短編集

有沢真尋

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「騎士団長なんて無理です!筋肉に興味はありません!」

【2】

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「クレアは、行儀見習いも兼ねてわたくしの侍女として王宮に上がっている身。変な虫がつかないようにと生家からもよく頼み込まれているし……。べつにあなたを変な虫と思っているわけではないけれど、まずは本人の気持ちを大切に、ね」

(王妃様、なんて素晴らしいお心ばえなのでしょう! クレア、ついていきます!!)

 クレアの生家は没落寸前の子爵家。なんとか伝手を駆使して王妃付きの侍女に潜り込ませてもらえたが、父には変な虫に気をつけろどころか、「良い男見つけてこい!!」と送り出されている。
 騎士団長から結婚を前提とした交際(実質、婚約)を申し込まれたなどと知られたら、媚薬と睡眠薬を盛られて送り出されかねない。そういう父である。

 しかし、クレアはどうせ王宮で相手を見つけてお付き合いをするのならば、それこそ筆頭侍女ララの御夫君のような、知的で穏やかな文官が良いとかねがね思っていた。
 クレアは、テーブルクロスの下できゅっと拳を握りしめる。
 そのとき、もぞもぞと顔に妙なかゆみを感じた。鼻の先。ぺしょん、と濡れた感触。

「……や」

 手で取ろうとしたが、焦ってうまくいかない。そのうち、ばっとそれが跳ねたのを目撃し、右手で掴んでしまった。
 一瞬にして、恐慌状態に陥る。

「いやああああっ」

 叫びながらテーブルの下から転がり出た。
 薄暗いところからいっきに明るい空間に出て目が眩み、足がふらついた。ぐっとこらえて、手を握りしめようとしたとき、が手の中にあることに気づく。
 本来なら即座に捨てたいところだが、王妃がお茶を楽しんでいる場だけあって、さらなる騒動は避けたい。せめて潰さないように、左手をかぶせて、手と手の間に空間を作った。
 そこで、ようやく自分に視線が集中している事実に気づく。

「クレア、あら~、そこにいたの。全然わからなかったわ」

 場をとりなすように、フランチェスカが落ち着き払った様子で言った。
 王妃である。「嘘をつけ」と思っても、誰も言えない。それをよくわかった上でのフォロー。

「クレア、そこでいったい、何を……?」

 レオンは、灰色の目を見開いて不思議そうに呟いていた。
 にこ、とクレアはひとまず笑って、両手をそっと開いた。

「あの日助けたカエルが私を訪ねてきたので、テーブルの下で親交を深めていました。そう、思い起こせばこのカエルがまだ幼い子どもだった頃」

 王妃や他の侍女たちからは「またまた見え透いた嘘」を、と言いたげな視線を感じる。
 ただひとりレオンだけ、感極まったように言った。

「さすがクレアは、人間が出来ている。カエルからそこまで慕われるなんて……!」

(団長さえ騙しきれれば、この場は良いのです!)

 クレアとしては「乗り切った」という達成感でいっぱいであった。
 その背後で、フランチェスカが筆頭侍女のララに対し「いいわねえ、レオンの恋心に火がつくわ」と囁いており、ララはララで「カエルの子ども時代はおたまじゃくしですよね」と律儀に答えていた。
 二人の会話を耳にして、クレアはがっくりと肩を落とした。

 * * *
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