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第三章
どこにあっても輝く
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馴染んでいる。
しばらく目を離してしまっていたフィリップスを見つけたときの、感想である。
(あの性格はともかくとして、いつもどこにいても、王族らしくキラキラとして目立つ印象はあったのだけれど)
街で見かけたときは、高貴な生まれを隠しきれずに、あきらかに浮いていたのに。
この日のフィリップスは、完全に公爵邸の使用人たちの間に溶け込んでいた。
汚れたシャツのままサーバンツ・ホールでの砕けた食事会に参加し、年長者に肩を抱かれ、ジョッキをぶつけあっては笑い声を弾けさせている。
顔を見ればハッとするほど整っていて、冷たい表情でもすればいかにもこの国の支配階層の人間らしい冷ややかさをまとうだろうに、いまのフィリップスはどこまでも明るく、その朗らかさで人を惹きつける美しい青年だった。それを見るにつけ、彼が目立つのは、着るものも身を置く場所も本質的には関係ないらしい、と認めないわけにはいかない気がしてくる。
どこにあっても輝ける星。
だからこそ、いまのままの状態で手をこまねいているわけにはいかない、それはいかにも危ういと、ジュディにもよくわかる。体制の破壊を望む彼が王になれば、何を置いてもその目的を達成する未来も、ありえるように思えるのだ。
ティーガーデンイベントは無事に進行し、花火を打ち上げて解散。
その後、招待客たちは乗ってきた馬車で帰途についたものの、何組かがマクテブルク・パレスに宿泊するとして本邸へと移動をした。
中には、アリンガム子爵夫妻もいる。夫人であるユーニスの体調が優れないとのことで、ふたりともティーガーデンには最後まで姿を見せず、そのまま本邸へ移動して休んでいたらしい。
ジュディは流れで招待客に紛れ込む形になり本邸へと戻ってきたが、部屋に引っ込むなりお仕着せに着替えてフィリップスを探しにきたところであった。
数時間目を離してしまったのが、なんとも手痛い。
ガウェインやステファンに厳命されていたわけではないが、教育係としてこれで大丈夫だったのかとずっと気にしていたのだ。
おそらくジュディがそう言えば、もはや猫をかぶることをやめたステファンは、皮肉っぽく笑って「俺もいましたが、遠回しに『お前は仕事をしていたのか』と聞いています?」などと言うに違いない。
ガウェインは……。
結んでいた枯れ草色の髪をほどいてジャケットの肩に流し、男性陣の間でそつなく会話をし、誰に対しても打てば響くような受け答えをしていた姿が思い出される。
ジュディが窺い見ると、すぐに気づいて視線をくれた。ジュディが目を逸らすまで自分から逸らすことなく、誰かに気づかれかねないほどまっすぐに見てきた。
思い出すと、落ち着かない気分になってくる。
(危ない目にあわせた負い目があるにしても、閣下はもう少しご自分の挙動に注意なさるべきよね。あれでは、私と閣下が見つめ合っていたと、誰かに誤解されてしまうわ)
誤解も何も事実なのだが、そのつもりのないジュディにとってはただの不可解案件として処理されかけていた。私より殿下を気にするべきです、というのが王国民としての率直な思いであると、かたくなに信じている。
そのガウェインは引き続き、男性陣に誘われてビリヤードルームにでも向かったようだった。ステファンとは一時的にはぐれたが、どこかで自分の仕事をしているのだろうと思うようにしている。
「ああ、あんた。今日はお疲れ様」
サーバンツ・ホールを覗き込んでいたことに気づかれ、ジュディはすっかり出来上がっているコックの女性に呼ばれた。
通常、こうして無礼講のような場で女性と男性が一緒に過ごしているのはまずありえないのだが、どうもティーガーデンの片付けが押した影響で、目こぼしをされているようだ。
余った料理がテーブルに並び、エールやアイスティーを各自味わっている。鍋いっぱいのアイスティーをメイドがレードルですくいあげて注ぎ、ごくごくと飲んでいた。その様子があまりに美味しそうで、ジュディは思わず笑みをこぼした。
「今日はご無理をきいていただき、ありがとうございます」
コックのそばに寄ったジュディが頭を下げると、「まったくだよ!」とまるで叱られたかと錯覚するほどの強い言葉で、思い切りよく同意をされた。
「あたしはね、公爵さまに誰がやったんだと言われたら、この新入りですと突き出す心づもりでいたのに、あんたは途中でいなくなるし」
「その件に関しては本当に申し訳なく」
「それはいいよ、不慣れな新人がうろついて、何ができるつもりだったんだい」
ぐうの音もない正論で謝罪を流されて、その通り過ぎるとジュディは己の出過ぎた言葉を恥ずかしく思った。
そのジュディに対し、さらにコックはまくしたてる。
「そしたら公爵さまは、秘蔵の氷も盛大に使って構わない、完全に冷やしてしまえと言い出すし、何がなんだか。それが結局お客様に『目新しい』ってウケたっていうんだから、わからないものだね。今までどれだけのメイドたちが、お茶の淹れ方がなってないと叱られてきたことか」
「そうですよね……。冷めてるのが良いだなんて、なんの冗談かと思いますよね」
危なすぎる橋を渡っていたことを今更ながらに実感して、ジュディは深く頷いた。途端にコックはぎろりとジュディを睨みつけて、「なんだか調子が狂うねえ!」と声を張る。
「とんでもないこと言い出すかと思えば、どうして借りてきた猫みたいにしおらしいじゃないか。ただの新人じゃなくて、訳ありとは聞いていたけれど……ああそうだ! あの色男はあんたの良いひとなんだろ? いかにも女を泣かせていそうな男だってのに、あんたみたいな貞操の固そうな女がどうやって虜にしたんだい?」
うひゃひゃ、と笑いながら聞かれてジュディは目を瞬いた。色男? と自分には縁のない単語に戸惑いつつ、今日会話を交わした相手を思い浮かべる。
真っ先に浮かんだのは、ガウェイン。ドレスを渡され着替えるときまで一緒で、その場に居合わせた何人かのメイドに着付けを手伝ってもらったので、そのときに親しく話すのを見られたのかな? と考えたが、この話題にうまく結びつく気がしない。
かといって、今現在この場で男性たちとはしゃいで騒いでいるフィリップスも、あまり一緒に行動はしてないので、違うはず。
そこまで考えたところで、背後に誰かが立った。
「アイスティー美味しそうですね。でも俺は酒にしょう。さすが公爵さま、エールもワインも振る舞ってくださってるんですか」
頭頂に息を感じるほどの近さに、ジュディは声なき悲鳴を上げて飛び上がり、距離を置いた。
(なんのつもりですか!)
目で抗議をしても、そこに立っていた背の高い色男であるところのステファンは、食えない笑みで答えてくるだけ。
「どうしました? 化け物でも見たような顔をして」
「近すぎてびっくりしたんです!」
「それは失礼。バラの香りに誘われました」
さらりと言われて、自分が着飾ったままの髪で戻ってきたことに気づいた。当然、ステファンが挿したバラもそのままだった。
指摘するならもっとさりげなくしてくれればいいのに、とジュディはよほど言いたかったが、飲み込む。経験上、こういう相手とまともにやりあってはいけないと、知っているからだ。
しかし、ジュディが堪えた甲斐もなく、コックが冷やかすように「そうそう、あんたたち、仲が良いねえ!」と周りに聞こえる音量で言い放って、笑い出した。
(仲は良くないです、ただの仕事仲間です)
決して頷かず、心で大いに訂正していたジュディであったが、ステファンはにこにことしたまま特に誤解を解くこともない。
あろうことか、上塗りするかのように余裕たっぷりに答える始末。
「こんなに可愛いひといないですからね。目が離せなくて」
一体何を言い出したのか。
(心にもないくせに! まだ私の監視を続けるという宣言ですか)
ジュディは目をむき、口をぱくぱくとさせてステファンを睨みつけた。疲れる時間帯、頭が回っていないせいか、うまく言葉が出てこないのがもどかしい。
いつしか周りの注目を集めていた二人の様子を遠巻きに見ながら、フィリップスは不意に背を向けてその場から足早に立ち去った。
ちらり、とステファンはその背を見つつ、渡されたゴブレットを傾けた。
しばらく目を離してしまっていたフィリップスを見つけたときの、感想である。
(あの性格はともかくとして、いつもどこにいても、王族らしくキラキラとして目立つ印象はあったのだけれど)
街で見かけたときは、高貴な生まれを隠しきれずに、あきらかに浮いていたのに。
この日のフィリップスは、完全に公爵邸の使用人たちの間に溶け込んでいた。
汚れたシャツのままサーバンツ・ホールでの砕けた食事会に参加し、年長者に肩を抱かれ、ジョッキをぶつけあっては笑い声を弾けさせている。
顔を見ればハッとするほど整っていて、冷たい表情でもすればいかにもこの国の支配階層の人間らしい冷ややかさをまとうだろうに、いまのフィリップスはどこまでも明るく、その朗らかさで人を惹きつける美しい青年だった。それを見るにつけ、彼が目立つのは、着るものも身を置く場所も本質的には関係ないらしい、と認めないわけにはいかない気がしてくる。
どこにあっても輝ける星。
だからこそ、いまのままの状態で手をこまねいているわけにはいかない、それはいかにも危ういと、ジュディにもよくわかる。体制の破壊を望む彼が王になれば、何を置いてもその目的を達成する未来も、ありえるように思えるのだ。
ティーガーデンイベントは無事に進行し、花火を打ち上げて解散。
その後、招待客たちは乗ってきた馬車で帰途についたものの、何組かがマクテブルク・パレスに宿泊するとして本邸へと移動をした。
中には、アリンガム子爵夫妻もいる。夫人であるユーニスの体調が優れないとのことで、ふたりともティーガーデンには最後まで姿を見せず、そのまま本邸へ移動して休んでいたらしい。
ジュディは流れで招待客に紛れ込む形になり本邸へと戻ってきたが、部屋に引っ込むなりお仕着せに着替えてフィリップスを探しにきたところであった。
数時間目を離してしまったのが、なんとも手痛い。
ガウェインやステファンに厳命されていたわけではないが、教育係としてこれで大丈夫だったのかとずっと気にしていたのだ。
おそらくジュディがそう言えば、もはや猫をかぶることをやめたステファンは、皮肉っぽく笑って「俺もいましたが、遠回しに『お前は仕事をしていたのか』と聞いています?」などと言うに違いない。
ガウェインは……。
結んでいた枯れ草色の髪をほどいてジャケットの肩に流し、男性陣の間でそつなく会話をし、誰に対しても打てば響くような受け答えをしていた姿が思い出される。
ジュディが窺い見ると、すぐに気づいて視線をくれた。ジュディが目を逸らすまで自分から逸らすことなく、誰かに気づかれかねないほどまっすぐに見てきた。
思い出すと、落ち着かない気分になってくる。
(危ない目にあわせた負い目があるにしても、閣下はもう少しご自分の挙動に注意なさるべきよね。あれでは、私と閣下が見つめ合っていたと、誰かに誤解されてしまうわ)
誤解も何も事実なのだが、そのつもりのないジュディにとってはただの不可解案件として処理されかけていた。私より殿下を気にするべきです、というのが王国民としての率直な思いであると、かたくなに信じている。
そのガウェインは引き続き、男性陣に誘われてビリヤードルームにでも向かったようだった。ステファンとは一時的にはぐれたが、どこかで自分の仕事をしているのだろうと思うようにしている。
「ああ、あんた。今日はお疲れ様」
サーバンツ・ホールを覗き込んでいたことに気づかれ、ジュディはすっかり出来上がっているコックの女性に呼ばれた。
通常、こうして無礼講のような場で女性と男性が一緒に過ごしているのはまずありえないのだが、どうもティーガーデンの片付けが押した影響で、目こぼしをされているようだ。
余った料理がテーブルに並び、エールやアイスティーを各自味わっている。鍋いっぱいのアイスティーをメイドがレードルですくいあげて注ぎ、ごくごくと飲んでいた。その様子があまりに美味しそうで、ジュディは思わず笑みをこぼした。
「今日はご無理をきいていただき、ありがとうございます」
コックのそばに寄ったジュディが頭を下げると、「まったくだよ!」とまるで叱られたかと錯覚するほどの強い言葉で、思い切りよく同意をされた。
「あたしはね、公爵さまに誰がやったんだと言われたら、この新入りですと突き出す心づもりでいたのに、あんたは途中でいなくなるし」
「その件に関しては本当に申し訳なく」
「それはいいよ、不慣れな新人がうろついて、何ができるつもりだったんだい」
ぐうの音もない正論で謝罪を流されて、その通り過ぎるとジュディは己の出過ぎた言葉を恥ずかしく思った。
そのジュディに対し、さらにコックはまくしたてる。
「そしたら公爵さまは、秘蔵の氷も盛大に使って構わない、完全に冷やしてしまえと言い出すし、何がなんだか。それが結局お客様に『目新しい』ってウケたっていうんだから、わからないものだね。今までどれだけのメイドたちが、お茶の淹れ方がなってないと叱られてきたことか」
「そうですよね……。冷めてるのが良いだなんて、なんの冗談かと思いますよね」
危なすぎる橋を渡っていたことを今更ながらに実感して、ジュディは深く頷いた。途端にコックはぎろりとジュディを睨みつけて、「なんだか調子が狂うねえ!」と声を張る。
「とんでもないこと言い出すかと思えば、どうして借りてきた猫みたいにしおらしいじゃないか。ただの新人じゃなくて、訳ありとは聞いていたけれど……ああそうだ! あの色男はあんたの良いひとなんだろ? いかにも女を泣かせていそうな男だってのに、あんたみたいな貞操の固そうな女がどうやって虜にしたんだい?」
うひゃひゃ、と笑いながら聞かれてジュディは目を瞬いた。色男? と自分には縁のない単語に戸惑いつつ、今日会話を交わした相手を思い浮かべる。
真っ先に浮かんだのは、ガウェイン。ドレスを渡され着替えるときまで一緒で、その場に居合わせた何人かのメイドに着付けを手伝ってもらったので、そのときに親しく話すのを見られたのかな? と考えたが、この話題にうまく結びつく気がしない。
かといって、今現在この場で男性たちとはしゃいで騒いでいるフィリップスも、あまり一緒に行動はしてないので、違うはず。
そこまで考えたところで、背後に誰かが立った。
「アイスティー美味しそうですね。でも俺は酒にしょう。さすが公爵さま、エールもワインも振る舞ってくださってるんですか」
頭頂に息を感じるほどの近さに、ジュディは声なき悲鳴を上げて飛び上がり、距離を置いた。
(なんのつもりですか!)
目で抗議をしても、そこに立っていた背の高い色男であるところのステファンは、食えない笑みで答えてくるだけ。
「どうしました? 化け物でも見たような顔をして」
「近すぎてびっくりしたんです!」
「それは失礼。バラの香りに誘われました」
さらりと言われて、自分が着飾ったままの髪で戻ってきたことに気づいた。当然、ステファンが挿したバラもそのままだった。
指摘するならもっとさりげなくしてくれればいいのに、とジュディはよほど言いたかったが、飲み込む。経験上、こういう相手とまともにやりあってはいけないと、知っているからだ。
しかし、ジュディが堪えた甲斐もなく、コックが冷やかすように「そうそう、あんたたち、仲が良いねえ!」と周りに聞こえる音量で言い放って、笑い出した。
(仲は良くないです、ただの仕事仲間です)
決して頷かず、心で大いに訂正していたジュディであったが、ステファンはにこにことしたまま特に誤解を解くこともない。
あろうことか、上塗りするかのように余裕たっぷりに答える始末。
「こんなに可愛いひといないですからね。目が離せなくて」
一体何を言い出したのか。
(心にもないくせに! まだ私の監視を続けるという宣言ですか)
ジュディは目をむき、口をぱくぱくとさせてステファンを睨みつけた。疲れる時間帯、頭が回っていないせいか、うまく言葉が出てこないのがもどかしい。
いつしか周りの注目を集めていた二人の様子を遠巻きに見ながら、フィリップスは不意に背を向けてその場から足早に立ち去った。
ちらり、とステファンはその背を見つつ、渡されたゴブレットを傾けた。
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