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ウズ編・瀬戸内ひとり旅

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 さて駅前のロータリーでタクシーに乗り、メモに控えた住所を伝えたところ彼女の実家は海側ではないことが発覚した。

「へ…ここ海の街っしょ…?」

「合併で南北に長い市じゃけぇ…こりゃ山側じゃね、出すよー」

「な、何キロくらい?」

「時間じゃと30分くらいかなぁ」

「へぇ…しゃーない、頼んます」


 車は北へ北へ、昨夜通った新幹線の架橋をくぐり更に北へ…店屋や信号が減っていかにも農村といった雰囲気の風景が広がってくる。

 タクシーのメーターはくるくる回って俺の顔色も青ざめている気がする。

 たいした会話もせず目安の30分を前に目的地へと到着した。

 この出費は非常に痛い、以前より給料が上がったとはいえ交通費にこれだけかけるなんて…俺は泣く泣く五千円札を出してお釣りもきっちり受け取り、始めての土地へ足を付ける。


「ここか」

こぢんまりとして可愛らしい近代住宅、築年数がそう経っていなさそうな家屋の前で表札を見て志保の苗字と合致していることを確認した。

「やった…居んのか…?車あるけどな…どやろな…」

ナビ通りに来たのだから間違いないはず、俺は意を決してインターホンの呼び出しボタンを押す。

「……………………居れへんか……?」

 しばらく待ってみたが誰も出ず、横に回ってみても室内に灯りが点いてないし留守のようだ。


「何か、用事ですか?」

「うおっ⁉︎」

 突然声をかけられ驚いて振り返ると、

「うえ、上、」

と隣の建物の二階ベランダから年配の女性が覗いていた。

「え、あの、ここの…娘さんに用があって、大阪から来たんですわ。留守みたいやからどないしょうか思うて…」

「娘って…あらそうなん、そこの裏から入ってきて?こっちで待てばええわぁ」

「へ…ほな…へぇ…」

 自分で言うのもナンだが、もう少し警戒心を持った方が良いと思いながらも遠慮なくピンクの外壁の歯科医院の裏口…居住部分だろうか、普通の玄関から入らせて貰った。


「お邪魔します」

「はいはいおはよう、うちの孫に用事か。大阪からわざわざ……一緒に住んどるいう彼氏かいね?」

 先程の女性がゆっくりと階段を降りて来て、その後ろにはまだ階段昇降に慣れていない小さな男の子が付いて来ていた。

「そうです、そうです…あ、初めまして、太秦うずまさです」

 俺は珍しくしっかりと頭を下げて名を名乗り、

「祖母です、いつも志保がお世話になっとりますな、ほほ…」

年の頃は80以上だろう、小柄なお婆ちゃんは腰を伸ばして挨拶をしてくれた。

「はは、は……あのー、その、お孫さん、どこ行ったか知りまへん?」

「産婦人科、お兄ちゃんの嫁さんがお産でな、送迎しようる」

「は…?」


 おばあちゃんによると、志保の兄嫁さんが臨月で予定日を過ぎているのに兆しも無いため気分転換がてら志保の母も連れて出掛けたらしい。

 そうしたら出先で産気付きそのまま産院へ連れて行った、そして出張していたお兄さんを駅で拾って病院まで送って待機している、とのことだった。

 なるほど、病院…それでスマートフォンの電源ごと切っているのかな、合点がいった。

 お婆ちゃんがこの建物にいるということは、この歯科も彼女の家族が経営者か。

 もしくはそのお兄さんが歯科医なのか…俺は付き合いの年数の割に、彼女のことをあまりに知らなさすぎた。
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