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第三話
逃げている場合ではなく
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前回までのあらすじ:アホの子呼ばわりされました。
(アリシア姫にはブスって言われて、カイルにはアホって言われているんですけど……!)
エグバード様は? エグバード様は何か言っていたっけ? と記憶をさらってみようとするが、正直それどころではない。
「いっ……痛い……っ」
俊足のカイルは、宿の裏手の畑を走り抜けて木立の間に飛び込む。
道なき道を駆ける振動がびしびしと脇腹に伝わってきて、アシュレイは呻き声を上げた。
「うう、カイル……!」
怪我ごときでぴーぴー言うのは我ながら情けないとは思うものの、数日生死を彷徨ったという認識がカイルにもあるなら、もう少し遠慮して欲しい。
その気持ちが通じたわけではないだろうが、一瞬速度を落としたカイルに、ごく優しい口調で囁かれた。
「舌噛むから、喋らない方が良いよ」
騎士団仕込みの優しさは、「いのちだいじに」だった。
(舌噛んだら死んじゃうもんね! だけど、追手がエグバード様だったらしい件は話し合いたいな!)
アシュレイはなんとか「カイル」と声に出してみる。
「なに?」
聞く耳持ってた。良かった。
「なん、で、逃げて、んの?」
揺れと痛みに耐えながら尋ねる。
梢からの陽の光と葉の影をまだらに少年めいた面差しに受けつつ、カイルはこともなく答えた。
「追いかけてきたから」
無力感に襲われて、アシュレイは瞑目する。
(カイルもよっぽどアホの子だと思うんですけど……!!)
エグバードは敵ではないはずだし、彼はアシュレイを庇護対象として考えているはずなので、誘拐に気付いたら追ってくるのはごく自然な成り行きだ。
アシュレイとしても、エグバードのことを敵だとは思っていない。それどころか、名目上とはいえ夫だ。ここまで問答無用に拒否するのはさすがに気が引ける。
「逃げるから、追いかけて、くると、おもう!」
舌を噛まないように注意して訴える。
飛び出てきていた枝をけるため、身をかがめたカイルはその隙に口を開いた。
「そもそもなんで追いかけてくるんだ」
「私が妻だからです」
森の深いところへ入り込んでしまったらしく、さすがに走ることはできなくなったカイルが、片手で枝葉をよけながら答える。
「アシュレイは姫様の身代わりだよな? アシュレイを追いかけるくらいなら、姫様が逃げたときに本気を出して追いかければ良かったんじゃないか? 本気出すの遅すぎないか?」
……ド正論!!
(たしかに、本気を出すタイミング、間違えている。あの時きちんと姫様を追いかけていれば……。だけどそうすると、姫様の不貞の責任を問わなければならなくて、国際問題的にも面倒だし。その上、せっかくの一目ぼれで、一度は恋愛成就したかのように見えたのに、実際は「ふられていた」わけだから、直視すると傷つくだろうし)
そういった諸事情を鑑みて、国に残った面々には「駆け落ちされた」ことを隠すべくアシュレイを身代わりにたてたわけだが。
文武両道の王子様なのに、結構不憫だな……とアシュレイは同情をしてしまった。
「だけどカイル。逃げてどうするの? 何かあてがあるの?」
そもそもどうしてここに来たの?
聞きたいことはたくさんあったが、カイルの空気が変わったのを感じてアシュレイは口をつぐんだ。
アシュレイを抱え直して、カイルは振り返る。
「お前、足早いな」
そこには、苦み走った笑みを浮かべたエグバードが、息を切らせて追いついてきていた。
(アリシア姫にはブスって言われて、カイルにはアホって言われているんですけど……!)
エグバード様は? エグバード様は何か言っていたっけ? と記憶をさらってみようとするが、正直それどころではない。
「いっ……痛い……っ」
俊足のカイルは、宿の裏手の畑を走り抜けて木立の間に飛び込む。
道なき道を駆ける振動がびしびしと脇腹に伝わってきて、アシュレイは呻き声を上げた。
「うう、カイル……!」
怪我ごときでぴーぴー言うのは我ながら情けないとは思うものの、数日生死を彷徨ったという認識がカイルにもあるなら、もう少し遠慮して欲しい。
その気持ちが通じたわけではないだろうが、一瞬速度を落としたカイルに、ごく優しい口調で囁かれた。
「舌噛むから、喋らない方が良いよ」
騎士団仕込みの優しさは、「いのちだいじに」だった。
(舌噛んだら死んじゃうもんね! だけど、追手がエグバード様だったらしい件は話し合いたいな!)
アシュレイはなんとか「カイル」と声に出してみる。
「なに?」
聞く耳持ってた。良かった。
「なん、で、逃げて、んの?」
揺れと痛みに耐えながら尋ねる。
梢からの陽の光と葉の影をまだらに少年めいた面差しに受けつつ、カイルはこともなく答えた。
「追いかけてきたから」
無力感に襲われて、アシュレイは瞑目する。
(カイルもよっぽどアホの子だと思うんですけど……!!)
エグバードは敵ではないはずだし、彼はアシュレイを庇護対象として考えているはずなので、誘拐に気付いたら追ってくるのはごく自然な成り行きだ。
アシュレイとしても、エグバードのことを敵だとは思っていない。それどころか、名目上とはいえ夫だ。ここまで問答無用に拒否するのはさすがに気が引ける。
「逃げるから、追いかけて、くると、おもう!」
舌を噛まないように注意して訴える。
飛び出てきていた枝をけるため、身をかがめたカイルはその隙に口を開いた。
「そもそもなんで追いかけてくるんだ」
「私が妻だからです」
森の深いところへ入り込んでしまったらしく、さすがに走ることはできなくなったカイルが、片手で枝葉をよけながら答える。
「アシュレイは姫様の身代わりだよな? アシュレイを追いかけるくらいなら、姫様が逃げたときに本気を出して追いかければ良かったんじゃないか? 本気出すの遅すぎないか?」
……ド正論!!
(たしかに、本気を出すタイミング、間違えている。あの時きちんと姫様を追いかけていれば……。だけどそうすると、姫様の不貞の責任を問わなければならなくて、国際問題的にも面倒だし。その上、せっかくの一目ぼれで、一度は恋愛成就したかのように見えたのに、実際は「ふられていた」わけだから、直視すると傷つくだろうし)
そういった諸事情を鑑みて、国に残った面々には「駆け落ちされた」ことを隠すべくアシュレイを身代わりにたてたわけだが。
文武両道の王子様なのに、結構不憫だな……とアシュレイは同情をしてしまった。
「だけどカイル。逃げてどうするの? 何かあてがあるの?」
そもそもどうしてここに来たの?
聞きたいことはたくさんあったが、カイルの空気が変わったのを感じてアシュレイは口をつぐんだ。
アシュレイを抱え直して、カイルは振り返る。
「お前、足早いな」
そこには、苦み走った笑みを浮かべたエグバードが、息を切らせて追いついてきていた。
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