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「今の短いやりとりで、ミラベル嬢のひととなりが掴めたように思います」
「それはさすがにふかしすぎでは?」
「ふかす?」
言葉が乱れました。エルヴィン様には、不思議そうに聞き返されてしまいました。
私、現在は伯爵家の令嬢というポジションではありますが、その昔母が邸宅の庭師と駆け落ちして産んだ子で、邸宅に引き取られた十歳まで下町で育っています。ときどき、貴族階級の皆様がご存知ないであろう俗語が頭に浮かびます。普段は口にしませんが、いまは完全に口がすべりました。なんということでしょう。
扇で顔を軽くあおぎながら、私は横を向きました。
「そんなに簡単に、わかったと言われるのは面白くありません」
「そうですね、これまた失礼を。その調子でもう少し私を激しく責め立てて頂けませんか?」
あ……ド変態だ。
「『頂けませんか?』の使い方がさっきからおかしいでしょぉぉぉぉ。丁寧に言えば良いってものじゃないですよね!?」
「ん。だめだった?」
目を瞬いて、不思議そうに聞き返されました。少し砕けた口調に、私はエルヴィン様の真意を探りたくてその黒瞳をのぞきこみました。
はい。目は口ほどに物を言う。エルヴィン様、笑っています。
私はたまらず扇をぱちんと閉じると、肩をいからせて決然と言いました。
「『いじめて頂けませんか?』『激しく責め立てて頂けませんか?』ほとんど初対面の異性からろくな前置きも脈絡もなく言われたらどうお感じになりますかエルヴィン様! お答えください!!」
「難しいですね。試しに、私に対してミラベル嬢がそのセリフを言ってみてください。はい、どうぞ」
「わかりました。エルヴィン様、私のことをいじめて頂けませんか? 激しくせめたて」
おかしい。
この会話おかしい。
我に返ったのは、エルヴィン様が頬を染めて横を向いたからです。大きな手で顔を覆って「申し訳有りません」とかすれ声で謝ってきました。
だから、謝るようなことははじめからしなければよろしいのではなくて!?
「私は今いったい、何を言わされたのでしょう?」
怒りよりも、大きすぎる羞恥心のせいで、感情が乱れて声が震えます。
エルヴィン様はもう一度「本当にごめんなさい」と言ってから、私に向き直りました。
「ほとんど初対面の異性からそのセリフを言われると、破壊力が大きいことがわかりました。……はぁ」
最後は放心したような吐息まで。
「正直に言えば良いってものじゃないですよね!? 聞きたくありませんでした!! なんですかその意味深なため息!! 破壊力とは!?」
「ああ、もう、本当に。ミラベル嬢のお怒りはごもっともだと思いますが……。私もいま混乱しています」
「言われなくてもそう見えますよ。ええ、わかります。最初からすべて全部混乱していなければ言えないようなことばかり言っています。心配になってきました」
「この上、私にそんなお優しい言葉をかけてくださるなんて。天使ですか? それとも小悪魔ですか? 参ったな。女性がこんなに可愛く見えたのは初めてです」
「エルヴィン様、本当に大丈夫ですか? 全部声に出ていますけど?」
私のその指摘は、「やぶ蛇」と呼ばれるもの。
切れ長で涼やかな目元を朱に染めたまま、エルヴィン様は吐息とともに言いました。
「あなたのこと、もっといじめたくて、たまらなくなってきました。いじめられてくれますか?」
「だめに決まってますよね!? 最初と攻守逆転していますけど、今一度ご自分の目的を思い出してください!! あなたは!! 私に、『いじめられたい』のではなかったですか!?」
「そうですね。ミラベル嬢の、そのくるくる変わる可愛い表情をもっと見ていたい。もう受け攻めはどちらでも良いです。私を思いっきりいじめてください。私もあなたを心ゆくまでいじめます。二人でそういう関係になりましょう」
「とんでもない新世界の扉を開こうとしていますけど、巻き込まないでください!!」
たまたま帰り道が一緒になっただけで、とんでもない濃い会話になってしまいました。
繰り返しますが、私たちは初対面に近く、話すのはこの時が初めてだったというのに。
道の前後に人影はなく、この会話を他のひとに聞かれることがなかったことだけは、幸いでした。
(エルヴィン様、わけわからなすぎて怖い……。だけど、わからないものを、わからないまま放置しておけば怖いだけだわ。もう少しとっかかりが欲しい)
「……エルヴィン様、仕切り直して頂けますか?」
「と言うと?」
「また日を改めて、落ち着いてお話をしましょう。ふたりとも……、少し落ち着いた方が良いかと」
「わかりました。つまり後日デートのお約束を頂けるということですね。その時まですべての用事をすませておき、何があっても時間を作ります。ありがとう、嬉しいです」
すらすらと言われて、(デートなのかなぁ~~~~ん~~~~)と思いつつ、私は否定しきれずに「よろしくお願いします」と言ってその場は終わりにしました。
歩くのを再開してから、次に会う日時を話し合っているうちに、互いに馬車を待たせているところまでたどりつき、別れることになりました。
エルヴィン様は徹頭徹尾ド変態だった会話の気配をおくびにも出さず、「また今度」と爽やかに笑って去って行きました。
* * *
「それはさすがにふかしすぎでは?」
「ふかす?」
言葉が乱れました。エルヴィン様には、不思議そうに聞き返されてしまいました。
私、現在は伯爵家の令嬢というポジションではありますが、その昔母が邸宅の庭師と駆け落ちして産んだ子で、邸宅に引き取られた十歳まで下町で育っています。ときどき、貴族階級の皆様がご存知ないであろう俗語が頭に浮かびます。普段は口にしませんが、いまは完全に口がすべりました。なんということでしょう。
扇で顔を軽くあおぎながら、私は横を向きました。
「そんなに簡単に、わかったと言われるのは面白くありません」
「そうですね、これまた失礼を。その調子でもう少し私を激しく責め立てて頂けませんか?」
あ……ド変態だ。
「『頂けませんか?』の使い方がさっきからおかしいでしょぉぉぉぉ。丁寧に言えば良いってものじゃないですよね!?」
「ん。だめだった?」
目を瞬いて、不思議そうに聞き返されました。少し砕けた口調に、私はエルヴィン様の真意を探りたくてその黒瞳をのぞきこみました。
はい。目は口ほどに物を言う。エルヴィン様、笑っています。
私はたまらず扇をぱちんと閉じると、肩をいからせて決然と言いました。
「『いじめて頂けませんか?』『激しく責め立てて頂けませんか?』ほとんど初対面の異性からろくな前置きも脈絡もなく言われたらどうお感じになりますかエルヴィン様! お答えください!!」
「難しいですね。試しに、私に対してミラベル嬢がそのセリフを言ってみてください。はい、どうぞ」
「わかりました。エルヴィン様、私のことをいじめて頂けませんか? 激しくせめたて」
おかしい。
この会話おかしい。
我に返ったのは、エルヴィン様が頬を染めて横を向いたからです。大きな手で顔を覆って「申し訳有りません」とかすれ声で謝ってきました。
だから、謝るようなことははじめからしなければよろしいのではなくて!?
「私は今いったい、何を言わされたのでしょう?」
怒りよりも、大きすぎる羞恥心のせいで、感情が乱れて声が震えます。
エルヴィン様はもう一度「本当にごめんなさい」と言ってから、私に向き直りました。
「ほとんど初対面の異性からそのセリフを言われると、破壊力が大きいことがわかりました。……はぁ」
最後は放心したような吐息まで。
「正直に言えば良いってものじゃないですよね!? 聞きたくありませんでした!! なんですかその意味深なため息!! 破壊力とは!?」
「ああ、もう、本当に。ミラベル嬢のお怒りはごもっともだと思いますが……。私もいま混乱しています」
「言われなくてもそう見えますよ。ええ、わかります。最初からすべて全部混乱していなければ言えないようなことばかり言っています。心配になってきました」
「この上、私にそんなお優しい言葉をかけてくださるなんて。天使ですか? それとも小悪魔ですか? 参ったな。女性がこんなに可愛く見えたのは初めてです」
「エルヴィン様、本当に大丈夫ですか? 全部声に出ていますけど?」
私のその指摘は、「やぶ蛇」と呼ばれるもの。
切れ長で涼やかな目元を朱に染めたまま、エルヴィン様は吐息とともに言いました。
「あなたのこと、もっといじめたくて、たまらなくなってきました。いじめられてくれますか?」
「だめに決まってますよね!? 最初と攻守逆転していますけど、今一度ご自分の目的を思い出してください!! あなたは!! 私に、『いじめられたい』のではなかったですか!?」
「そうですね。ミラベル嬢の、そのくるくる変わる可愛い表情をもっと見ていたい。もう受け攻めはどちらでも良いです。私を思いっきりいじめてください。私もあなたを心ゆくまでいじめます。二人でそういう関係になりましょう」
「とんでもない新世界の扉を開こうとしていますけど、巻き込まないでください!!」
たまたま帰り道が一緒になっただけで、とんでもない濃い会話になってしまいました。
繰り返しますが、私たちは初対面に近く、話すのはこの時が初めてだったというのに。
道の前後に人影はなく、この会話を他のひとに聞かれることがなかったことだけは、幸いでした。
(エルヴィン様、わけわからなすぎて怖い……。だけど、わからないものを、わからないまま放置しておけば怖いだけだわ。もう少しとっかかりが欲しい)
「……エルヴィン様、仕切り直して頂けますか?」
「と言うと?」
「また日を改めて、落ち着いてお話をしましょう。ふたりとも……、少し落ち着いた方が良いかと」
「わかりました。つまり後日デートのお約束を頂けるということですね。その時まですべての用事をすませておき、何があっても時間を作ります。ありがとう、嬉しいです」
すらすらと言われて、(デートなのかなぁ~~~~ん~~~~)と思いつつ、私は否定しきれずに「よろしくお願いします」と言ってその場は終わりにしました。
歩くのを再開してから、次に会う日時を話し合っているうちに、互いに馬車を待たせているところまでたどりつき、別れることになりました。
エルヴィン様は徹頭徹尾ド変態だった会話の気配をおくびにも出さず、「また今度」と爽やかに笑って去って行きました。
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