上 下
1 / 7

憧れの姫君が、目の前に(1)

しおりを挟む
 その人生で、どうしても手に入らないものを願う。

 第二王女ユスティアナは、劇場へ足を運び、華やかな舞台を目にする機会には恵まれていた。だが、王女の身で舞台に上がることは、どうあってもありえない。

(うつくしい光が注ぎ、音楽に彩られた夢の世界……。演目によって、同じ役者たちが演じているとは、到底思えないほどにめまぐるしく変わる人間模様。表情、目つき、口ぶり。舞台の上では、数多あまたの人生が次々と展開されていく)

 王族専用の貴賓席から、ガス燈に照らし出された舞台を見つめ、今日も至福の吐息をもらす。
 劇作家にして演出家のエドワルトの舞台「愛と野望のオフィーリア」は、千秋楽まであと三夜。ユスティアナは初日から通い詰めているが、さすがに休演の日をのぞき全公演、今晩で二十回目とあっては、王宮から同行してくる兄姉の姿もない。さりとてそこは、滅多な相手を招ける席でもなく。
 結果的に、ゆったりと品良く整えられ、居心地の良いソファの置かれたその部屋は、ここ数日ユスティアナただ一人のもの。
 かぶりつきで舞台を眺めているうちに、時間は瞬く間に過ぎてしまう。
 最後の最後、演者たちが舞台に並んで客席に礼をする瞬間も、たまらなく好きだ。

(気の所為かもしれないけれど、最近、オフィーリア役のアドリアーナさんがこちらを見てくれて、目が合うように感じて……。あんなに綺麗なひと、社交界でも滅多にいない。ひと目だけでいいから、もっと近くで……)

 かなわぬ思いに身を焦がし、胸の痛みに耐える。もちろん、王族特権を振りかざせば近くで会うことも話すこともできるかもしれないが、ユスティアナとしては、気が進まない。思い起こせばここ数年、毎日この劇場に席を確保してもらっているだけでも破格の待遇なのに、この上自分が役者たちの休息時間までつきまとい、引っ掻き回すなど、あってよいはずがない。
 ただ演劇を見せてもらえれば、それでじゅうぶんなのだ。
 幕が下りたあとも、席を立たずに余韻に浸ること、しばし。

(王女に生まれ、王女として生きる。その境遇に不満など持たないようにしてきたけれど……。わたくしはうらやましいのね。「自分以外の別の人生を演じる生き方」そう、役者という職業が)

 見目麗しく、感情表現豊かな舞台役者たちを、ひとびとは口々に褒めそやす。中には本気の恋心を抱き、熱を上げる観客もいるらしい。それは王侯貴族とて例外ではなく。けれど彼らは心の底では、役者を同列の人間とは見ていない。あくまで、平民の仕事。「自分たちのような」高貴な人間がつく職業とはみなしていない。
 それゆえに、焦がれる思いも憧れもねじれて、蔑みとしか思えない言葉がその口から吐き出されることもしばしばだ。

「舞台の上で自らを見世物としているのだ。体を売っているも同然だろう。いまさらお高く止まってどうする」

 厚い布で仕切られた廊下から響いた、男の声。ユスティアナは、ハッと息を殺して耳をすました。

 * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

狐の媒人・狸のしくじり

糺ノ杜 胡瓜堂
恋愛
江戸時代、下級武士から驚異の出世を遂げて、勘定奉行・南町奉行まで昇り詰めた秀才、根岸鎮衛(ねぎしやすもり)が30年余にわたって書き記した随筆「耳嚢」  その「巻之五」と「巻之八」と掲載されているお話を原話として、軽く小説風にした二話の超短編小説です。  第一話が「狐婚媒を為す事」  第二話が「狸縊死の事」  が元ネタとなっています。  狐と狸が、それぞれ媒となって男女を結びつけるお話です。

悪役令嬢はチート能力でゲーム展開から離脱した

神村結美
恋愛
ディアナ・ヘンリット公爵令嬢は、3歳の時、自分が悪役令嬢に転生していることに気づいた。 5歳となり、ライオネル・オールディントン第一王子の婚約者になった。婚約者だと伝えられた顔合わせの場での彼の印象は最悪だった。好きになることもなく、2人の仲は険悪。しかし、表向きには仲が良いフリをしていた。 ゲーム展開で将来婚約破棄をされるとわかっていたディアナは、ある計画を立てて実行し、ゲームからの離脱に成功する。 ※1話目はディアナ視点(短め)、2話目以降はライオネル視点で進みます。 ※小説家になろうでも掲載しています。

鬼憑きの姫なのに総モテなんて!

鳩子
恋愛
時は平安。 鬼憑きの姫といわれて、田舎の山科暮らしをしていたはずなのに、 就職先の斡旋を頼んだ父親のせいで 関白邸にて女房(侍女)のバイト中。 華やかな世界なんて夢のまた夢…… と、思いきや、何故か総モテ展開に!? 陰謀渦巻く都で、 一体、何が起こるのか…… そして、私の運命は? 陰謀あり、ラブありの平安ファンタジー活劇!!

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

神託のせいで修道女やめて嫁ぐことになりました〜聡明なる王子様は実のところ超溺愛してくるお方です〜

ルーシャオ
恋愛
父親に疎まれ、修道女にされて人里離れた修道院に押し込まれていたエレーニ。 しかしある日、神託によりステュクス王国王子アサナシオスの妻に選ばれた。 とはいえやる気はなく、強制されて嫌々嫁ぐ——が、エレーニの惨状を見てアサナシオスは溺愛しはじめた。 そのころ、神託を降した張本人が動き出す。

「距離を超えた恋」~離れ離れになっても、愛は永遠に続く~

六角
恋愛
短編恋愛小説~!! 短編恋愛小説とは? 恋愛に焦点を当てた作品であるため、登場人物たちの心理描写や状況説明が非常に詳細に描かれていることが多く、読み手は作品に深く感情移入することができます。 また、登場人物たちの恋愛模様が一つの物語の中で完結しているため、読み手は短い時間で一つの物語を楽しむことができるかと思います!! ~随時更新中~

処理中です...