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11月

12・大人の恋愛の始め方

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 通話を終えた後、知佳ちか美月みつきは荷物を取りに事務所へ入って帰り支度をしていた。

「20分後か…まだあるわ。あ!忘れてた、チカちゃんこれ」

美月は、カバンからミカンを取り出し2玉を知佳に渡す。

「お、もうこんな時期?」

「そう。これお高い品種なんですって」

「ほほぉ…すぐ食べるわ、カバンの中だと潰れそう。ありがと」

 ミカンの皮に爪を立てると飛沫が上がり、柑橘かんきつらしい爽やかな香りが広がる。

 薄皮が破れそうなので、知佳はひと房ごと歯でもぎながら食べ出した。

「ええね、美味しい」

「ね。また貰ったらあげる…やった、タカちゃんとご飯♡化粧直しとこ」 

「そだね、ちょっと私も武装するわ」

同郷の2人はにわかにロッカールームで戦闘準備を始める。


 知佳は時折ミカンを食べながら髪を下ろし、アイシャドーを差し、アイライナーを濃いめに入れる。

 化粧は仮面、不思議なもので化粧の膜を1枚隔てるだけでも自信を持って話ができるのだ。

「ご飯なぁ…ミツキちゃんが行かなきゃ無理だったわぁ…」

「…緊張する?人見知りだもんね、その人の事苦手?」

「いや、あー……行動が読めなくて、ドキィーっとする」

「え、恐い人?どんな人?」

「ロン毛で、細身で、目力があって、口元がセクシー。飴ちゃんあげただけで、ニコーって笑うの。なんか艶かしいの。首筋とか手とか口とか!んで…歯を見せろって言われた」

「は?」

「歯。コレ、八重歯。…ギャル写真の、私の八重歯が…か、可愛かったんだって。だから見えるように笑えって、そう言われた」

「…」

美月は化粧の手を止めて、目をパチクリさせる。

 掻い摘んだ話だけだと男は知佳を口説いているようにも聞こえるし、知佳自身もその男に対して満更でもなさそうな態度である。

 むしろイチャイチャする様子を惚気のろけるようにも聞こえ、はて何が気まずいのかも分からない。

「ロン毛の人、確かにタカちゃんとよく一緒におるね、あの人ね…ふーん」

 「ドキッとする」、言葉通りに自覚してしまえば楽なのでは…しかし相手の素性もわからないし簡単に背中を押すわけにもいかない。



 2人は事務所から出て話しながら階段で1階まで降り、その間に知佳が何となくの馴れ初めを説明した。

 ハロウィン会の後に突如現れたこと、ギャル写真を所持していて、メンバーの事を探るためにチカの作業部屋を訪れたのだろうということ。

 高石たかいし経由で知佳の諸情報が漏れていること、そして出会って2回目から名前で呼ばれていること。

 美月はふんふんと聞き、千早ちはやへの興味が高まると同時に、万が一にも危険な奴なら帰りの足の確保をしなければと思案し始める。


「(ギャル写真から遊び目的で声かけたんなら危険よね…タカちゃんが普通車で来るだろうけど、何かあったらあたしがチカちゃんを連れて帰らなきゃ…)…チカちゃん、あたしの車で待とうか」

「うん」


 美月は知佳を自分の車の助手席に乗せ、スマートフォンを確認してドアポケットに入れる。

「チカちゃん、何食べたい?」

「んー、寿司」

「たぶん無いな。焼肉か居酒屋か鍋よ」

「そうよなぁ…ねぇ、高石さんって、男!って感じのノリする?オラオラ系とかウェーイな感じ苦手…」

「あぁ、タカちゃんは紳士よ、少なくともあたしといる時は。男同士なら分からんけど、それを女の前で出すほどガキじゃないでしょ」

「…そうよな、私も職場の人でギリ。基本男男オトコオトコした人って緊張する。ギャハハって笑う集団無理よ」

元々が人見知りで出不精でぶしょう、仕事からプライベートにスイッチすると途端に知佳は対人フィルターが厚くなる。


 車内で他愛もない話をしていると、退勤した松井まついが車の前を通りかかった。

 彼は一時期は早番で来ても閉店まで事務所に残り意中の相手を待ち伏せなどしていたが、最近はめっきり大人しくなっていた。

 どうも狙っていた相手に恋人ができて、諦めざるを得なくなったそうだ。

 美月も知佳も、通り過ぎる松井を黙って目で追う。

「…松井さんも、自分から告白すれば彼女できるのにねぇ…」

「本当よね、アプローチしてハッキリ言わなきゃねぇ」

「…ミツキちゃん、私さぁ、千早さんにか、可愛いって言われて、結構嬉しかったんよ………ドキドキした」

知佳はもじもじとしながら、美月に本音を打ち明ける。

「あらあら…」

「これは…だんだん仲良くなって意識し出すパターンなん?思い上がり?私なんかが…自意識過剰?大人ってどうやって恋してるもの?」

「落ち着いて、チカちゃん!」

「ただのリップサービスかな…しばらく彼氏いないと、小さい触れ合いでさえ勘違いする痛い女になっちゃった…」

 知佳は自己評価が低い。

 決定的に分かりやすくアピールされなければ大抵のアプローチは「勘違いみっともない」でいなされてしまうのだ。

「チカちゃん……あの…差し出がましいようだけど、言わせてもらうわ…その人に好かれるかどうかってもはやどうでもいいのよ。チカちゃんが、その人を好きかどうか、これじゃないかしら」

「うん?」

「好きかどうか、自覚…してみたらどうかなって」

「んー…ん?」

「あぁ面倒くさい…チカちゃん、かわいいって言われてドキドキしたでしょ?」

「そう…ね」

「それって好き…じゃない?」

「す………ン~」

「あぁ…煮え切らない…チカちゃんからアタックするっていう選択肢は無いの?」

「勝算がないとな…自分から好きになって付き合った事無いし…告白は男からでしょ…」

「それじゃ松井さんと一緒じゃない…もう…あくまで受け身なのねーそう…あー、うーん…」


 一方の話だけではよく分からない上に、美月は場数の割に幸せな経験をしてきていないのでアドバイスに自信も説得力も無い。

 しかし浮いた話がしばらく無かった同僚の頬染める姿に心打たれ、彼女なりの激励を贈る。

「チカちゃん、チカちゃんの性格はよく分かってるわ、ハッキリしたアタックがあったら考えましょう!世の中、口が上手い男はたくさんいるから。体目当てだったり、お金目当てだったり、焦ることはないから!匂わせる曖昧な事をされても、そこから更に吟味が必要よ!」

「………!うん…!」


 2人きりでも言葉を崩さず伝えてくれた妙に実感のこもった美月の助言を、知佳はありがたく心に留めるのだった。
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