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第十一章 友達とか家族とか(前編) 

勇者の影

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 全然知らないひとに重ねられることに戸惑ったり反発ばかりしている場合じゃない。

 知ろう。

 決めた。
 今の自分が小さいこと弱いことばかり気にしていた。それは何より「ルミナス」に対しての恐れに起因していた。
 救国の英雄。聖剣の使い手。年齢不詳、性別不詳の美丈夫。
 きらびやかなイメージは、実物の弱さや脆さを覆い隠す。

(ルミナスだって人間だ。弱点も欠点もあったはず。だけどみんなの英雄だから。そういうのを掘り返しちゃいけない気がして。クロノス王子なんか、ものすごく近くにいたくせに、ばかみたいに心酔しているし)

 あいつのせいだあいつの、なんて八つ当たり気味に思い出して。
 そんな不満はくしゃくしゃに丸めて遠くに投げ捨てる。そのイメージで青空を見上げた。
 肝心の相手がどこかに行ってしまったから、今さら「なんでそんなにルミナスが好きなの!? どこがいいの!?」なんて聞けない。

(結構キツかったんだよ。僕じゃないのに、無いものねだりみたいに見られるの。別にクロノス王子のことなんか好きじゃないのに、「失望させたらいけない」てすっごいプレッシャーだったんだからね!?)

 思いに応える必要もないのに、そんな関係性じゃないのに。
 あまりにも彼がルミナスのことを好きなんだと気付いたら、裏切ってはいけないような気がした。
 好きじゃないのに。揺さぶられて。他の人を選んだらこの人は大丈夫なのかなって変に後ろ髪をひかれて。
 ルミナスの影が重くて、しんどかった。

 知ろう。
 何者なのか。何を考えていたのか。
 もし今この時代に生きていたら、何をしていたひとなのか。

(ルミナスのやりたかったことを、僕が引き継ぐのは違う。だけど、もし死ぬつもりじゃないタイミングで死んでしまったとして、何か果たしたいことがあったというのなら。少しくらい)

 ルミナスになりたい気持ちなんか今だって全然ないけど。拒絶ばかりしたら死んでも死にきれないに違いない。

 * * *

 模擬試合の後、少し休んでジュリアはすぐに立ち直った。
 その反応を見て、クライスは悟る。

(手加減していた。やっぱり)

 五人と戦った後だからといって、は本来クライスが易々と勝てる相手のはずがない。
 もし手加減するとすればそれは「罪悪感」だろう。もとより、隠し事が苦手な性格なのかもしれないが、彼は今この場面で明らかにする必要が無い事実を明かしてしまった。
 二人になり、王宮を案内しがてら、クライスはその件について尋ねた。「なんで男だと、言う気になったの」と。

「焦らせたような気がして。昨日なんか完全に闇落ちしていたから。別にあなたを追い詰める為にここに来たわけじゃない」

 ジュリアは一息にそこまで言ってから、前を向いて続けた。

「仲間になりに来たんです。俺は『女性』として採用されています。男だと明らかにすることで、あなたのそばにいられなくなる可能性もある。だけど、俺個人としては秘密にしたいわけでもない。男だ女だといいたい訳じゃ無いけど、本来のあなたの戦い方を忘れて欲しくないと思いました。俺はいざとなれば力押しでも何でもするけど『女性でもあれだけ力が強い』みたいな変なことは考えないで欲しいんです。筋肉のつき方を見ても、クライスはそういう戦い方する人じゃない」

「そうだね。確かに目標間違えかけてた。今までは体格の不利は自覚していたんだけど、『女性』のジュリアを前にしたら、それが全部言い訳みたいな焦りが出ていた」
「今回の件はともかく、俺の方が強いのは間違いないので。早く、五回に一回は勝てるようになってくださいね」
「うっ……」

 涼しい顔で釘を刺されて、クライスは反論は控えた。
 問い詰めても、手を抜いた件そのものを正直に白状するとは思えない。
 
(それでも、僕の弱さが、ジュリアに手加減をさせてしまった。それが全てだ。ジュリアはジュリアの判断で、あの場では他の者の前で僕に勝利を譲った)

 そんなことさせないほど、クライスが強ければ良かった。
 悔やむよりは前を見て、強くならなければ。

「ジュリアに勝ちたい。やることがたくさんある。無茶苦茶強くなりたいし。ルミナスのことを知りたいし」
「それは同感です。俺も知りたかった。ルミナスとは何者なのか」

 もはや二人のときは男性を隠すつもりもないのか、ジュリアが男の声で呟く。

「知りたかった? どうして?」

 何の気なく、肩を並べて歩くジュリアを見上げて問う。
 回廊を吹き抜ける風に目を細めながら、前を向いたままのジュリアが答える。

「俺強いでしょう? 変だと思いません?」

 不思議な問いかけだった。

「変と言えば変……なのかな。だけど、それは努力をしたからじゃないの?」

 今、クライス自身がずっと悩み苦しんでいる。簡単に強くなる方法なんかないから。
 足を止めたジュリアが、見下ろして来てしずかに言った。

「教団はずっと魔族との戦争を想定してきたんです。それは、平和な世の中になっても変わらない。有事には『聖剣の勇者』に選ばれる剣士の育成に励んでいるんですよ。俺は図抜けて強かった。もし俺が生きているうちに戦争があるとすれば、『今度こそお前が聖剣に選ばれろ。教団から勇者を』そういう悲願を背負っていた。自分でも……考えなかったわけじゃない。俺は聖剣の勇者になれるのか。そういった全部をぶん投げて、俺は教団を抜けているから、今はもうその考えから自由ですよ。それでも、王都には『勇者』がいると聞いてちょっと変な気持ちになりました。ほらやっぱり俺じゃないんだとか。悔しいような、ホッとしたような。クライスは?」

 唐突に名を呼ばれて、小さく息を飲む。
 冗談ではなく。
 彼はもしかしたら、聖剣の勇者になる可能性のあったひと。

「どうかと聞かれても、僕はまだ聖剣を手にしていない。選ばれてなんかいない。ジュリアにも、選ばれる可能性はあるんじゃないかな」
「それ、本気? 俺が聖剣の勇者で、クライスはいいの?」
「だめ」

 考える間もなく、口が勝手に言った。

「譲りたくない。他の人には。僕より強い人が持った方がいいのはわかっているけど。もし僕に可能性があるなら、逃げたくない」
「どうして」

 問い詰められる。心を覗き込むような瞳。
 彼にとってもこれは何か痛い。とても痛い話なのだと感じつつ、クライスもまたひけない。

「僕は魔王が好きです。あのひとに関わること、他のひとには任せられない」

 前世のルミナスと、決定的に違うであろうその一点において、クライスはクライスなのだ。
 ルミナスにはなれないけど、聖剣の勇者にはなりたい。
 ジュリアは瞼を伏せながら、顔を背けた。
 勇者になれと言われて育てられたという少年の横顔。その頬に、睫毛が陰を落としていた。唇が細かく震えている。
 しかし、クライスに視線を戻したときには、すべての感情を叩き伏せたような、凪いだ表情をしていた。

「俺にも好きなひとがいるから、わかる。もしそのひとを完全に殺す方法が世界のどこかにあるなら、絶対に他人になんか譲らない。何がなんでも自分で手にしなければ、自分を許せない」

 言い終えてから、ふっと唇に笑みを浮かべる。
 クライスは、二、三回意味なく口を開いて閉じた。
 やがて言った。

「こんなこと考える僕はおかしいのかなって思うけど。ルミナスが何を考えていたかだってわからないよね。だからさ、ルミナスのことを知ろうと思う。訓練の空き時間にでも」
「俺も興味があるので、ご一緒します」

(未熟な僕たちは正しい答えがわからないまま足掻いてばかり。間違えていたり、不必要だったり、回り道だったり。全然無駄なことをしているのかもしれない。それでも前に進みたくて)

「それじゃ、生前のルミナスと面識ある人間をあたっていこう。まずはアゼルと……」

 少しだけ気にかかっていた相手がいる。
 この国の王妃。
 クロノスが不仲である相手は、おそらく前世との因縁があるに違いない。

(会って、話すことはできるだろうか……)
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