」
「私も、嬉しかったよ」
 遙の被せてきた言葉に、幸哉は瞠目する。
「変な薬、飲まされたのに……?」
 幸哉の言葉を聞いた遙は、小さく笑う。
「だって、あの……気持ち、良かったし。恥ずかしかったけど、……幸せだもん」
 最後は胸に隠れながら。その仕草が愛しくて、幸哉は抱きしめる腕を強くした。
「ありがとう。俺も、凄く幸せだ。……だから……」

「もう一度、しよう?……今度は変な薬無しで」
 幸哉が遙の耳元に囁く。恥ずかしがって首を振る遙が可愛い。
「……遅刻はダメだと言っただろう?だから……ね?」
 意地悪に微笑みながら囁かれ、真っ赤になった遙と再び唇が重なった。
 無理矢理煽られる熱はもう無い。
 ただ互いの熱を煽る場所を探し合い、溶かし合う。指を、唇を重ねて身体を繋ぎ、それでも足りないとばかりに抱きしめて。

 そうして手探りでゆっくり高められた熱は、いつまでも下がりそうになかった。
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