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第十二章 友達とか家族とか(後編)

ふしだらな勇者の生き様

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「すごく普通にいる!」

 部屋に帰ってくるなり、アゼルはそう言った。
 ソファのひとつにクライス、その向かい側にはジュリア。

 なお、クライスはだらしなくうつ伏せに寝転がっており、ジュリアはといえば背筋を伸ばして座っていた。目が合うと「お邪魔しています」と澄みきった声で言う。魔族を見慣れたアゼルの目から見ても魔族的な麗人で、あまりにも隙がなく、人間かどうかすら疑わしく感じる。

 一方のクライスは、ちょっとだけ顔を上げ、「おかえり~」と間の抜けた声で言った。こちらはこちらで魔族最強の元魔王の現在の恋人で、前世は聖剣の勇者だというその素性のすべてが疑わしい。より正確には、嘆かわしい。

「ここで何しているのよ、近衛騎士なんかいま全部出払って特別警戒中でしょ!? いつあの強烈なレティシアが舞い戻ってくるかわかったものじゃないのに。私の部屋でダラダラしている場合じゃないでしょ!!」

 腰に手をあて、長い髪を振り乱して、アゼルが叫ぶ。主にクライスに対して。
 のろのろとソファに座り直したクライスは、眠そうに目を瞬かせてアゼルを見た。

「アゼルこそすごく普通に帰ってきたけど、ここはアゼルの部屋じゃないよね? アレクス様のお部屋だよね? それはつまり『殿下のものは全部わたしのもの!』って公言しているようにしか見えない。ジュリアに一回釘刺されてるのに、それでもここに我が物顔で帰ってくるっていうことはもうそういうことだよね」

「使っていいって言われてるし、今から別に部屋用意してもらうのも面倒なだけよ。いちいちこの王宮の道順頭に叩き込んで、あちこちの衛兵に断りを入れてこっちとそっちで行ったり来たりしていたら日が暮れるわ」

 きっぱりと言い返されて、クライスはアゼルの背後に立つ黒髪の美丈夫を見た。ちょうど、肩に落ちてきた髪をアゼルが手で払い、それがばさっと鼻先をかすめている。この扱いでこの国の第一王子、王太子アレクスそのひとだ。
 クライスと目が合うと、重々しく頷いた。

「許可している」
「それを求婚中の僕の前で認めるのはどうかと思いますけど。この部屋で二人で生活しているってことですよね? いいです、いずれにせよ僕はアレクス様からの求婚を蹴るので、お二人の関係に関しては不問にしておきます。お幸せに」

 言うだけ言って、ソファから一息に立ち上がる。アゼルは明らかに何か言いたげな顔をしていたが、クライスはそちらを見ずにアレクスへ向かって一歩進んだ。

「今日この部屋で近衛騎士特権を発動して殿下をお待ちしていた理由はひとつ。どうか、王妃様とお話をさせて欲しいんです。僕は『ルミナス』を知りたい。王妃様は生前のルミナスをご存知ですよね。僕とは会っていただけないでしょうか。その取次をお願いしたく」

 アレクスの純黒の瞳が、じっとクライスを見つめる。やがて、ふっと息を吐きだして答えた。

「聖剣の勇者ルミナスは、公的には性別不詳・年齢不詳とされてきた。ただし、母上とは特別な仲にあったというのはそれなりに知られた話だな。つまり二人が、結婚の約束をしていたと」

「はい。王妃様はルミナスの帰りを待っていましたが、王都に帰還したのは物言わぬ亡骸。約束は果たされず。戦争に疲弊した二カ国を立ち行かせるために、王妃様は隣国の王子と結婚し、ふたつの国は合わさってともに歩み始めた……。そこまでは誰でも知っている話です。ルミナスが女性であったことと、この婚約がそもそも本気だったかどうかは、一般人である僕には知りようもないことですが」

 返す言葉で、切り込むように探りを入れる。アレクスは予期していたらしく、特に動じることもなく口を開いた。

「母上に言わせれば、婚約自体最初から本気のものではなかったらしい。もし生きて帰ってきても、適当な理由をつけて結婚はしなかっただろうということだ。ルミナスには他に好きな相手がいたから、というのがその理由だ。それが誰かは私も知らない。お前は?」

「ええっ。婚約者の他に好きなひとがいたんですか? あぁ~、ルミナス、聞けば聞くほど苦手過ぎるな……。一体、何をやっているんだ……」

 クライスが思わずそう口走ると、アゼルが「それ限りなく本音でしょうね……。わかるけどルミナスはそういう奴だったんだってば」と呟く。クライスは両手で顔を覆って呻いた。
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