40 / 122
第四章 腹黒王子と付き合いの良い魔族たち
この空の下に君がいる(中)
しおりを挟む
宿に帰る。
そう言って、なんとなく連れ立って歩き出し、結局同じ場所に帰り着きました。
「お、同じ宿……」
何かとルーク・シルヴァを避けてロイドにしがみついていたクライスが、呻いた。
「そうだったんだ。部屋どのへん? 二階? あ、そう。こっちも。そうそう一部屋で。そっちもなんだ?」とロイドがルーク・シルヴァと話しはじめる。
酔いと疲れのせいかクロノスは口数が少なかった。
クライスは不用意に発言して会話に巻き込まれないよう、口をつぐんで話が終わるのを待っていた。
すぐに切り上げたロイドが、所在投げに待っているクロノスとクライスに目を向ける。
「部屋割りどうする?」
ぽかんとしたのはクライスだけで、クロノスは速やかにクライスの肩に腕を回して言った。
「それって、こういう組み合わせもありなの?」
「んん!? 無しに決まってる!!」
慌てて腕を振り払い、ロイドの元へと走る。その背後にかばってもらうべく、回り込もうとしたところで、ルーク・シルヴァの腕が腰に巻き付いて捕まった。
「どうするつもりだ?」
フードで隠した頭の上から声をかけられて、クライスが「うわー」と遠慮なく悲鳴を上げた。
「どうもしません!! 僕とあなたが同室だと、ロイドさんとクロノス王子が一緒になります!!」
「あ、そっか。まあ一人部屋って枠がなかったから、オレの方もベッドは二つあるぞ」
なんの動揺もなく言うロイドに、捕らえられたままのクライスが喚きたてる。
「だめです!! いまのロイドさんは女性ですよ!? 何かされたらどうするんですか!!」
そんなに美人なのに!!
と、言い募るクライスの前に歩いて来て、跪いて下からフードの中を見上げつつ、クロノスがぼそりと言った。
「お前も男だよな? 『ルーナのお兄さん』が見ている前で女の人と二人で宿に泊まるんだ。へぇ」
しん、と沈黙がおりた。
クライスとロイドにおいては(そこは二人が同一人物だとわかって言っているのか、いないのか)クロノスの心中を測りかねて余計なことが言えなくなったせいである。
一方、黙る必要は特にないルーク・シルヴァは、嘆息して低い声で言った。
「『ルーナのお兄さん』はべつにそこは構わないが……。クライスはどうしてそこまで俺を避ける?」
避けてなんかいないからね!? という啖呵を切るのを見越して煽りめに言ったのに、クライスは巻き付いた腕から逃れようとばたばた暴れつつ言い返した。
「刺激が強すぎるんです!! しゅ、修行中なのに……。あなたの顔とか声とか、もう、全部」
「なるほど」
納得はした。
その短い返事はただそれだけの意味で、言い分を受け入れるとは決して言っていない。
ルーク・シルヴァは暴れるクライスを両腕で抑え込んで、花嫁のように抱え上げるとロイドに目を向けた。
「五分借りるぞ。後でそっちの部屋に帰す」
「了解。ま、帰せなくなったら、その時はその時で」
ひらりと手を振るロイドに、クライスが涙声で「ロイドさああああぁぁぁん」と主張していたが、ロイドは請け合わなかった。
二人が騒ぎながら宿に入って行くのを見届けて、残ったクロノスに声をかける。
「さて。五分じゃ終わらないと思うけど、どうする? こっちの部屋で待つか? それともどこかで飲み直す?」
* * *
喚くと他の客の迷惑だぞ、とルーク・シルヴァにどやしつけられて、一応は静かになったものの、クライスはなんとかその腕から逃れようともがき続けていた。
無駄だった。
鍛えているはずのクライスより、ルーク・シルヴァは腕も胸もすべてが力強く、どんな抵抗にもびくりともしなかった。
部屋に運び込まれて、二人だけの空間となる。
ルーク・シルヴァは魔法で灯りを燈しつつ、クライスの足が床につくようにおろした。ドアに背を向けて立っているので、逃げるならルーク・シルヴァを突破しないといけない形だった。
「な、な……な、何か用?」
フードをかぶり直して、うつむき、後退りながら聞いたというのに、大股に歩み寄ったルーク・シルヴァは容赦なくフードをはがした。あろうことかそのままの勢いで、ローブまですぽっと身体から抜き取った。あまりの鮮やかな手際に、クライスは胸元をかばうように腕を交差させつつ、頬を赤らめてキッとルーク・シルヴァを睨みつけた。
「どんだけ脱がせるのがうまいんだよ!」
「それはもう一枚はぎ取った後に言ってもらおうか」
うえ、と変な声をもらして、クライスは再び一歩、二歩と詰められるたびに後退する。
「後ろはもうベッドだな」
淡々と言われて、唇をかみしめて俯いた。
「あんまり僕を追い詰めないでよ……」
「逃げるからだ。キスもだめなのか」
「だめ。修行中だし……あっ」
短い悲鳴を上げたときにはクライスは寝台の上に押し倒されていて、ルーク・シルヴァが上をとっていた。
「この『可愛い服』のわけを聞いてもいいのか? ずいぶんひらひらしたのを着ているなとは思っていたが。戦闘中、見えるんじゃないかと。中が」
「や、あの、えーと……。これって、話をする体勢じゃないよね……?」
視線から逃れるように横を向きつつ、クライスがちらりとだけルーク・シルヴァに目を向けた。水色の瞳は困り切った様子で、ほんのりと濡れていた。
ルーク・シルヴァは大きな大きなため息をつくと、クライスの横に身を投げ出し、クライスの背を胸に抱きしめた。
「なんで俺までお前の禁欲生活に付き合わされてるんだろうな」
恨み言というよりは、独り言の様子で、それでも耳元で言われたその迫力に知らず怯えつつ、クライスはなんとか声を絞り出した。
「そ、その件につきましては、大変申し訳なく……」
「わかってるなら善処しろよ。初めての魔物との実戦でもひけをとらない程度に、強くはなっているんだし。あとどこまで腕を上げれば終わるんだ」
「師匠をとっつかまえて血祭に上げたら、です」
照れ照れしながらも言葉選びは限りなく物騒に用件を伝え、ついで思い出したようにとらわれの腕の中で身じろぎをした。
「ルーク・シルヴァはどうしてクロノス王子と二人で旅行して、同じ部屋に泊まろうとしていたの? 今、リュートの方じゃないんだよね?」
む、とルーク・シルヴァが一瞬押し黙った。
実は俺じゃなくてそもそもがルーナとクロノス王子の二人旅なんだ、という事実を隠蔽しようとした沈黙である。
クライスはさらに追撃をした。
「ルーナのお兄さん、て言ってたけど、ロイドさんの女性型は見破ったよね。ルーナは無事なの?」
返事がないので、ぐいぐいと動いて、身体ごと振り返る。
ルーク・シルヴァの顔をいまだに少し潤んだ目で見上げて「ねえ」と声をかけた。ルーク・シルヴァはといえばいろんな思いが去来して心中忙しく、目を閉ざして呟いた。
「これでキスも駄目だなんて、視覚の暴力だ。今度覚えてろよ」
「ごまかした!? クロノス王子とのこと聞いてるんだけど!! あ、あと酒場でアンジェラにも絡んでたよね!? あれは何!? そうだ、アンジェラもここに泊まってるんだけど。何これ偶然!? ちょ、ルーク・シルヴァ寝てる? 聞いてる!?」
元気に追及してくる恋人に対し、ルーク・シルヴァは寝たふりを続行した。
少なくとも自分の覚えている範囲ではやましいことはない。そう結論付けて。
クライスは収まりがつかず、なんとか話を続けようと手を伸ばしてルーク・シルヴァの肩や胸を小さく叩く。
「起きてよ。僕結構気にしてるんだから」
「何が気になるんだ。お前に応えてもらえない俺の性欲の行方か」
「ちょ!? 何言ってんの……!? 別にそんな……え、何それ放置すると相手がクロノス王子になっちゃう感じ……!? そういうことなの!?」
動揺しきって騒ぎ出すクライスを放り出して、ルーク・シルヴァは反対側に寝返り打った。
「俺は寝る。それ以上お前の可愛い恰好を見ていたくない」
不機嫌そうに言われて、クライスは気勢を一気に削がれて、しゅんとうなだれる。
「この服装ね。うん。ロイドさんは可愛い可愛いって言ってくれたけど……やっぱ似合わないよね」
はああああああ、とルーク・シルヴァは盛大なため息をついて起き上がった。
つられたように、クライスも身体を起こした。
ルーク・シルヴァは掌で顔をおさえ、指の間からぎろりとクライスを睨みつけた。
「可愛すぎだって言ってんだよ。どこからどう見ても女だよ。お前、そんなんで王宮に戻ってきてみろ。近衛の隊舎になんか絶対帰らせねーし、誰にも見られないように昼も夜も監禁するぞ」
うーん。えーと。えーと……
クライスは薄笑いを浮かべたまま凝固した。
どこから話そうかなと思案しているのもあり、ルーク・シルヴァの眼光に完敗したのもあり。
「この格好で王宮に戻ることはないし……。実は近衛の隊舎ももう出ることになっていて。アレクス王子が、王宮に部屋を用意してくれることになっていて。近衛とは違う任務につくことになっている。でもそこは機密だからまだ言えないんだ。ごめんね」
「近衛騎士隊を出るのか」
「結果的にそういう扱いになるかもしれないけど、納得はしているから。そのときは……」
クライスは小さく笑って、ルーク・シルヴァの顔を覆った手を捕まえて、はがして、顔を覗きこんだ。
「こういう格好をすることもあるかもしれない。その話はまた今度、ね。待っててもらえるかな」
ルーク・シルヴァは目を閉ざし、眉間に皺を寄せて難しい顔はしたものの、振り切るように顔を振って立ち上がった。
落ちていたローブを拾い上げて、クライスに渡す。
「とりあえず、まだ隠さなきゃいけないんだろ、それ」
「そうだね」
頭からがふっとかぶって、服装を覆い隠す。
その様をじっとみっていたルーク・シルヴァであるが、立ち上がったクライスに手を差し出した。
なんだろ、握手かな? というようにクライスは小首を傾げつつ、手を掴む。強い力をこめて握り返すと、はなさずにルーク・シルヴァは歩き出した。
「五分経った。部屋まで送る」
「えっと。手……?」
なんで離さないんだろう、と不思議がるクライスに対して、ルーク・シルヴァは振り返らずに言った。
「手をつなぐくらいいいだろ。恋人同士なんだし」
ああ、なるほど。ロイドの部屋までの短い距離、手を繋いで……
頭で理解した途端に、繋いだ手から身体中を羞恥心その他諸々の感情が突き抜けて、吹き荒れて、クライスはよろめいた。
「なんでそんなに積極的なの……? 僕じゃなくてルーク・シルヴァが?」
思わずもらした呟きを耳にして、ルーク・シルヴァが振り向いた。
凄絶な美貌に、完璧な無表情でクライスを見つめてから恐ろしく低い声で言った。
「俺お前に言ったよな。別に惜しくないから何回言ってもいいけど」
繋いだ手をひいて、クライスを引き寄せて胸におさめて耳元に唇を寄せて。
「忘れているみたいだからもう一回言っておくぞ」
不意に声を甘く和らげて、告げた。
そう言って、なんとなく連れ立って歩き出し、結局同じ場所に帰り着きました。
「お、同じ宿……」
何かとルーク・シルヴァを避けてロイドにしがみついていたクライスが、呻いた。
「そうだったんだ。部屋どのへん? 二階? あ、そう。こっちも。そうそう一部屋で。そっちもなんだ?」とロイドがルーク・シルヴァと話しはじめる。
酔いと疲れのせいかクロノスは口数が少なかった。
クライスは不用意に発言して会話に巻き込まれないよう、口をつぐんで話が終わるのを待っていた。
すぐに切り上げたロイドが、所在投げに待っているクロノスとクライスに目を向ける。
「部屋割りどうする?」
ぽかんとしたのはクライスだけで、クロノスは速やかにクライスの肩に腕を回して言った。
「それって、こういう組み合わせもありなの?」
「んん!? 無しに決まってる!!」
慌てて腕を振り払い、ロイドの元へと走る。その背後にかばってもらうべく、回り込もうとしたところで、ルーク・シルヴァの腕が腰に巻き付いて捕まった。
「どうするつもりだ?」
フードで隠した頭の上から声をかけられて、クライスが「うわー」と遠慮なく悲鳴を上げた。
「どうもしません!! 僕とあなたが同室だと、ロイドさんとクロノス王子が一緒になります!!」
「あ、そっか。まあ一人部屋って枠がなかったから、オレの方もベッドは二つあるぞ」
なんの動揺もなく言うロイドに、捕らえられたままのクライスが喚きたてる。
「だめです!! いまのロイドさんは女性ですよ!? 何かされたらどうするんですか!!」
そんなに美人なのに!!
と、言い募るクライスの前に歩いて来て、跪いて下からフードの中を見上げつつ、クロノスがぼそりと言った。
「お前も男だよな? 『ルーナのお兄さん』が見ている前で女の人と二人で宿に泊まるんだ。へぇ」
しん、と沈黙がおりた。
クライスとロイドにおいては(そこは二人が同一人物だとわかって言っているのか、いないのか)クロノスの心中を測りかねて余計なことが言えなくなったせいである。
一方、黙る必要は特にないルーク・シルヴァは、嘆息して低い声で言った。
「『ルーナのお兄さん』はべつにそこは構わないが……。クライスはどうしてそこまで俺を避ける?」
避けてなんかいないからね!? という啖呵を切るのを見越して煽りめに言ったのに、クライスは巻き付いた腕から逃れようとばたばた暴れつつ言い返した。
「刺激が強すぎるんです!! しゅ、修行中なのに……。あなたの顔とか声とか、もう、全部」
「なるほど」
納得はした。
その短い返事はただそれだけの意味で、言い分を受け入れるとは決して言っていない。
ルーク・シルヴァは暴れるクライスを両腕で抑え込んで、花嫁のように抱え上げるとロイドに目を向けた。
「五分借りるぞ。後でそっちの部屋に帰す」
「了解。ま、帰せなくなったら、その時はその時で」
ひらりと手を振るロイドに、クライスが涙声で「ロイドさああああぁぁぁん」と主張していたが、ロイドは請け合わなかった。
二人が騒ぎながら宿に入って行くのを見届けて、残ったクロノスに声をかける。
「さて。五分じゃ終わらないと思うけど、どうする? こっちの部屋で待つか? それともどこかで飲み直す?」
* * *
喚くと他の客の迷惑だぞ、とルーク・シルヴァにどやしつけられて、一応は静かになったものの、クライスはなんとかその腕から逃れようともがき続けていた。
無駄だった。
鍛えているはずのクライスより、ルーク・シルヴァは腕も胸もすべてが力強く、どんな抵抗にもびくりともしなかった。
部屋に運び込まれて、二人だけの空間となる。
ルーク・シルヴァは魔法で灯りを燈しつつ、クライスの足が床につくようにおろした。ドアに背を向けて立っているので、逃げるならルーク・シルヴァを突破しないといけない形だった。
「な、な……な、何か用?」
フードをかぶり直して、うつむき、後退りながら聞いたというのに、大股に歩み寄ったルーク・シルヴァは容赦なくフードをはがした。あろうことかそのままの勢いで、ローブまですぽっと身体から抜き取った。あまりの鮮やかな手際に、クライスは胸元をかばうように腕を交差させつつ、頬を赤らめてキッとルーク・シルヴァを睨みつけた。
「どんだけ脱がせるのがうまいんだよ!」
「それはもう一枚はぎ取った後に言ってもらおうか」
うえ、と変な声をもらして、クライスは再び一歩、二歩と詰められるたびに後退する。
「後ろはもうベッドだな」
淡々と言われて、唇をかみしめて俯いた。
「あんまり僕を追い詰めないでよ……」
「逃げるからだ。キスもだめなのか」
「だめ。修行中だし……あっ」
短い悲鳴を上げたときにはクライスは寝台の上に押し倒されていて、ルーク・シルヴァが上をとっていた。
「この『可愛い服』のわけを聞いてもいいのか? ずいぶんひらひらしたのを着ているなとは思っていたが。戦闘中、見えるんじゃないかと。中が」
「や、あの、えーと……。これって、話をする体勢じゃないよね……?」
視線から逃れるように横を向きつつ、クライスがちらりとだけルーク・シルヴァに目を向けた。水色の瞳は困り切った様子で、ほんのりと濡れていた。
ルーク・シルヴァは大きな大きなため息をつくと、クライスの横に身を投げ出し、クライスの背を胸に抱きしめた。
「なんで俺までお前の禁欲生活に付き合わされてるんだろうな」
恨み言というよりは、独り言の様子で、それでも耳元で言われたその迫力に知らず怯えつつ、クライスはなんとか声を絞り出した。
「そ、その件につきましては、大変申し訳なく……」
「わかってるなら善処しろよ。初めての魔物との実戦でもひけをとらない程度に、強くはなっているんだし。あとどこまで腕を上げれば終わるんだ」
「師匠をとっつかまえて血祭に上げたら、です」
照れ照れしながらも言葉選びは限りなく物騒に用件を伝え、ついで思い出したようにとらわれの腕の中で身じろぎをした。
「ルーク・シルヴァはどうしてクロノス王子と二人で旅行して、同じ部屋に泊まろうとしていたの? 今、リュートの方じゃないんだよね?」
む、とルーク・シルヴァが一瞬押し黙った。
実は俺じゃなくてそもそもがルーナとクロノス王子の二人旅なんだ、という事実を隠蔽しようとした沈黙である。
クライスはさらに追撃をした。
「ルーナのお兄さん、て言ってたけど、ロイドさんの女性型は見破ったよね。ルーナは無事なの?」
返事がないので、ぐいぐいと動いて、身体ごと振り返る。
ルーク・シルヴァの顔をいまだに少し潤んだ目で見上げて「ねえ」と声をかけた。ルーク・シルヴァはといえばいろんな思いが去来して心中忙しく、目を閉ざして呟いた。
「これでキスも駄目だなんて、視覚の暴力だ。今度覚えてろよ」
「ごまかした!? クロノス王子とのこと聞いてるんだけど!! あ、あと酒場でアンジェラにも絡んでたよね!? あれは何!? そうだ、アンジェラもここに泊まってるんだけど。何これ偶然!? ちょ、ルーク・シルヴァ寝てる? 聞いてる!?」
元気に追及してくる恋人に対し、ルーク・シルヴァは寝たふりを続行した。
少なくとも自分の覚えている範囲ではやましいことはない。そう結論付けて。
クライスは収まりがつかず、なんとか話を続けようと手を伸ばしてルーク・シルヴァの肩や胸を小さく叩く。
「起きてよ。僕結構気にしてるんだから」
「何が気になるんだ。お前に応えてもらえない俺の性欲の行方か」
「ちょ!? 何言ってんの……!? 別にそんな……え、何それ放置すると相手がクロノス王子になっちゃう感じ……!? そういうことなの!?」
動揺しきって騒ぎ出すクライスを放り出して、ルーク・シルヴァは反対側に寝返り打った。
「俺は寝る。それ以上お前の可愛い恰好を見ていたくない」
不機嫌そうに言われて、クライスは気勢を一気に削がれて、しゅんとうなだれる。
「この服装ね。うん。ロイドさんは可愛い可愛いって言ってくれたけど……やっぱ似合わないよね」
はああああああ、とルーク・シルヴァは盛大なため息をついて起き上がった。
つられたように、クライスも身体を起こした。
ルーク・シルヴァは掌で顔をおさえ、指の間からぎろりとクライスを睨みつけた。
「可愛すぎだって言ってんだよ。どこからどう見ても女だよ。お前、そんなんで王宮に戻ってきてみろ。近衛の隊舎になんか絶対帰らせねーし、誰にも見られないように昼も夜も監禁するぞ」
うーん。えーと。えーと……
クライスは薄笑いを浮かべたまま凝固した。
どこから話そうかなと思案しているのもあり、ルーク・シルヴァの眼光に完敗したのもあり。
「この格好で王宮に戻ることはないし……。実は近衛の隊舎ももう出ることになっていて。アレクス王子が、王宮に部屋を用意してくれることになっていて。近衛とは違う任務につくことになっている。でもそこは機密だからまだ言えないんだ。ごめんね」
「近衛騎士隊を出るのか」
「結果的にそういう扱いになるかもしれないけど、納得はしているから。そのときは……」
クライスは小さく笑って、ルーク・シルヴァの顔を覆った手を捕まえて、はがして、顔を覗きこんだ。
「こういう格好をすることもあるかもしれない。その話はまた今度、ね。待っててもらえるかな」
ルーク・シルヴァは目を閉ざし、眉間に皺を寄せて難しい顔はしたものの、振り切るように顔を振って立ち上がった。
落ちていたローブを拾い上げて、クライスに渡す。
「とりあえず、まだ隠さなきゃいけないんだろ、それ」
「そうだね」
頭からがふっとかぶって、服装を覆い隠す。
その様をじっとみっていたルーク・シルヴァであるが、立ち上がったクライスに手を差し出した。
なんだろ、握手かな? というようにクライスは小首を傾げつつ、手を掴む。強い力をこめて握り返すと、はなさずにルーク・シルヴァは歩き出した。
「五分経った。部屋まで送る」
「えっと。手……?」
なんで離さないんだろう、と不思議がるクライスに対して、ルーク・シルヴァは振り返らずに言った。
「手をつなぐくらいいいだろ。恋人同士なんだし」
ああ、なるほど。ロイドの部屋までの短い距離、手を繋いで……
頭で理解した途端に、繋いだ手から身体中を羞恥心その他諸々の感情が突き抜けて、吹き荒れて、クライスはよろめいた。
「なんでそんなに積極的なの……? 僕じゃなくてルーク・シルヴァが?」
思わずもらした呟きを耳にして、ルーク・シルヴァが振り向いた。
凄絶な美貌に、完璧な無表情でクライスを見つめてから恐ろしく低い声で言った。
「俺お前に言ったよな。別に惜しくないから何回言ってもいいけど」
繋いだ手をひいて、クライスを引き寄せて胸におさめて耳元に唇を寄せて。
「忘れているみたいだからもう一回言っておくぞ」
不意に声を甘く和らげて、告げた。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
婚約破棄の場を悪魔族に愛された令嬢が支配する。
三月べに
恋愛
王子が自らの婚約者の悪事を暴いて、断罪するパーティー会場。高らかに、婚約破棄を突き付けた王子は、玉座のように置かれたソファーの前から吹っ飛んだ。
何が起きたかわからないパーティー参加者を置き去りに、婚約破棄を言い渡された令嬢は、艶やかな黒の巻き髪をふんわりと靡かせて、そのソファーにふんぞり返るように腰をかけた。
「それでは、本当の断罪を始めましょう」
琥珀の瞳を蠱惑に細めて、ほくそ笑む。
そのパーティー会場は、突如現れた悪魔族の力によって、扉も窓も開かなくなった。悪魔族達が従うのは、『魔王』の力を持つその令嬢、ただ一人だけだった。
※3万文字数のダークに過激な断罪ざまぁモノ※ハッピーハロウィンテンション♪(2023年10月13日の金曜日♡)※
(『小説家になろう』サイトにも掲載)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる