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噂は噂を呼んで
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「やったーー!! レアアイテム『アリアドネの糸』を手に入れたぞ!! これであの街の迷宮探索がやりやすくなるはずだ!!」
迷宮の中で、歓声を上げる冒険者たち。
ほどよく離れた通路の角に身を隠し、アリーナはラインハルトともにその様子を窺っていた。
「いつも大事を取って、余力を残したまま引き返していたからな……。これで今までよりも思い切って奥まで探索できる」
「余力が尽きたところで脱出すれば良いとなれば、帰り道のこと考えなくて良いからなー」
「あとは勝ち目のない敵に遭遇したときにも有効だ」
「四散しているときに使うと、効果範囲外にいた仲間は置き去りだろうか。それは怖いな。誰に持たせるかは慎重に考えないと」
わいわいと騒いでいる内容を耳にして、アリーナは「なるほど」と呟いた。
「冒険者の皆さんの安全を確保するのに有効かと考えていましたが、新たな問題も出てきそうですね」
それを聞いていたラインハルトは「いや」ときっぱりとした語調で否定する。
「迷宮向けのアイテムというのは、『アリアドネの糸』以外にも無数に存在している。そのアイテム頼みで無理をして探索し、落命するとすれば、それはその冒険者たちの命運がそこまでということだ。慎重なパーティーはどんなに便利なアイテムを手にしても、慎重に進むだろう。『アリアドネの糸』は、それでも避けられない不測の事態のとき、助けになるというだけの話だ」
「そう言われてみれば、納得です。『アリアドネの糸』がたとえこれまでこの世界に存在しなかったアイテムだとしても、劇的なまでに影響を与え、バランスを崩すわけではないということですね」
「もちろん。すべては使う人間次第だ。さて戻ろうか」
顧客の声を直に聞いたことに満足し、連れ立って最奥の事務室へ帰ろうと歩き出す。
しばらく雑談をしながら進んだところで。
遠くから、人の悲鳴が響いた。
アリーナは思わず、ラインハルトの横顔を見上げる。
「いま、何か聞こえましたね」
「……聞こえたが」
迷いの滲む声。
どこかで危機に陥っている冒険者がいるとして、ラインハルトが駆けつければ確実に救出できる。ただ、迷宮の神である己が果たしてそれをして良いものか悩んでいるに違いない。
(社長の性格を考えれば、助けられる人間が近くにいるのに見捨てるのは、とても辛いはず。これまで、あえて不人気迷宮の悪評を買ってでも冒険者を近づけなかったのは、自分の行動範囲内で酷い死に直面したくなかったのもあるんじゃ……。踏破されてしまっても、自分は消えるだけだからと覚悟の上で)
ラインハルトと共に過ごす日々の中で、アリーナは自然とその心中に思いを馳せることが増えていた。伊達に近くにいるわけではなく、何を考えているかは大体わかる気がしている。
もちろん、推測ばかりで、わからないこともたくさんあるが。
「行ってください。私はこのへんで隠れて待っていますから」
「しかし」
悲鳴はまだ聞こえている。
アリーナはラインハルトの正面に回り込み、顔を見上げて切実な思いを込めて訴えた。
「今ならまだ間に合います。迷うくらいなら行ってください! ご自分の迷宮なんです、たまたま通りがかり、ご自分の安全のためにモンスターと戦うことは、今までだってあったじゃないですか。今回もその、たまたまなんですよ!!」
「たまたま通りがかっただけ、か」
「はい。ですので、行ってください!! 悲鳴が聞こえなくなる前に!!」
迷いを振り切るように、ラインハルトは力強く頷く。
「わかった。行ってくる。しかし君の服装は、どう見ても迷宮の奥深くにいる冒険者の姿ではないから、誰かに見られるといらぬ憶測をされるに違いない。何故少女がこんなところにいるのだと不思議に思われれば、噂が噂を呼んで君目当てに迷宮に潜る輩も出てくる」
「それは考え過ぎでは?」
たしかに、アリーナはいつも戦いをラインハルトに任せているし、生活拠点から出歩くだけなので、迷宮の中でも普段着だ。そしていま現在身につけているのは、ラインハルトがドロップしてくれた可愛らしいワンピース。「用意したものだし、俺が着られるものではないので、君が使わないと無駄になる」と言われて着ているが、気後れするほど可愛いのは確かだ。
それを持って「見られない方が良いのは同意ですが」と思いつつアリーナは首を傾げたが、ラインハルトは真摯な眼差しと断固とした口調で言い切った。
「俺の目から見ても、君は、その……非常に魅力的であると思う。『アリアドネの糸』以上の噂になりかねない」
「それは、この衣装の効果ではないですか……!?」
咄嗟にアリーナは言い返したが、遅れて顔に血が上ってくるのを感じた。おそらく真っ赤になってしまっている。
(み、みみみ、魅力的というのは……、あ、あの、社長……)
うまく頭がまわらない。
幸いなことに、ラインハルトもさっと横を向いて、赤くなったアリーナを見ないでくれた。ただ、心なしかラインハルトの横顔も朱に染まっている。
「ここはもう、迷宮の奥深くでモンスターも強い。君は俺が戻るまで隠れていなさい」
「わかりました。いってらっしゃいませ」
さっとラインハルトは風のように通路を駆けて行った。
呆然と見送ってから、アリーナは隠れる場所を探して周りを見回す。
まさにそのとき、ひゅうっと空気が揺れた。かすかな物音。
(後ろに誰か……!?)
心臓が跳ねるほど緊張しながら、アリーナはその場で振り返った。
迷宮の中で、歓声を上げる冒険者たち。
ほどよく離れた通路の角に身を隠し、アリーナはラインハルトともにその様子を窺っていた。
「いつも大事を取って、余力を残したまま引き返していたからな……。これで今までよりも思い切って奥まで探索できる」
「余力が尽きたところで脱出すれば良いとなれば、帰り道のこと考えなくて良いからなー」
「あとは勝ち目のない敵に遭遇したときにも有効だ」
「四散しているときに使うと、効果範囲外にいた仲間は置き去りだろうか。それは怖いな。誰に持たせるかは慎重に考えないと」
わいわいと騒いでいる内容を耳にして、アリーナは「なるほど」と呟いた。
「冒険者の皆さんの安全を確保するのに有効かと考えていましたが、新たな問題も出てきそうですね」
それを聞いていたラインハルトは「いや」ときっぱりとした語調で否定する。
「迷宮向けのアイテムというのは、『アリアドネの糸』以外にも無数に存在している。そのアイテム頼みで無理をして探索し、落命するとすれば、それはその冒険者たちの命運がそこまでということだ。慎重なパーティーはどんなに便利なアイテムを手にしても、慎重に進むだろう。『アリアドネの糸』は、それでも避けられない不測の事態のとき、助けになるというだけの話だ」
「そう言われてみれば、納得です。『アリアドネの糸』がたとえこれまでこの世界に存在しなかったアイテムだとしても、劇的なまでに影響を与え、バランスを崩すわけではないということですね」
「もちろん。すべては使う人間次第だ。さて戻ろうか」
顧客の声を直に聞いたことに満足し、連れ立って最奥の事務室へ帰ろうと歩き出す。
しばらく雑談をしながら進んだところで。
遠くから、人の悲鳴が響いた。
アリーナは思わず、ラインハルトの横顔を見上げる。
「いま、何か聞こえましたね」
「……聞こえたが」
迷いの滲む声。
どこかで危機に陥っている冒険者がいるとして、ラインハルトが駆けつければ確実に救出できる。ただ、迷宮の神である己が果たしてそれをして良いものか悩んでいるに違いない。
(社長の性格を考えれば、助けられる人間が近くにいるのに見捨てるのは、とても辛いはず。これまで、あえて不人気迷宮の悪評を買ってでも冒険者を近づけなかったのは、自分の行動範囲内で酷い死に直面したくなかったのもあるんじゃ……。踏破されてしまっても、自分は消えるだけだからと覚悟の上で)
ラインハルトと共に過ごす日々の中で、アリーナは自然とその心中に思いを馳せることが増えていた。伊達に近くにいるわけではなく、何を考えているかは大体わかる気がしている。
もちろん、推測ばかりで、わからないこともたくさんあるが。
「行ってください。私はこのへんで隠れて待っていますから」
「しかし」
悲鳴はまだ聞こえている。
アリーナはラインハルトの正面に回り込み、顔を見上げて切実な思いを込めて訴えた。
「今ならまだ間に合います。迷うくらいなら行ってください! ご自分の迷宮なんです、たまたま通りがかり、ご自分の安全のためにモンスターと戦うことは、今までだってあったじゃないですか。今回もその、たまたまなんですよ!!」
「たまたま通りがかっただけ、か」
「はい。ですので、行ってください!! 悲鳴が聞こえなくなる前に!!」
迷いを振り切るように、ラインハルトは力強く頷く。
「わかった。行ってくる。しかし君の服装は、どう見ても迷宮の奥深くにいる冒険者の姿ではないから、誰かに見られるといらぬ憶測をされるに違いない。何故少女がこんなところにいるのだと不思議に思われれば、噂が噂を呼んで君目当てに迷宮に潜る輩も出てくる」
「それは考え過ぎでは?」
たしかに、アリーナはいつも戦いをラインハルトに任せているし、生活拠点から出歩くだけなので、迷宮の中でも普段着だ。そしていま現在身につけているのは、ラインハルトがドロップしてくれた可愛らしいワンピース。「用意したものだし、俺が着られるものではないので、君が使わないと無駄になる」と言われて着ているが、気後れするほど可愛いのは確かだ。
それを持って「見られない方が良いのは同意ですが」と思いつつアリーナは首を傾げたが、ラインハルトは真摯な眼差しと断固とした口調で言い切った。
「俺の目から見ても、君は、その……非常に魅力的であると思う。『アリアドネの糸』以上の噂になりかねない」
「それは、この衣装の効果ではないですか……!?」
咄嗟にアリーナは言い返したが、遅れて顔に血が上ってくるのを感じた。おそらく真っ赤になってしまっている。
(み、みみみ、魅力的というのは……、あ、あの、社長……)
うまく頭がまわらない。
幸いなことに、ラインハルトもさっと横を向いて、赤くなったアリーナを見ないでくれた。ただ、心なしかラインハルトの横顔も朱に染まっている。
「ここはもう、迷宮の奥深くでモンスターも強い。君は俺が戻るまで隠れていなさい」
「わかりました。いってらっしゃいませ」
さっとラインハルトは風のように通路を駆けて行った。
呆然と見送ってから、アリーナは隠れる場所を探して周りを見回す。
まさにそのとき、ひゅうっと空気が揺れた。かすかな物音。
(後ろに誰か……!?)
心臓が跳ねるほど緊張しながら、アリーナはその場で振り返った。
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