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しおりを挟む「ごめんなさい、あの、両親、まだ若くて、元気なの」
「……なん…薫ちゃん、何言ってんの?」
「嘘なの、死にそうなのも、ひとりっ子なのも、お父ちゃんが寂しくて拗ねてるのも…ごめんなさいっ」
薫は椅子を下げて立ち上がり、勢い良く頭を下げる。
挨拶よりもさらに深い、まるでカウンターから客を見送る際のお辞儀。
聡太も見慣れた、接客業の見本みたいな美しい姿勢の最敬礼だった。
「……」
垂れた頭を見つめること数分。
聡太は心に生まれた彼女への嫌悪感をとりあえず消化して「座ってよ」と促した。
「ごめんなさい…」
血が昇ったのか薫の顔は真っ赤に染まっていて、それは瞳も同じで…ぱたぱたと膝に涙の粒が落ちる。
泣かせてしまって申し訳ないとは思うが聡太は薫に同情もできず、ため息の中でしっかりと話し合いができるのかどうかを懸念した。
「それで、何だろうな…まずさ、僕を騙した目的は何なの?」
「…あの……好きになって、聡太くんと…仲良く、なりたくて…」
「僕は真面目に聞いてるんだよ」
「真面目だよ‼︎」
涙を散らして薫が顔を上げるも説得力は無し。
聡太はいつになく冷淡な表情で腕組みして睨みつける。
積み上げた信頼が崩れたのだ、それどころか入社以来からの薫の信用まで全て棒に振ってしまった。
「…僕を騙して、『ドッキリです』みたいなこと?」
「そんなんじゃない、そんなことしない!」
「信じられないよ、何もかも…どれが嘘でどれが本当なのかも分かんないよ」
「聡太くん…」
疑いは簡単には晴らせず信用も取り戻すのは容易でなく…薫は一旦黙り息を落ち着ける。
恥だ何だと言っていられない、話してしまわねばならない。
それから薫は、涙ながらに聡太への想いを語った。
同じ会社で働いていて長い時間をかけて好きになったこと、それをなかなか伝えられなかったこと。
聡太がお見合いで悩んでいると聞いて、一挙両得だと思い計画を持ち掛けたこと。
薫は大体のあらましを素直に伝えたが、しかしまだ真実は言えなかった。
「いつから、好きになったの?」
「……ここ、1年、くらい…」
もっともっと前から好きなのに、その相手への仕打ちではとてもなかったから…芯から嫌われるのが怖かったのだ。
聡太にしてみればそこが不審の塊な訳で、「つい最近好きになったからってこんな計画を?」と信じられるはずもなく。
「そんな、好きだからってこんなことする⁉︎目的が分かんないんだよ!」
「きゅ、急に好きな気持ちがいっぱいになったの、それは嘘じゃない!」
「だからって、ご両親のことをあんな扱いして…不謹慎だよ、方々に失礼だ!」
「ごめん、なさい…」
ありのままを明かせない薫と信じられない聡太の気持ちが交わることは無く…その夜の話はぶつ切りのまま終わってしまった。
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