Fragment-memory of future-Ⅱ

黒乃

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第二話

第三十二節  戦いに飢える者

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 エイリークはグリムや、味方の海賊複数人と一緒に相手の船へ乗り移り、攻撃を仕掛けていく。相手の海賊を倒していくことで、気付いたこともある。

「バルドルの、気付いたか?」
「うん。コイツら全員、自我を持ってない。それに、よく見たら全員にグレイプニルが嵌められてる……!」

 切りかかってきた相手の海賊を切り伏せる。グリムも同じように大鎌で敵の首を次々に狩り落としていく。死体に目配せすれば、腕や手首など嵌められている場所はまちまちではあるが、全員があのグレイプニルを装着していた。さらに、

「女神の巫女ヴォルヴァを殺せ……!」
「女神を許すな……!」

 彼らの口々から発せられるのは、運命の女神や女神の巫女ヴォルヴァについてのことだ。となると、彼らの正体は反ユグドラシル教団の集団、ヴァナル。
 彼らの目的は、ユグドラシル教団の破壊に、運命の女神に付随するあらゆる出来事の消去。絶対に、一人たりとも女神の巫女ヴォルヴァであるレイの近くに行かせてはいけない。とはいえ、今はそちらはアルヴィルダたちが抑えてくれるだろう。

「殺せ……!」
「うるさいよっ!!」

 向かってきた海賊の一人を両断する。強さはそれほどでもないが、数が多い。

「まったく、ゾンビみたいに次々と!」
「だがこやつらは生者だ。殺せばただの肉塊と変わりなかろう」

 そう答えるグリムは当然というかやっぱり、容赦がなく。それでも一応、味方の海賊には手を出していないあたり、彼女なりにアルヴィルダの指示には賛同してくれているのだろう。
 このまま強力な敵でも現れないだろうと考えていたが、現実は予想を裏切るものである。上空から降ってくる殺気に気付き、大剣を構え衝撃に耐える準備をした。直後に大剣全体に何かが激突し、ビリビリと痺れんばかりの衝撃が手に伝わる。それを振り払い、前を見据える。

「ハハッ!やはり会えたなバルドル族ゥ!」
「バーコン……!いい加減、しつこい!!」

 狂気を身に宿して使役するヴァナルの一人、バーコン。彼の眼には今、エイリーク以外の人物は映っていないようだ。どうしてそこまで自分に固執するのか。それを問うても、理解のできない言葉を並べるのだろう。もっとも、理解するつもりもない。
 エイリークはグリムに耳打ちする。彼は自分が相手をする、と。

「できるのか」
「うん。きっとアイツとは、俺が決着をつけなきゃならないんだ」
「……そうか」

 彼女はエイリークの返事を聞くと、数歩後退して戦場の別の場所に移動した。口の中で小さく礼を告げる。

「やぁっと、俺を見てくれる気になったか……?俺と昂りたくなってくれたか!」
「どっちも違う!俺はお前なんか、興味ないよ!でも前も言ったように、俺の仲間に手を出すのなら、全力でお前を倒す!!」
「そうかぁ……それがお前の戦う理由なのか……。ククッ、笑えるぜ!狂戦士族のバルドル族が仲良しごっこか!!」

 バーコンが飛び出す。手に装着している鉤爪を伸ばすが、そんな単純な攻撃は通らない。鉤爪に撫でさせるように、大剣の位置を変える。
 バーコンはエイリークの対応に対し動きを変化させるわけでもなく、エイリークの狙い通りに鉤爪で大剣の面を撫でた。

 そこを好機と睨み、大剣にマナを付与させる。

"其は風神の逆鱗"テルビューランスッ!!」

 風のマナを纏った大剣で、バーコンを両断するように勢い良く振り下ろす。凪いだ剣風がマナの変化で刃の如く、荒れ狂う渦となるこの技。ゼロ距離ならば、まず回避することはできないだろう。実際に、バーコンの体を切る手応えを感じた。

 しかし、エイリークは足元の状況に混乱を覚えた。
 確かに大剣はバーコンを捉えた。技も問題なく繰り出され、彼は直撃を受けた。つまり本来なら、体が腰の部分から両断されているはず。
 それなのに足元のバーコンの体は今もしっかり繋がっており、ダメージといえば船体の床が衝撃で割れたくらいだ。

「なんだぁバルドル族……随分甘い攻撃じゃねぇか。砂糖菓子より甘い!!」

 振り向きざまに鉤爪を向けられる。咄嗟に体を捻って躱そうと試みるが、それはエイリークの左頬を掠めた。混乱するが、後退してバーコンから距離をとる。
 確かに身体を斬る感覚はあった。なのに何故。

「不思議か?不思議に思うよなぁ、そうだろう!?」
「どうして……!」
「こいつぁな……俺が殺してきた人間たちの皮や骨を、何重にも何重にも重ねて作られた呪いの防具だ。これはオレが攻撃を受ければ受けるほど、硬度を増す。そういう風にアディゲンの野郎が術を組み込んだのさ!!」

 再び猛進を仕掛けるバーコン。彼の言葉は理解出来ない。なんとか防ぐが、お互いの武器が鍔迫り合う。ギチギチ、と武器が鳴る。

「オレはオマエの皮で包まれたいんだよバルドル族!さぞ心地良いんだろうなぁ、胸が高鳴るぜ!」
「冗談じゃない……!!そんなの願い下げだ!」
「オマエの意見は聞かない!!オレがそうしたいからそうするんだよッ!強くなるためなら誰だって殺す!それこそ国王だろうが女神の巫女ヴォルヴァだろうがなぁあ!」
「ッ!!」

 頭に血が上る。そんな自己満足のためだけに仲間に手を出そうとするなんて。
 バーコンが、こちらの顔を見て笑う。

「イイ顔だ。そうだよバルドル族、オマエはオレと同類さ。戦うことでしか満足できない、そういう生き物だ!そうだそうだ、昂れ!!もっと!!」

 バーコンがエイリークの顔面に被せるように手を広げる。しまった、と思うもすでに時遅し。マナが彼の手中に集まる。目の前が赤く煌めく。

"呑み込み、砕き、果てろ"ツェアシュテールング!!」

 ゼロ距離での魔術による攻撃。ヘッドショットを食らったエイリークは宙を舞い、船体にドシャリと叩きつけられる。

「バルドルの!!」

 その様子に気付いたらしい、グリムの声が遠くに聞こえる。目の前では未だにバーコンが楽しそうに笑っていた。まともに攻撃を受けたせいか、意識が遠くなる。

 確かに衝撃はすさまじいものだ。
 だが……

 エイリークはゆらり、立ち上がる。
 体の痛みに反して、頭の中がクリアになっていく。頭に上っていた血が、身体の方へ戻っていくようだ。思考が単純になる。別に何を考えるまでもない。

 、そうだろう?

「どうした、怒れ恨め!オレと上り詰めようぜバルドル族!!」
「……

 三度突撃しようとしたバーコンに向かって、エイリークは手を広げる。その手に大量のマナが収束していく。赤く揺らめくそれは、果たしてマナの炎か。

「……"脈動よ、汝を包み燃え盛れ"クールエクスプロジオン

 ぐ、と突き出していた手を握る。一瞬間を置いてから、突如バーコンの身体から炎が噴き出た。悲鳴を上げるバーコンは、船の床でそれらから逃げようとのたうち回る。
 そんな彼を、エイリークは冷静に見下ろす。

「砕けねぇ鎧だろうと、テメェ自身は柔な人間の身体だろう?弱ぇ人間のよ!!」
「あぁああ、いてぇ熱い燃える焼ける爛れる!!」
「その炎の出所はテメェの心臓だ。俺の術はソイツに作用させて脈を早め、その熱を体外に排出させようとする際に、炎となって内側から全身を焼き尽くす。狂戦士族のバルドルに喧嘩売ったんだ。それぐらい耐えて見せろやクソ人間」

 今、表に出ているエイリークの人格は、戦闘を好む凶暴な性格の方だ。バーコンがそうしたように、もう一人のエイリークがバーコンを見下ろしている。苦しみ喘ぐ彼の姿は嫌に滑稽で、それが

「……さて、んじゃまぁ始末するか」

 もう一人のエイリークが大剣を掲げる。振り下ろそうとして、その身体がビタリと止まった。まるで金縛りにあったかのように。その原因は──。

『やめろ!!』

 人格の裏に追いやられていた、優しい人格のエイリークによる抵抗だった。凶暴な人格のエイリークは忌々し気に舌打ちをしてから、己の人格を裏へと返す。
 身体の所有権が戻った優しい人格のエイリークは、衝撃と身体の反動に思わず膝をついて、荒く呼吸を繰り返す。そんな自分の近くに、グリムが寄ってきてくれた。

「っ……危なかった……」
「……何があった」
「感情に、飲まれそうだったんだ……。意識がなくなって、自分の身体が自分のものじゃなくなるような……」

 エイリークは目の前の光景に視線を移す。未だに身体から炎が噴出し、痛みに苦しむバーコンの姿が目に入る。今は確かに好機だが、身体が言うことを聞かない。思っていた以上に、自分もダメージを受けていたようだ。
 そんなとき、ノーヴァ号からアルヴィルダの声が響く。

「全員、すぐにその船から避難しな!!全身がアイスシャーベットになるよ!」

 何か準備をしていたのだろうか。立ち上がろうとするも、思うように身体が動かない。そんなエイリークに、グリムが肩を貸してくれた。素直に彼女に甘え、エイリークたちは敵の船から脱出するのであった。
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