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しおりを挟む「…まだ第1回の調査だから、偏差値が合いそうなところを適当に書いて出せばいいじゃない、模試でも書いたでしょ?」
「うん…そう、なんだけど…まだ、やりたいこととか無くってね、いろいろ…先に進むのが…日が…時間ばっかり進むのが嫌になっちゃって…本当はね、この旅行も…現実逃避とかそんなのも含まれてて…」
「そう…」
源ちゃんは空になったカップを持って立ち、私が座る椅子の足元へ置いていたポリ袋へと割り箸と共に入れ備え付けのゴミ箱へと押し込んだ。
そして私の横へ戻り両膝をつき、
「モモちゃんはなんだってできるよ、器用だし努力家だから」
と潤んだ目を真っ直ぐ見つめる。
「……そう?」
「うん、なんだってキチンと勉強するし練習するし、すぐにやりたいことが分からなくっても…選択肢を沢山作っておけば何にだってなれる」
「褒めすぎ」
私が照れ笑いを見せれば、源ちゃんも腫れぼったい目を細めて笑った。
「本当に言ってるんだよ……それに、いざとなればうちの店を継げばいいよ。モモちゃんならいい女将さんになれる」
「……『えっちゃん』を?」
「うん、弟子入りして、店名も『ももちゃん』に変えちゃえ、ふふっ」
「…あはっ…そっか、今度悦っちゃんに…頼んでみようかな…」
どこまでが冗談か分からないけど母親の店を差し出してくれるその気持ちが嬉しくて、私はぼんやりと「お店屋さんもいいな」なんて少し心が軽くなる。
候補のひとつとして道筋をもたらしてくれた、そして
「いざとなったら、ね。僕も通っちゃうよ」
と彼が存在をアピールしてくれると変わらない関係と未来があるのだとホッとした。
「源ちゃんの家じゃん」
「うん、モモちゃん目当てにお客さんも増えるよ」
「やだァ、もう…ふふっ……ありがと、源ちゃん、」
「うん……いつだって、応援してる。僕はモモちゃんから離れないから」
その素直で曇りのない眼差し、膝を折っても目線の揃うほど大きく逞しく育った身体。
至近距離で見つめ合えば、どくん、と心臓が胸を打つ。
「(なに…)」
顔立ちは少し精悍になった、背が伸びて全体的に骨張ってゴツゴツしてきた。
でも目つきは昔から変わらない、髪質も私を何かと導いて助けてくれるところも変わっていない。
変わったところ、変わらないところ、全てが私を優しく守ってくれている。
彼は私が好き、それは大きなアドバンテージで私の自信、追われる立場という優越感。
彼は私が何をしても拒まない、そんな想いが煮詰まって、私は彼に瞳でもう少し近付きたいと訴えた。
「……源ちゃん、」
「……え、」
見慣れた顔が近くなって20センチ、
「……」
10センチ、
「……」
自然と吸い寄せられるように、でも作為的に背中を丸めて、目を閉じて。
そして二人の唇の先がちょん、と接した。
その瞬間に魔法が解けたように私はバタついて、
「………あ、ごめ、ん、やだ、」
と体を起こすと
「やだじゃないよ、モモちゃん…僕がどんだけ我慢してると思ってんの…もう…もう…」
と源ちゃんは文字通り頭を抱えて顔を擦る。
「嫌、だった?」
私は彼があまりに顔を擦るので心配になり、絨毯の床にしゃがみ込んだ。
「~~、い、嫌な訳ないだろ‼︎」
「良かった…なんか、ロマンチックなムードに流されちゃった」
照れ隠しに源ちゃんはピクリと反応し、
「…モモちゃん、好きでもない男と流されてキスするの?」
とこちらを心底疑う目で睨む。
「違う、したいって…思ったの」
「危ないな…僕以外の人と同じシチュエーションにならないでよね」
「そんな機会無いって」
源ちゃんは雑に謙遜する私の手を握って短い距離を引き寄せて、
「しないで、って言ってるんだよ」
とキツく抱き締めた。
「あ…はじめ…ちゃん…」
「……」
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