上 下
5 / 6

【5】

しおりを挟む
「おう。赤毛の小僧じゃねえか。今日は副団長はいないぞ」

 声をかけてきたのは、顔見知りになった騎士のニック。出会いの雨の日はどことなく険悪な会話になり、今でもべつに仲良くまではなっていないが、会えば話くらいはする。

「小僧じゃない、れっきとした女だ。メルヴィンいないのか……困ったな」

 せっかく来たのに訓練ができないと知って顔をくもらせると、ニックが気を使ったのか「俺が相手になるぞー」と身を乗り出してきた。

「ニックが……?」

(メルヴィンは、自分以外を相手にしてはいけないと言っていて……。「初心者が指導者以外の相手に教わると変な癖がつく」とか、そういう意味だと解釈していたんだけど。いつまでもメルヴィンとだけしか手合わせしないでいると、実力がよくわからないから、良い機会かな?)

 頭の中で素早く算段し、決める。

「ありがと。せっかくだからお願いします。メルヴィンとしかしたことがないから、勝手はわかってないよ。手合わせしているうちに、慣れるかな?」

 そう言って、ニックを見上げるとまじまじと顔をのぞきこまれてしまった。思わず「なに?」と聞き返すと、「なにっていうか」と言いながら目を逸らされる。

(どういう反応だ?)

 よくわからないな、と首を傾げていると、視線を戻してきてぼそぼそと言われた。

「お前、もう副団長とはヤッたのか?」
「何を? 手合わせのことなら見ての通りだよ。いつも限界までいじめ抜かれている。手加減というものを知らないんだ、あの男は。私はか弱い魔導士で、腕力だって女だぞって言ってるのに。容赦ない」

 訓練場でやりあっているんだから、みんな知っているよね? という軽い調子でフィオナは言ったが、ニックは深刻な表情でじっとフィオナの目を見てきた。

「おう、そうだな。お前が絶対に他の男に見向きできないように、徹底的に自分の相手だけさせてるよな、副団長。今まで浮名を流したこともなければ、言い寄る女も袖にし続けてきて、同僚の騎士団員相手にも一定の距離感を崩さないできたのに。まさか、一人の相手にここまでわかりやすく執着するとは」
「私に執着? そうかな。おもちゃにされているだけだよ。こんなに弱い相手で遊んでいないで、あのひとは自分の本分を果たすべきだ。よし、決めた。今日はニックに相手をお願いする」

 よろしく、とフィオナが頭を下げると、ニックもまた神妙な様子で頭を下げた。
 そこから二人で手合わせとなったが、結論から言えばフィオナの実力ではニックにもまったく歯が立たなかった。
 何度打ち込んでも、払われ、防がれ、押し返され、地面に転ばされる。

「痛ぁ……」

 思いっきり倒れ込んで、フィオナは短く悲鳴を上げた。「大丈夫か!?」とニックが走り込んできて、手を差し伸べてくる。「大丈夫だから」と言ってフィオナはその手をとらず、よろめきながらその場に立ち上がった。

「このくらい、いつもメルヴィンにされてるから、平気。本気で相手にしてくれてありがとうね」

 心からの礼とともに、フィオナはにこりと微笑みかける。
 ニックは一瞬、惚けたように動きを止めていたが、手を伸ばすとフィオナの手首を掴んだ。なぜ掴まれたかわからないフィオナはきょとんと目を瞬く。

「何?」
「いや、怪我してないかと思って。手当が必要なら、ちょっと向こうに行こうかと」

 そのままぐいっと手を引かれた。

「痛いよ、ニック。痛いってば」
「だから手当を」
「じゃなくて、手が痛い。はなして……っ」

 フィオナが叫んだその刹那。
 影が落ちた。
 二人の間に手を差し伸べたメルヴィンが、ニックの腕を掴んで力付くでフィオナから引き剥がす。ハッと息を呑んで振り返ったニックに対し、無表情で冷ややかに言い放った。

「二度は許さない。次は腕を切り落とす。わかったら行け。フィオナの相手は私だけだ。忘れるな」

 * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

あなたを忘れる魔法があれば

七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

処理中です...