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清楚系黒髪侍女リリアンちゃん

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「陛下と宰相閣下からローランドくんのこと、頼み込まれちゃった。仕事だからきちんとやりますって言ってるのに。もちろん、仕事じゃなくても他の人にこの役目は譲れないな」

 リリアンちゃんが必要十分な説明をしてくれたおかげで、私は「この城にはリリアンちゃん以外の侍女さんはいないの?」という余計な一言を言わずに済んだ。

(たしかに、この場面でいたずらにモブを出す必要は無いし。侍女キャラがいるなら、何かと理由つけて登場するよね!)

 リリアンちゃんは、木製のワゴンをごろごろ押して入ってきた。水差しの他に、果物や焼き菓子の華やかな盛り合わせが目を引く。サンドイッチのような軽食もある。
 ローランドくんはすばやくベッドの上で起き上がり、襟元を指でつまみあげ、居住まいを正した。
 ベッドの側でワゴンを止めると、リリアンちゃんは色っぽくしなをつくって、スカートをつまんでみせた。

「寝たままでいいのに。誠心誠意お世話させて頂きます……♡」

 ぞくっ。

(あれ……? いまなんか背筋に悪寒が。おかしいな、こんな可愛いリリアンちゃんを前に。本格的に風邪かな?)

 身の内側で、ローランドが逃げ場を探す気配。怯えている? 
 一方のリリアンちゃんは、深い青の瞳でローランドくんの顔をのぞきこんできた。「お熱があるんですか?」と、あざといほど可愛らしく首を傾げて聞いてくる。

「平気だよ」

 最小限答えて、ローランドくんが微笑む。リリアンちゃんは「心配ですから、測りますよー」と言いながら手を伸ばしてきた。
 ふよん。
 左手でローランドくんの後頭部を押さえて自分の胸に抱き寄せて、右手を額に置く。ローランドくんの頬に遠慮なく柔らかく大きな胸を押し付けながら「む~、熱いかなぁ」と呟いていた。

(体温計じゃないんだから、手で測るにも限度があるよね~。そんなに長い時間測ってもピピピってお知らせするわけでもあるまいし。長いよね?)

「そうですねえ。そこまで熱くはないと思うんですけど……、どうしたんですか、ローランドくん。お顔が赤いですよ?」

 ようやく手を離してくれたリリアンちゃんが、舌なめずりでもしそうな妖気溢れる顔でローランドくんの顔をのぞきこんできた。近い。すっと体ごと引いて距離を広げながら、ローランドくんがそつのない口調で答えた。

「僕、赤くなりやすいみたいです。陛下と話したときも、ゴドウィンさんと話したときも、すぐ真っ赤になっちゃって。恥ずかしいな。二人とも、心配性というのもありますが。僕が慌てても『痛くしないから、身を任せて』なんて逃がしてくれないし」

 苦笑しながら話しているうちに、今度はひんやりとした冷気。
 笑いの余韻を残したままローランドくんが顔を上げると、笑顔ながらこめかみにうっすら青筋をたてたリリアンちゃんと目が合った。「リリアン?」と、ローランドくんの澄んだ声が名前を呼ぶ。
 笑みを深めたリリアンちゃんが、背景に漆黒の炎を揺らめかせて言った。

「私のローランドくんにそんな卑猥なことを言ったのは、あの歩く淫乱の宰相閣下ですか」
「ゴドウィンさんってそんな二つ名あるの!?」
「私がたったいまつけました。こんな清らかなローランドくんに、いったい何を聞かせているんですかねあの方は」

 言うなり、リリアンちゃんは両手を伸ばしてきて、ローランドくんの頬を包み込んだ。指先で耳をさわさわと軽いタッチで撫でながら、立ったままの自分へと見上げるように顔を傾けさせ、小さな赤い唇を開く。

「他には……? 隙だらけのローランドくんは、男たちに何をされてしまったんですか? 全部私に打ち明けてくださいね。私が、男の欲望に汚されたローランドくんを、浄化してあげます」
「明らかに変なことを言っているけど、どうしたのリリアンちゃん。大丈夫? 落ち着いて?」

 ローランドくんの意識をすっ飛ばして、私がそう言った。リリアンちゃんは手を離して、ベッドに腰を下ろす。ぴたっとローランドくんの体に体を擦り寄せながら、笑った。

「何も変なことは言ってないですよ。私は女の子が好きなんです。次点で、女の子みたいな男の子も大好き。ローランドくんを見かけるたびにいつも思っていました。押し倒して全身まさぐって、私の下でむせび泣かせたいって」

(……Sだ)

 私は認識を改めざるを得ないことに気づいた。
 先程からローランドくんがどことなく怯えている理由。ドがつくSなのだ、清楚系メイド服侍女のリリアンちゃんは。

(これはアーサーとの濡れ場予想が変わってくるな……。タグでいうところの「女性優位」とか? ただ並んで座っているだけで、ロックオンされているようなこの緊張感、尋常じゃない。隙を見せたら最後、何をされるか……。ローランドくん、見た目は可憐な美少年で、体は女の子。どう転んでも、危険すぎる)

 脳内にリリアンちゃんのS妄想を広げていく私に対し、ローランドくんの意識が敢然と立ち向かってきた。

 ――どういうこと!? アーサー様が危ない! リリアンを近づけたら、アーサー様がどんな危機にさらされるかわからないってことだよね!!

(認識としては合っているけど、おそらくこれは公式見解だから落ち着いて。男盛りのアーサーが清楚系侍女に食われるのは既定路線。読者も許容範囲と公式は考えているのよ……たぶん)

 そういうのもアリじゃないかな、と私は再び妄想しようとした。だけど、アーサーに惚れ込んでいるローランドくんの意識が「それは嫌だ」と切実に訴えかけてくる。自分以外の女の子リリアンちゃんと、好きな相手アーサーの濡れ場は、深刻な胸の痛みを伴って、耐え難いらしい。
 ローランドくんの感じている苦痛は私にとっても痛み以外の何物でもなく、私はそこで妄想を断念した。

(ローランドくんは、リリアンちゃんルートは嫌なの? たしかに、ここはBL世界だもんね。わかった。私も初心にかえって、リリアンちゃんルート以外を模索するわ……! そもそもリリアンちゃんの好みを聞く限りアーサーは対象外っぽいし。アーサーはガチムチってほどじゃないけど、きっぱり男感ある男性だから……)

 さきほど自分と同一次元で出会ったアーサーを思い浮かべて私はうんうんと納得の頷き。
 ここまでほんの数秒。
 私はリリアンちゃんの存在を思い出し、何か気の利いたことを言ってこの場を切り抜けようとした。

 とす。

 肩を押されて、ベッドに押し倒されていた。
 すかさず馬乗りになってくるリリアンちゃん。スカートがめくれて魅惑のガーターベルトがチラ見えしたが、さすが小物まで気合の入った作画(※三次元です)って気を取られている場合じゃない。

「さっきから、ローランドくんの体から、あの淫乱宰相の匂いがするのがとてもむかついているんです。ローランドくん、いい子だから、リリアンの色に染まってくださいね……? 痛いことはしないって言ったんですよね、閣下。なんて手ぬるいこと。残念でした、痛いことこそ至高。今からたっぷり可愛がってあげますね……♡ リリアンのことが忘れられなくなるくらい。ふふっ」

 青い目に危うい光を宿し、限りなくマジな口調でリリアンちゃんが物騒なことを言ってきた。
 そのときの私とローランドくんの脳裏をかけめぐった危機感ときたら、今日一番の絶大さで。
 なすすべもなく身を強張らせるローランドくんの意識をはねのけて、私は心の中で叫んでいた。

(こ……、このままでは全BL読者唖然の、唐突な百合展開がはじまってしまう……!!)
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