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7月(最終章)
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しおりを挟むそしてまた数日後。
奈々から誘った夕食で、彼女はひとつ未来への指針を提案する。
「旭くん、近いうち…一緒に住まない?」
「んー…いいの?ひとりの時間も欲しくない?」
「いいわよ、そもそも休みがバラバラなんだもの。朝と夜くらい一緒に居る時間増やしたいわ」
となればまた引越しか、もっと部屋数があって台所が広くて…松井は都合が良さそうな地域を頭に浮かべた。
「…ナナさん、こっちに来て3年以上だけど…次の転勤とか話は無いの?」
「今のところ無いわねェ…もしそうなったら…単身赴任かな…」
「…いろいろ…選択肢が多くて…迷っちゃうね」
「そうね……計画立てる方がいいんでしょうけど…」
子供の有無、転勤の有無、どこに住むか、そもそも結婚するか否か。
パターンは限られているが複合的に組み合わさったり突発的に選択肢が発生したりすると不都合が出てくるだろう。
それは計画を立てていても同じことなのだが、本人たちの意思で決められる選択肢のうちのひとつの答え、よくよく考えた答えを松井も奈々へ提示する。
「ナナさん、僕は……できれば子供は欲しい。でも希望じゃなくて、その覚悟がある、ってだけ。ナナさんが無理なら居なくても平気だし、残念がったりしない」
「うん、」
「目標、って言うのかな…モチベーション。何かのために頑張るみたいな…僕、達成できないのが嫌でさ、そういうの掲げたことが無かったけど、次のステージに行きたいってのはある」
「うーん」
ヘルシーなデザートを楽しみつつ、奈々の頭にはお腹を大きくした自分の姿が過ぎった。
「もちろん出世を目標にしてもいい、けどまだこの先長いからね。出世は50過ぎてもできるけど子供はそうはいかないから」
「!…確かに……そうね…」
「強いるわけじゃないよ、僕はナナさんとなら年取っても楽しいと思う。二人でどっちが店長になるか競ってもいい」
「あはっ…それいいわねェ」
「ね、もしナナさんが色んな選択をしても…それに付き合う」
松井の頭に過るのもまた子を連れた奈々の姿、そして会社の制服をぴしと着こなした女上司の凛々しい立ち姿。
競うもよし、腹心として添うもよし、追い越して指示を出すもよし。
せっかく同じ会社でいるのだから再び同じ店舗で働きたいと思うのもまた松井の素直な望みであった。
「……娘にもね、相談したの。その…あの子が居ながらよそに家庭を持つのが…後ろめたくってね。それで…最初はいい子ちゃんな答えだったんだけど向こうから掛け直して来てね、電話を……『本当は淋しい』って…『お母さんが他の子の親になっちゃうのが淋しい』って…わんわん泣くの。私ももらい泣きしちゃったァ…」
「うん、」
「でもね、『お母さんに幸せになって欲しい』って…言ってくれたの。その後母にも電話して…その、私の身勝手で迷惑かけちゃってるから…率直な意見も貰って……うん…よくよく…考えるわ……旭くん、」
「想ってくれてる家族がいて、ナナさんは幸せ者だね」
「うん…」
慕ってくれる家族と想いを寄せてくれる恋人、人生の決断を温かく見守ってくれる存在が奈々にはもったいないほどに有り難く感じた。
しかし冷静に考えれば結婚は時期尚早な気もする。
なにより二人の間柄にそこまでの信用関係があるのかどうか…奈々はいまいち疑ってかかる。
「……どうしてそこまでしてくれるの?出会って数ヶ月の女に…ごめんなさいね、一度挫折してるから、どうしても100%の信用ってできないの」
少し悲劇のヒロインさを感じなくもない、だが松井は
「んー……そうだな………当たり前だけど、僕は別れるかもって思いながら交際してるわけじゃない。また青臭いって笑うだろうけど、一生添い遂げたいって…少なくとも今の段階では考えてる」
とこれも率直な考えを述べた。
「今は?」
「今は。言葉狩りしないで、そりゃあ先のことは分からないから何とも言えないけど……んー………情けないこと言うけどね、僕、ナナさんを逃したとして、その後に他の女性に走る精神力が残ってないと思うんだよ」
「はァ?」
ドラマチックが駆け足で去って行く、根強い松井の保身はいまだ健在で…奈々はアイス用スプーンを置いて涼しい顔の恋人を見遣る。
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