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“結婚は済ませておいた”

 簡潔な一文というのは、要領を得た場合のみ有効である。

「なに、お父様。どういうこと!?」

 それだけではさっぱり意味がわからないというのは、用をなさない文章であり、混乱を引き起こすだけ。
 留学先で父であるエドモンド伯爵から急ぎの手紙を受け取ったガブリエラは、目眩とともに叫んだ。
 結婚? 誰の?

(お母様はお元気だから、父の再婚という線は無い。兄様は五年前に結婚している。つまり当家で未婚なのは私だけ。私……、私の結婚を? 父が済ませておくってどういうこと!?)

 ドレスは? キスは? 教会での誓いの言葉は?
 誰かが代わりにすべて済ませておいてくれたと?
 誰と?

「ありがたくないんですけど……!?」

 便箋を持つ手がわなわなと震えている。まさかそんなという気持ち以上に「ありえる、あの父ならば」という確信があり、ガブリエラは崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。
 エドモンド伯爵は、放蕩ほうとうに生きた祖父の代で傾ききった家を立て直した、辣腕の持ち主。果断、即決、百発百中の読みであっという間に財を成したと勇名を馳せる実業家であり、言動の一切に無駄と迷いが無い。
 いささか説明を省きすぎるのは悪癖の一種、玉にきず。普段なら事務作業を引き受ける優秀な部下が意図を汲み、噛み砕いて書類を作り事なきを得ているのであろう。
 しかしながら、本人が直々に手掛けた場合は、往々にしてこのような事態を引き起こす。

(大方、何か合理的理由があって結婚を済ませたのでしょうけれど……、せめて結婚相手が誰かを教えてくれても良いでしょう!)

 そこで、ガブリエラは弾かれたように椅子から飛び上がった。こうしてはいられない。
 トランクを開いて手紙を放り込み、ばちんと金具を留める。取手を引っ掴み、ドレスの裾をさばきながらドアへと向かった。
 すでに学校での全日程を終えて寄宿舎は引き払い、ホテルで一夜を過ごした後。ガブリエラが、故国へと帰国をする手筈は整っていた。

(帰って、直接詳細を聞くしかない。お父様のおかげで寄り道する気も失せたけれど、仕方ないわね。結婚……結婚……)

「結婚……、なんでなの……」

 思わず声に出たが、動きを止めたら二度と動けなくなりそうだった。なんとか気力を振り絞り、ガブリエラはドアノブに手をかける。
 そのとき、コンコン、と外からノックされた。

 * * *

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