壊れそうで壊れない

有沢真尋

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顔合わせ(1)

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みおは何にする?」

 横並びに座った俺に、スーツ姿の父がメニューを開いて見せながら聞いて来る。
 肩をぶつけながらちらりとのぞきこんで、俺はろくに見もせずに速攻で答えた。

「レディース御膳」

 何か言いたげな父に素早く笑いかけてから、俺は掘りごたつの中で足をぶらつかせる。斜向かいに座った父の恋人、一色里香いっしきりかさんに見られていることに気付いて、すかさず笑顔で愛想を振りまいてみた。
 母親が死んで早十年。
 付き合って二年の恋人がいると父に打ち明けられ、今日は互いに子連れでの顔合わせ。
 目が合った里香さんは、神妙な顔で会釈してくる。

(そんなに申し訳無さそうにしなくても……)

 高校生の俺に対し、里香さんが必要以上に恐縮している理由は、今日の俺の服装。
 デニムの着物に、椿と梅の刺繍の入ったレースの半襟、アンティーク風の名古屋帯は赤地に扇と秋草模様。帯留めは清水焼、ターコイズブルーの椿。掘りごたつに入る前に脱いだ靴は編み上げのブーツ。すべて女物レディース
 襟足長めの髪は軽くワックスで整え、大振りの彼岸花みたいなコサージュをしている。顔は眉毛を整えて口紅を塗った程度だが、鏡で見たら自分でもびっくりするほどうまく化けていた。女性に、見える。
 小学生の頃から通っている茶道教室のお姉さま方が、「澪くん絶対女物似合うと思っていた」と気合を入れて着付けから仕上げまでそつなく飾り立ててくれた成果。
 初めての、女装。
 この顔合わせのためだけに実現した、有末ありすえみおスペシャルエディション。

 俺は里香さんの右隣に座っている、一色素直すなおに目を向けた。半個室に仕切られた六人がけのゆったりした席で、一番奥まった場所に座った素直の前は空席。俺は俺で通路側ぎりぎりに座っているので、やっぱり正面は空席。真ん中の位置で父と里香さんが向かい合っているという位置関係。

 窓際席で日差しを浴びた素直は、我関せずの無表情でガラスの向こう側だけを見ている。
 近頃の小学生は年齢より大人びているイメージだったが、素直は小柄なこともあり、一見すると年相応の子ども。
 それでいてこちらを絶対に見ようとはしない横顔に深い陰影があり、あどけなさをどこかに置き去りにしてきてしまったアンバランスさも感じる。俺が彼女について知る事情が、先入観となって印象を形作っているのかもしれないけど。

 ――素直さん、一色さんの娘さんのことだけど。
 ――里香さんの前の旦那、実の父親から虐待があったらしい。
 ――それで、大人の男が苦手だそうだ。

 顔合わせ前に、父から伝えられていた情報。言葉を選び、「別れて正解だね」とだけ所感を述べたところ、「それで、一色さんと相談したんだが……」とためらいがちにお願いされてしまったのだ。
 顔合わせの間、澪は若い女性のふりをしてくれないか、と。

(この二人、「付き合ってはいるけど、子どもたちが成人するまで結婚や同居することはない」……血の繋がりもない互いの娘と息子に「兄妹」としての付き合いを強いるつもりもない、ってね。たしかに、いくら母親の恋人とその息子とはいえ、素直さんにとって俺たち親子は他人でしかない。ただでさえ男性不信だってのに、男二人が生活領域にずかずか入り込んでくるなんて冗談じゃないよな。親としての二人の判断は理解できるし、尊重する)

 今日の顔合わせは子どもたちに対するの意味が大きく、「これを機会に家族になろう、ではない」とのこと。「もしかしたら澪と素直が顔を合わせるのはこれが最初で最後かもしれない」とも言われていた。
 だからこその、お願い。

 ――素直、ずっとお姉さんが欲しかったって言ってたから……。

 最初は里香さんも冗談のつもりだったらしいが、父が真に受けてしまった。「澪ならきっとうまくやってくれるよ」と。息子のこと過大評価しすぎじゃないか?
 だけど、「実の父親からの虐待」というワードは、俺の胸に重い一撃となっていた。年下の女の子を怯えさせないで済むなら、お姉さんのふりをするくらいなんでもないかなって自然と気持ちは決まっていた。
 かくして、女装に関しては周囲に協力を仰ぎ、今日この日は「お姉さん」として顔合わせに参加することになったのだ。
 父の横でにこにこして、声を出さないようにしていれば、ばれないでいけそうな気がしている。

 ゆるくパーマのかかった髪を几帳面そうに首の後ろでまとめた理香りかさんは、開いたメニューの角で素直の腕をつつきながら、その顔を横からのぞきこんだ。

「素直はどうする?」

 窓の外を見たままの素直はそっけなく言った。

「カツカレーのカツ抜き」

 俺は思わず父の横顔を見てしまった。

(親父、店選び間違えたみたいだぞ)

 カツがメインのチェーン店。
 ファミレスほど安くはないが、畏まった店ではない。明るく騒がしく気さくな雰囲気がある。昔からよく来ていたし、変に形式張るより良いのかなって俺も深く考えていなかったけど、どうも今日の席にはふさわしくなかったらしい。

 父も気付いただろうに、顔色は変えなかった。「一色さんは」と理香さんに声をかけ、二人でメニューについて二言三言話してから、テーブルの奥にある呼び出しボタンに手を伸ばした。
 目の前に父の腕が伸びて来たのは気付いただろう、素直が伏し目がちにちらりと見た。睨みつけたようにも見えたが、一瞬だったのでよくわからなかった。

 初顔合わせはそんな風にはじまり、適当に時間をかけてカツを食べて、お開きになった。

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