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第五章 仮面のない生活
仮面をつけた日
しおりを挟む「ハルー!」
校門から出てすぐの所で声をかけられた。振り返ることなく歩き続けていると、叫び声と共に体が前傾する。
「ぐっ!おもっ……てめぇ!腰が死ぬ!」
「あははっ!無視する方が悪い!」
そう言いながらもゆっくりと体を離し、並んで同じ方向に歩いていく。
「ていうか、ハル逆方向だろ?ってことは……俺ん家くる気満々だったってことだな」
「なっ!お前なぁ!」
「あははっ!顔真っ赤ー!」
耳元で囁かれ、吐息に体が震えた。
顔が赤くなっているのは図星だからで、反論する言葉は一切出てこない。ただ、怒鳴ることしかできなかった。
側から見れば友達同士が戯れているように見えるだろう。内容だって、揶揄われていると思えるものだ。
だが、真実は少し異なる。
「俺は嬉しいぜ?可愛い彼氏が俺の家に来てくれるのは」
俺とこいつは友人で、同級生で、恋人同士。世間ではゲイカップルと称されることもある。
「外で止めろよな」
「人通りないから平気だろ」
なぜこんな会話になるのか。それは簡単なことで、“普通じゃない”からだ。
男同士で恋愛の話をする時、“あの女の子が好き”というのは耳にするのに、“あの男の子が好き”という言葉は聞いたことがない。
中学生の俺でも、流石に気付く。男同士の恋愛が一般的ではないということに。
生きにくい世界だな、と他人事のように思った。
別に女の子を好きになったこともあるし、付き合ったことだってある。綺麗なお姉さんを見かけたら抱きたいなって思う。
ネットで調べたらバイセクシャルっていうのもあるらしい。
もしかしたらそうなのかも……と思うが、括る必要あるのかと思って読み進めるのをやめた。
「普通ってなんなんだろうな」
「んだよ急に」
「男同士じゃん、俺ら」
ぼけーっと空を見上げながら呟くと、後頭部に痛みを感じた。
「あでっ!」
「そういうのどうでもよくね?俺らが普通って思えば普通だし、人が決めるもんでもねーだろ」
ニカッと無垢な笑顔で答える。こう言うところが好きなんだよな、と改めて思う。
「俺だって別に気にしてねーよ。普通じゃないって言ってくる奴もいるよなーって思っただけ」
もう一度空を見ようと顎を上げると、視界が暗くなった。
「好きなんだから仕方なくね?」
触れるだけのキス。ここが外だってわかっているんだろうか?と聞きそうになる。
そこまで馬鹿なはずないじゃないか。
「ちゃんと周り見たから大丈夫」
「そういう問題じゃねーよ」
「じゃあ家いったらしような」
「っ!サルか!」
「あれれ?最後までするなんて言ってねーけどー?あれー?」
「死ね!」
付き合って数ヶ月。幸せな日々が続いていた。
男同士でも全く気にならなかったし、こいつのことが好きか?って聞かれたら即答できる自信がある。
心の底から幸せだ、好きだって。
あったんだよ、本当に。
「ハル。あのさ、俺……他に好きな人できた」
突然だった。
「は?」
「だから、好きな人できたから別れてほしい」
「……誰?」
「りえちゃん」
相手は女で、しかも同じクラス。
「というか、この間ヤッた」
「どこで」
「……ここ」
“ここ”というのは今いる場所を指していて、つまりはこいつの実家。
俺と何度も体を交えた場所だ。
「りえが好きなのに、俺を抱いたのか?」
「ハルのこともさっきまで好きだったぜ?でもりえちゃんの後に抱いたらなんていうか……やっぱり女の子の体が好きだなーって」
ふざけんな!と口にしたいのに、喉に言葉が詰まって出てこない。
呼吸がしにくい。酸素が薄いのでは?と錯覚しそうになる。
高所でもないのに。
「勝手すぎるだろ、それ」
「だって、好きなんだから仕方なくね?」
聞いたことがあるフレーズだった。
「ハルのことはちゃんと好きだったよ。でも、今はりえちゃんが好き。好きになっちゃったもんは仕方ないっしょ」
悪気は一切かんじられない。ただ、“仕方がない”と繰り返す。
元からフレンドリーで軽いイメージはあったけど、こうも簡単に言われると腹が立つ。
“りえちゃんを抱きたかったから仕方がない”
“ハルを抱きたかったんだから仕方がない”
“女の子の体が好きなんだから仕方がない”
“ハルよりもりえちゃんが好きなんだから仕方がない”
“仕方がない”ってなんだ。
ただ欲に負けただけだろ。本能のままに生きて、理性がないただの動物。
「そうか。わかった」
何もかもどうでも良くなった。だってアホらしいじゃないか。
こんなにも俺はこいつのことが大好きで、抱かれて幸せだったのに。こいつは俺を抱きながら“りえちゃんの方が好きだな”なんて考えていたんだろう?
俺がこんな喋り方だからか?
りえみたいに明るくて陽気で、フレンドリーじゃないからか?
男だからか?
男なのは変えられない。それなら新しい自分を作ればいい。
俺が俺じゃなくなればいいんだ。そうすればもう傷付かない。
「俺は陽気で、フレンドリーで、愛想がいい男」
薄暗くなった帰り道、俺は涙を流しながら帰路についた。
来るもの拒まず。去る者追わず。それが正解なんだと、自分に言い聞かせながら。
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