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第二章 日常のようで非日常

名前を呼ばないで

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 夢を見ていた。
 闇の中にただ一人で、色や音、風も存在しない無の世界。
 異様な雰囲気に恐怖を抱く。
 この場から逃げたいと思うのに、何かに捕らわれて身動きができなかった。
 手、足、腹、首……。
 体の至る所が生暖かく、「ドクッ、ドクッ」と脈打っていた。
 身に覚えのある感覚に背筋が凍る。


「う……ぁ…あぁぁぁぁぁ」


 気付いた時にはもう叫んでいて、「動け動け動け」と微動だにしない体を叱咤する。
 「助けて」と口にしても誰も来てくれなくて、魔法をいくら唱えても発動しなかった。

 頬を一筋の涙が伝う。
 同時に、浮遊感がした。
 暗かった視界に光が差し、絡みついていた物からも解放された。
 そして急激な眠気に襲われ、夢の筈なのに眠りについた。

 目を覚ますと、暗闇でも光でもなく見慣れた天井が視界に映った。
 “またあの世界で目が覚めてしまうかもしれない”と怯えていたからか、無意識に手を握りしめていた。
 親指から順に開き、頬に感じる熱に触れた。


「ネロちゃんおはよう」
「魘されていたぞ」


 二人の声と温もりに胸を撫で下ろした。


「怖い夢を……見ていました」


 深く息を吐き、やっとの思いで口にする。
 言葉に返事は無くて、体に乗せられた手が中心に向かってもぞもぞと動く。
 “抱きしめようとしてくれているのかな?”と、都合のいいように捉える。


「俺のせいで汚れちゃいましたよね。お風呂、入りましょうか」


 上体を起こしながら言えば、尻がチクッと痛んだ。
 こうなることは予想していた。
 でも入れられたのが先端だけだったからか、悶絶するほどではなかった。


「実は沸かしておいたのだ」
「お、やるじゃーん。ネロちゃん!一緒に入るぞ!」
「先に行ってる」


 トコトコと尻尾を振りながら風呂場へと向かっていく二人。
 その姿を間抜けな顔で見つめる俺。

 いやいやいや。
 何でそうなるの。
 気絶する前、俺はタキトゥスに自分の想いを打ち明けている。
 オネストは聞いていなかったにしても、タキトゥスは知ってるはずだ。
 それなのにどうして一緒に入ろうだなんて言えるんだ?
 不思議で仕方がなかった。

 遠回しに、“君には全く興味がないよ。だからお風呂にも誘える”ということを言いたいのか?
 本人の口から聞いたわけでもないのに、立ち上がることができないほど沈んでいた。

 床に敷かれたタオルを目にしながら、必死に涙を堪える。
 汚れたまま寝かすと、ベッドシーツを洗わないといけなくなると思ってやってくれたのかな。
 最初は二人の優しさに触れるたび、嬉しいと感じていた。
 でも今はその優しさが辛い。
 何とも思っていないのならそう言ってほしい。
 この国で寝起きする場所が欲しいだけで一緒にいるのなら、他を紹介するから。


 だから……


「ネロ。どうした?」
「ネロちゃん?どこか痛いの?」


俺に優しくしないで。

 放っておいて。
 でないと自分が惨め過ぎて可笑しくなる。
 俯いたまま何も言わないことを不審に思い、慌てて駆け寄って来た。


「……っ…ぅ……」


 泣いてはいけない。
 わかってはいるのに、止めどなく溢れてくる。


「……く、しないで」
「え?」
「ん?」


 聞こえていなかったのか、俺の口元に耳を寄せてくる。
 涙でグチャグチャな顔を上げ、ハッキリと口にする。


「好きじゃないなら、優しくしないでください。期待して、傷ついての繰り返し。もうたくさんです。一緒にいるのが……辛い」


 近くにあった二人の胸を力なく押し、再び俯く。
 それが自分にできる精一杯の拒絶だった。


「ネロちゃん」
「やめてください」
「ネロ」
「嫌だ」
「ネロちゃん。話を、」
「名前を呼ばないで……っ、ください」


 両手で顔を覆い、弱々しい声で言う。


「ネロちゃん。聞けってば」


 手の甲にざらついた粘膜のような物が触れた。
 それが舌だと気付くのにそう時間は掛からなくて、指の間から様子を伺う。
 青い瞳がこちらを見ていて、微笑んでいるのか、僅かに細められていた。


「俺もネロちゃんが好き」
「俺もじゃなくて“俺達も”だろ。抜け駆けするな」

「言われたの俺だし」
「“二人が好き”と言っていた」

「はいはい。てか、あいつの血を洗い流してから言おうと思ってたのになー。あー……食屍鬼族グールくせぇ」
「同感だ。ネロ、早く風呂に……ネロ?」


 顔を覆っていた手で、自分の頬をつねる。
 漫画でしか見ることはないと思っていた行動を、まさか自分がやることになるとは思っていなかった。
 唖然とこちらを見ている二人を無視して引っ張り続ける。


「……い、たい」
「いや、痛いに決まってんじゃん。何やってんの」
「手を離せ。あー……少し赤くなっているな」


 鼻で掴んでいた手を外され、頬を舐められる。


「夢……じゃない」


 独り言のように呟けば笑い出す二人。


「あははっ!俺達も覚悟決めて告白してんだ。夢にされてたまるかよ」
「そうだぞ、ネロ。これは現実だ。安心しろ」

「……っ、…ぅ」

「えー!何で泣くんだよ。ちょ、オネストぉー……。どうにかして!」
「いや、突然言われても……」


 慌てる二人に早く否定しなければと思うのに、涙が止まらない。
 俺はいつから、こんなに泣き虫になってしまったのだろうか。
 日本にいた時も、この世界に転生した後も、泣いたことなんて数えるほどしかないのに。


「違うんです。……っ、嬉し…くて」


 そう口にすれば、クルクルと落ち着きなく回っていた二人が嬉しそうに尻尾を振っていた。


「ふふふ。そっか」
「俺も嬉しい」
「“俺達も”だろー?」
「仕返しだ」
「生意気」


 いつの間にか言い合いを始めてしまった。


「オネスト様、タキトゥス様」


 ようやく落ち着いた俺は、満面の笑みで名前を口にする。


「大好きです!」


 ポカンと口を開けて数十秒ほど停止した後、目が無くなるぐらい嬉しそうに笑って、

「俺も!」
「俺もだ!」

と口にした。



 好き。
 大好き。


「お風呂、入りましょうか」


 辛かったことなんて忘れてしまうぐらい、幸せだ。



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