Kaleido sisters

兎城宮ゆの

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真オタサーの姫

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華月がアリプロに加わり、十日が過ぎようとしていた。

新アイドルのモデル撮影としての売れ行きは、予想通り上々で三日と経った今で、1000枚のブロマイドが買われた事実にアリプロ創業初のボーダーラインの伸びに社員一同が、華月に夢中になっていた。

いきなり現れた新星の元気っ子アイドルは、たちまちブームを呼び、記者や野次馬の目に留まる事になる。

「華月。次の現場で発声練習とダンスの練習だ。その次に取材を受けて、飯は車の中で取る形になる。その後はーーー」

「え~!? 今日は休みなのになんで、こんなに忙しいのさぁー!!!」

渋滞する車の中で、文句を言いながらおにぎりを頬張る相手を宥めては、せっかくの休日をアイドルの活動で潰してしまう事に罪悪感を感じずにはいられなかった。

「でも華月の人気は本当に凄いんだぞ? 社長から今朝、お褒めの言葉をもらっただろ? 社長が出社して激励を送るなんて、俺が知ってる限り、初めての事だ」

紙パックのお茶を飲みながら、人指し指を向ける相手を見ては、示した方向に甘い食べ物が飾られたお店がある事を察する。

「兄ちゃん! アイス! アイスが食べたい!!!」

「さっきコンビニでチョコレートを買っただろ? アレで我慢しろ」

ぶぅ~と膨れた顔をした華月の頭を撫でながら、逃げ出したくなってしまう妹の気持ちも分かるが、この子も抜擢された時に覚悟は決めていたのだろう。

俺の前では泣き言を垂れ流すが、いざ現場に着くと笑顔を絶やさずに嫌な顔一つ取らない。

稽古をつけて貰う現場に到着すると、華月を預けてアリプロに所属する他のアイドルのいる現場へと移動していく。

「えーっと次は。『オタサーの姫対抗プリンセス決定戦』? どこかで聞いたような......」

記憶の片隅に置かれた名前を思い出そうとした瞬間に、緋鞠から一本の電話が掛かってくる。

「もしもし緋鞠か? どうした?」

「兄さん。今、どこにいますか?」

場所を伝えようにも道路沿いで、信号待ちをしている此処を口で教えるのは難しいと思い、先に相手の用件を聞こうとする。

「約束...忘れてないですよね......?」

相手の言葉で、現場の名前と照らし合わした時に緋鞠が言おうとしていた約束を思い出す。

「あ、あぁ。今、そっちに向かっているから安心しろーーー」

まさかウチの会社が企画したイベントに緋鞠が参加する事になっていたとは。

とにかく急がなくてはいけない。緋鞠との約束もあるが、イベント開始時間には間に合わなくては、打ち合わせどころの問題ではない。

渋滞を抜けると、警察に捕まらないギリギリの速さで会場に到達する事ができた。

既にドームに人は続々と入っているようで、緋鞠と待ち合わせた場所に向かおうとするが、人集りが多い為もあり、なかなか前に進む事ができない。

「待ち合わせの大きな時計塔の前...此処か.......?」

イベント会場に入ってすぐに存在した時計の前に辿り着くが、緋鞠の姿はなく、時計を見つめては予定時刻を15分も過ぎていた事に気づいて、近くにあった椅子に腰掛けては、急いだ疲れを癒そうと座り込んで辺りを見渡す。

「凄い人だな。まるで、マイケル・ジャクソンが来日したようだ......」

例え話が大げさ過ぎただろうか。流石、決定戦というだけあって撮影会のようなファンの媚び売りや写真を取っている姿を目の当たりにして、それなりに可愛い容姿をした子が多い。

その中でも一番列の多い人集りを集めている黒い長髪をなびかせた一人の少女に目がいってしまう。

この世に生まれた事自体が奇跡のような、その存在に心を奪われてしまったんだろう。

他の持て囃された女の子達とは違う。一言で表すなら『雨上がりに咲く一輪の花』というのが妥当だろう。

暫くの間、その子を眺めていると相手がこちらに気づいたように手を振って合図を送ってくる。

ファンの人達に謝罪をした後にこちらに向かって、必死に走って移動してくる相手を見つめながら、息を切らしている。

「えっ、あの俺に何か用が?」

慌てた姿を見せた後に相手は口を押えながら、笑い始めては涙を流して顔を近づけてくる。

「兄さん? 私ですよ? 妹の顔を忘れたのですか?」

目の前にいた美少女の正体が、緋鞠である事に気づくまでに数秒間の間、見つめていた。

納得に至れなかったのは、家にいる時とは全く別人のような奇抜な衣装と、普段から顔を見せない相手の顔を把握していなかったからである。

「兄さんは酷いです。予定の時刻を過ぎても来ないから、私が此処にいると噂が広がって見たくもないファンの子達の声援を受けたんですよ?」

若干、怒っているのが分かるように頬を膨らませては、こちらを横目で見ながら、手を握って会場内の飲食店に連れて行かれる。

どうやらイベントの時間まで相手をさせられるようで、席に着かされると周りの殺意にも似たヘイトの目線を集める事になった。

俺に買わせたクレープやカフェオレを飲みながら、本当に別人のように明るく話しかけてくる相手に複雑な想いを感じられずには、いられなかったが打ち合わせもある事からイベント開始まで一緒にいる事は出来ないと伝え、席を立とうとする。

「ま、待って! 兄さんにお願いがあるの!!!」

腕を強引に両手で掴んでくる緋鞠を見ながら、ため息をついて席に再び座ると暫くの間、もじもじとしている相手に机をトントンと音を立てながら急いでいるとアピールをしている。

「緋鞠よ。俺は仕事があるんだ。華月の迎えも行かなければならない。用がないなら、俺は行くぞ?」

「約束! わ、私がこの決定戦で優勝したら、華月ちゃんと一緒に活動させて?」

確かにこのイベント自体が、アリプロのアイドルを決めるようなもので引き抜きも視野に入れられている。

それに緋鞠は、アリプロで大人気ネットアイドル『弧鞠』本人である為、自分から入りたいというなら優勝しなくても大歓迎されるだろう。

「華月の隣に立たなくてもお前ならソロでも活動できるだろ? 何故、華月と一緒がいいんだ?」

「罪滅ぼしじゃないけど...私も華月ちゃんに認めてもらわなくちゃ前に進めないから......」

いつもの緋鞠のように弱い部分を見せながら、必死にこちらを目で訴えかけている相手の頭を撫でる。

「---わかった。お前もやっと前を向いて歩いてくれるようになったんだな」

相手にエールを送るように華月の残していったチョコレートを相手に差し出して、その場を後にする。

スタッフが集まる現場指揮を任せられた主任の元へ挨拶に向かう。

ウチのアイドルが司会をし、投票は観客によって行われるという資料に目を通しながら、緋鞠の順番を確認して全体が見渡せるバックスタンドで待機している。

オタサー姫を決めるイベントなだけあって、全員がイキイキとしたパフォーマンスを披露している。

しかし、緋鞠がオタサーの姫として何をするか楽しみではある。

「それではラストナンバー! ネット界の大物アイドル『弧鞠』さんです! どうぞぉ!!!」

司会のアイドルの掛け声に合わせて音楽が流れ始める。

「それじゃ、みんないくよー? 曲は、田村みかりさんのFunky baby doll!!!」

綺麗な歌声と緋鞠の為に集まったファンの掛け声で会場が沸きあがる歓声。そして何よりも掛け声のような盛り上がりに場内はヒートアップしている。

出演していたオタサーの姫の子達もキラキラと輝いて見えた緋鞠に合わせて、会場内は一つとなっている。

結果は見えていたが、周りを受け付けない断トツの票を集めた緋鞠に大きな拍手と共に本当の意味で、オタサー界の姫の称号を得たのだった。

そんな緋鞠の姿を背に俺は華月の迎えに向かう。

緋鞠はその後にアリプロに呼ばれるだろう。残された華月を回収して、事務所に行く頃には手続きも全て終わっている筈だ。

華月は取材を終えたばかりというように迎えに来た俺に抱きついては、コンビニでアイスを買うようにせがんでくる。

「兄ちゃんどうかしたか? なんか嬉しそうじゃないか?」

「華月と組むアイドルが決まったんだ。期待しておけ? お前に負けないくらい可愛い大物だ」

アイスを選びながら、緋鞠の分も買っていくとまだ見ぬ相棒の為にとパフェのようなアイスを籠に入れる華月を見ながら、これからの未来に期待とする。

車で移動しながら自分の分を先にと平らげる華月を横目に事務所にたどり着く。

「たっだいま~! 立花華月、仕事を終えて無事帰還しました!」

敬礼をしながら、事務所内にいる全員に笑顔を振りまく華月に癒されるように社員達が優しい表情を向けている。

「ねっ? 新しい子って何処にいるの!?」

俺の腕を引きながら、確認しようとしている華月を連れて、社長室にいるとされる緋鞠に会いに行こうとドアにノックをかけてみる。

「入りたまえ」

「失礼します。華月を連れて参りました」

ドアを開けると一礼をして、中に入ろうとするが華月が先に猛ダッシュで社長に抱きついて、まるで父親に甘えるような態度を取っている。

「しゃっちょ~ただいま~! 今日も頑張ったんだからお駄賃弾んでよね?」

「華月! すいません、社長。日頃から言い聞かせているのですが.......」

深々と頭を下げながら、華月の襟を掴んでは社長から離すとその姿を見ながら笑う緋鞠の姿がソファーの陰で確認できた。

「おぉ。君が新しいアイドルか! ふむふむ、成る程! ウチの緋鞠ちゃんと似てるね」

当の本人に似ているという表現を用いる華月の姿に呆れていると、横で社長が高笑いをしている。

「あのな、華月。この子はーーー」

「初めまして、華月さん。私の名前は立花緋鞠と云いますの」

微笑んで挨拶をする緋鞠に華月が一瞬、凍り付くように目を疑う。

「ひ、ひひひ緋鞠ちゃん!? で、でも何で!? 緋鞠ちゃんは家から出れなかったんじゃ!?」

「兄さんの力です。あとこれは私の意志なので、イジメとかでもないからね?」

華月の性格を知っての対応なのだろうが、イジメだった場合は華月はトラウマの時のような恐ろしい態度を取るのだろうか。

それはともかく、これでアリプロ復興の為のアイドルユニットが無事に揃うことになった。

「社長、ユニット名は決まっているんですか?」

「あぁ。彼女ら二人のユニット名は『Kaleido sisters』に決定した。姉妹共々、君にはこれからも頑張ってもらいたい」

Kaleido sisters。

未来を照らす姉妹という意味のユニット名に互いに納得を見せていた。

そしてこれから俺の妹達は予想を上回る結果を残すに違いないと俺はその時、確信をしていたのであった。
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