上 下
33 / 74
4

33*

しおりを挟む

「ごめんなさい、あの、両親、まだ若くて、元気なの」

「……なん…薫ちゃん、何言ってんの?」

「嘘なの、死にそうなのも、ひとりっ子なのも、お父ちゃんが寂しくて拗ねてるのも…ごめんなさいっ」

薫は椅子を下げて立ち上がり、勢い良く頭を下げる。

 挨拶よりもさらに深い、まるでカウンターから客を見送る際のお辞儀。

 聡太も見慣れた、接客業の見本みたいな美しい姿勢の最敬礼だった。

「……」


 垂れた頭を見つめること数分。

 聡太は心に生まれた彼女への嫌悪感をとりあえず消化して「座ってよ」と促した。


「ごめんなさい…」

血が昇ったのか薫の顔は真っ赤に染まっていて、それは瞳も同じで…ぱたぱたと膝に涙の粒が落ちる。


 泣かせてしまって申し訳ないとは思うが聡太は薫に同情もできず、ため息の中でしっかりと話し合いができるのかどうかを懸念した。

「それで、何だろうな…まずさ、僕を騙した目的は何なの?」

「…あの……好きになって、聡太くんと…仲良く、なりたくて…」

「僕は真面目に聞いてるんだよ」

「真面目だよ‼︎」

涙を散らして薫が顔を上げるも説得力は無し。

 聡太はいつになく冷淡な表情で腕組みして睨みつける。

 積み上げた信頼が崩れたのだ、それどころか入社以来からの薫の信用まで全て棒に振ってしまった。


「…僕を騙して、『ドッキリです』みたいなこと?」

「そんなんじゃない、そんなことしない!」

「信じられないよ、何もかも…どれが嘘でどれが本当なのかも分かんないよ」

「聡太くん…」

 疑いは簡単には晴らせず信用も取り戻すのは容易でなく…薫は一旦黙り息を落ち着ける。

 恥だ何だと言っていられない、話してしまわねばならない。


 それから薫は、涙ながらに聡太への想いを語った。

 同じ会社で働いていて長い時間をかけて好きになったこと、それをなかなか伝えられなかったこと。

 聡太がお見合いで悩んでいると聞いて、一挙両得だと思い計画を持ち掛けたこと。

 薫は大体のあらましを素直に伝えたが、しかしまだ真実は言えなかった。

「いつから、好きになったの?」

「……ここ、1年、くらい…」

 もっともっと前から好きなのに、その相手への仕打ちではとてもなかったから…芯から嫌われるのが怖かったのだ。

 聡太にしてみればそこが不審の塊な訳で、「つい最近好きになったからってこんな計画を?」と信じられるはずもなく。


「そんな、好きだからってこんなことする⁉︎目的が分かんないんだよ!」

「きゅ、急に好きな気持ちがいっぱいになったの、それは嘘じゃない!」

「だからって、ご両親のことをあんな扱いして…不謹慎だよ、方々に失礼だ!」

「ごめん、なさい…」



 ありのままを明かせない薫と信じられない聡太の気持ちが交わることは無く…その夜の話はぶつ切りのまま終わってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

遅咲きの恋の花は深い愛に溺れる

あさの紅茶
恋愛
学生のときにストーカーされたことがトラウマで恋愛に二の足を踏んでいる、橘和花(25) 仕事はできるが恋愛は下手なエリートチーム長、佐伯秀人(32) 職場で気分が悪くなった和花を助けてくれたのは、通りすがりの佐伯だった。 「あの、その、佐伯さんは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、その節はお世話になりました」 「……とても驚きましたし心配しましたけど、元気な姿を見ることができてほっとしています」 和花と秀人、恋愛下手な二人の恋はここから始まった。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

鬼上司の執着愛にとろけそうです

六楓(Clarice)
恋愛
旧題:純情ラブパニック 失恋した結衣が一晩過ごした相手は、怖い怖い直属の上司――そこから始まる、らぶえっちな4人のストーリー。 ◆◇◆◇◆ 営業部所属、三谷結衣(みたに ゆい)。 このたび25歳になりました。 入社時からずっと片思いしてた先輩の 今澤瑞樹(いまさわ みずき)27歳と 同期の秋本沙梨(あきもと さり)が 付き合い始めたことを知って、失恋…。 元気のない結衣を飲みにつれてってくれたのは、 見た目だけは素晴らしく素敵な、鬼のように怖い直属の上司。 湊蒼佑(みなと そうすけ)マネージャー、32歳。 目が覚めると、私も、上司も、ハダカ。 「マジかよ。記憶ねぇの?」 「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」 「ちょ、寒い。布団入れて」 「あ、ハイ……――――あっ、いやっ……」 布団を開けて迎えると、湊さんは私の胸に唇を近づけた――。 ※予告なしのR18表現があります。ご了承下さい。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

誤算だらけのケイカク結婚 非情な上司はスパダリ!?

奏井れゆな
恋愛
夜ごと熱く誠実に愛されて…… 出産も昇進も諦めたくない営業課の期待の新人、碓井深津紀は、非情と噂されている上司、城藤隆州が「結婚は面倒だが子供は欲しい」と同僚と話している場面に偶然出くわし、契約結婚を持ちかける。 すると、夫となった隆州は、辛辣な口調こそ変わらないものの、深津紀が何気なく口にした願いを叶えてくれたり、無意識の悩みに 誰より先に気づいて相談の時間を作ってくれたり、まるで恋愛結婚かのように誠実に愛してくれる。その上、「深津紀は抱き甲斐がある」とほぼ毎晩熱烈に求めてきて、隆州の豹変に戸惑うばかり。 そんな予想外の愛され生活の中で子作りに不安のある深津紀だったけど…

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...