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第二章 イグニース王国

チェーニの存在

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 午後二十二時の庭は明かりが少なく、視界がはっきりしない場所がある。
 しかし、暫くすれば目は慣れていくものだ。
 きっとフォルティスにも見えているだろう。


「噂をすれば何とやら、だ」


 噴水の僅かな光に照らされた真っ赤な髪をした奴が。


「あれがチェーニ。お前達が前まで、影と呼んでいた奴だよ」


 闇と呼ぶには明るくて、光と呼ぶには暗過ぎて。
 正に影。
 光と闇の間はざま。
 呆然とするフォルティスを置いて、チェーニの元へと歩みを進める。
 そんな俺を見て慌ててついて来るが、処理しきれていないのか表情がコロコロとサイコロのように変わっていた。
 こいつがこんなにも動揺するとは思わなかった。
 突然過ぎたのが原因だとわかってはいるが、面白くて仕方がなかった。


「おかえりチェーニ」


 躊躇する事なく声をかけると、赤い髪をしたそいつはネジ巻き人形のようにぎこちなくこちらに顔を向けた。



 口にはタバコを咥えており、気怠げな表情を浮かべている。
 ただそれだけ。
 俺の言葉に返事はしない。
 こちらを向いてくれただけでも儲けもの。
 そういうレベルなのだ。
 こいつは。


「紹介するよ。こいつは俺の部下で右腕のフォルティス。明日は一緒に作戦に参加するからよろしく頼むよ」
「よろしくお願い致します」


 緊張しているのか動きも表情も硬い。
 笑いをこらえるのに必死である。
 そんな俺にも、フォルティスにも声をかける事なく、微動だにせずこちらを見ている。
 噴水の淵に手を置いていたチェーニの手が動く。
 長くて細い指。
 咥えていたタバコを人差し指と中指で挟んで息を吸ったかと思えば、抜き取って息を吐く。
 口から吐き出されたのは言葉でも何でもなく、副流煙と呼ばれる独特な臭いを纏った煙。


「ちょ、ゴホッゴホッ。タバコの煙は人に向ける物じゃないんだけど」


 風がないからか、揺らぐ事なく俺に向かって流れてきた。
 運良く出くわす事が多い俺とチェーニ。
 このやり取りも最早恒例になりつつある。


「いい加減喋ってくれてもいいのに」
「え、喋った事ないんですか?」
「そう。声聞いた事ないんだよねー。流石の俺も泣いちゃうよ?」


 子供が泣くように両手を目元に持っていってクネクネしてみたが、フォルティスにも冷めた目で見られてしまった。
 何だよ。
 冗談だろうが。

 仕返しと言わんばかりに冷めた目で見返すと、徐に立ち上がるチェーニ。


「もう行くのか?」


 タバコを持ったまま、城に向かって歩き出す。


「明日、頑張ろうなー!」


 黒い服に身を包んだ背中に叫ぶ。
 手ぐらい上げてくれるかな?
 と期待してみたが、やはり思い通りにはいかない。
 コツコツというヒールの音と、煙を吐き出す音が遠のいて行く。


「タバコの煙を吹きかけるって、夜の誘いじゃないんですか?」
「普通はな。でもまぁ、あいつのあれはそういう意味でやってねぇよ」

「そういうもんですか?というか、本当に一言も喋りませんでしたね」
「だから言っただろ。聞いた事ないんだって。あいつの声」

「意思疎通できるんですか?あれで」
「何とかなっちゃうんだよねー。まぁ、明日わかるよ。お前も」


 不思議そうな顔をしてはいたが、フォルティスと俺はチェーニの後に続いて城へと戻ったのだった。

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