短編集

有沢真尋

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「騎士団長なんて無理です!筋肉に興味はありません!」

【6】

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(絶対この王宮のひとたち、団長の恋愛を応援するあまりに、私をはめようとしている……!!)

 油断も隙もないララと別れたあと、王宮の回廊を歩きながらクレアはしんみりとしてしまった。
 夕暮れ時。石造りの手すりにもたれかかって王宮の中庭へと視線を投げかけていると、こほん、とごく近くで咳払いが聞こえて硬直する。

「あー、クレア。その、ここで会ったが百年目」
「団長!! その決闘風の挨拶どうにかしてください!! 百年目どころか一日ぶりですよほぼ毎日私たち王宮のどこかで顔を合わせてますよたぶん王妃様とかその他の皆さんのはからいで!! こんな小娘を追いかけ回して楽しいですか? その筋肉はそんなことのために鍛えたんですか!?」

 怒涛のように言ってしまってから、さすがに言い過ぎた、と気づく。
 出会い頭に言われ放題のレオンは、表情らしい表情もなく聞き入っていたが、クレアが口を閉ざすとふっと微笑んだ。

「そういう、君の元気なところが良くてな。年齢差も思えば迷惑かと思ったんだが、年甲斐もなく、すまない。見合いの話は君も困っただろう」

 少し切ないまでの哀愁を帯びた表情に、クレアは「ううっ」と小さく呻く。

(意外にかわい……というか、小動物みたいな目。体は筋肉なのに目は小リス並につぶらって造形おかしいでしょ~~~~!! ギャップ萌え狙いですか)

「困ったといいますか……驚きまして」
「うん。そうだろうと思っていた。実は、あの話自体なんというか……。陛下と王妃様に世間話のように『誰か良いと思っている相手はいないのか』と聞かれてな。『元気な女性は好ましいと思います』と言ったところ、王妃様に『最近わたくしの側に仕えているクレアのような?』と聞かれ、そうですねと言ったらそういう話に……」
「それは誘導なのでは? もしかして、団長から私の名前を出したわけではないということですか?」

(聞いていた話とは違うような……?)

 訝しんでクレアが尋ねると、レオンは困りきった様子で苦笑を浮かべて、小さく頷いた。

「話が先走りすぎて、君の耳に入る前に阻止しようとしたんだが、一足遅かったというか……。実は昨日、王妃様の茶会の席で、君がテーブルの下に隠れるところが見えていて」
「見えていたんですか~。そうでしたか……」

 自分の空回り振りに気恥ずかしさを覚えつつ先を促すと、レオンは穏やかな微笑を浮かべながら続けた。

「もう話がいってしまったのなら、いっそ嫌われてはっきり断られようかと。その、私はおそらく君の好みには合わないだろうし、勘違いした風に迫られたら本気で嫌がって瞬殺してくれるのではないかと」

「ええと、つまり? 私のことを好きみたいな発言が、全部演技ってことですか?」

「全部が全部というわけではないけど。人の目のあるところで君から私が振られた方が間違いないかと。下手に内々に話を進めてからだめになった場合、憶測でどちらかに問題があると言われ、悪くすれば君が職場にいられなくなる恐れもある。それよりは、その、私がこじらせた面倒な男で、君が振っても仕方ない、くらいに周知された方がこの縁談、潰しやすそうだと」

「な、なるほど……」

 つまり。
 レオンは別に、クレアが好きだったわけではなく、周囲に誘導されただけ(おそらく、クレアが婚活中と知っていた王妃が気を回した面もある)。
 クレアにその話が伝わる前に止めようと思ったら、一足遅かった。
 さらには、クレアが嫌がっているのに気づいて、どうにか縁談を潰そうと考えた。
 その方法として、「クレアが嫌っても仕方ない変な男」を演じることに決めた。

(昨日、私がテーブルの下に隠れるのを目撃したその一瞬でそこまで考えたなんて、団長、めちゃくちゃ優しい筋肉では……!?)

 クレアは、こほん、と咳払いをしてレオンを見上げる。
 つんつんとした固そうな灰色の髪に、同色の瞳。シャツを身に着けていてもよくわかる鍛え抜かれた筋肉の持ち主であるが、そう、クレアは決して反筋肉ではない。ただ、筋肉を格別求めていないというだけで、あっても困らないものという認識である。

「私が好き、って全部が全部嘘ではないということですが。どのへんは真実だったんですか」
「そうだな……。元気なところと、カエルに優しいところかな」

 言ってから、変かな、と小さく付け足してレオンは笑った。

(なにいまの。きゅん……!? え、きゅんとしたような気がする……!! 少年のような笑顔とか、大人の男好みの自分は絶対ムリだと思っていたけど、いける……!!)

「そういうことだから、今回の話はなかったことに」

 爽やかに言ってからレオンは「それじゃ」と立ち去ろうとする。
 クレアはとっさにそのシャツに掴みかかって、勢い込んで言った。

「無しにしないでください、お友達から、そうお友達からはじめてください!! 私も!! カエル好きです。カエルが好きな男性なら間違いないと信じていますので!!」

 苦し紛れの一言であったが、逃してなるものかと。
 驚いたように見下ろしてきていたレオンは、目が合うと悪戯っぽく笑った。

「そうだな。カエル好きに悪い人間はいないだろう。俺もそう思う。ところでカエルの子ども時代といえば?」
「おたまじゃくし!!!!」
「うん。君がカエル好きなのは間違いない。今後ともよろしく頼むよ」

(ララさんのおかげで、知性派で優しい筋肉さんに認められました!! ありがとうございます!!)

 レオンとなぜか友情じみた固い握手を交わしつつ、クレアは心からの、満面の笑みを浮かべてみせた。
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