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第三章 王子の本分

人攫いの夜(前)

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 あなたは、誰に秘密を打ち明けますか──?

 * * *

『その話はお前とはしない。二度と口にするな』

(たぶん、あれが一番きつかった)

 お前とはしない。名指しで避けられたようなもの。
 二度と口にするな。食い下がるのは許さない。

 完璧に徹底的に拒否された。
 帰りに未練でもう一度だけ聞いた「妹」の話に、少しだけ付き合ってくれたのは、リュートなりに引いた一線を譲ってくれた気がする。それ以上来るなと言われたところに、片足だけそーっとのせてみたクライスに、仕方のない奴、と苦笑しながら。
 だけどきっと、二度はないだろう。

(おそらく……。普通の死に方をしていない。だとすれば、ルーナの姿をとるとき、リュートは本当はかなりの苦痛を覚えていたんじゃないだろうか。鏡の中に、もう会えない人が立っているのを見るのは、かえって辛くはないだろうか)

 知らなかったとはいえ、自分はどれだけリュートを踏みつけてきたのだろう。
 もちろん、本当に耐え難く不快なら、「妹」の話を拒否したときのようにリュートは厳然と言うだろう。でも、クライスがあまりにも鈍感な場合は、さっさと見限ってしまいそうな気もする。
 そうならないように、もっと知りたい。

(目の前にいるリュートがすべてだと思ってき。それだけじゃ、もう嫌だ)

 たとえば同僚の女官と食事をするリュート。彼なりの付き合いや世界はクライスの知らないところにもある。知ろうとしなければ、知らない顔が増えていく。本名。旧い友人。
 今でさえ、リュートはクライスの手の届かないところにいるのに。

(デートしたときは楽しかったんだけどな。どうして、楽しいままじゃいられないんだろう)

 あれが幸せの絶頂だったとは思いたくないのに、掴めるかと思ったたくさんの輝きは、手の中からさらさらと零れ落ちていく。
 そして、ふとした折に見過ごそうとしてきたはずのいくつもの不安を拾い上げてしまう。
 手馴れた深いキスは、いつ、誰としたの?

 廊下を歩く足取りが、どうしても重くなる。
 隊舎に帰って誰かと顔を合わせるのも嫌で、自然と遠回りの道を選んでいる気もする。
 だいたい、今日は警備の体制が普段とは違うので、いつ戻っても人の出入りがありそうだ。冴えない顔をしていればからかわれたり、心配されたり。
 うまくかわして、笑える気がしない。

(守る者がいれば強くなる──ずっとそう思ってきた。僕は不相応な相手を好きになったばかりに、自分が守られて、守られることに慣れて、どんどん弱くなっている)

 悩み。迷い。
 ついには歩みが止まった。

 クライスは弱くなったが、リュートは強い。魔物の群れを前にひるまず、人をかばって立ち、的確に指図していた。そして強力な魔法を行使し、立ち向かって打ち滅ぼした。
 同じことを、クライスはできない。

「僕は、何ができるんだろう」

 思いに沈むクライスは、あまりにも無防備すぎた。
 そこが王宮であるということも、警戒を鈍らせるには十分であり、背後に人の気配があることには拘束される瞬間までまったく気づかなかった。
 身体をぐっと抱き寄せられて、口を塞がれる。
 力が強く、咄嗟に暴れようにも、ひょいっと抱え上げられて足は空しく宙を蹴った。

 犯行はほんの一瞬。

 クライスはすぐそばの部屋にひきずりこまれた。
 誰にも目撃されることなく、ドアは鼻先で無慈悲に閉ざされた。
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