16 / 76
2022
16
しおりを挟むそんなある日のこと。
「舞岡さん、これお願い」
「はい、行って来ます」
専務から久々のお使いを頼まれて、徒歩にて取引先へ向かうことになった。
伝票と発注書をやり取りするだけなのだが、直接出向くことに意味があるそうだ。
「(気分転換できてラッキー)」
目的地は前の社屋があったビルの向こうで、あの消防署の近くでもある。
遠回りして署の前を通ることも出来るし、最短距離なら通らなくても済む。
「(行きは、最短距離…帰りは、遠回りしても…良いんじゃない…?)」
目的は業務、そして運動だ。
てくてく歩いて、少し懐かしい路地を進む。
駅前通りから一本筋を入った所なので民家が増えて、緑も多くなってくる。
桜はもう葉っぱになって、蝶々がひらひら舞っていた。
「……」
目線の先、消防署が視界に入る。
もったいぶって馬鹿みたい、でもあそこの前を通るのは自分にとってのご褒美みたいなものだ。
さくさく用事を済ませて、お茶菓子を貰って取引先を後にする。
「(散歩みたいなものだし。何でって、通り道だし)」
厳密には遠回りなんだけど、気になるんだから仕方ない。
青木さんが居なくても、私の日常が変わる訳じゃない。
でも1年間私の日常を変えた、彼が居たら…それは嬉しいの。
今は昼の2時過ぎ、もし居たら訓練などしているだろうか。
ゆっくり、もったいつけて消防署の前に差し掛かる。
敷地内にはオレンジ色の上下を着た消防士が数名、体力作りだろうか腿上げをしていた。
たまに敷地の外へランニングしに出たりするのは以前から見ていた。
市民の安全を守るために研鑽を怠らないのは素晴らしいことだ。
「……居ないかな」
見たところ、青木さんは居ないようだった。
夜勤かもしれないし、そもそもここの署にいないのかもしれない。
ちょっと気になる程度で声を掛けて聞くことも出来ず、門の前を通り過ぎた。
「(一区切り、で良いのかな)」
いつまでも仄かな恋の思い出に浸り続けることも出来ない。
忘れなくても良い、でもここらで青木さんへの執着を終わりにせねば新しい恋も始められない。
「(てか恋?)」
街角で迷惑系動画配信者に遭遇したみたいなこと、「失礼な」で済むようなことか。
私が女で青木さんが男だから、安直に恋愛的な出逢いに結び付けてしまっただけだ。
何だかんだと言い訳をしては自分を慰めて、横断歩道を渡しろうとしたその時。
「待って下さい‼︎」
と張り上げた大きな声が響いた。
4
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
『番外編』イケメン彼氏は年上消防士!結婚式は波乱の予感!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は年上消防士!・・・の、番外編になります。
結婚することが決まってしばらく経ったある日・・・
優弥「ご飯?・・・かぁさんと?」
優弥のお母さんと一緒にランチに行くことになったひなた。
でも・・・
優弥「最近食欲落ちてるだろ?風邪か?」
ひなた「・・・大丈夫だよ。」
食欲が落ちてるひなたが優弥のお母さんと一緒にランチに行く。
食べたくないのにお母さんに心配をかけないため、無理矢理食べたひなたは体調を崩す。
義母「救護室に行きましょうっ!」
ひなた「すみません・・・。」
向かう途中で乗ったエレベーターが故障で止まり・・・
優弥「ひなた!?一体どうして・・・。」
ひなた「うぁ・・・。」
※お話は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる