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「これが終わったら?」 3
しおりを挟む~黒木side~
雨。
あの日を思い出させるには十分な強い雨が、授業中に降り出した。
白崎との待ち合わせは、バス停。
(けど、このままじゃどっちかが濡れそうだな)
とか思いながら、ギリギリまで様子を見て、場所を変更しようかとぼんやり考えていた。
いつもなら白崎の方が早いのに、なかなか来ない。場所を変更しようとメールしかけて、生徒玄関近くで待ってみた。
「…来ないね、後輩ちゃん」
「ん」
別に一緒に待っていなくてもいいのに、見知った顔ぶれが白崎が来るのを同じように待っている。
そのうち生徒玄関に人が増えてきて、とりあえず外に出るかと考えてから。
「ちょっと待て。メールするから、場所変更の」
「あぁ、バス停って言ってたもんね。最初」
「そうそう。なのに、バス停じゃなく待ちきれないかのように生徒玄関で待ち伏せしているのがいるってな」
「理由があってバス停ってしたんだろうに」
「そうそう」
「表情に出てないだけで、結構楽しみにしてるんじゃないか? 白雪ちゃんと出かけるの」
「そうそう」
ただメールを送るって言って打ち込んでいる間に、俺を当事者じゃないみたいに好き勝手な感じで話が続いていく。
「お前らな……」
メールを送り終えて、下駄箱までブツブツ言いながら進んでいく。
靴を履き替えて生徒玄関を出てすぐ、壁にもたれ掛かりながら雨に濡れないようにアイツを待つ。
雨は少しずつ弱くなってきて、これくらいだったら店までの道も、のんびり歩きながらでもいいかもしれない。
バスに乗って行けば早く着くのはわかるけど、歩いていけない距離というわけでもない。
(だったら、その時間も白崎といろんな話を)
互いに傘をさしながら並んで歩くだろう自分らを想像して、自覚なく鼻歌を口ずさんでいた俺。
「ご機嫌だな、咲良」
遅れて現れた佐々木に囁かれたそれに、「なにがだ?」と返すほど気づかなかった。
「だってさ、さっきから鼻歌口ずさんでたよ? もしかして気づいてなかった?」
紫藤に指摘されても、「だからなにが?」と訝しむほど。
緑あたりがなんだか楽しげに俺を見ているけど、俺はそれどころじゃなくたった今震えたばかりのスマホでメールを開いていた。
『もうすぐ行きます』
だけのメール。なにかあったのか、それとも最近たまにあるやけに素っ気ないメールか。
(なんで急に素っ気なくなるんだろうな。どんな気持ちの時とか、何かやってる時とか。なんかわかればいいのに、聞けば執着してるみたいで聞けない)
俺は思っていたよりも、白崎に対してだけは甘くて、白崎にだけ関して知りたがりみたいだ。というか、んな感じに変わってきてしまった気がする。
これまでの恋愛において、相手に対してこういった感情を持ち合わせた記憶がないんだからさ。
(そう考えると、白崎って存在が、現時点ですでに特別枠って感じだな)
空は雨雲の隙間に晴れ間が見えだして、もうすぐ止むんじゃないかと思っただけで、妙な高揚感が俺を急かす。
(あー…。早くケーキ一緒に食いに行きてぇ。…っと、その前か後に書店にも一緒に)
待ち人に待たされる時間ですら、どこか楽しくて。勝手に顔がゆるむ。
「ね。まだ…付き合ってないんだよね? さくちゃんたち」
紫藤に囁かれて「余計なお世話だ」と言い返す。
「あんま、急かしたくねぇんだよ。俺は」
これよりもひどい雨の日の、あの告白。それを知っているだけに、白崎があの日のように俺に気持ちを伝えてくれる日が来ればとどこかで思ってる俺がいる。
告白をコッチからするつもりでもあるけど、それでも…だ。俺が言わせたみたいな感じになるのは避けたい。
(互いに素直になって、誰かが決めたことじゃなく自分の意思で自分の言葉で伝えあえたら)
どっか夢見がちとか言われそうなそれを、俺の胸の中で大事にしている。
「そんな呑気にしてられる状況がずっと続けばいいけどさー」
紫藤にそう言われ、紫藤に肩を組むように体重をかける佐々木からも「いつまで待てるやら」とか言われ。
「あのな…、お前ら」
ちょっと文句を言い返そうとしたその時だ。
かすかに聞こえてくる白崎の声。声だけで、まだ姿までは見えない。
誰かと話しているのが聞こえる。白崎の声は少し高めだからな。やけに俺の耳に届いてくる。
「…ん。来たんじゃない? 待ち人が」
言われるまでもなく気づいているぞと言わんばかりに、俺は口角を上げた。
俺に気づいた白崎へ小さく手をあげて見せ、こっちへと向かってくる白崎を待つだけだ。
“あとわずか”
脳裏にその言葉が浮かんだと同時だったはずだ。
不意に耳障りな声がした。
「鈴!」
それが誰の何を呼んだものかなんて、知らないはずがない。
俺が呼んだことのない、白崎の下の名前。
チリッと胸の奥に苛立たしい痛みが走る。その痛みを俺は味わったことがある。
(早くこっちに来い)
思わず手を差し出そうと考えたタイミングで、呑気な声で「なーに、ちー」と白崎が返した。
まるで幼なじみ同士の会話か何かみたいじゃないか。
同級生ゆえ、なのか? というか、どうして白崎は……。
(あんなに緊張感のない、すこし幼い印象のある笑顔を向けてるんだ? 本当に楽しげに、くだらないなぁとか言い出しそうな笑みを浮かべて)
きっとその笑みは、バンド仲間や佐々木と一緒にいる時に俺だって浮かべることがあるはずの笑顔。
(白崎にもそういうつながりが増えること自体は、俺だって応援してやりたいし、いいことだって思えるのに)
喉の奥がやたら熱い。
「さくちゃん、顔! 顔、気をつけないと、怖がらせちゃうかも」
紫藤の声が耳に入って、引き攣りかけた頬を手のひらでグイグイと強めに撫でて解す。
「白雪ちゃんは、悪気ないからな? そこ、わかってるよな?」
いつもなら面白がってる緑ですら、白崎を気づかうような言葉を吐いてくる。
「わかって…る、はず」
自分のことなのに、はず…とか付けてるあたり、とっくに頭に血が上りかけているのかもしれない。
(冷静に。それと、笑顔…笑顔…)
笑顔にしようと意識して笑ったことなんかないから、顔の筋肉が変な感じだ。
「…ぶっふ」
四苦八苦している俺を見て、赤井が笑う。
「お前な…」
「悪い、悪い。わざとじゃないんだって」
「…ちっ」
カッコ悪いなと思いながら傘を開き、別で折り畳み傘を開こうとした白崎の手を制して、俺の傘の中へと誘った。
じゃあとばかりに小さく手をあげて、みんなと距離を取る。
「あの…っ」
隣じゃ、白崎が普段以上に眉尻を下げて困った顔つきをしていた。
俺が名前を呼べば、いつものように元気に返事をするのに。これまでと何一つ変わってないのによ。
距離を物理的に縮めてみたり、白崎が真っ赤になって困るほどキスをしてみたり。二人の関係をこれまでとはどこか違うものに…と思わせることをしてきたけれど、言葉にしたわけでもなきゃ決定打になるキッカケは作っていない俺。
だから、先輩と後輩という立ち位置はきっと変わってないんだ。
焦りたくない、焦らせたくない。そう思いながらゆっくりと距離をこれまでとは違う近さにちかづけてきたはずだってのに…たった2歳の年齢差が、俺の足を引っ張る。
そして、俺を刺激する。
急いだ方がいいんじゃないか? と。
男二人で相合傘。悪目立ちするってわかってて、傘の中に誘った時のままに腕を引いて歩く。
「先輩?」
白崎が困った顔で、俺を何度も呼ぶ。
校門を出てバス停まで行き、そのまま俺は……。
「え? 先輩? バスに乗らないんですか?」
バス停を素通りしていく。
「そこまで遠いわけじゃない。雨も歩いて行ける範囲内だろ? こうやって一緒に歩きながら、いろいろ話すのも悪くないんじゃないか? それとも俺とは」
と言いかけて、一度、言葉を飲み込む。
『俺とは他愛ない話もしたくないのか?』
言いかけた言葉は、明らかに誰かへの嫉妬だ。それに気づいて飲み込んだ言葉を、白崎を横目で見てからやっぱり言うかと吐き出す。
「俺とは他愛ない話もしたくない?」
威圧するような感じが嫌で、語尾だけちょっと変えてから。らしくなく、甘えるように言ってみる。
飲み込んだ言葉をあえて口にしたのは、どうせ白崎のことだから俺のその言葉がアイツへの嫉妬だなんて考えつきもしないだろうと思えたからだ。
「そんなこと! 先輩とならどんな話だってしたいし、聞きたいです! 他の誰よりも先輩と話したいんです」
白崎らしいその言葉に内心ホッとしていたら、逆に無自覚な爆弾を落とされる。
「先輩と話をするたびに、知らなかった先輩を知っていく過程が好きなんです。でも…僕、話もしたいですけど、先輩とこうして一緒にいるだけで幸せだなってのでいっぱいになり過ぎちゃってて、あまり会話にならなくって困るんですよね。頭の中じゃ何から話そうとか、何をききたいとか…ものすごくおしゃべりなんですけど。脳内で言ってることが全部先輩に伝わればいいんですけどね。先輩のことが大好きすぎて、僕…伝えたいことがありすぎて、違う意味で言葉に出来ないんですよねー」
あふれ出したかのように、一気に話し出す白崎。その表情は、すこし頬が赤らんでいて目尻が下がっていて、可愛らしいとすら思えてしまう。
その表情もだが、たった今、白崎が口にした言葉をスルーすることが出来ない。
”先輩のことが大好きすぎて”
とか、白崎からさりげなく告白されているんだが、これはどうしたらいいんだ?
俺への気持ちが恋愛のそれだって知っていなきゃ、ここまで意識することもなかったんだろう。何も知らなきゃ、先輩としての好意だとしか取らなかったはず。
「あ…あぁ、そう、か」
そうか…じゃねぇよ。なんだ、そうかって。
どういうつもりで口にしたんだ? 告白のつもりか? それともそこまでのものじゃない?
告白をするってことに不慣れな自分を自覚しつつ、俺は生唾を飲んでから口を開いた。
「お…れも、好き…だぞ? 白崎…のこと」
大好きに対しての、好き。気づく? 気づかない? どっちだ。
「わあ! うれしい!」
返ってきたのは、まるで子どものように無邪気に喜ぶ声。
「僕、先輩の後輩でよかった!」
(…え? これ、どうとればいいやつだ?)
「あ、そういえば、先輩にお願いがあって」
(は? この話題、ここで終わりか?)
「行きか帰りのどっちかでかまわないんですけど、書店に行きたいんです。文房具系で足りないものがあって」
(え? 俺、話題を戻した方がいいのか? 戻さなくても問題ないのか?)
「…あ。でも先輩の方で都合が悪かったら、さっき一緒に来ていたクラスメイトが、別日に付き合ってくれるっていってたので、無理にはお願いしませんけど」
小さく混乱していた俺の意識を、白崎の次の話題が引き戻す。
「は? アイツとか!?」
思わず思ったことが思った感情そのままに、ポロッと口をついた。
「…え? 先輩、どうして怒って?」
戸惑い、足を止めたのは白崎。反応しきれなかった俺が数歩先を行き、振り返ると白崎は雨の中を困ったように佇んでいた。
「あ…っ、と。わ、悪い」
あわてて戻って、さっきと同じように白崎を傘の中へおさめる。
ポケットからハンカチを出して、わずかに濡れた顔や髪を拭く。
「……悪い」
俺がどんな顔をしているのかわからない。…けど、白崎をこのままになんて出来なくて、すこし腕をグイッと伸ばして頭のてっぺんあたりも拭いていると、その手を白崎がつかんできた。
「…ほんと、悪かった」
俺の手をつかんだまま、すこし視線をそらしている俺を白崎が見下ろしてるのを感じる。…のに、目を合わせられない。
傘にあたる雨の音だけが、やたら耳に入る。
(カッコ悪っっ)
そう思った瞬間、顔に熱を感じた。よけいに白崎の方を見れない。
この先をどうすればいいと悩んでいると、雨の音とは違う音が割り込んできた。
ファスナーだろう音が二回と、金属音に続いてバサッという音だ。
思わず顔を上げれば、俺の傘から白崎が出ようとしている。
「…あ」
ハンカチを持ったままの手が、宙に浮いている。
「やっぱりそれなりに大きい二人で、傘をひとつは…キツイですよ。…先輩」
白崎が言ってることは合ってるのに、うなずきたくない俺がいて。
「そうだけど…よ、でもっっ」
俺が上手く言葉を繋げられないままでいる隙に、白崎は自分の折りたたみ傘の中に収まって微笑んでいた。
「さっきお願いしたことは忘れてください。別日に行きます。…アイツとは行きませんから、安心してください」
そうして白崎の口から出たのは、俺が気にしたことへの配慮のような返事。
立ち止まっている俺を置いて、白崎がほんの少し先へと歩いていく。距離にして電柱一本分の間隔。
「先輩? 行かないんですか? お店」
何とも言えない不安に駆られてつつも、白崎へ俺は伝えた。
「……いや、行くけど、書店も寄らせてくれよ。実は俺の方から言おうと思っていたことだったから、ちょっとビックリしてた」
アイツと白崎が一緒に行くのを俺が止めたいってのと、俺自身も元々話そうとしていたのも事実だったから罪悪感は少なめだ。
そう白崎に伝えてから、付け加えてこう言った。
「白崎は何が足りなくなるんだ? まさか俺と一緒のもの…とか、ないよな? さすがに」
なんて話しながら、白崎が立ち止まっているところまで早足で急ぐ。
「……それじゃ、せーの…で言ってみましょうか」
さっきと変わらない表情で、白崎が微笑んだことにおかしな焦りを感じながらも、視線が合った瞬間に声をかけた。
「せー…の、シャー芯の替えとルーズリーフ!」
「シャーペンの替え芯と、オレンジの色ペン! あといろいろ」
同時に口にしたものの、示し合わせたかのように共通項があったことに素直に二人で喜んでから。
「はははっ。あといろいろって、なんだよ。…ふはっ。それじゃ、先に書店の方に行こうか」
それぞれの傘をさしつつ、雨の中を並んで歩き出す。
「そうしましょうか」
さっきまでのおかしな空気がどこか行ったみたいに、いたって普通の先輩と後輩らしい会話をしながら。
雨の音と白崎の声と雨を踏む靴の音を心地いいと感じつつ、俺は自分が思ったよりも白崎に惹かれていることを改めて自覚したんだ。
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