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第二章 日常のようで非日常

呼ばれた理由

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 日中はギルド、夜は酒場といて営業しているネロの職場。
 酒だ、飯だ、と煩い冒険者。
 お触り禁止、とあしらう女性。
 潰れた客を端に寄せる男性。
 飲み始めて時間が経ち、程よく酔いが回ってきている時間の筈なのに、室内は静まり返っていた。
 爪が床に当たって生じる「カリッ、カリッ」という足音が、やけに大きく聞こえる。


「こんばんは。夜分遅くに呼び出してすまないね」


 外気に触れたことで冷えた床を歩くと、遠くから男の声が聞こえた。
 流れるように話しているのに、一音一音がはっきり耳に届く。
 雑念が取り除かれるような心地の良いものだった。


「初めまして。私の名はパトリオット。国王……といえばわかるかな?」


 靴のかかとで音色を奏でながら姿を現したのは、尖った長い耳が特徴的な妖精族エルフだった。


上位怪狼族ハイフェンリルのオネストと申します」
「同じく、タキトゥスと申します」


 元の姿に戻り、深々と頭を下げる。


「そんなに畏まらないでくれ。普通に話してくれて構わない」
「よかったー。俺、畏まって喋るの苦手でさー」


 言葉を素直に受け取ったタキトゥスは、深く息を吐いてから肩の力を抜いた。
 側に控えていた従者が剣を構えようとしていたが、パトリオットは愉快そうな顔つきでそれを制した。


「うん。それで構わないよ」


 寛大なのか、そもそも畏まった雰囲気が苦手なのか。
 会ったばかりの俺にはわからないが、隣にいるシンさんが笑っていることからして後者なのだろう。


「さて、本題に入ろうか。知慮深い君達なら、ここに呼ばれ理由は分かっているね」
「指名手配中だった上位食屍鬼族ハイグールの件だろう?」
「ご名答。話が早くて助かるよ」


 パトリオットは下唇に人差し指の側面を当て、目を細めて口角を上げた。


「陛下」


 先程剣を抜こうとしていた従者が椅子を持ってきた。


「今日は朝から駆け回っていてね。座っても?」
「あぁ」


 頷けば、ご丁寧にお礼を言ってから腰かけた。
 そして見上げ続けると首が疲れるからと、俺達に伏せるように言った。
 今の体勢が辛いということはないが、こちらもその方が楽なので素直に従った。
 パトリオットの両側と背後に従者が立ち、俺達はその前に伏せた。
 シンさんは俺達とパトリオットの間から一歩下がった所に椅子を持ってきて、背もたれに寄りかかるようにして座った。


「今回、パトリオットの力を借りてお前達に辿り着いた。指名手配中じゃった上位食屍鬼族ハイグールはサイルという名前で、各国で様々な悪さをしておった。殺し、強姦、強盗、違法売買……。挙げたらキリがない。似顔絵が描けていればこの国に逃げおおせることなどなかったのだが、なにせ目撃者がおらんくてな」

「顔を見た奴は全員喰われたってことねー」


 肉球を舐めながら緩い口調で言う。
 タキトゥスは口数の少ない俺に比べて社交的で、優しい印象を与えやすい。
 しかし、本質は対照的だ。
 自分が興味を持てる事柄や相手ではないと判断すれば、目も向けない。
 例え目の前で死にかけていても平気で放置できる。
 そういう奴だ。


「タキトゥス」


 黙っていろという意味を込めて名前を呼ぶ。
 小さく返事をしたのを聞いてからシンさんに配せする。


「冒険者達には、サイルを見つけても生け捕りにするようにと伝えていた。奴に聞かねばならぬことがあるからじゃ。それなのにお前達ときたら……原型がわからぬようにしおって」
「すまない」


 素直に謝る。
 生け捕りということは知っていたが、母国に引き渡すためだと思っていた。
 他に用があるなどと思わないだろう。
国からの指示であれば察しはつくが、ギルドからの依頼だ。
 そこまで考えを巡らせろというのは無理難題に近い。


「じゃがまぁ、ネロのおかげで目的の物は見つけることができた」
「目的の物?」

「あぁ。数か月前に盗まれたシィーラ王国の秘宝じゃ。国宝と言っても過言ではない代物じゃよ。当然の如く国王は大慌て。解析魔法で上位食屍鬼ハイグールということは突き止め、追跡魔法を駆使したが逃げ足が速くての。国を出たことろで痕跡を消すアイテムを使われ、そこからは行方知れずになっておった」


 短かく息をはき、しばしの休憩を挟む。
 
 
「じゃが一か月前、サイルという男がこの国の骨董屋に買い取ってほしいとそれを持ってきたらしくてな」
「そこから足がついたのか」

「そういうことじゃ。盗んでから数か月経っておったから、気が緩んだのじゃろう。馬鹿な奴め」


 肩をすくめて呆れたように言う。
 パトリオットは口を挟むことなく、静かに話を聞いていた。


「見つけることができたのなら俺達に用はないはずだ。他に問題でも生じたのか?」


 話に興味が持てず、寝そうになっているタキトゥスの脳天を叩きながら口にする。


「ネロの手柄で物の保管場所は特定できた。透視能力を持つパトリオットの近衛兵に確認させたので間違いはない。じゃが、最悪なことに接続魔法が掛けられておったのだ。保管してあった箱と床にな」


 シンさんとパトリオットは同時に太腿に肘を付き、組んだ指の上に額を乗せトて項垂れた。
 溜息まで見事に一致していた。


「動かすことも、壊すこともできん。解除には術者が決めたコードが必要なのじゃ。奴が亡き今、解除できる者は解読魔法を使える者のみ。相当な魔法知識が無ければ使えぬため、習得しているものは数少ない。残念なことに、この国にはおらんのじゃ」
「……はぁ」


 先が読めた俺は、聞こえるかわからない声量で返事をする。


「そこで、君達にお願いしたいことがあるんだ」


 組んだ指に額ではなく顎を乗せ、パトリオットが陽気に切り出した。


「解読魔法が使える者が、ロピック王国にいるらしいんだ。オースティンという名前以外、種族も生別もわかっていないんだけどね」
「探して連れて来いと?」

「君は聡明だね」


 目を細めて嬉しそうに言い、体を起こした。


「期限は二か月。君達だけでは動きにくいだろうから、ネロくんも連れていくといい。幸い、シィーラ王国との小競り合いも終わったようだしね。美味しい物を食べたりしながら期限以内に連れてきてくれ。話は以上だ」


 用件は済んだと言わんばかりに晴れ晴れしく立ち上がり、従者を連れて去っていく。
 俺達が探しに行くのは決定事項らしく、拒否権は無いようだった。


「めんどーい……」
「同感だ」


 俺達二人の呟きは、パトリオットが奏でる音によって掻き消された。
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