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15話 新天地で
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イエルゴート王国に来て約一年がたった。
私はマチルダの側で毎日忙しく働いている。
「エスメローラ。あの物語のラスト、都合がよすぎると思うのよ!」
「いいえ、だからこそ運命を感じさせる構成になってると思うわ。第12章にそれっぽい伏線が潜んでましたよ」
「えぇ!あれはその後に回収したじゃない」
「それもラストに繋がって――」
マチルダの部屋では、主と侍女の仮面を取って、学院の頃のように仲良くしている。
職場でも、特に意地悪されることもなく、平和な日常を送っている。
あのまま、オルトハット王国でうじうじしていなくて本当によかったと、心から思っている。
「エスメローラ。そろそろ交代の時間ですよ」
スーザン様だ。
スーザン・コルトニア子爵夫人(50)
歴代の王子王女の教育係で、乳母をされていた方だ。とても厳格な方に見えるが、可愛い物にめっぽう弱く、可愛い物の前だと顔が緩まないように、鬼のような顔になってしまう。
私が初めてお会いしたときも、凄い顔で『ぽっと出の令嬢に腹を立ててる』のだと肝を冷やした。ただ、隣のマチルダは大爆笑していて、困惑したな……。
「あぁ、もうそんな時間?」
「遅れるとサイラス様が来ますよ」
「……はいはい。あいつはお小言が長いし、義妹を大切にしているのよね」
マチルダが意味ありげな視線を受け、私は目を反らした。
「まだまだ、前途多難ね」
「出会いが出会いでしたからね」
スーザン様とマチルダの冷やかした視線が痛い。
「さっ、エスメローラは帰りの支度をしなさい」
「はい、スーザン様」
「エスメローラ。また明日ね」
「はい、マチルダ王女殿下。御前を失礼致します」
マチルダに挨拶後退出し、近くに設けられた私の執務室に向かった。
業務日報の記入や、明日のスケジュールの確認をして……。
あっ。マチルダに頼まれた資料をまとめなきゃ。急ぎじゃないから、ゆっくりで良いとは言われているが、家に持って帰って資料をまとめよう。
執務室の扉を開けると、すでに人がいた。
男性だ。
「サイラスお義兄様」
「お疲れ様」
長かった黒髪は短くなり、面影と金色の瞳だけを残して、その人はイエルゴート王国に帰ってきたときに元の姿に戻ったのだ。
サイラス・アルデバイン公爵令息様(23)
オルトハット王国ではサラ・アルデバイン公爵令嬢として振る舞っていた方だ。
詳しい事は教えられてないが、王家に伝わる秘密魔道具で性別を偽っていたらしい……。
すべてはマチルダ王女殿下を守るため、女性に変身してオルトハット王国に着いてきたと説明されたわ。
一年経っても慣れない……。
「仕事は片付いているか?一緒に帰ろう」
「あっ……まだ業務日報を書いてません。明日のスケジュール確認もしたいので、少し時間がかかります」
「そうか。それならさほど時間もかからないだろう。待っているから、早く仕事を片づけなさい」
「はい、わかりました」
優しい笑顔は変わらない。
気遣いもあの時のままなのに、少し居心地が悪く感じる時がある……。
彼のせいではない。
私の問題だ……。
11年、私には婚約者がいたのだ。
男性とはほとんど関わってこなかった。
クラスメイトの男性とも、必要な時でしか話したことはなかった。
卒業間際は別としてだが……。
要するに、男性への免疫がないのだ。
また、書類上では『妹』になるが、アルデバイン公爵家の人々からそういう目で見られている。
サイラスお義兄様は『彼女はマチルダ王女殿下の侍女になるために、イエルゴート王国に来たんだ。変な詮索をしないように』と屋敷の人に話していたが、あまり効果はないと思われる。
サイラスお義兄様の本当の妹・ロクサーヌちゃん(13)も『お兄様が女性に親切にするなんて初めてですよ!エスメローラお義姉様は特別です!言っておきますが、私がお城にお兄様を訪ねても、帰りは部下の人に送らせるだけで、自分と一緒に帰ろうなんて聞いたことないですよ』と興奮気味に話してくれた。
彼は仕事終わり頃、大抵迎えに来てくれる。
もしもご自身で来れない時は、アルデバイン公爵家の私兵の方を迎えに寄越してくれた。
『過保護』
と、マチルダやスーザン様、同僚の人に言われる。同僚と言っても、侍女の下位になるメイドの女の子達だ。みんな良い子で助かっている。
まぁ……。中には不謹慎な子や序列がわかってない幼稚な子など、問題行動があった子もいたが、マチルダがすぐに叩き出していた。
文字通り、肉体的な時もあったな……。
あぁ、そういえば。
オルトハット王国にいる両親やダッセルとは、時々手紙のやり取りをしている。
ブラントが実家を盾にして、私に帰ってくるように脅迫してくるかと心配はしたが、今のところそういった強行手段は使ってこないらしい。
むしろ、エヴァンス公爵閣下から慰謝料を支払われたと、拍子抜けだった。
大人しすぎるブラントに違和感はあるが、家族に被害が出てないことに安堵するだけだ。
何だかんだと、話題に事欠かない一年だった。
私は業務日報を手早く書き、明日のスケジュールを確認した。
サイラスお義兄様は、執務室にある二人掛けのソファーに座り、ご自身で持って来た本を見ている。
本を読む姿がサラ様によく似ている。
いや、本人なのだから当たり前なのだが、あの半年間を共に過ごした師匠であり、友人であり、憧れの人は……もういないと思ってしまう。
それが……少し寂しい……。
私はマチルダの側で毎日忙しく働いている。
「エスメローラ。あの物語のラスト、都合がよすぎると思うのよ!」
「いいえ、だからこそ運命を感じさせる構成になってると思うわ。第12章にそれっぽい伏線が潜んでましたよ」
「えぇ!あれはその後に回収したじゃない」
「それもラストに繋がって――」
マチルダの部屋では、主と侍女の仮面を取って、学院の頃のように仲良くしている。
職場でも、特に意地悪されることもなく、平和な日常を送っている。
あのまま、オルトハット王国でうじうじしていなくて本当によかったと、心から思っている。
「エスメローラ。そろそろ交代の時間ですよ」
スーザン様だ。
スーザン・コルトニア子爵夫人(50)
歴代の王子王女の教育係で、乳母をされていた方だ。とても厳格な方に見えるが、可愛い物にめっぽう弱く、可愛い物の前だと顔が緩まないように、鬼のような顔になってしまう。
私が初めてお会いしたときも、凄い顔で『ぽっと出の令嬢に腹を立ててる』のだと肝を冷やした。ただ、隣のマチルダは大爆笑していて、困惑したな……。
「あぁ、もうそんな時間?」
「遅れるとサイラス様が来ますよ」
「……はいはい。あいつはお小言が長いし、義妹を大切にしているのよね」
マチルダが意味ありげな視線を受け、私は目を反らした。
「まだまだ、前途多難ね」
「出会いが出会いでしたからね」
スーザン様とマチルダの冷やかした視線が痛い。
「さっ、エスメローラは帰りの支度をしなさい」
「はい、スーザン様」
「エスメローラ。また明日ね」
「はい、マチルダ王女殿下。御前を失礼致します」
マチルダに挨拶後退出し、近くに設けられた私の執務室に向かった。
業務日報の記入や、明日のスケジュールの確認をして……。
あっ。マチルダに頼まれた資料をまとめなきゃ。急ぎじゃないから、ゆっくりで良いとは言われているが、家に持って帰って資料をまとめよう。
執務室の扉を開けると、すでに人がいた。
男性だ。
「サイラスお義兄様」
「お疲れ様」
長かった黒髪は短くなり、面影と金色の瞳だけを残して、その人はイエルゴート王国に帰ってきたときに元の姿に戻ったのだ。
サイラス・アルデバイン公爵令息様(23)
オルトハット王国ではサラ・アルデバイン公爵令嬢として振る舞っていた方だ。
詳しい事は教えられてないが、王家に伝わる秘密魔道具で性別を偽っていたらしい……。
すべてはマチルダ王女殿下を守るため、女性に変身してオルトハット王国に着いてきたと説明されたわ。
一年経っても慣れない……。
「仕事は片付いているか?一緒に帰ろう」
「あっ……まだ業務日報を書いてません。明日のスケジュール確認もしたいので、少し時間がかかります」
「そうか。それならさほど時間もかからないだろう。待っているから、早く仕事を片づけなさい」
「はい、わかりました」
優しい笑顔は変わらない。
気遣いもあの時のままなのに、少し居心地が悪く感じる時がある……。
彼のせいではない。
私の問題だ……。
11年、私には婚約者がいたのだ。
男性とはほとんど関わってこなかった。
クラスメイトの男性とも、必要な時でしか話したことはなかった。
卒業間際は別としてだが……。
要するに、男性への免疫がないのだ。
また、書類上では『妹』になるが、アルデバイン公爵家の人々からそういう目で見られている。
サイラスお義兄様は『彼女はマチルダ王女殿下の侍女になるために、イエルゴート王国に来たんだ。変な詮索をしないように』と屋敷の人に話していたが、あまり効果はないと思われる。
サイラスお義兄様の本当の妹・ロクサーヌちゃん(13)も『お兄様が女性に親切にするなんて初めてですよ!エスメローラお義姉様は特別です!言っておきますが、私がお城にお兄様を訪ねても、帰りは部下の人に送らせるだけで、自分と一緒に帰ろうなんて聞いたことないですよ』と興奮気味に話してくれた。
彼は仕事終わり頃、大抵迎えに来てくれる。
もしもご自身で来れない時は、アルデバイン公爵家の私兵の方を迎えに寄越してくれた。
『過保護』
と、マチルダやスーザン様、同僚の人に言われる。同僚と言っても、侍女の下位になるメイドの女の子達だ。みんな良い子で助かっている。
まぁ……。中には不謹慎な子や序列がわかってない幼稚な子など、問題行動があった子もいたが、マチルダがすぐに叩き出していた。
文字通り、肉体的な時もあったな……。
あぁ、そういえば。
オルトハット王国にいる両親やダッセルとは、時々手紙のやり取りをしている。
ブラントが実家を盾にして、私に帰ってくるように脅迫してくるかと心配はしたが、今のところそういった強行手段は使ってこないらしい。
むしろ、エヴァンス公爵閣下から慰謝料を支払われたと、拍子抜けだった。
大人しすぎるブラントに違和感はあるが、家族に被害が出てないことに安堵するだけだ。
何だかんだと、話題に事欠かない一年だった。
私は業務日報を手早く書き、明日のスケジュールを確認した。
サイラスお義兄様は、執務室にある二人掛けのソファーに座り、ご自身で持って来た本を見ている。
本を読む姿がサラ様によく似ている。
いや、本人なのだから当たり前なのだが、あの半年間を共に過ごした師匠であり、友人であり、憧れの人は……もういないと思ってしまう。
それが……少し寂しい……。
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