上 下
1 / 26
【1】

押し入れの奥が社長室でした。

しおりを挟む
 願いは口に出していると叶う。

 ときどき聞く言葉。
 世の中そんなに簡単なわけが、と反発するのをこらえて聞き入れてみれば、案外的外れでもなかったりする。
 たとえば「彼氏が欲しい!」と口にする。それを聞いたひとが「いまフリーなのか」と了解し、知り合いの誰かと引き合わせてくれる。そういうカラクリ。

 あのひとに会いたい。
 こういう仕事がしたい。
 欲しいものがある。

 心で思うだけではなく、言葉にしているうちに、誰かに届いて実現する。
 人の世はいつだって出会いの奇跡が溢れていて、前向きに生きていれば良いことのひとつやふたつ、必ずある。
 だから恐れず口にしよう、その願い。

「あ~……通勤面倒くさい……。朝起きて地下鉄の駅まで行って電車乗って乗り換えて電車乗って会社通うの心底面倒くさい……。ただでさえ毎日毎日毎日毎日仕事で疲れている社畜なのに片道一時間半、往復で三時間無駄……。もういっそ会社と家が繋がってしまえばいいのに。玄関出たら会社~」

 古河龍子こがたつこは、欲望の赴くまま脳内の悩みを垂れ流し、コタツの天板に頭をゴツンと打ち付けた。
 実際、自宅と会社がつながっていたら楽には楽だが、それはもう会社に住んでいるのと変わらない。会社に住みたいわけでは、ないのだ。

(疲れてる。疲れてます。わかってるわかってる。だいたい、疲れている原因は会社というか、たぶん自分の問題……)

 龍子は、新卒で都内大手不動産会社に入社。現在二年目。所属は激務の代名詞、営業部。
 生き馬の目を抜くような俊敏さや狡猾さ、勝負強さ。
 あらゆる能力の高さが個々人に要求される花形部署と思われがちだが、龍子が配属されているのはその中でも第六営業部。
 御用聞き、雑用、ドサ回り等、その業務内容から玉虫色のあだ名で呼ばれている。
 実際に、激務は激務でも、第六の忙しさは異色だ。
 第一~第五が営業成績で火花を散らす中、第六はどこからも避けられている問題案件を多く扱っている。実入りが悪く、出世に結びつき辛く、手間はかかる。言ってみればハズレくじ。

 龍子も、二年目にして任されている顧客は多い方だと自負しているが、大体にしてかなりの難あり案件ばかり抱えていた。
 いまの会社規模で扱うのは例外的な、古くからの付き合いのあるアパートの大家。
 地上げが決まってやりとりしていたものの、事業が停止してしまい再開見込みのたっていない土地の地主。
 たとえばそういった「会社的に即座に切れないが、すぐに売上につながらない顧客」と定期的に連絡を取る業務が多い。

 もちろん、営業として成績につながらないのはよくわかっている。であれば、必要以上に時間をかけていい相手ではない。
 そうわかっていても、いざ外回りで出向けばずるずると相手のペースで話しこまれてしまい、会社には申告できないサービス残業が多々発生してしまっている。それが自分の首を締めて、労基法的にはクリーンなはずの会社に在籍しながら、過労にみまわれているのだ。
 これは自分が悪い。
 頭ではわかっている龍子であったが、なにぶん祖父母に可愛がられて育った身で、どうも年寄りの長話を邪険にできない性格なのだった。
 かくして、朝早く出ても帰宅は遅く、コタツに入ればそのまま死んだように寝てしまう。

「コタツで寝たら血流とかの関係で死ぬ場合もあるんだっけ……不健康に年齢は関係ない……。二十代でも死ぬときは死ぬよね。布団敷こう」

 声に出して呟き、ようやく龍子はコタツを抜け出した。
 ところは学生時代から住み続けている安普請のアパートの一室。
 社畜らしく着替えやゴミの散らかった無惨な状態は見て見ぬふりでふすまに向かう。
 手をかけながら、溜息とともに未練がましく呟いてしまった。

「せめて通勤時間がもう少し短ければ、もっと寝られるのに。あ~、青い猫型ロボットさん、助けてよぅ。おたすけ道具出してよう。『どこでも襖』で、襖を開けたら会社に到着~」

 襖を開く。

 ガラッ。






 ぴしゃ。

 開けて、閉じた。
 布団がなかった。

 そこに広がっていた光景は――

 嘘みたいな夜景を臨む、高層ビルのガラス張りの一室。
 広々とした空間に、敷き詰められた厚手の絨毯。おしゃれな観葉植物。
 高級を極めたエグゼクティヴデスクがあり、クラシックなダブルスーツを身に着け、葉巻をくわえたロマンスグレ―の紳士が……いたら、それはもう漂流社長室にでも行き着いたんだなるほど(わからん)でもなかったが、実際にいたのは猫だった。

 猫と眼鏡の青年が、額を付き合わせる距離で何か話をしていた。
 龍子の気配を感じたのか、猫と青年が同時に振り返った。
 その瞬間に、龍子は襖を閉じたのだ。
 襖に手をかけたまま、龍子は頭の中でいま見た光景を振り返る。

(あの眼鏡のひと、見たことあるかも? うちの会社の秘書課の、イケメンって噂の……興味なくてよく覚えてないけど。もしかしてあれは、うちの会社?)

「社畜やば……幻覚やっば」

 現実に戻ろう、という意味を込めて声に出して呟く。
 そう思っているのに、もう一度襖を開けて確かめる気はなかなか起きない。あろうことか、龍子がぐずぐずしている間に、襖の向こうから、やけにドスのきいた低い美声が響いた。

「おい。いまのお前、営業部で顔見たことあるぞ! 逃げられると思うな。この襖を開けろ。三秒以内だ。三、二、」

 三秒は短い。
 開けることも逃げることもできず、龍子はその場に立ち尽くしていた。
 一、と無情な声が響き、つかの間の沈黙。

 数秒後、ドカーン! と雷鳴のような音が鳴り響き、襖が奥から何者かによって押された。

(この世の終わり)

 怯えきった龍子であったが、意外にもボロ襖は第一撃、持ちこたえた。
 そのあと、ぽすぽす、と妙な音が続くも、襖は開く気配がない。

「え?」

 思わず声に出した龍子に対し、美声の持ち主が襖の向こうから声をかけてきた。

「おーい、ここを開けてくれ。俺いま猫だから無理だー」

(いやいやいや猫ならそこは「にゃあ」でお願いしますよっ! 人の言葉をしゃべる猫は猫っていうか……もののけの類では?)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
キャラ文芸
廃業寸前だった小晴の飴細工店を救ったのは、突然現れた神様だった。 「ずっと傍にいたい。番になってほしい」 そう言い出したのは土地神である白蛇神、紫苑。 人外から狙われやすい小晴は、紫苑との一方的な婚約関係を結ばれてしまう。 紫苑は人間社会に疎いながらも、小晴の抱えていた問題である廃業寸前の店を救い、人間関係などのもめ事なども、小晴を支え、寄り添っていく。 小晴からのご褒美である飴細工や、触れ合いに無邪気に喜ぶ。 異種族による捉え方の違いもありすれ違い、人外関係のトラブルに巻き込まれてしまうのだが……。 白蛇神(土地神で有り、白銀財閥の御曹司の地位を持つ) 紫苑 × 廃業寸前!五代目飴細工店覡の店長(天才飴細工職人) 柳沢小晴 「私にも怖いものが、失いたくないと思うものができた」 「小晴。早く私と同じ所まで落ちてきてくれるといいのだけれど」 溺愛×シンデレラストーリー  #小説なろう、ベリーズカフェにも投稿していますが、そちらはリメイク前のです。

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

元禿の下級妃、花の園と言われる後宮で花の手入れを行います

猫石
キャラ文芸
イレイシェン国の後宮『四節の苑』に、一人の下級妃が入内した。 名はメイ コウシュン。 現在『主上様』が持てる妃の席は満席にもかかわらず、彼女の入内がかなったのは、彼女の噂を聞きつけた主上様が彼女に興味を持ち、初めて自分から後宮入りを願ったというのがその理由だった。 色とりどり、形も様々な大輪の花たちが、その美を競う女の園に現われた下級妃は、後宮にある大きな池の浮島の、金鳳花の花に囲まれた小さな小さな四阿のような庵を与えられ、四季の女たちはそれを厳しく見張ると言う日が始まった。 そんな中、庵の中の少女は鍵のかかった箪笥を撫でてながら遠い目をして呟いた。 「あ~ぁ、とんだ貧乏くじ、ひいちゃったなぁ……」 ⚠️注意書き⚠️ ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。あらすじは滅茶苦茶冒頭部分だけです。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆中華風の後宮の様相を呈していますが、様々な世界・様式の後宮&花街(遊郭)設定もりもりです。史実、資料と違う! など突込みは不要です。 ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ☆ゆるっふわっ設定です。 ☆小説家になろう様にも投稿しています

欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ
キャラ文芸
長年付き合っていた男と別れてやけ酒をした翌朝、隣にいたのは天然系の神サマでした。 《やってることが夢魔な自称神様》を拾った《社畜な生真面目女子》が神様から溺愛されながら、うっかり世界が滅びないように奮闘するラブコメディです。 ※オマケ短編追加中 カクヨム、ノベルアップ+、pixiv、ムーンライトノベルズでも公開中(サイトによりレーティングに合わせた調整アリ)

俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。

ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」  俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。  何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。  わかることと言えばただひとつ。  それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。  毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。  そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。  これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)

千里香の護身符〜わたしの夫は土地神様〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
ある日、多田羅町から土地神が消えた。 天候不良、自然災害の度重なる発生により作物に影響が出始めた。人口の流出も止まらない。 日照不足は死活問題である。 賢木朱実《さかきあけみ》は神社を営む賢木柊二《さかきしゅうじ》の一人娘だ。幼い頃に母を病死で亡くした。母の遺志を継ぐように、町のためにと巫女として神社で働きながらこの土地の繁栄を願ってきた。 ときどき隣町の神社に舞を奉納するほど、朱実の舞は評判が良かった。 ある日、隣町の神事で舞を奉納したその帰り道。日暮れも迫ったその時刻に、ストーカーに襲われた。 命の危険を感じた朱実は思わず神様に助けを求める。 まさか本当に神様が現れて、その危機から救ってくれるなんて。そしてそのまま神様の住処でおもてなしを受けるなんて思いもしなかった。 長らく不在にしていた土地神が、多田羅町にやってきた。それが朱実を助けた泰然《たいぜん》と名乗る神であり、朱実に求婚をした超本人。 父と母のとの間に起きた事件。 神がいなくなった理由。 「誰か本当のことを教えて!」 神社の存続と五穀豊穣を願う物語。 ☆表紙は、なかむ楽様に依頼して描いていただきました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

花鈿の後宮妃 皇帝を守るため、お毒見係になりました

秦朱音@アルファポリス文庫より書籍発売中
キャラ文芸
旧題:花鈿の後宮妃 ~ヒロインに殺される皇帝を守るため、お毒見係になりました 青龍国に住む黄明凛(こう めいりん)は、寺の階段から落ちたことをきっかけに、自分が前世で読んだ中華風ファンタジー小説『玲玉記』の世界に転生していたことに気付く。 小説『玲玉記』の主人公である皇太后・夏玲玉(か れいぎょく)は、皇帝と皇后を暗殺して自らが皇位に着くという強烈キャラ。 玲玉に殺される運命である皇帝&皇后の身に起こる悲劇を阻止して、二人を添い遂げさせてあげたい!そう思った明凛は後宮妃として入内し、二人を陰から支えることに決める。 明凛には額に花鈿のようなアザがあり、その花鈿で毒を浄化できる不思議な力を持っていた。 この力を使って皇帝陛下のお毒見係を買って出れば、とりあえず毒殺は避けられそうだ。 しかしいつまでたっても皇后になるはずの鄭玉蘭(てい ぎょくらん)は現れず、皇帝はただのお毒見係である明凛を寵愛?! そんな中、皇太后が皇帝の実母である楊淑妃を皇統から除名すると言い始め……?! 毒を浄化できる不思議な力を持つ明凛と、過去の出来事で心に傷を負った皇帝の中華後宮ラブストーリーです。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...