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第二話

疑惑とすれ違い

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「話にならないね」
 翌朝。
 起き上がって、用意されていた町娘風の木綿のシャツにスカートを身に着けて、部屋でカイルと向き合って朝ご飯。
 前夜少しでも食べていたせいか、体力の回復が全然違った。怪我は痛むが、それ以上に空腹感が著しい。スープもパンも人並み以上に食べられる。途中で、眉を寄せたカイルに「俺の分もいる?」とパンをちぎって渡された。ありがたく受け取る。

「エグバード様、君に対して何か善行を積んでる?」
 カイルのパンにかぶりついたところで、冷静そのものの口調で問いただされた。
(うわぁ……、根本的なことを確認されてしまった……)

「その、ですね……。悪いことはしないです」
「そういうのを『話にならない』って言うんだ」
(言い返せない)
 しかし、そもそも夫婦というのは、相手に対して善行を積んでいるか否か、他人からとやかく言われるものだろうか? ましてやエグバードは第三王子の身分、かたやアシュレイは小国の姫仕えの騎士。本来なら夫婦になどなるはずもない間柄。
 粗末に扱っていないだけ、かなり上出来ではないだろうか。

「カイル、聞いて欲しい。アリシア姫に監禁されて殺されそうになったとき、エグバード様だけなら助かる方法はあったんだ。だけど、私を助けるため、敢えて危険な賭けに出ていた。そう、私を助けるために。すごいと思わない? エグバード様は私が本当は姫様じゃないと知っているにも関わらず、だよ!?」
 うん! これはかなりいい線いっているんじゃないかな?
 辛口のカイルも言い返しにくいに違いない、とほとんど確信して、アシュレイは溌剌とした笑みを向けた。
 にこっと、応えるようにカイルも微笑んで言った。

「アシュレイはアホの子なの?」

(あ~。だめだった~)
 目の前のカイルから凄まじく冷たい空気を感じつつ、アシュレイはパンを食べ続けた。喉を通らなくなる前に、食べきってしまえ、と。
 そんなアシュレイを見つめながら、カイルが低い声でさらさらと言った。

「そんなのでいちいちほだされていたら、この先生きていけないよ。そもそも、エグバード様の女性関係に問題がなければ巻き込まれていない事件だから。エグバード様がアシュレイに申し訳なく思ったり、助けようとするのは『当然』なのであって、そこはいちいち感謝するところじゃなくない? その挙句、怪我をして。生死の境さまよったでしょ、それ。アシュレイが頑丈だから生還しているだけであって、死んでいてもおかしくなかったと思うよ。もう少しパン食べる? もらってこようか?」
 なんだかとても非難されているのは感じていたが、お腹には依然として余裕があったので、パンは食べたい。「ぜひお願いします」とアシュレイは申し出た。

 カイルは速やかに立ち上がってから、アシュレイを見下ろして溜息をつく。

「君の素直さは、美徳と言うより愚か者の域かな。俺だったら、アリシア姫とエグバード様がグルなんじゃないかと疑うレベル。裏で手に手を取り合っているかも」
「何の為に?」
 純粋な疑問でアシュレイは聞き返す。
 カイルの翠の瞳がきらりと輝くほどにまたたいた。

「アシュレイを手なずける為に」
「そんな……そんな馬鹿な話ある? そもそも私はもうエグバード様と夫婦……なんだよ?」
 形式上で、白い結婚だから無体を働かれてはいないが、エグバードがその気になればアシュレイのことなどどうにもできるはず。
(わざわざ心を手に入れようとする意味などない)
 大体にして、エグバードが一目ぼれしたのはレイナ姫であり、アシュレイとの結婚はただの偽装で事故のようなものなのだし。
 思わず無言で見つめ合う。
 カイルはまだ何か言いたそうにしていたが、その視線がふっとドアの方へと流れた。
 同時に、アシュレイも何者かの気配を感じて窓へと目を向ける。神経を研ぎ澄ませて様子を探る。

 ――ドアの外に誰かいる。窓の外は大丈夫。

 再び視線を交わらせたタイミングで、アシュレイはカイルに目配せをする。意図を正確に掴んだようにカイルは頷いてみせた。

「しかし君はよく食べるね。最初から食堂へ行ってしまった方が良かったかな。おかわりはたくさん持ってこないと」
 何気ない様子で喋りつつ、カイルはアシュレイを担ぎ上げて、抱きかかえた。
「飛ぶよ。掴まって」
 耳元に唇を寄せて小声で囁いてから、片手で窓を開け放つ。
 次の瞬間、ドアがばたん、と開く音がした。同時に、カイルは躊躇なく空に飛んでいた。

「アシュレイ!!」
 名を呼ばれる。
 アシュレイは弾かれたように振り返ったが、そのときにはすでにカイルは二階から難なく草地に着地しており、走り出していた。

(いまの、エグバード様だったような気がするんだけど!?)

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