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「おう。赤毛の小僧じゃねえか。今日は副団長はいないぞ」
声をかけてきたのは、顔見知りになった騎士のニック。出会いの雨の日はどことなく険悪な会話になり、今でもべつに仲良くまではなっていないが、会えば話くらいはする。
「小僧じゃない、れっきとした女だ。メルヴィンいないのか……困ったな」
せっかく来たのに訓練ができないと知って顔をくもらせると、ニックが気を使ったのか「俺が相手になるぞー」と身を乗り出してきた。
「ニックが……?」
(メルヴィンは、自分以外を相手にしてはいけないと言っていて……。「初心者が指導者以外の相手に教わると変な癖がつく」とか、そういう意味だと解釈していたんだけど。いつまでもメルヴィンとだけしか手合わせしないでいると、実力がよくわからないから、良い機会かな?)
頭の中で素早く算段し、決める。
「ありがと。せっかくだからお願いします。メルヴィンとしかしたことがないから、勝手はわかってないよ。手合わせしているうちに、慣れるかな?」
そう言って、ニックを見上げるとまじまじと顔をのぞきこまれてしまった。思わず「なに?」と聞き返すと、「なにっていうか」と言いながら目を逸らされる。
(どういう反応だ?)
よくわからないな、と首を傾げていると、視線を戻してきてぼそぼそと言われた。
「お前、もう副団長とはヤッたのか?」
「何を? 手合わせのことなら見ての通りだよ。いつも限界までいじめ抜かれている。手加減というものを知らないんだ、あの男は。私はか弱い魔導士で、腕力だって女だぞって言ってるのに。容赦ない」
訓練場でやりあっているんだから、みんな知っているよね? という軽い調子でフィオナは言ったが、ニックは深刻な表情でじっとフィオナの目を見てきた。
「おう、そうだな。お前が絶対に他の男に見向きできないように、徹底的に自分の相手だけさせてるよな、副団長。今まで浮名を流したこともなければ、言い寄る女も袖にし続けてきて、同僚の騎士団員相手にも一定の距離感を崩さないできたのに。まさか、一人の相手にここまでわかりやすく執着するとは」
「私に執着? そうかな。おもちゃにされているだけだよ。こんなに弱い相手で遊んでいないで、あのひとは自分の本分を果たすべきだ。よし、決めた。今日はニックに相手をお願いする」
よろしく、とフィオナが頭を下げると、ニックもまた神妙な様子で頭を下げた。
そこから二人で手合わせとなったが、結論から言えばフィオナの実力ではニックにもまったく歯が立たなかった。
何度打ち込んでも、払われ、防がれ、押し返され、地面に転ばされる。
「痛ぁ……」
思いっきり倒れ込んで、フィオナは短く悲鳴を上げた。「大丈夫か!?」とニックが走り込んできて、手を差し伸べてくる。「大丈夫だから」と言ってフィオナはその手をとらず、よろめきながらその場に立ち上がった。
「このくらい、いつもメルヴィンにされてるから、平気。本気で相手にしてくれてありがとうね」
心からの礼とともに、フィオナはにこりと微笑みかける。
ニックは一瞬、惚けたように動きを止めていたが、手を伸ばすとフィオナの手首を掴んだ。なぜ掴まれたかわからないフィオナはきょとんと目を瞬く。
「何?」
「いや、怪我してないかと思って。手当が必要なら、ちょっと向こうに行こうかと」
そのままぐいっと手を引かれた。
「痛いよ、ニック。痛いってば」
「だから手当を」
「じゃなくて、手が痛い。はなして……っ」
フィオナが叫んだその刹那。
影が落ちた。
二人の間に手を差し伸べたメルヴィンが、ニックの腕を掴んで力付くでフィオナから引き剥がす。ハッと息を呑んで振り返ったニックに対し、無表情で冷ややかに言い放った。
「二度は許さない。次は腕を切り落とす。わかったら行け。フィオナの相手は私だけだ。忘れるな」
* * *
声をかけてきたのは、顔見知りになった騎士のニック。出会いの雨の日はどことなく険悪な会話になり、今でもべつに仲良くまではなっていないが、会えば話くらいはする。
「小僧じゃない、れっきとした女だ。メルヴィンいないのか……困ったな」
せっかく来たのに訓練ができないと知って顔をくもらせると、ニックが気を使ったのか「俺が相手になるぞー」と身を乗り出してきた。
「ニックが……?」
(メルヴィンは、自分以外を相手にしてはいけないと言っていて……。「初心者が指導者以外の相手に教わると変な癖がつく」とか、そういう意味だと解釈していたんだけど。いつまでもメルヴィンとだけしか手合わせしないでいると、実力がよくわからないから、良い機会かな?)
頭の中で素早く算段し、決める。
「ありがと。せっかくだからお願いします。メルヴィンとしかしたことがないから、勝手はわかってないよ。手合わせしているうちに、慣れるかな?」
そう言って、ニックを見上げるとまじまじと顔をのぞきこまれてしまった。思わず「なに?」と聞き返すと、「なにっていうか」と言いながら目を逸らされる。
(どういう反応だ?)
よくわからないな、と首を傾げていると、視線を戻してきてぼそぼそと言われた。
「お前、もう副団長とはヤッたのか?」
「何を? 手合わせのことなら見ての通りだよ。いつも限界までいじめ抜かれている。手加減というものを知らないんだ、あの男は。私はか弱い魔導士で、腕力だって女だぞって言ってるのに。容赦ない」
訓練場でやりあっているんだから、みんな知っているよね? という軽い調子でフィオナは言ったが、ニックは深刻な表情でじっとフィオナの目を見てきた。
「おう、そうだな。お前が絶対に他の男に見向きできないように、徹底的に自分の相手だけさせてるよな、副団長。今まで浮名を流したこともなければ、言い寄る女も袖にし続けてきて、同僚の騎士団員相手にも一定の距離感を崩さないできたのに。まさか、一人の相手にここまでわかりやすく執着するとは」
「私に執着? そうかな。おもちゃにされているだけだよ。こんなに弱い相手で遊んでいないで、あのひとは自分の本分を果たすべきだ。よし、決めた。今日はニックに相手をお願いする」
よろしく、とフィオナが頭を下げると、ニックもまた神妙な様子で頭を下げた。
そこから二人で手合わせとなったが、結論から言えばフィオナの実力ではニックにもまったく歯が立たなかった。
何度打ち込んでも、払われ、防がれ、押し返され、地面に転ばされる。
「痛ぁ……」
思いっきり倒れ込んで、フィオナは短く悲鳴を上げた。「大丈夫か!?」とニックが走り込んできて、手を差し伸べてくる。「大丈夫だから」と言ってフィオナはその手をとらず、よろめきながらその場に立ち上がった。
「このくらい、いつもメルヴィンにされてるから、平気。本気で相手にしてくれてありがとうね」
心からの礼とともに、フィオナはにこりと微笑みかける。
ニックは一瞬、惚けたように動きを止めていたが、手を伸ばすとフィオナの手首を掴んだ。なぜ掴まれたかわからないフィオナはきょとんと目を瞬く。
「何?」
「いや、怪我してないかと思って。手当が必要なら、ちょっと向こうに行こうかと」
そのままぐいっと手を引かれた。
「痛いよ、ニック。痛いってば」
「だから手当を」
「じゃなくて、手が痛い。はなして……っ」
フィオナが叫んだその刹那。
影が落ちた。
二人の間に手を差し伸べたメルヴィンが、ニックの腕を掴んで力付くでフィオナから引き剥がす。ハッと息を呑んで振り返ったニックに対し、無表情で冷ややかに言い放った。
「二度は許さない。次は腕を切り落とす。わかったら行け。フィオナの相手は私だけだ。忘れるな」
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