私達は、若くて清い

茜琉ぴーたん

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 翌朝、玄関を出て新島にいじま家の前を通るといつものように申し合わせた訳でもないのにはじめちゃんが待っていて、

「おはよう……なんか元気無い?」

とさすがの察しの良さを発揮する。

「んー?そうかな」

「うん…なんだろ…違うならいいけど」

「元気だよォ」

「…何かあるなら言って、解決策くらい考えるから」

「……うん、ありがと…」

言ったからといって、具体的に源ちゃんが何をしてくれるというのだろう。

 それでも僅かの私の違和感に気付いてくれるのは嬉しくて…彼の株がグッと上がった。

「源ちゃん、っちゃんのモツ煮、美味しかったよ」

「そう、良かった」

「…源ちゃんは、お店継ぐの?」

「ん?んー……どうだろ…母さんが元気なうちは頑張ってもらうけど…僕は……てかあの店は母さんの社交性で成り立ってるみたいなとこあるからね。僕に代替わりしたらお客さん離れちゃうんじゃないかな」

 確かに味だけでなく店の雰囲気や悦っちゃんの人柄に惹かれて通っている常連さんも多いそうだから、ボーッとした源ちゃんが大将になると客層が変わるどころか経営も厳しくなってしまうかもしれない。

「そかな」

「うん、商店街でもない町の片隅の飲食店、わざわざ食べに来ないでしょ」

「あのお袋の味、みたいのがいいんじゃないの?私好き」

「確かに美味いけどね…僕も手伝わされてたから味付けは把握してるんだけど…お客さんを喜ばせたい、みたいな気持ちが無いとできないよね」

「うーん……そうかァ…じゃあ源ちゃんは大学進学?」

「いや専門とか…モモちゃんは?」

「うん…まァ……考え中…」

 とりあえず大卒の称号を得たいので進学を希望はしているが、特別何をしたいとかどんな研究をしたいかとか、まるで何も決めてはいないのだ。

 学費を出してもらうからにはストレートで合格して家から通える範囲の大学にしたい、それくらいしか母にも伝えていなかった。


「モモちゃんは…したいことって何?」

「……まだ…分かんないな…資格取っても一般企業のOLさんとかになるかもしれないし……源ちゃんは?」

「僕は…歯科技工士…入れ歯とか造る人。適性とか仕事スタイルが合ってるっぽくて…なってみたいんだよね…」

「へェ…模型作ったり…器用だもんね、向いてるかも…頑張って」

「うん」

 そういえば源ちゃんのお父さんも器用な人だったな、彼の亡くなった父親の事を思い出しては私たちの間に妙にしんみりとした空気が漂う。

 お父さんが亡くなったのは私たちがまだ保育園児だった頃のこと、持病の悪化で…としか私は聞いていない。

 当時から源ちゃんはさとくて淡々とした物言いをする子供だったけど、父親の死を悟ってはらはらと涙をこぼし、ぎゅうとズボンの腿の部分を千切れるほどに強く握り締めていたお葬式での姿は今思い出しても胸が痛くなる。

 つまり私たちは隣同士で親も幼馴染みで母子家庭で、そんな共通点もあって仲良く付き合いをしてもらっているのだ。


「源ちゃん、卒業式に…ね、お父さんが来たいんだって、奥さん連れて」

「!……それが悩みのタネ?」

「ふふ…うん、どうしよっかなーって…小さいことでしょ」

「小さくは…」

 共に父親はいないけれど性質が違う。

 私の父は会おうと思えばいつだって会いに行けるのだ…だから源ちゃんにこんな相談をするのは躊躇ためらわれたのだけど、彼がどんな解決策を練ってくれるのかなと気になってしまった。

「お母さんは何て?」

「私の好きにすれば良いって」

「…お母さんは来るの?」

「うん。休み取って来てくれるよ」

「………なんだ、なら1択だね」

 源ちゃんがそう言ってニコリと微笑んだところでクラスの友人に声を掛けられて、私たちは学校まで微妙に距離を保ったまま歩きホームルームを迎えてしまう。
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