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 その日から実に十年近く。
 通常の勉強に加え、刺繍やダンスといった淑女の嗜みも文句のつけようがないほどにこなしながら、ステラは歴史の研究に没頭していった。
 資料探しはもっぱら国内最大の蔵書量を誇る王宮付設の図書館にて。
 しかしやがて、行き詰まる。

(最近のものは充実しているのに……。魔法が息づいていた時代のものは、巧妙に隠されたり消されたりしているように感じる。そこまで昔でもないはずなのに、聖女イヴァンナさまの参戦に関する「当時の」記録は、まったく見つからない……? 戦場で起こした奇跡の数々を知りたいのに)

「ある時代の歴史の記録が、不自然なほど著しく欠けている場合、考えられるのは……」

 ステラの横で、いつも瞑想するかのように目を閉ざしているザハリアに尋ねる。ゆっくりと目を開けて、ザハリアは正面を見つめたまま答えるのだった。

「誰かにとって、不都合な事実が含まれていたのではないですか」
「その事実を隠蔽するために、図書館に残す書物にすら手を加え、歴史そのものを捻じ曲げてしまえるとすれば、それは権力者による仕業と考えるのが自然よね」
「姫様は聡明です。それがあなたを滅ぼさねば良いのですが」

 そう言うときのザハリアのまなざしは、どこか遠くへ向けられている。
 教え子のできの良さを褒めながらも、心は虚ろ。まるでここにはすでにいない人であるかのよう。

(一般向けのエリアだけでは、不足を埋められない)

 ザハリアが隣にいるせいか、司書たちに咎められることもなく、望めばすんなりと禁書庫の中まで通してもらうこともできた。不審なほど、あっさり。
 燭台ひとつを持ち込み、ステラはドア以外の三方の壁を埋め尽くす本に手を伸ばし、ひたすら読み始めた。もはや効率度外視で、総当たりで挑む所存であった。

 ザハリアは時折そっと立ち上がり、音を立てることなく狭い禁書庫の中をぐるりと歩き回る。
 確かにひとが動いているというのに静かで、卓上のローソクの炎はゆらめきもせず。
 ステラが何か尋ねれば、まるで話題にした件について、目的の書物がどこにあるかを知っていたかのように、迷いなく書架に手を伸ばす。本を手にして、ステラに差し出してくる。

「聖女イヴァンナの活躍する前後の記録です」
「ありがとうございます。ザハリア先生は私を見つけるのがお上手でしたけど、本探しもお手の物ですね。それとも、王族の教育係になるだけあって、禁書庫の蔵書も熟知されているのかしら」

 ちらりと視線を流してきたザハリアは、いらずらっぽく笑って答える。

「すべて処分されてしまってはかなわないと、ここに収める書物は私が手ずから選んで運び込んだのですよ。そうでもしないと、歴史は簡単に失われていく」

(もし先生にその権限があるのだとしたら、先生は私に伝えられているより実際はかなり高位の役職に就いていそう。誰に尋ねても、いつもはぐらかされてしまう。しつこく問い詰めて先生が私の担当を外されるのも怖いから、突き詰めたことはないのだけれど)

 受け取った書物のタイトル、表紙を見てから、ステラはすぐに開いて読み始める。時間を忘れて文字を追うことに没頭していると、いつしかそこには自分ひとりだけのように感じられる。ザハリアの存在も何もかも無く。

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