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3月

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 松井は自室へ入り内階段を上がる奈々の足音を聴き、リビングまで到達したのを確認してから着替えに寝室へと入る。

「世話焼きすぎかな…でも上司だしなぁ…」

いち部下でいち隣人というだけなのに、奈々の一番仲の良い男のように振る舞う自分は滑稽こっけいだと思わなくもない。

 しかしあの部屋を紹介したのは自分、そうでなければ捻挫などしなかったかもしれない。

 元より世話好きな彼は自ら責任感を負っていくスタイルも嫌いではなかった。

 頼りにされる自分、任される自分、何にしても気分が良いし必要とされれば承認欲求が満たされるのだ。


「よし…ご飯…」

冷蔵庫から塩昆布とシラスふりかけ、鰹節を取り出して盛った白米へ乗せていく。

 出汁を引こうと思ったが面倒になった、松井はケトルで湯を沸かして緑茶のティーバッグをマグカップへセットし、沸いた湯を注いで濃い目の茶を淹れた。

 そしてそれをご飯の上へトポトポと掛けて暫し待ち、昆布の塩が茶に溶け込んだところで手を合わせる。


「いただきまーす……うん……美味しい」

手を掛けたご飯も手抜きのご飯も変わらず美味しい、奈々も今ごろ無事に食事をしているだろうかと天井をチラと見てしまった。





「あー、いたた…」

一方の奈々は、部屋へ着いたもののソファーに座り込んでスマートフォンをつつき、こんなことになった原因の元夫からのメールの転送を読み返していた。

 好きなタイミングで面会はさせてきたし、もしかしたらこれを機に娘と同居したいだなんて言い出すかもしれない。 

 自分に似てサラッとした娘だから親と離れてもそこまで寂しくないようだし、必要性を感じれば父親側に付くことも考えられる。

「はー…嫁かァ…あんたはダメよゥ…」

 松井にこぼした通り、それは元夫への嫉妬ではなく、頑張ってきた自分を報いるための小さな抵抗なのである。

 女だてらにと言われながらも技術と資格を活用して男社会で生きてきたのだ。

 躾も学業も親や学校に任せっきりになってしまったが、何かあればすぐに仕事を抜けて駆け付けたし、食事も毎食欠かさず調理をしてきた。

 しかし兵庫に転勤する時に「地元が楽だから」と娘はついて来てはくれなかった。

 もしそれが方便で単純に母親として認められてないのだとしたら…奈々はワイシャツのボタンを外しながら深いため息をつく。

 室内で松葉杖をつけば下の階の松井やその隣人にも迷惑だろうか、奈々は掛けたままスラックスをずらしてゆっくり脚から抜いた。


「ごはん…食べるか…」

炊飯器から白米をよそって、冷蔵庫のケースから小女子こおなごクルミの佃煮つくだにを出して手早く済ませる。

 風呂もシャワーだけ、体が温まると足はじくじくと痛みだした。

「もー…やだ…湿布…はァあ…」

泣きっ面に蜂、どうにも気が落ちていけない。

 奈々はビタミン剤を飲んでから下着に近い格好でベッドへダイブし、そのまま朝までぐっすり眠った。
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