黒木くんと白崎くん

ハル*

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「……誰?」 1

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~黒木side~


佐々木の家に一泊をし、あまりよく眠れないままで登校。

「朝飯、あれっぽっちでよかったのか? 咲良」

なんて、佐々木に聞かれても「あー…うん」としか返せない状態だ。

歩きながら何度もあくびをし、目をこすり。回らない頭でなんとか留めている思考は、たったひとつ。

(白崎と話をする)

それだけのことを、どんだけ忙しかろうが余裕がなかろうが、今日の絶対必須な事項だぞと言い聞かせている。

「咲良」

「……」

「あー…もう。咲良! 起きてるか? おーい」

「…ん、起きてる。ってか、悪ぃ。考えごとしてた」

隣を歩く佐々木が俺を見下ろし、盛大なため息をつく。

「もうちょっと余裕持ちなよ。そんなんじゃ、またしたい話できないし、言いたい言葉だけ伝え忘れてあらぬ誤解生むって。咲良って、見た目はクールで何でもできそうなんだけど、こういう時って本当にダメダメなんだからさー」

図星をさされて、思わず「…ぐっ」と変な声が出た。

「ダメな自分も認めた上で、カッコつけずに話をしてきなよ。…するんだろ? 話。あの子と」

佐々木は朝になって、話は今日はまだすべきじゃないと言ってきた。

でも俺は、どうしても気持ちが急いてしまって、あのままで終わりにしたくないからなんでもいいから話がしたいって言い返した。

一日待ちなと言う佐々木。待てないと言う俺。朝飯の最中もその話ばっかりで、正直何食ってたっけ? ってくらいに記憶がない。

この話題を出してくるってことは、佐々木の方が折れた格好になったみたいなもん。

(アドバイスを素直に受け入れない俺って、どうなんだ?)

佐々木から借りたシャツはすこしサイズがデカくて、袖をまくり上げて着ている俺。

(白崎だったら、佐々木と同じくらいのでも着れたのかな)

今、別にそんなことを考えなくたっていいだろうことを思い浮かべて、アイツのことを考えたいのに考えないようにしてみたり。

(ああ…矛盾してるな。アレもコレも)

白崎との関係がどんな形になってるのかの現状を、知りたいような見たくないような。

そんなことを思いつつも、白崎と関わらないで生きていくのは無理だってことだけはわかった。

ウトウトしながら浅い眠りを繰り返していった中、何度も夢に見たのは白崎のこと。

そして、目がさめてすぐに思い浮かべたのも、俺に背中を向けていなくなった白崎の姿。

「……はぁ」

頭の中を整理できていないのに、白崎と話をするのはきっと佐々木が言うようによくないんだろう。

「とにかく、もうちょっと落ち着いてからあの子……、え?」

佐々木が言いかけた言葉を止め、まるで猫扱いでもするみたいに、歩き続けていた俺の襟首を引っ張った。

「ぐえ」

変な声が出て、「おい!」と佐々木に文句を言おうとした俺に、佐々木が無言でまっすぐ先を指さしていた。

「……白さ…」

アイツの名前を呼びかけて、俺もその続きを止めた。

「……あの子。家、アッチじゃなかったよね? 確か。一緒にいる子は、前に見たことがあるクラスメイトかな。……あの子らも、俺たちと同じように彼のところに泊まったとか、どこかで待ち合わせて一緒に来たのかね」

二人の姿を遠巻きに視界におさめて、ギュッとこぶしを握る。

「とりあえず、このまま近づいてみる?」

「……ん」

近づいて、どうなるとかどうするかもノープランすぎるけど、様子を見よう。そう思った。

互いに校門まで近づき、校門の端と端あたりまで来たあたりでうつむきがちだった白崎が顔を上げる。

隣にいたアイツが、何かを囁いた瞬間に、だ。

口は開くのに、いつものようにその名前を呼べない。

白崎の隣にいるアイツは、俺のことを形容しがたい表情で見ている。

「後輩くん、おっはよ」

佐々木がそう声をかけると、白崎が無言で頭を下げる。

それに合わせたかのように、隣のアイツも「佐々木先輩おはようございます」とかいいながら微笑んだ。

「それと、黒木先輩も」

なんて、まるでおまけみたいに付け加えた時にも、笑みは崩さずに。

「あ、おう」

鈍い反応しか出来ない俺は白崎の方へと視線を向けるけど、白崎の目は俺を映しているようで映してないみたいで。

「それじゃ、お先に失礼します」

アイツが白崎とさりげなく位置を代わり、俺たちからその姿が見えないようにしてから、白崎の肩にそっと手を添えるようにして歩き出した。

たった一言でよかったのに、それすらもかわせなかった。

俺もだし、アイツからも、だ。

いつもなら「黒木先輩っ! おはようございます」って跳ねるような声で挨拶をしてくるっていうのに。

「……あそこまでいつもと違っちゃうって」

佐々木も白崎の様子の変化に、驚いているのが感じられる。

「俺が……そうしちまったんだろ?」

愚痴るようにポロポロとこぼせば「まあ、そうかもね」と佐々木がとどめを刺す。

思わず息を飲めば、佐々木が口角を上げて嫌みったらしくこう言った。

「毎回必ず俺が優しいと思ったら、大間違いだよ。……で? どうするの? どうしたい? 咲良」

そんな問いかけに、足を止めたままで俺は何も返せない。

「……ふう。とりあえず、授業だけは受けな? その後のことは、また考えたら? …ってか、どう見ても今日あの子と話をするって状態じゃないじゃん。咲良が焦るのはわかってるけどさ、今日だけは…距離置きな?」

佐々木の声が、さっきまでの嫌みったらしい声からすこしだけトーンダウンした。

「もしかして、俺…気を使われてる?」

顔を上げ、佐々木を見上げて苦笑いを浮かべる俺に。

「俺、咲良にだけは、やさしー方だけど?」

とか言ってから、体がグラつくほどの勢いで肩を組まれる。

「ほーら、教室行くぞ? 今日の体育、見学してたら? それか、保健室で寝てれば?」

そういえば体育があったなと思い出して、すこし考えてからこう返す。

「体動かしていたら、頭がスッキリするかもしれねぇし。だから…出るよ」

こういう時に頭をクリアーにする方法を、俺は知らない。見つけられていない、ともいう。

「ま、いいけど」

佐々木のことだから、きっとまた思われてるだろうな。

咲良は俺の言うこと聞かないやつだから、とかなんとか。

「倒れたら、やさしーく看病してやるよ」

こんな風に言ってくるのも、佐々木なりの優しさで。それに俺はいつもいつも、甘えてばっかで。

ふ…と小さく息をもらすみたいに笑えば、背後から聞きなれた声がする。

「おはー。って、お前ら方向一緒だったか?」

緑だ。

「んにゃ。咲良、昨夜俺んちに泊まったから、一緒に来ただけ」

佐々木がそう説明すると、「ずりぃ」と緑が佐々木の肩を俺の反対側から組む。

「俺だって佐々木んちに行きたいって、ずっと言ってんのによ。風呂めちゃ広いって聞いてから、行きたくてしゃあねえのにさ」

ガキみたいにわかりやすく口を尖らせて、文句を言っている。

「緑は、うちの風呂で泳ぎそうだから呼ばない」

「えぇーーっっ」

いつもの空気感に、こわばっていた体から力が抜けていく。

たまたま同じクラスになっただけの始まりのはずなのに、こうして過ごしてみたらずいぶんと救われてきたのかもしれない。

「ん? どした? 口元だけ笑ってるみたいに見えるけど」

隣からそう声をかけられれば、緑が俺の方を覗きこむようにして「あ、ほんとだ」と言われて。

「んな、わかりやすい口元だったか?」

なんだか恥ずかしくなって、左手で口元を隠しながら二人から顔を隠すようにそむける。

「うん。にやにやしてて、気持ち悪かった」

とかいう嫌なツッコミだけは、聞かなかったことにしよう。

「そういやさ、今日の学食がさ」

緑が佐々木に話しかけているのを耳に入れながら、俺の意識は白崎が上がっていっただろう学校の三階へ。

佐々木が言うように、今日はなにもアクションを起こさない方がいいんだろう。

メールでもなんでも、だ。

(白崎の隣にいたアイツ。あの様子だと、白崎からなにかしらの話を聞いたってことか)

まるで俺から守るみたいに去っていったアイツと白崎。

白崎に、俺がアイツの気持ちを知っていたってバレたってことで合ってるのかな。それとも、違う方向で誤解を生んだ? 俺のなにから守ろうとして、アイツはあんな態度を取ってたんだ?

(白崎にとって、アイツはどんな……)

俺にとってのみんなみたいなものなのか、極端な話でいえば佐々木みたいな居場所になってるのか。

(でも、少し前まではそんな感じの関係性に見えなかったのに)

アイツが白崎に対して、俺が抱いているものと似た感情をかかえているって気はした。

(なら、アイツにとっての現状は……チャンス?)

さっき目にした二人の姿が、脳内から消えない。

下駄箱から上靴を出して、靴を履き替える。結構のんびりきていたせいで、二階への階段をのぼりかけたタイミングで予鈴が鳴った。

横を緑が駆け足で横切っていく。

「お前ら、余裕ぶってんなよ。早く行くぞ」

って言い捨てて、あっという間にその姿は見えなくなってた。

すこしだけ浮上した気持ちは、本当で。でも、完全には浮上出来なくて。

「ほーら、行くぞ」

俺の歩調に合わせてか、佐々木がゆっくりと階段を上がっていく。

先に踊り場に一歩上がったと思えば、手を差し出してきて「行くよ?」と言う。

「……ありがとな」

かろうじて返せた例の言葉に「高くつくけどね」とか返してくる佐々木。

「…ふはっ」

思わず笑みが浮かび、ふきだした。

「そうして笑ってなよ。咲良は笑ってた方がいいんだから。こう…難しい顔してっと、このあたりからビームっぽいのが出そうな人相になるから」

言いながら、眉間を人差し指でグイグイ押してくる。

「出ねぇわ、んなもん」

俺たちが教室に着く頃、背後からいつものように靴を鳴らしながら担任がやってきた。

「俺とほぼ同タイって、余裕だな」

「はよざいます」

「おはようございます」

「おらっ。早く俺より先に入れ。じゃなきゃ、遅刻扱いにするぞ」

「へいへい」

こんなことを言いつつも、さりげなく速度を落としてくる担任に、佐々木が軽口をたたく。

本鈴の音が鳴り、俺は教室に入りながら天井を仰ぐ。

この上には、白崎の学年の階があるから。

席に着き、いつものように出欠をとり、一限目の準備をする。

四限目が体育だ。

授業中にいじらなきゃ、スマホは携帯しててもいいことになっているうちの学校。

バイブ設定も消して、音が鳴らないようにしてから制服のジャケットの内ポケットにスマホをおさめた。

(白崎にメッセージは送らない。会いに行かない。今日は何をどう伝えるかを考える)

授業を受けながら、頭の端っこで白崎を想う。

いつの間にかこんなにもアイツのことを考えてばかりだったんだな、っても気づいたりもして。

シャー芯が切れて、白崎と一緒に買いに行ったっけとも思い出して、横に掛けていたカバンに手を突っ込んで。

芯を補充しながら、くだらない雑談に愛想笑いのような笑みを浮かべて。

シャーペンを数回ノックすれば、入れ替える前のだろう短い芯がポロッと机に落ちる。

(一緒に買いに行ったときはまだ、普通に話せてたと思うのに)

思い出の物というには、ささやかすぎるのに。

(胸の奥の奥が、痛くて苦しい)

替え芯のケースを手のひらにのせると、自然と握りこんでいた。

胸の痛みをこらえるように、強く…強く……。





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