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第五章 もつれあう前世の因縁
はじめての再会
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クライスの生家のある町は、小さい。
全員顔見知りとまでは言わないが、外から来た人間の動向には敏感であり、クライス自身知り合いに会う可能性はとても高い。
(誰かに会う前に、お墓参りに行ってこよう)
噂話を追えば、カインらの行方はすぐに追えるとふんでいる。
ならばその前に。
家族と不仲なわけではないが、特段の理由がない限り帰ることのない故郷の町は、実に三年ぶり。
幼い頃に死別した片割れにも、先に挨拶をしておきたい。
フードで顔を隠したまま、さっさと街中を進んで大きな道を途中で折れ、教会へと急ぐ。墓地はその裏手にある。
陽が高く昇り始めていた。
教会までの一本道は小石の転がる埃っぽい道で、周囲は草原となっている。人影はない。
小さな白い花が草の合間で揺れていた。
吹き抜ける風は爽やかで、歩き通してほてった身体に心地よい。
前方には、ほどなくして尖塔がひとつだけの小さな白い教会が現れる。それを目にして、クライスはそのまま空に視線を上向けた。
青さが目に沁みて、瞼を閉じる。
何度も通い慣れた道。
片割れの眠る場所。
目を開けて、小さく唇を開いて呟く。
「ただいま」
* * *
教会の裏手に回り込み、丈の低い草地の間に石の並ぶ墓地に足を踏み入れたときも、予感らしい予感など何もなかった。
元来、自分はそういう勘の鋭さとは無縁だと思っている。
ただ、目的の墓標の前に誰かがいるのはすぐに気付いた。
見覚えのない人だ。
体つきは、少年のように見える。
少し悩んだのは、真っ白な頭髪のせいだった。年齢がわかりにくい。
たまたま何かを見つけて通りすがりにそこにいるのだろうか? と考えたが、動く気配はない。
そうこうしているうちに自分もそこにたどり着きそうになり、一度距離を置いて足を止めた。
まさにそのとき、その人は振り返ってクライスを見た。
さあっと花の匂いをのせた風が吹いて、白い髪が柔らかになびいた。
クライスに向けられた瞳は赤。
(誰かに似ている……)
繊細にして端正な印象の目鼻立ち。自分はそういう系統の顔をたしかに知っている。
クライスの視線の先で、その人はゆったりと笑った。少年のようにも、もっとずっと年上のようにも見える笑顔だった。
形の良い薄い唇から、甘い声がこぼれる。
「フィリス」
クライスは目を凝らして、彼が立っているそばの墓石を見た。
ただの石だ。何も刻まれていない、目印であるところの石だ。
微かに眉をひそめて、少年へと視線を戻す。反応に困り過ぎて、なかなか声が出ない。
「誰なんだろう」
独り言のようになってしまった。
予感めいたもの。胸騒ぎ。そういったものは一切なく、クライスからすると本当に意図せずして遭遇した誰か、だったのだ。
そこに運命を変える何かが存在しているとは、その瞬間もどうしても思えずにいた。
少年は穏やかな笑みを浮かべたままゆっくりと歩を進めてきた。
髪も肌も白く、まとっている衣服も金糸の縁取りや刺繍こそあるが、光の中にあって真っ白に輝いて見える。足取りは滑らかで、浮遊しているかのように軽い。
「この姿で会うのは初めてだね。僕だよ、僕。クライスだよ」
親し気な笑みを湛えた目元。
そこにはたしかに、この出会いに懐かしさを見出している雰囲気がある。あるのだが。
「ごめんなさい、全然わからない。クライスは僕だし、フィリスは死んだ。あなたは誰なんだ」
クライスは、かぶっていたフードをばさりとはいで、素顔をさらして一息に言う。
少年は軽く目をみひらいてから、肩をそびやかしてふうっと息を吐いた。
「順を追って説明した方が良さそうだね。僕はイカロス。こっちの名前は聞いたことがあるよね?」
親し気な態度はそのままながら、どこか高飛車で威圧的な早口で少年が言った。クライスはすっと目を細める。
その時どこか近いところで、バキバキと木の枝が折れるような音と、騒がしい話し声がした。
* * *
浮遊術組み合わせ問題。
「さて。オレは昨日からの約束でルーク・シルヴァを運ぶことになっているんだけど、アゼルはロイドさんにお願いできるのかな」
目的地に続く一本道で、前後に人がいなくなったところでクロノスがそう切り出した。
「え? アゼルが飛べないわけないでしょ」
きょとんとしたロイドの口に、アゼルが飛びつくように掌を当てて黙らせる。その上で、クロノスに勢いよく尋ねる。
「ステファノ、じゃなくて、クロノスは私じゃだめなの?」
「うん。アゼルはだめ」
直截的な問いかけに対し、明確な拒絶回。「この件に関しては」との注釈がついていそうであったが、アゼルは堪えたらしい。
「……ダメージ受けるくらいなら、つまんない嘘はやめなよ」
涙目でぼうっとしているアゼルに対してロイドがぼそりと呟き、アゼルは「年取って涙もろくなっただけよ」と強がりとしてはやや弱い一言をもらした。
目を細めて、いかにも鬱陶しそうな表情で経過を見ていたルーク・シルヴァが冷ややかに言った。
「俺もロイドも一人で大丈夫だし、王子とそこのが一緒でも構わないんだが」
「そういうわけにはいかないよ。魔力の無駄遣いは良くない。温存、温存」
アゼルに差した光明はクロノスが秒で粉砕する。
もはやどうにも、とアゼルは肩を落とした。それを見かねたわけではないだろうが、溜息をついたルーク・シルヴァは大股に歩み寄るとアゼルの背から腰にかけて無造作に腕をまわした。
「俺はクロノス以外が良い。先に行く」
立ち位置の関係で、たまたまアゼルがロイドより少しだけルーク・シルヴァに近かった。理由はおそらくその程度と推測されたが。
「ええー!?」
異口同音に咎めるような悲鳴が上がっても、元魔王は気にした様子もなくふわりと浮き上がる。
「ちょっと!」
上昇の最中にもアゼルは抗議をしたが、ルーク・シルヴァは動じることなどなく、冷然とした態度をいささかも崩さなかった。
「嫌なら自分で飛べ。なぜ飛べないふりをしているのかよくわからない。だが、本当は飛べるとあいつに知られるのはまずいんじゃないのか」
ごくごく淡々とした口調で言われて、アゼルは一瞬だけひるんだ顔をした。
しかしその目には、まぎれもなく怒りが浮かびつつあった。
一方、地上に残されたクロノスとロイドは、思いがけない展開に顔を見合わせていた。
ややして、ほぼ同時にふきだした。
「ロイドさんをエスコートできるなんて光栄なんですけど。もしよろしければお手を」
クロノスが差し出した手に、ロイドは笑いながらそっと手をのせる。
「どうしてこうなるんだろうね」
「オレが積極的過ぎるので、ルーク・シルヴァに避けられているからです。とはいえ、感触は悪くないと思っています。あの人、押しに弱いでしょう」
唇の端をわずかに釣り上げて、にいっと悪そうに笑いながらクロノスが言う。
ロイドは肩にかかった髪を片手で後ろに払い、感じの良い笑みは維持したまましずかな声で答えた。
「押しに……。たしかに。昔からそういうところあるね。背負えちゃう奴だからさ、拒めないの。肝心なときほどね。そういう意味ではあいつ結構、無防備だよ。懐に潜り込んでしまえば、刺すのなんてわけがない」
クロノスが問うように視線を向けても、ロイドは目を合わるのを避けたかの如く遠くを見ていた。
「失礼」
小さな声で断りを入れて、クロノスは空いていた手をロイドの背にまわして抱き寄せる。
「下りるのはどこか人気のないところが良いですね。あの二人を先行させるべきではなかった。急ぎます」
この先の町に用事があるのは本来クロノスだけであり、先の二人に至っては目的がない。作戦に沿って行動しているわけではないので、着地場所選びも雑になる恐れが十分にある。
「違いない」
肩に額が触れる程度に軽く身を寄せて、ロイドが笑いながら言った。
後に飛んだ二人のこの会話は、実は非常に的を射ていた。
クロノスとロイドが先行して飛ぶ二人を視界に見出し「なんか喧嘩してる?」と気付いたときにはルーク・シルヴァが飛行を解除したらしくいきなり揃って上空から地上へ向けて落下を開始した。
止める間もなく。
アゼルとルーク・シルヴァは、落下地点にあった緑生い茂る木の中へと吸い込まれていった。
全員顔見知りとまでは言わないが、外から来た人間の動向には敏感であり、クライス自身知り合いに会う可能性はとても高い。
(誰かに会う前に、お墓参りに行ってこよう)
噂話を追えば、カインらの行方はすぐに追えるとふんでいる。
ならばその前に。
家族と不仲なわけではないが、特段の理由がない限り帰ることのない故郷の町は、実に三年ぶり。
幼い頃に死別した片割れにも、先に挨拶をしておきたい。
フードで顔を隠したまま、さっさと街中を進んで大きな道を途中で折れ、教会へと急ぐ。墓地はその裏手にある。
陽が高く昇り始めていた。
教会までの一本道は小石の転がる埃っぽい道で、周囲は草原となっている。人影はない。
小さな白い花が草の合間で揺れていた。
吹き抜ける風は爽やかで、歩き通してほてった身体に心地よい。
前方には、ほどなくして尖塔がひとつだけの小さな白い教会が現れる。それを目にして、クライスはそのまま空に視線を上向けた。
青さが目に沁みて、瞼を閉じる。
何度も通い慣れた道。
片割れの眠る場所。
目を開けて、小さく唇を開いて呟く。
「ただいま」
* * *
教会の裏手に回り込み、丈の低い草地の間に石の並ぶ墓地に足を踏み入れたときも、予感らしい予感など何もなかった。
元来、自分はそういう勘の鋭さとは無縁だと思っている。
ただ、目的の墓標の前に誰かがいるのはすぐに気付いた。
見覚えのない人だ。
体つきは、少年のように見える。
少し悩んだのは、真っ白な頭髪のせいだった。年齢がわかりにくい。
たまたま何かを見つけて通りすがりにそこにいるのだろうか? と考えたが、動く気配はない。
そうこうしているうちに自分もそこにたどり着きそうになり、一度距離を置いて足を止めた。
まさにそのとき、その人は振り返ってクライスを見た。
さあっと花の匂いをのせた風が吹いて、白い髪が柔らかになびいた。
クライスに向けられた瞳は赤。
(誰かに似ている……)
繊細にして端正な印象の目鼻立ち。自分はそういう系統の顔をたしかに知っている。
クライスの視線の先で、その人はゆったりと笑った。少年のようにも、もっとずっと年上のようにも見える笑顔だった。
形の良い薄い唇から、甘い声がこぼれる。
「フィリス」
クライスは目を凝らして、彼が立っているそばの墓石を見た。
ただの石だ。何も刻まれていない、目印であるところの石だ。
微かに眉をひそめて、少年へと視線を戻す。反応に困り過ぎて、なかなか声が出ない。
「誰なんだろう」
独り言のようになってしまった。
予感めいたもの。胸騒ぎ。そういったものは一切なく、クライスからすると本当に意図せずして遭遇した誰か、だったのだ。
そこに運命を変える何かが存在しているとは、その瞬間もどうしても思えずにいた。
少年は穏やかな笑みを浮かべたままゆっくりと歩を進めてきた。
髪も肌も白く、まとっている衣服も金糸の縁取りや刺繍こそあるが、光の中にあって真っ白に輝いて見える。足取りは滑らかで、浮遊しているかのように軽い。
「この姿で会うのは初めてだね。僕だよ、僕。クライスだよ」
親し気な笑みを湛えた目元。
そこにはたしかに、この出会いに懐かしさを見出している雰囲気がある。あるのだが。
「ごめんなさい、全然わからない。クライスは僕だし、フィリスは死んだ。あなたは誰なんだ」
クライスは、かぶっていたフードをばさりとはいで、素顔をさらして一息に言う。
少年は軽く目をみひらいてから、肩をそびやかしてふうっと息を吐いた。
「順を追って説明した方が良さそうだね。僕はイカロス。こっちの名前は聞いたことがあるよね?」
親し気な態度はそのままながら、どこか高飛車で威圧的な早口で少年が言った。クライスはすっと目を細める。
その時どこか近いところで、バキバキと木の枝が折れるような音と、騒がしい話し声がした。
* * *
浮遊術組み合わせ問題。
「さて。オレは昨日からの約束でルーク・シルヴァを運ぶことになっているんだけど、アゼルはロイドさんにお願いできるのかな」
目的地に続く一本道で、前後に人がいなくなったところでクロノスがそう切り出した。
「え? アゼルが飛べないわけないでしょ」
きょとんとしたロイドの口に、アゼルが飛びつくように掌を当てて黙らせる。その上で、クロノスに勢いよく尋ねる。
「ステファノ、じゃなくて、クロノスは私じゃだめなの?」
「うん。アゼルはだめ」
直截的な問いかけに対し、明確な拒絶回。「この件に関しては」との注釈がついていそうであったが、アゼルは堪えたらしい。
「……ダメージ受けるくらいなら、つまんない嘘はやめなよ」
涙目でぼうっとしているアゼルに対してロイドがぼそりと呟き、アゼルは「年取って涙もろくなっただけよ」と強がりとしてはやや弱い一言をもらした。
目を細めて、いかにも鬱陶しそうな表情で経過を見ていたルーク・シルヴァが冷ややかに言った。
「俺もロイドも一人で大丈夫だし、王子とそこのが一緒でも構わないんだが」
「そういうわけにはいかないよ。魔力の無駄遣いは良くない。温存、温存」
アゼルに差した光明はクロノスが秒で粉砕する。
もはやどうにも、とアゼルは肩を落とした。それを見かねたわけではないだろうが、溜息をついたルーク・シルヴァは大股に歩み寄るとアゼルの背から腰にかけて無造作に腕をまわした。
「俺はクロノス以外が良い。先に行く」
立ち位置の関係で、たまたまアゼルがロイドより少しだけルーク・シルヴァに近かった。理由はおそらくその程度と推測されたが。
「ええー!?」
異口同音に咎めるような悲鳴が上がっても、元魔王は気にした様子もなくふわりと浮き上がる。
「ちょっと!」
上昇の最中にもアゼルは抗議をしたが、ルーク・シルヴァは動じることなどなく、冷然とした態度をいささかも崩さなかった。
「嫌なら自分で飛べ。なぜ飛べないふりをしているのかよくわからない。だが、本当は飛べるとあいつに知られるのはまずいんじゃないのか」
ごくごく淡々とした口調で言われて、アゼルは一瞬だけひるんだ顔をした。
しかしその目には、まぎれもなく怒りが浮かびつつあった。
一方、地上に残されたクロノスとロイドは、思いがけない展開に顔を見合わせていた。
ややして、ほぼ同時にふきだした。
「ロイドさんをエスコートできるなんて光栄なんですけど。もしよろしければお手を」
クロノスが差し出した手に、ロイドは笑いながらそっと手をのせる。
「どうしてこうなるんだろうね」
「オレが積極的過ぎるので、ルーク・シルヴァに避けられているからです。とはいえ、感触は悪くないと思っています。あの人、押しに弱いでしょう」
唇の端をわずかに釣り上げて、にいっと悪そうに笑いながらクロノスが言う。
ロイドは肩にかかった髪を片手で後ろに払い、感じの良い笑みは維持したまましずかな声で答えた。
「押しに……。たしかに。昔からそういうところあるね。背負えちゃう奴だからさ、拒めないの。肝心なときほどね。そういう意味ではあいつ結構、無防備だよ。懐に潜り込んでしまえば、刺すのなんてわけがない」
クロノスが問うように視線を向けても、ロイドは目を合わるのを避けたかの如く遠くを見ていた。
「失礼」
小さな声で断りを入れて、クロノスは空いていた手をロイドの背にまわして抱き寄せる。
「下りるのはどこか人気のないところが良いですね。あの二人を先行させるべきではなかった。急ぎます」
この先の町に用事があるのは本来クロノスだけであり、先の二人に至っては目的がない。作戦に沿って行動しているわけではないので、着地場所選びも雑になる恐れが十分にある。
「違いない」
肩に額が触れる程度に軽く身を寄せて、ロイドが笑いながら言った。
後に飛んだ二人のこの会話は、実は非常に的を射ていた。
クロノスとロイドが先行して飛ぶ二人を視界に見出し「なんか喧嘩してる?」と気付いたときにはルーク・シルヴァが飛行を解除したらしくいきなり揃って上空から地上へ向けて落下を開始した。
止める間もなく。
アゼルとルーク・シルヴァは、落下地点にあった緑生い茂る木の中へと吸い込まれていった。
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