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閑話 眠れない夜は、誰のせい?
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~黒木side~
「もう寝るか……」
鳴らないスマホに飽きて、枕元にポンと放る。
白崎からメールで、俺への連絡が遅れるとだけ知らされて。
思ったよりも楽しめているのかもなと安心半分と、アイツが一緒なのか? と焦れた気持ちが半分。
白崎をクラスの打ち上げにへと送り出す前に緊張をほぐしてやりたかったついでで、一緒に楽しく過ごしたかった。
ただ、それだけだったりもした。
白崎と一緒にカラオケボックスに向かった先で、部屋に入る前にいたアイツ。
たしか、タカナシとかいうやつだ。
俺が花火に誘う前に白崎に告白していた。
まっすぐに、そして白崎へと押していったままにせず、白崎が困らない終わり方で日常に戻していた。
「まさかだけど、二人きりでどこか出かけていたりとか」
クラスの打ち上げが終わったら、帰宅して風呂に入るとかどうとかしたら電話が来るかもなって程度で予想してた。
だから『了解』としか返信しなかった。
誰かと一緒にいる時に、そんなに頻繁にスマホに触るとか白崎なら出来なさそうだ。もしくは真逆に振り切って、我関せずって感じで弄るかもしれないけど。
明日からはテスト準備期間扱いの時間割になる。強化担当によっては、自習時間を多めに取ってくれる。
白崎に渡した過去問は、アイツのことだから無駄にはしないだろう。
「まあ、テスト時期で分別しなおさなきゃいけないけどな。……言わなくてもやるだろうな、アイツなら」
部屋の明かりを消して、スマホのアラームを確かめて。
「……やっぱ来てねぇな」
スマホにいつになっても現れない、封筒のマーク。
「おやすみってだけ送っておくか」
一旦置きかけたスマホを手にして、短いメールを送る。
『今日は疲れただろ。そのうち話、聞かせろ』
労いと、俺自身も気になってる話をするためのキッカケを作る。
「そう…し、ん」
どうせ返信は来ないだろうと思って寝に入った俺へ、細かい振動がして受信を知らせる。
『ごめんなさい。また今度』
俺以上に短いメールが来て、なんだか変な感じがした。
『もう寝るのか』
もうちょっとだけ話をと送信したメールには『わかりません』とだけ。
楽しめなかったのか、何かあったのか。それか、別な問題が発生か、まさかのテスト勉強か。
『寝れなかったら、メールしてきてもいいからな?』
変な感じが拭いきれず、何かあった時の道をひとつ増やすつもりでメールを送る。
10分ほどの間の後に、白崎が送ってきたのは『はい』だけ。
いつもならアイツがどんな表情で送ってきているとか見えそうなのに、今日は見える気がしない。
これ以上のメールは送れない気がして、そっとスマホを戻す。
「……なんなんだ? モヤモヤする」
ハッキリしたいのに、今すぐは無理だ。白崎が線引きをした時は、すこし様子見をした方がいいことがある。
高校に入ってからの白崎を見ていて、特に気になった点がそれだ。
追いすぎると逃げていく。たとえるなら、そんな感じだな。
「……はあ。思ったよりも白崎に振り回されてるな、俺」
どこまで好きになれば、それは恋ですと決められる決まりはないはずで。
けれど、友人と後輩以上・恋人未満な現状の恋愛感情は、どれくらいあふれて抑えられなくなれば触れたい欲求をぶつけていいんだ?
男同士のヤり方は、知らない。なんとなくわかってはいるけど、実践したことはない。
「だいたい、同性を好きになったのも、白崎が初めてだしな」
元々異性が恋愛対象だったから、そういう方向での知識しかない。
男と女だったら、どっちが抱く抱かないって決まりきったようなところがある。
「俺らがヤるったら、どっちがどっちだ?」
自分を取り囲む交友関係の中には、白崎とのことを応援してくれているのやら緑みたいに面白がってるのもいる。
どいつもこいつも恋愛対象は異性ばかりで、その辺の話を詳しく聞ける相手じゃない。
ネットで見たところで、どこかリアル感がわかない気もして検索すらしていない。
健全といえば健全だけど、本気で白崎と付き合っていくつもりなら、体の関係がまったくないまま一生一緒になんていられるはずがない。
白崎がどの程度の性欲があるのかわからないけど、少なくとも俺は……。
「いつか……抱けたら」
身長は俺の方が低いけど、それでも俺の中にあるささやかなプライドめいたものが、そうしたいと訴えてくる。それと、なによりも……。
「白崎を気持ちよくしたいし、そうなった時の表情を……上から見たい」
と、そこまで考えてから、「…ん?」と別な違和感に気づく。
でも、その答えはすぐに出る。
「なんだよ…俺、とっくに白崎のこと、そういう対象で見ちゃってるんだろ?」
自問自答。
バフッと勢いづけて枕に顔を埋めて、じたじたと悶える。
(今日はいろんな意味で寝れる気がしねぇな)
震えないんだろうスマホを横目に、閉じるだけ目を閉じた。
~白崎side~
お腹いっぱいラーメンを食べて、小鳥遊に送ってもらいながら帰宅して。
「…あ、千優だっけ。ちーひーろ…ちひろ…。んー…やっぱ慣れる気がしないな」
うがいだの手洗いだのをして、さっさと自室へと引きこもって。
楽しく騒ぎながら歩いてきた帰り道。
いくら鈍い僕だって、そのすべてが小鳥遊の気づかいだってわかったんだ。
「好きになる人、好きになられる人…………嫌いじゃないけど、好きになれない人」
ベッドで壁を背にもたれかかり膝を立てて、その上に枕を乗っけて膝へ頭を乗せた。
「…はあ。あれ以上、何も言えなかった…よね」
バッグに入れっぱなしの、二枚のプリ。目を閉じれば、どんなものかがすぐさま脳裏に浮かぶほど。
「そういえばさっきのあのポーズって、何を意味しているんだろう」
傍らのスマホを手にして、そういうのを撮る時のポーズについて調べる。
例年流行っているポーズはいろいろあるけど、その中に小鳥遊と僕がしていたポーズをやっと見つけた。
「片想いハートっていうのに似てる? でも画像みたいに、僕は親指立ててなんかないし。けど、意味は…一緒なのかな」
先輩方と撮った時には、親指と人差し指をクロスするようにして作るって教えてもらったハート。ハードル低めの方が、初心者にはいいだろうって誰かが言いだしたんだったっけ。
よくわからない格好をさせられるよりは、わかりやすい上に可愛かった。特に黒木先輩が!
「電話……しなきゃ、ってわかってる…のにな」
こんな気持ちは初めてだ。
先輩の声が聞きたい。声が聞けなくても、文字のやり取りだけでもしたいのに。
「なにを報告すればいいのか、わかんないや」
わずかな交友関係は小鳥遊しかいないのに、さすがに本人にお前のことで悩んでるんだけどって言えない。
そして、先輩に小鳥遊とのことを話すことが、まるで妬いてほしがっているみたいでなんだか嫌だ。
「先輩が僕が誰と一緒にいたって、やきもちなんか焼くはずないのにな」
そう言いかけて、学校祭の花火直前のやりとりを思い出した。
ギリギリだった僕。小鳥遊が送ってくれて、じゃあねって別れた直後に先輩が告げた言葉はなんだっけ。
先輩が僕にくれた言葉は忘れたくないのに、どうしてかな。すぐに思い出せない。
あの花火大会の時は、先輩から手をつながれたりとかキャパオーバーなことが多かったからかな。
「なんだっけ……、やきもちっぽかった気がするけど、違ったら自分に都合いい記憶への改ざんでしかない」
思い出せない。
思い出したいのに、どうしてか出てこない。
しばらくうなっていたら、スマホが震えて受信を知らせた。
スマホの時間を見れば、結構遅くなったなとため息をつく。
『ごめんなさい。また今度』
今の僕が送れる精いっぱいのメール。今日はこれ以上のやりとりをすれば、犯人とかじゃないのに自白でも自爆でもしそうで怖い。
『もう寝るのか』
これは、メールのお誘いなのかな。って思うような文面に、低い声を出して唸る。
頭を抱えて、しばらくしてから『わかりません』とだけ送信。
「素っ気なすぎる! 絶対に気分を害させたよ! どうしよう」
そう思う反面、自白も自爆もしたくない。しない自信がない。
数分してからスマホが静かになって、ちょっとだけホッとした瞬間、わざとか? ってタイミングでスマホが震えた。
『寝れなかったら、メールしてきてもいいからな?』
これって、今日…話が聞きたいってことかな。いや、でも……今日はとてもじゃないけど話したいことと話せることの整理が出来ない。
迷いに迷って『はい』とだけ返してから、ベッドに置いたスマホに土下座をする。
「ほんっとうに! 申し訳ないです! ごめんなさい! 咲良先輩」
無理なものは無理。
出来ればこれでメールが終わりますようにと念じながらの、『はい』だったんだ。
その後、30分を過ぎてもスマホは無音だ。震えもしない。
ホッとした自分に、わずかな怒りを感じつつ、それでも今日は仕方がないよと慰めもして。
「このまま眠くなるまで、過去問をテスト別で分けておこうかな。明日以降は、テスト勉強に時間を割かなきゃだしな」
トートバッグに詰められた、先輩方からのプレゼント。
引き出しからダブルクリップをいくつかと、大きめのゼムクリップをケースごと取り出す。
これまでしてこれなかったことが、高校に入学してから一気に増えていく。嬉しいような、怖いような。矛盾の感情。
歓喜に近いほどの感情に、一歩後ずさりたくなるような臆病な感情。
いろんな事が起きるたびにわいてくる心に、ひとつひとつ向き合いながら付きあえる相手を増やしていけばいいってわかるのに。
「三年間が通り過ぎていけば、咲良先輩たちみたいなつながりがこの手にあるのかな」
自信は、ない。
小鳥遊とだって学校祭のことがなきゃ、会話をすることもあったか不明だし、名前だって興味を持たなかったかもしれない。
「学校祭の時と、今日と。どっちも名前絡みだけど、俺って結構失礼な人間なんだな。……先輩以外、なんにも興味を持たずに来ちゃったんだな。小鳥遊が言ったとおりだ」
学校祭の時に言われたっけ。僕の中には先輩しかいないのか、って。
それで生きてこれた。問題なかった。
だけど、先輩もちょっとずつ付きあえる相手が増えたらいいなって言ってくれていた。過去問は僕のためでもあって、僕が誰かとつながれるかもしれないアイテムにもなる。
それが同級生か後輩か、どんな縁がつながっていくのか今はまだ見えなくても。
パサ…パサ…と過去問を分けていけば、先輩のクセ字が目を惹く。
「特徴的で…好きですよ? 先輩」
他の誰にも感じない感情は、やっぱり恋愛の枠でいいはず。憧れも含めての、恋愛感情だ。
あの日、どこからがファーストキスになるのかって確認のようなキスをされて。
初めてのキスがあんなに刺激的なものになるなんて、予想すらしていなかった。
あれからキスをするようなことなんか、当たり前だけどあるはずもなく。間接キスみたいな、回し飲み程度はあったりなかったり。
小鳥遊は、僕のことを恋愛対象だと言った。二度目の告白は、さすがになかった風に出来ない。
「僕にはあんな感じで先輩に告白出来ないな」
残り数枚のプリントを手にしていた動きが、思わず止まる。
あっけらかんとして、それでいてまっすぐに疑う余地のない告白。
罰ゲームでもなく、嘘でもなく。小鳥遊の、本気の本音。
恋愛対象ってことは、小鳥遊は僕とどう付き合っていきたいんだ?
「手はつないだ。一緒にラーメン食べに行った。学校祭の時に着替え手伝ってもらったりした。音楽室まで送ってくれたりもした。……でも、それ…友達でもやるよな」
手のつなぎ方は変わるのかな、よく聞く恋人つなぎとか。
寝る前、起きた時。最初に顔が見たい、声が聞きたいって思うのが、好きな人って聞いたことがある。
今のところ、僕にとってのそれは咲良先輩。
小鳥遊は何かをする時に、僕を思い浮かべるって言っていたっけ。
それもある種、好きの形なのかな。
プリントをテストごとに分けたのを、名前ごとでゼムクリップでまとめて、それらを更にダブルクリップでまとめる。
その中から、今回のテストのだけを机に乗っけてから、他のをまとめて避けておく。
「小鳥遊。過去問あるよって言ったら、喜ぶかな」
机の上の過去問をめくって、黒木咲良と書かれた名前の上を指でなぞる。
あれだけのテストを積み重ねてやっていけば、きっと先輩とのお別れはまたすぐなんだ。
卒業式前日に会いに来てくれたあの日は、自分の中ではちっとも遠くないのに。
「時間は待ってくれないんだよね、また」
中学校の時だって、あっという間に先輩はいなくなった。その代わり、連絡が取れない間はものすごく長く感じたっけ。
先輩はあの空白にも等しい時間を埋めたいって言ってくれていた。
「なんか、あの日が懐かしいとか思えちゃう」
埋まっているのか、埋まりすぎてあふれちゃってるのか。時々わからなくなるんだ。
過去問だって、その埋め合わせの一つなのかもしれないし。
「……がんばらなきゃ、な。先輩方の好意に甘えっぱなしになるんじゃなくて、ちゃんと有効活用して、恥ずかしくない結果を出したい」
指先でプリントをめくって、息を吐く。
「眠れないなら、勉強でもしようかな」
眠ることを諦めて、部屋を出ていってから。
「どうしたの?」
なんて声をかけてきた弟に小さく微笑んでから、電気ケトルでお湯を沸かす。
その間に紅茶のティーバッグの準備をして、冷蔵庫からは牛乳を出しておいて。
「それからフタ代わりのお皿かなにかを……」
先輩直伝のミルクティーの準備をして、部屋へと持っていく。
「今度、教えてね。作り方」
って弟にせがまれて一口飲ませたら頼まれたけど、視線だけ投げて返事はしない。
手をヒラヒラさせて、リビングを出て行く。
廊下を歩きながら一口飲んで、ふう…と一息ついた。
「先輩直伝のこれは、僕の癒しだな」
顔がゆるんでしまうのは、仕方がないことで。
「…さ。がんばろう! っと」
部屋の明かりを落として、机の明かりだけにして。
先輩がよくかけて勉強をしているっていう、あのクラシック曲も聴きながら。
「予備のルーズリーフは、たしか…」
先輩を思い出せるもので自分を囲み、シャーペンを手にした。
「もう寝るか……」
鳴らないスマホに飽きて、枕元にポンと放る。
白崎からメールで、俺への連絡が遅れるとだけ知らされて。
思ったよりも楽しめているのかもなと安心半分と、アイツが一緒なのか? と焦れた気持ちが半分。
白崎をクラスの打ち上げにへと送り出す前に緊張をほぐしてやりたかったついでで、一緒に楽しく過ごしたかった。
ただ、それだけだったりもした。
白崎と一緒にカラオケボックスに向かった先で、部屋に入る前にいたアイツ。
たしか、タカナシとかいうやつだ。
俺が花火に誘う前に白崎に告白していた。
まっすぐに、そして白崎へと押していったままにせず、白崎が困らない終わり方で日常に戻していた。
「まさかだけど、二人きりでどこか出かけていたりとか」
クラスの打ち上げが終わったら、帰宅して風呂に入るとかどうとかしたら電話が来るかもなって程度で予想してた。
だから『了解』としか返信しなかった。
誰かと一緒にいる時に、そんなに頻繁にスマホに触るとか白崎なら出来なさそうだ。もしくは真逆に振り切って、我関せずって感じで弄るかもしれないけど。
明日からはテスト準備期間扱いの時間割になる。強化担当によっては、自習時間を多めに取ってくれる。
白崎に渡した過去問は、アイツのことだから無駄にはしないだろう。
「まあ、テスト時期で分別しなおさなきゃいけないけどな。……言わなくてもやるだろうな、アイツなら」
部屋の明かりを消して、スマホのアラームを確かめて。
「……やっぱ来てねぇな」
スマホにいつになっても現れない、封筒のマーク。
「おやすみってだけ送っておくか」
一旦置きかけたスマホを手にして、短いメールを送る。
『今日は疲れただろ。そのうち話、聞かせろ』
労いと、俺自身も気になってる話をするためのキッカケを作る。
「そう…し、ん」
どうせ返信は来ないだろうと思って寝に入った俺へ、細かい振動がして受信を知らせる。
『ごめんなさい。また今度』
俺以上に短いメールが来て、なんだか変な感じがした。
『もう寝るのか』
もうちょっとだけ話をと送信したメールには『わかりません』とだけ。
楽しめなかったのか、何かあったのか。それか、別な問題が発生か、まさかのテスト勉強か。
『寝れなかったら、メールしてきてもいいからな?』
変な感じが拭いきれず、何かあった時の道をひとつ増やすつもりでメールを送る。
10分ほどの間の後に、白崎が送ってきたのは『はい』だけ。
いつもならアイツがどんな表情で送ってきているとか見えそうなのに、今日は見える気がしない。
これ以上のメールは送れない気がして、そっとスマホを戻す。
「……なんなんだ? モヤモヤする」
ハッキリしたいのに、今すぐは無理だ。白崎が線引きをした時は、すこし様子見をした方がいいことがある。
高校に入ってからの白崎を見ていて、特に気になった点がそれだ。
追いすぎると逃げていく。たとえるなら、そんな感じだな。
「……はあ。思ったよりも白崎に振り回されてるな、俺」
どこまで好きになれば、それは恋ですと決められる決まりはないはずで。
けれど、友人と後輩以上・恋人未満な現状の恋愛感情は、どれくらいあふれて抑えられなくなれば触れたい欲求をぶつけていいんだ?
男同士のヤり方は、知らない。なんとなくわかってはいるけど、実践したことはない。
「だいたい、同性を好きになったのも、白崎が初めてだしな」
元々異性が恋愛対象だったから、そういう方向での知識しかない。
男と女だったら、どっちが抱く抱かないって決まりきったようなところがある。
「俺らがヤるったら、どっちがどっちだ?」
自分を取り囲む交友関係の中には、白崎とのことを応援してくれているのやら緑みたいに面白がってるのもいる。
どいつもこいつも恋愛対象は異性ばかりで、その辺の話を詳しく聞ける相手じゃない。
ネットで見たところで、どこかリアル感がわかない気もして検索すらしていない。
健全といえば健全だけど、本気で白崎と付き合っていくつもりなら、体の関係がまったくないまま一生一緒になんていられるはずがない。
白崎がどの程度の性欲があるのかわからないけど、少なくとも俺は……。
「いつか……抱けたら」
身長は俺の方が低いけど、それでも俺の中にあるささやかなプライドめいたものが、そうしたいと訴えてくる。それと、なによりも……。
「白崎を気持ちよくしたいし、そうなった時の表情を……上から見たい」
と、そこまで考えてから、「…ん?」と別な違和感に気づく。
でも、その答えはすぐに出る。
「なんだよ…俺、とっくに白崎のこと、そういう対象で見ちゃってるんだろ?」
自問自答。
バフッと勢いづけて枕に顔を埋めて、じたじたと悶える。
(今日はいろんな意味で寝れる気がしねぇな)
震えないんだろうスマホを横目に、閉じるだけ目を閉じた。
~白崎side~
お腹いっぱいラーメンを食べて、小鳥遊に送ってもらいながら帰宅して。
「…あ、千優だっけ。ちーひーろ…ちひろ…。んー…やっぱ慣れる気がしないな」
うがいだの手洗いだのをして、さっさと自室へと引きこもって。
楽しく騒ぎながら歩いてきた帰り道。
いくら鈍い僕だって、そのすべてが小鳥遊の気づかいだってわかったんだ。
「好きになる人、好きになられる人…………嫌いじゃないけど、好きになれない人」
ベッドで壁を背にもたれかかり膝を立てて、その上に枕を乗っけて膝へ頭を乗せた。
「…はあ。あれ以上、何も言えなかった…よね」
バッグに入れっぱなしの、二枚のプリ。目を閉じれば、どんなものかがすぐさま脳裏に浮かぶほど。
「そういえばさっきのあのポーズって、何を意味しているんだろう」
傍らのスマホを手にして、そういうのを撮る時のポーズについて調べる。
例年流行っているポーズはいろいろあるけど、その中に小鳥遊と僕がしていたポーズをやっと見つけた。
「片想いハートっていうのに似てる? でも画像みたいに、僕は親指立ててなんかないし。けど、意味は…一緒なのかな」
先輩方と撮った時には、親指と人差し指をクロスするようにして作るって教えてもらったハート。ハードル低めの方が、初心者にはいいだろうって誰かが言いだしたんだったっけ。
よくわからない格好をさせられるよりは、わかりやすい上に可愛かった。特に黒木先輩が!
「電話……しなきゃ、ってわかってる…のにな」
こんな気持ちは初めてだ。
先輩の声が聞きたい。声が聞けなくても、文字のやり取りだけでもしたいのに。
「なにを報告すればいいのか、わかんないや」
わずかな交友関係は小鳥遊しかいないのに、さすがに本人にお前のことで悩んでるんだけどって言えない。
そして、先輩に小鳥遊とのことを話すことが、まるで妬いてほしがっているみたいでなんだか嫌だ。
「先輩が僕が誰と一緒にいたって、やきもちなんか焼くはずないのにな」
そう言いかけて、学校祭の花火直前のやりとりを思い出した。
ギリギリだった僕。小鳥遊が送ってくれて、じゃあねって別れた直後に先輩が告げた言葉はなんだっけ。
先輩が僕にくれた言葉は忘れたくないのに、どうしてかな。すぐに思い出せない。
あの花火大会の時は、先輩から手をつながれたりとかキャパオーバーなことが多かったからかな。
「なんだっけ……、やきもちっぽかった気がするけど、違ったら自分に都合いい記憶への改ざんでしかない」
思い出せない。
思い出したいのに、どうしてか出てこない。
しばらくうなっていたら、スマホが震えて受信を知らせた。
スマホの時間を見れば、結構遅くなったなとため息をつく。
『ごめんなさい。また今度』
今の僕が送れる精いっぱいのメール。今日はこれ以上のやりとりをすれば、犯人とかじゃないのに自白でも自爆でもしそうで怖い。
『もう寝るのか』
これは、メールのお誘いなのかな。って思うような文面に、低い声を出して唸る。
頭を抱えて、しばらくしてから『わかりません』とだけ送信。
「素っ気なすぎる! 絶対に気分を害させたよ! どうしよう」
そう思う反面、自白も自爆もしたくない。しない自信がない。
数分してからスマホが静かになって、ちょっとだけホッとした瞬間、わざとか? ってタイミングでスマホが震えた。
『寝れなかったら、メールしてきてもいいからな?』
これって、今日…話が聞きたいってことかな。いや、でも……今日はとてもじゃないけど話したいことと話せることの整理が出来ない。
迷いに迷って『はい』とだけ返してから、ベッドに置いたスマホに土下座をする。
「ほんっとうに! 申し訳ないです! ごめんなさい! 咲良先輩」
無理なものは無理。
出来ればこれでメールが終わりますようにと念じながらの、『はい』だったんだ。
その後、30分を過ぎてもスマホは無音だ。震えもしない。
ホッとした自分に、わずかな怒りを感じつつ、それでも今日は仕方がないよと慰めもして。
「このまま眠くなるまで、過去問をテスト別で分けておこうかな。明日以降は、テスト勉強に時間を割かなきゃだしな」
トートバッグに詰められた、先輩方からのプレゼント。
引き出しからダブルクリップをいくつかと、大きめのゼムクリップをケースごと取り出す。
これまでしてこれなかったことが、高校に入学してから一気に増えていく。嬉しいような、怖いような。矛盾の感情。
歓喜に近いほどの感情に、一歩後ずさりたくなるような臆病な感情。
いろんな事が起きるたびにわいてくる心に、ひとつひとつ向き合いながら付きあえる相手を増やしていけばいいってわかるのに。
「三年間が通り過ぎていけば、咲良先輩たちみたいなつながりがこの手にあるのかな」
自信は、ない。
小鳥遊とだって学校祭のことがなきゃ、会話をすることもあったか不明だし、名前だって興味を持たなかったかもしれない。
「学校祭の時と、今日と。どっちも名前絡みだけど、俺って結構失礼な人間なんだな。……先輩以外、なんにも興味を持たずに来ちゃったんだな。小鳥遊が言ったとおりだ」
学校祭の時に言われたっけ。僕の中には先輩しかいないのか、って。
それで生きてこれた。問題なかった。
だけど、先輩もちょっとずつ付きあえる相手が増えたらいいなって言ってくれていた。過去問は僕のためでもあって、僕が誰かとつながれるかもしれないアイテムにもなる。
それが同級生か後輩か、どんな縁がつながっていくのか今はまだ見えなくても。
パサ…パサ…と過去問を分けていけば、先輩のクセ字が目を惹く。
「特徴的で…好きですよ? 先輩」
他の誰にも感じない感情は、やっぱり恋愛の枠でいいはず。憧れも含めての、恋愛感情だ。
あの日、どこからがファーストキスになるのかって確認のようなキスをされて。
初めてのキスがあんなに刺激的なものになるなんて、予想すらしていなかった。
あれからキスをするようなことなんか、当たり前だけどあるはずもなく。間接キスみたいな、回し飲み程度はあったりなかったり。
小鳥遊は、僕のことを恋愛対象だと言った。二度目の告白は、さすがになかった風に出来ない。
「僕にはあんな感じで先輩に告白出来ないな」
残り数枚のプリントを手にしていた動きが、思わず止まる。
あっけらかんとして、それでいてまっすぐに疑う余地のない告白。
罰ゲームでもなく、嘘でもなく。小鳥遊の、本気の本音。
恋愛対象ってことは、小鳥遊は僕とどう付き合っていきたいんだ?
「手はつないだ。一緒にラーメン食べに行った。学校祭の時に着替え手伝ってもらったりした。音楽室まで送ってくれたりもした。……でも、それ…友達でもやるよな」
手のつなぎ方は変わるのかな、よく聞く恋人つなぎとか。
寝る前、起きた時。最初に顔が見たい、声が聞きたいって思うのが、好きな人って聞いたことがある。
今のところ、僕にとってのそれは咲良先輩。
小鳥遊は何かをする時に、僕を思い浮かべるって言っていたっけ。
それもある種、好きの形なのかな。
プリントをテストごとに分けたのを、名前ごとでゼムクリップでまとめて、それらを更にダブルクリップでまとめる。
その中から、今回のテストのだけを机に乗っけてから、他のをまとめて避けておく。
「小鳥遊。過去問あるよって言ったら、喜ぶかな」
机の上の過去問をめくって、黒木咲良と書かれた名前の上を指でなぞる。
あれだけのテストを積み重ねてやっていけば、きっと先輩とのお別れはまたすぐなんだ。
卒業式前日に会いに来てくれたあの日は、自分の中ではちっとも遠くないのに。
「時間は待ってくれないんだよね、また」
中学校の時だって、あっという間に先輩はいなくなった。その代わり、連絡が取れない間はものすごく長く感じたっけ。
先輩はあの空白にも等しい時間を埋めたいって言ってくれていた。
「なんか、あの日が懐かしいとか思えちゃう」
埋まっているのか、埋まりすぎてあふれちゃってるのか。時々わからなくなるんだ。
過去問だって、その埋め合わせの一つなのかもしれないし。
「……がんばらなきゃ、な。先輩方の好意に甘えっぱなしになるんじゃなくて、ちゃんと有効活用して、恥ずかしくない結果を出したい」
指先でプリントをめくって、息を吐く。
「眠れないなら、勉強でもしようかな」
眠ることを諦めて、部屋を出ていってから。
「どうしたの?」
なんて声をかけてきた弟に小さく微笑んでから、電気ケトルでお湯を沸かす。
その間に紅茶のティーバッグの準備をして、冷蔵庫からは牛乳を出しておいて。
「それからフタ代わりのお皿かなにかを……」
先輩直伝のミルクティーの準備をして、部屋へと持っていく。
「今度、教えてね。作り方」
って弟にせがまれて一口飲ませたら頼まれたけど、視線だけ投げて返事はしない。
手をヒラヒラさせて、リビングを出て行く。
廊下を歩きながら一口飲んで、ふう…と一息ついた。
「先輩直伝のこれは、僕の癒しだな」
顔がゆるんでしまうのは、仕方がないことで。
「…さ。がんばろう! っと」
部屋の明かりを落として、机の明かりだけにして。
先輩がよくかけて勉強をしているっていう、あのクラシック曲も聴きながら。
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