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第四章 腹黒王子と付き合いの良い魔族たち

ガラスの靴

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 どこの誰かわからない相手との再会を望む場合、人はどのような行動をとるのか。

 偶然にかけて、その人と出会ったところ、別れたところをさまよう。
 どれだけ可能性が低くても、他に打てる手があまりにもない。
 何度空振りをしても、少ない情報から出現条件を考える。

 たとえば、初めて会ったあの日彼女が姿を見せていた時間帯は。別れたのは何時頃だったか。
 行動範囲と時間をよくよく考えて、再びめぐりあう奇跡を信じて。

「邪魔な奴」

 連日、王宮裏手の森の中をウロウロと歩き回る人の気配に、リュートは心の底から呟いた。
 絶好の昼寝ポイントだというのに、こうも毎日出入りされてしまえば、いつか互いの存在に気付き会話に発展するおそれが十分にある。
 今はいやいやで渋々ながら全力で姿を隠しているが、何せ相手も魔導士。
 身を隠す魔法の痕跡に気付けば、絶対に疑ってかかってくるだろう。実際にどの程度の魔力の持ち主なのかは未知数なのだ。あまり侮らない方が良い。

(用件を聞き出して早めに解決するに限る、か)

 まったく気は進まなかったが仕方ない。
 さまよえるクロノス王子の探しているであろう人物に、ひと思いに会わせてやることにした。

 * * *

 木の根元に、目を閉ざして膝を抱えて座り込んでいる少女の姿を見つけて、クロノスはしばし息を止めて見守ってしまった。

 肩に触れる長さの、波打つ銀髪。伏せられた瞼に長い睫毛。すっと通った鼻梁に形の良い小さな唇。神や天使といった人ならざるものが、精髄を集めて作り上げたような圧倒的美貌。ほっそりとした首を覆う真っ白の立ち襟のフリルブラウスに、空色のロングスカートを合わせている。足には白く染めた皮の編み上げブーツ。
 無頓着そうな姿勢にドキリとはしたものの、かろうじてスカートの中は見えそうで見えていない。
 そのことにホッとする。
 距離を置いたまま、声をかけて起こしてしまうのが躊躇われてじっと見つめていると、ほどなくして少女はゆっくりと顔を上げた。
 目を見開く。

「なんか用?」

 愛らしい声で、ぶっきらぼうな一言。
 クロノスは口元に笑みを浮かべて、数歩進んだ。

「会いたかった。ずっと探していたよ、ルーナ」

 素直な心を告げて、手を差し伸べると、ルーナはふいっと顔を逸らした。

「なんの用で探されていたんだ? クライスに何かあったか?」

 他に共通の話題などない。
 差し出された手をとらずに銀の少女が立ち上がると、クロノスも無言で手をひっこめた。

「何かあったというわけではない。君は連絡を取っているの? いきなりの指令だったけど、きちんと別れは済ませたのか?」

 ルーナは一度眉をぴくりと動かした。

(別れ、という表現は気に入らないな。含むところがないにしても)

「出かける前に愛を確かめ合ってはいる」

 好きとは伝えているんだ、と胸を張って答えたつもりだが、クロノスには意味深な笑みを向けられてしまう。

「ふーん。愛を、ね……。あいつが相手だと思うと、ついおままごとを想像しちゃうんだけど」
「つい、じゃねーよ。何も想像すんなよ。迷惑だ。お前の記憶そのものを今から消してやろうか」

 言ってから、アリだなそれ、とルーナは思ったがクロノスは口角をきゅっと上げて微笑んできた。

「ルーク・シルヴァというひとに会った。お兄さん。君のことを魔導士だと言っていたけど、率直にすごいね。彼は魔力も貫禄も一般人じゃなかった。正直、見た目の若さと中身が合っていない感じすごかったけど、君もどこかそういう面があるね。どのくらい魔法を使えるんだ?」
「勝負でもするのか? 負けねーぞ」
「ああごめん、そういうんじゃない。ただの興味。君のこと知りたいんだ」

 黒縁眼鏡の奥から、思いがけず真摯な視線を向けられ、衣服の下で肌がぞくりと震えた。

「やめろよそういうの。俺は何一つ知られたくねーよ」
「謎が多いなぁ。クライスは君のことどのくらい知っているの?」
「どのくらいって。あいつは俺のことはあまり知らないけど、『好き』には関係なさそうだぞ」

 そもそも、今までは話す以上のことを聞かれたことがない。知りたいらしいというのはうっすらわかったが、言えることは言えるし、言えないものは言えない。

(俺は元魔王で前世のお前を殺しているよ。なんて、言えるか)

「なるほど。実物が目の前にいれば抱きしめることはできるし、拒否されないなら素性にこだわる必要もないか。いらないこと聞いて、手が届かないと勝手に諦めるより、何も聞かないで身体だけ先に手に入れたって全然間違いじゃないよね。離れられなくしてしまえば後はどうにでも」
「何それ、お前の恋愛流儀なの? ひくぞ」

 身体が先で離れられなくしてやるとか。クライスは全然そういう奴ではない。

「それがオレの流儀なら、君はとっくに襲われているよ。魔法を使われてもある程度抑え込める自信はあるからね」

 きついまなざしをくれてから、クロノスはふいっと肩をそびやかした。
 ルーナは歩み寄りながらクロノスを見上げてにこりと笑いかけた。

「なに勝つ気になってんだよ、負けねーぞ」

 そこで地面に浮き出た木の根を踏みしめてしまい、バランスを崩した。
 転ぶ前に止まれるつもりだったのに、クロノスが素早く一歩踏み出すと、腕を差し出して支えてきた。

「その靴、踵高いね。慣れてないんでしょ? エスコートするよ?」
「歩けるっての」
「心配なんだ」

(困ったように笑っているけど、それは何に対して困ってるんだ?)

「俺に親切にしても、クライスは落とせないぞ」
「ルーナはずいぶん迂遠な考え方をするんだね。こんなことで、クライスに言いたくなるほどオレの印象良くなるかな」
「ならない。それはそうだな」
「だろ? 君の印象すら良くならないんだよ。むしろ悪くなるまである。ただの損だよ」

 などと口では言うくせに、支えながら腰に回していた腕を離したと思ったら、そのままルーナの手をとって自分の腕を掴ませた。

「……なんだよ」
「転ぶの見たくないだけだよ。自分の可愛さ自覚してるのか? その顔に怪我なんかするなよ」

(何かわからないが、腹が立つ)

 具体的にどこと言えないが、友好的ではない。むしろ好戦的。
 褒められている気も大切にされている気もしない。別に求めてはいないが。

「そもそも俺はまだ用件すら聞いていないんだが。何処に行こうとしている」
「そうだったね。結構遠くだ。日帰りはできない」

 クロノスが歩き出し、つられて数歩進んで、なんで腕を掴んでいるんだと思い出したところで、足がまたもや木の根に引っかかった。
 そこにあったという理由で、クロノスの腕を掴む手にぎゅっと力が入ってしまったが、気づかないはずがないのにクロノスは何も触れずに話を続けた。 

「先に靴を買いに行こうか。それも可愛いけど、行き先の路面状況わからないし」
「なんで一緒に出かけることになってるんだ?」
「なんか用か? って聞かれたから、用事に付き合ってくれるんだなと」

(王子様か。さすがだな)

 魔王様だったはずなのに、感覚的についていけない。

「普通、付き合うかどうかは内容聞いてからだとは考えないのか?」
「クライスの生家を訪ねる」

 議論を打ち切るように、クロノスがきっぱりと言った。

「何のために?」
「オレにはオレの理由があるけど、ルーナもあいつと真面目に付き合っているなら、行っておいて損はない。べつに親に会えとまではすすめないけど、あいつがどういうところで生まれ育ったのか、見ておけよ」

 断り文句はいろいろ浮かんだ。
 だが、そのどれもがクロノスを打ち負かすには及ばないと認めざるを得なかった。

「お前があいつに関して何か仕掛けようっていうなら、しっかり見ておくか」

 そう言うと、クロノスが黒縁眼鏡越しにすっと視線を流してきた。口元が笑ってる。
 踵のある靴を履いているはずなのに、あまり身長差を詰められた気がしない。男性体ならこんなことないのに。

「その靴選んだのって、もしかしてクライス?」
「そうだけど」
「オレだったら、ルーナにはガラスの靴でもはいてほしいなあ」
「履きづらそうだし歩きにくそうだ」
「そうだな。素足に履くとしたら痛そうだし。だいたい、指の先まで見えちゃうってなんかエロい」

 取り留めのないことを言いながらクロノスは歩いていく。ルーナは腕を掴んだまま。慌てて離したら、「エスコートすら意識している」と指摘されそうだと考えたら、タイミングを逸したのだ。

(もう躓いたりしないけどな)

 足元を注意深く見下ろして、草に隠れた木の根を踏まないように気を付ける。  
 前を向いたふりをしたクロノスが、何度も視線を向けて横顔を見つめていることに、ルーナは全く気付かなかった。 
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