上 下
14 / 18
第三章 宮廷薬師として

晩餐会へ

しおりを挟む
「エイル室長が……、美女同伴……!」

 晩餐会の開かれている大広間。その扉の前に詰めていた衛兵たちが、仕事を忘れたかのようにざわついた。
 視線の先には、王宮のメイドたちの手を借り、真珠色の光沢を放つドレスを身に着けたアリス。急かされながらエイルと歩んできた道すがら、ずっと視線がつきまとっており、晩餐会の場に着く前からすでに緊張で顔を強張らせていた。

(だめだめ。ラファエロだったら「笑えてないよ」って言ってくるところね、気をつけないと)

 思い直して、なんとか取り繕った笑みを浮かべようと努力をする。
 その横には、群青のジャケットを身に着け、抜かり無く貴族の若君らしい正装に身を包んだエイル。にやりと笑みを浮かべて「たまには俺にもこういうことがある」と兵たち相手にうそぶいてから、低い声で続けた。

「くれぐれも、俺の連れに妙な秋波しゅうははやめてくれ。安い求婚でもしようものなら、蹴散らすぞ」

 兵たちのみならず周囲の高貴な身なりの男女すら黙らせて、大広間のドアをくぐる。

(しれっと言ってますけど、安い求婚を流行らせた張本人ですよね、エイル室長!)

 一言いいたいのをぐっと堪えて、アリスも並んで大広間に踏み入れた。衛兵の横を通り過ぎる際に「玉砕するとしても、告白だけでもしておけば」「ああ、アリス嬢」と妙な盛り上がりが耳を掠めた気がしたが、素知らぬふりを決め込んだ。聞き違いだと思いたい。
 天井の高い広間にはすでに多くのひとが詰めかけ、楽の音が響いていた。

「エイル室長、いつもはおひとりなんですか」
「それ、いま聞くんだ。そもそも普段はこういう場に滅多に参加しない。未婚で婚約者もいないのは以前も言った通り。だから誰はばかることなくアリスに結婚を申し込んでいる。少しは考えてくれた?」

 さらりと求婚返し。いついかなる会話でも大体そこに行き着く。まるで挨拶及び社交辞令。だからこそアリスも気兼ねなく断れる。

「何度もお伝えしておりますが、謹んでお断り申し上げます。エイル室長の求婚は私の『血』目当てですよね。体目的と大差ないと思うんです」
「初めはね。今はアリスの働きぶりに惚れ込んでの求愛行動なんだけど」
「仕事は好きですよ。自分に合っていると思います。エイル室長とは今後も魔法薬学の発展に尽くす、良き仕事仲間でいられたら幸いです」
「どうあっても本気にされない悲しみ。今晩もやけ酒だな」

 人々の間を歩きながら会話を交わす。妙に視線を集めているのは、レアキャラのエイルが出席しているからに違いない、とアリスは納得することにした。
 やがて、円のように人垣が出来ている空間があることに気がついた。
 エイルがすかさず耳打ちしてくる。

「あそこだ、本日の賓客。様子を見てこよう」

 アリスは無言でそちらを確認した。

(ラファエロ殿下とフローラ様。相手は……)

 叔父上、というフローラの声が耳を打った。祖国の王弟グリムズに違いないとあたりをつける。数人の従者を連れているようだ。その顔ぶれを確認して、アリスは小さく息を呑む。エイルの袖をひいて小声で告げた。

「ヘンリーがいます」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹の身代わりとされた姉は向かった先で大切にされる

桜月雪兎
恋愛
アイリスとアイリーンは人族であるナーシェル子爵家の姉妹として産まれた。 だが、妹のアイリーンは両親や屋敷の者に愛され、可愛がられて育った。 姉のアイリスは両親や屋敷の者から疎まれ、召し使いのように扱われた。 そんなある日、アイリスはアイリーンの身代わりとしてある場所に送られた。 それは獣人族であるヴァルファス公爵家で、アイリーンが令息である狼のカイルに怪我を負わせてしまったからだ。 身代わりとしてやった来たアイリスは何故か大切にされる厚待遇を受ける。 これは身代わりとしてやって来たアイリスに会ってすぐに『生涯の番』とわかったカイルを始めとしたヴァルファス家の人たちがアイリスを大切にする話。

転生したら幼女でした。※ただし、レベル、ステータスは完スト

まさ☆まさお
ファンタジー
剣で、魔法で、スキルでありとあらゆる攻撃方法で魔物を殲滅させまくってレベルを完ストさせ、魔王を蹂躙し世界を救った勇者は何の因果か病に倒れ絶命した。 しかし、神々は勇者の存在が無になることを恐れ、転生させることによって、その存在を消滅させないようにしたのであった。 この物語は【破壊王】【蹂躙せしもの】【歩く鬼畜】などなど、魔物勢から呼ばれた勇者が、ステータス、レベル、スキル、魔物に対する残虐性、戦闘やスキル、魔法に対する記憶のみを残して、後は真っ白な幼女に転生し、日々を楽しくおかしく過ごす物語である。

せっかく家の借金を返したのに、妹に婚約者を奪われて追放されました。でも、気にしなくていいみたいです。私には頼れる公爵様がいらっしゃいますから

甘海そら
恋愛
ヤルス伯爵家の長女、セリアには商才があった。 であれば、ヤルス家の借金を見事に返済し、いよいよ婚礼を間近にする。 だが、 「セリア。君には悪いと思っているが、私は運命の人を見つけたのだよ」  婚約者であるはずのクワイフからそう告げられる。  そのクワイフの隣には、妹であるヨカが目を細めて笑っていた。    気がつけば、セリアは全てを失っていた。  今までの功績は何故か妹のものになり、婚約者もまた妹のものとなった。  さらには、あらぬ悪名を着せられ、屋敷から追放される憂き目にも会う。  失意のどん底に陥ることになる。  ただ、そんな時だった。  セリアの目の前に、かつての親友が現れた。    大国シュリナの雄。  ユーガルド公爵家が当主、ケネス・トルゴー。  彼が仏頂面で手を差し伸べてくれば、彼女の運命は大きく変化していく。

冤罪で婚約破棄された私は『氷狼宰相』様と婚約して溺愛されます!〜冤罪を着せた第二王子は破滅の道を歩んでいるようですが私は知りません〜

水垣するめ
恋愛
主人公、侯爵令嬢のソフィア・ルピナスは第二王子のデルム・エーデルワイスと婚約していた。 ソフィアとデルムは同じく王立魔術研究所に属していたが、ソフィアは婚約者としてデルムに仕事を押し付けられていた。 ある日ソフィアは新しい魔術を発明したが、デルムはソフィアが不在の間にその魔術の論文を盗み出し、自分の魔術として登録してしまう。 新しい魔術を発明したデルムは天才として研究所の中で持て囃され、逆にソフィアは全く成果を出さない無能として蔑まれるようになった。 ソフィアはデルムに魔術の権利を返してほしいと訴えたが、デルムはソフィアの訴えを聞かず、それどころかソフィアのその訴えを利用して「お前は俺が魔術を盗んだと嘘をついた!」と主張した。 成果出したデルムと、無能と蔑まれているソフィアでは研究所の中での信頼度には天と地の差があり、デルムの主張が認められてしまう。 ソフィアは研究者としての信頼は失墜し、一つだけしか無い研究室もデルムに奪われてしまう。 すべてを失ったソフィアは失意の中屋敷へ帰っていた。 しかしその途中、馬車に轢かれそうになっていた老人を助ける。 すると翌日、王宮から呼び出しがかかり、『氷狼宰相』と呼ばれているレオ・サントリナと婚約することになる。 助けた老人は国王であり、その行動が認められた為だ。 『氷狼宰相』と婚約したソフィアは、順調に研究者として成功していく。 しかし逆にデルムは落ちぶれていくことになり……。 ※小説家になろうでも投稿しています。

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

花を吐く

斯波
恋愛
アリアスは初めて恋をした日、花を吐いた。『花吐病』ーー奇病の一つとして知られる病を患ったのである。 ※人を選ぶ内容になっているかと思うので自己責任で読んでください。

聖女の代役の私がなぜか追放宣言されました。今まで全部私に仕事を任せていたけど大丈夫なんですか?

水垣するめ
恋愛
伯爵家のオリヴィア・エバンスは『聖女』の代理をしてきた。 理由は本物の聖女であるセレナ・デブリーズ公爵令嬢が聖女の仕事を面倒臭がったためだ。 本物と言っても、家の権力をたてにして無理やり押し通した聖女だが。 無理やりセレナが押し込まれる前は、本来ならオリヴィアが聖女に選ばれるはずだった。 そういうこともあって、オリヴィアが聖女の代理として選ばれた。 セレナは最初は公務などにはきちんと出ていたが、次第に私に全て任せるようになった。 幸い、オリヴィアとセレナはそこそこ似ていたので、聖女のベールを被ってしまえば顔はあまり確認できず、バレる心配は無かった。 こうしてセレナは名誉と富だけを取り、オリヴィアには働かさせて自分は毎晩パーティーへ出席していた。 そして、ある日突然セレナからこう言われた。 「あー、あんた、もうクビにするから」 「え?」 「それと教会から追放するわ。理由はもう分かってるでしょ?」 「いえ、全くわかりませんけど……」 「私に成り代わって聖女になろうとしたでしょ?」 「いえ、してないんですけど……」 「馬鹿ねぇ。理由なんてどうでもいいのよ。私がそういう気分だからそうするのよ。私の偽物で伯爵家のあんたは大人しく聞いとけばいいの」 「……わかりました」 オリヴィアは一礼して部屋を出ようとする。 その時後ろから馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。 「あはは! 本当に無様ね! ここまで頑張って成果も何もかも奪われるなんて! けど伯爵家のあんたは何の仕返しも出来ないのよ!」 セレナがオリヴィアを馬鹿にしている。 しかしオリヴィアは特に気にすることなく部屋出た。 (馬鹿ね、今まで聖女の仕事をしていたのは私なのよ? 後悔するのはどちらなんでしょうね?)

姫金魚乙女の溺愛生活 〜「君を愛することはない」と言ったイケメン腹黒冷酷公爵様がなぜか私を溺愛してきます。〜

水垣するめ
恋愛
「あなたを愛することはありません」 ──私の婚約者であるノエル・ネイジュ公爵は婚約を結んだ途端そう言った。 リナリア・マリヤックは伯爵家に生まれた。 しかしリナリアが10歳の頃母が亡くなり、父のドニールが愛人のカトリーヌとその子供のローラを屋敷に迎えてからリナリアは冷遇されるようになった。 リナリアは屋敷でまるで奴隷のように働かされることとなった。 屋敷からは追い出され、屋敷の外に建っているボロボロの小屋で生活をさせられ、食事は1日に1度だけだった。 しかしリナリアはそれに耐え続け、7年が経った。 ある日マリヤック家に対して婚約の打診が来た。 それはネイジュ公爵家からのものだった。 しかしネイジュ公爵家には一番最初に婚約した女性を必ず婚約破棄する、という習慣があり一番最初の婚約者は『生贄』と呼ばれていた。 当然ローラは嫌がり、リナリアを代わりに婚約させる。 そしてリナリアは見た目だけは美しい公爵の元へと行くことになる。 名前はノエル・ネイジュ。金髪碧眼の美しい青年だった。 公爵は「あなたのことを愛することはありません」と宣言するのだが、リナリアと接しているうちに徐々に溺愛されるようになり……? ※「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...