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A._______ 2
しおりを挟む~白崎side~
「あー…うるせぇな…、ちょっと待てって」
ナンパみたいな言葉の後に、先輩が誰かに話しかけている。
「誰かと一緒なんですか? 今、俺たちって言ってましたけど」
集中して聞き耳を立ててみれば、先輩の後ろの方からいろんな声や音が聞こえていて。
「白雪ちゃーん」
とか言ってる人もいて、その声は聞いたことのある声だった。
「あの、もしかしてバンドの時に一緒にやってた…」
なんて言いかけると「まぁな」と明るい声がする。
「遊ぶっていうのは正解のようで不正解なんだけどよ、遊び半分と勉強半分? …っと、ほんとにうるせぇな」
「俺たちとあっそぼ! ってか、今から黒木んちにしゅーごー!」
「おいでよー、黒木んちだけど」
「俺んちで悪いような言い方はやめろ」
「は? んなこといってませーん」
「ぎゃははっ。ケンカか。面白っ。もっとやれー」
「あー…もう、マジでうるせぇ。…って、白崎、聞こえてるか?」
先輩の家にいるのかな、この時点で。
「今、みなさん…先輩の家に集まってるんですか?」
確認をするように聞けば「あぁ」とだけ返ってくる。
「遊びの方を先にするか、後にするか。それで揉めててな。勉強の方を先にしてご褒美で遊ぶか。先に遊んでテンション上げてから勉強か。…お前ならどっちだ?」
そういうことかと思いつつ、いつもの癖で先輩に問いかける。
「先輩はどっち派ですか?」
自分がないわけじゃないけど、先輩の好みに添いたい、合わせたい。一緒がいい。――それだけの話。
「俺は勉強が先、遊びは後」
という声に、やっぱりそうかと自分の中の先輩の思考が合っていたことに顔を崩した。
(本当にこの場に先輩がいなくってよかったー。今、きっと見せられないよ。こんな顔)
「一緒ですね、僕と」
あえて先輩と一緒という言い方をせず、自分の意見っぽく伝える。
「…だろ? 遊び出したら、勉強なんかしたくなくなりそうだしな」
「あはは。よくわかります」
なんて二人で話していると、先輩の背後からまた声がして話し合いらしいのが聞こえた。
最終的に勉強会の場所を提供することになった先輩の意向に副う格好にしたらしい。
「勉強会の時間帯は、僕は行かない方がいいんじゃないですか? お邪魔になるでしょう?」
勉強会の趣旨を明かされていないけど、時期的に学校祭直後にあるテストの対策なんだと思っている。
そこに一年生の僕が行くのは、何か違う気がしてしまうし、本当に邪魔をしたら申し訳ない。
「あ。勉強の時間帯にはお邪魔しないで、差し入れだけしに行きますよ。遊びの時にお邪魔してもいいなら、お邪魔したいです」
小鳥遊含めてクラスメイトとの打ち上げには返信を渋るほどなのに、先輩に会えるかもしれないと思っただけで簡単にうなずいてしまう僕。
「いいから来いよ、白崎。遊びの方よか、どっちかっていうと勉強会の方で特にお前に用があるんだ」
先輩の口から出たのは予想外の話だ。
「え……だって学年が二年も違うのに?」
先輩たちは受験の年だ。テストの一つ一つが大事なんじゃなかったっけ?
「いいから来い。……それとも、やっぱりクラスメイトとの打ち上げに行くのか?」
なんて言われて「行かないです!」と勢いよく返事をしてしまった。
「今回行かなかったとしても、さっき言っていたみたいにいずれ…な?」
これからの僕を心配させてしまったのかな、もしかして。
「いずれ、です。今はまだ…ちょっと」
小鳥遊たちと先輩たちの二択だから選んだんじゃなく、今はまだそこまでクラスに馴染むのは自分の中で難しいだけだ。
「いつか行けるようにがんばりますって、先輩」
「…おう」
短く返事をしてきた先輩の顔が見えそうだ。自然と笑顔になる。
「じゃあ、今から俺んちに集合な。って言っても、お前以外はほぼ来てるんだけど」
「本当に行ってもいいんですか?」
これでもかってくらい再確認をすると、「なるはやで来い。ちゃんと勉強道具持参でな」と言われた後に「じゃあ、後で」という言葉で締めくくられて電話は切れた。
スマホを胸に抱き、胸の中のホワホワしたものをふぅ…と吐き出す。
「ひどいかもしれないけど、自分の気持ちに素直にならせてもらおう」
バタバタと片づけをして、部屋に急いで上がって準備をする。
勉強の後に遊びに行くって言ってたから、多少のお小遣いは持っていこう。
鏡の前で何度も服装を確かめる。
これでいいのかな、と。
濃い目のグレーのフーディーに、黒地のイージーパンツっていうんだっけ。楽な感じのデニムパンツだ。
ふわふわしたままの髪に、ちょっとだけワックスを使って分け目だけクセをつけて。
「あぁ…今、ここに弟がいたらいいのに」
自分よりもその手の情報に強い誰かがいないせいで、こういう時に簡単に不安でいっぱいになってしまう。
中学じゃ、スマホは学校に持ち込み禁止だもんな。…聞くに聞けない。
「変じゃない、はず」
何度も鏡を見て、髪をいじって、持ち物を確かめて。
胸の中がほわっと温かいもので満たされていく。幸せな振替休日だ。
「…ふふ」
スマホを握り、ボディバッグに財布とか鍵とか最低限の物を入れてファスナーを閉めた。
それから勉強関係は、トートバッグにポンポン入れていく。ペンケースも忘れずに持って、っと。
玄関で靴を悩んでいると、スマホが震える。
「先輩、どうかしたのかな」
ろくに画面も見ずに、通話のマークを横にズラしたと同時に耳にスマホをあてる。
「もしもー…」
し。
と、言いかけた僕の耳に「白崎?」と思っていなかった声じゃないものが聞こえた。
「…誰だっけ」
スマホを耳から離し、画面を確かめる。
「小鳥遊…か」
ボソッと呟いたものは、しっかりその声を拾われていたらしい。
「小鳥遊か、じゃねぇよ。白崎。なんで打ち上げこねぇの? 今日の打ち上げの主役だろ?」
うっかりした。
小鳥遊からだってわかっていたら、電話に出ない選択をしたのに。
「主役だなんて聞いてないし、昨日まで頑張ったんだから今日はゆっくりさせてよ。終わってまでも拘束しないで?」
ちょっとイラっとしたのを隠せず、ため息まじりに言葉にしてしまった。
(なんでか小鳥遊には汚い感情をぶつけがちになるな)
言ってもなかなか引いてくれないと思いつつも、何も言わずにはいられなかった。
「初めての学校祭で特別賞をもらえたのは、お前のがんばりだってのはみんなが認めてる。だからこそ、お前のためにも打ち上げをしたいんだって。みんなで一緒に。…来年も同じメンツなんだから、来年もがんばろうっていうのにもなるんだから、顔だけでも出せよ。…何か用でもあるのか?」
予想通りで、こっちが言ってることを聞いてるようで聞いてくれてない気がする。
「あるよ、用事。なんなら、今、出かけるところだった」
そう言いながら、靴を履いて玄関を出る。鍵をかけてから、ドアノブを回してみて確認をした。
「え? 俺たちとの約束よりも先約なんてあったか?」
いや。そもそもで、行くなんて一言も言ってないんだけどね。僕。
なんて思いながら、先輩の家に向かって歩き出す。
「なんで僕のスケジュールを小鳥遊に教えとかなきゃいけないの? 僕ら、そんな関係?」
やんわりと責めるようにそう告げれば「違うけど…そうじゃねぇだろ」と尚も僕を呼びたがる。
「勉強をしに行くの、これから。学校祭明けてから、大したしないうちにテストがあるだろ? それ対策だよ」
嘘は言っていない。むしろ半分は正解だ。
「はぁ? 昨日の今日で、もうテスト勉強を真面目にやるって? ……お前、そんなんで高校生活窮屈すぎないか?」
小鳥遊のその言葉に、これから向かう場所での勉強会じゃなく、学校祭の準備期間に自分がしていたことを思い出す。
「今日だけじゃなくても、準備期間だって勉強していたけど? じゃなきゃ、テスト勉強期間が足りなくなるって思っていたからね」
これも嘘じゃない。赤点を取るとか、カッコ悪い自分を見せたくない。知られたくない。ならば、赤点を取らなきゃいい。
「窮屈とか思ったことないよ。自分がやりたくてやってるんだから、好きにさせてよ」
ハッキリとそう言い切ると、やや間があった後に「わかった」と小鳥遊の小さな声がした。
「もしも…街に出ることがあって、お前のこと見かけたら声かけるくらいはいいんだろ?」
「街に行くかはわからないから、安易なことは言わないでね? みんなに」
「……言わねぇよ。じゃあ、またな」
「うん。またね、小鳥遊」
「…ん」
通話を切って、スマホをボディバッグにしまって早歩き。
小鳥遊に悪気はない、きっと。それでも邪魔をされた。邪魔っていうか、水を差された感じだ。
「せっかく気持ちがいい感じに上がっていたのにな」
タタタタッと変わりかけた信号を走って渡り、ショートカットで公園を横切る。
途中にあるコンビニでちょっとしたお菓子の大袋ものを一つ買う。
少しずつ気持ちを戻していく。先輩と話し終えた時になるべく近くなるようにと、意識をして。
先輩と話してから、思ったよりも時間が経ってしまったかもしれない。
やっと着いた先輩の家のドア前で、何度も深呼吸をする。
(昨日の今日だから、まだキスの余韻が特に頭の中に残ってる気がする。ちゃんと普通に話せるかな)
そろそろとインターホンのボタンを押すと、「開いてるよー」と誰かの声で返事があった。
ドアノブを捻れば、確かに開いている。
「オジャマシマース」
緊張しながら、何とかそれだけ言いつつ入っていく。
玄関に大きな男物の靴ばっかりで、ごちゃごちゃしてる。
ささっと靴を並べ直し、自分の靴を端の方で脱いでから上がって行く。
(きっと先輩だったら、同じようにキレイに片づけるはずだ)
面倒見がいい先輩のことだ。そういうことを、どこそこの家でやっているかもしれない。
そんな先輩を見てきた僕だから、こういう時にも真似しちゃうんだよね。きっと。
「…ふふ」
思わず顔がゆるんでしまう。
先輩の部屋へは一旦リビングを通っていかなきゃ入れない部屋の造りだ。
リビングに入った時点で、話したことがある先輩がキッチンにいるのが見えた。
「遅っ」
と言われて、「すみません」と頭を下げる。
「って、冗談だ。気にすんなー」
そう言ってから軽く手を振って、先輩の部屋へと先に向かってしまう。
たしか…一人だけ下の名前が色の名前の…。
(緑、だっけ)
その先輩が部屋に入ったのと入れ替わったかのように、別の先輩がグラスを手に出てきた。
「あ。俺のこと、憶えてる?」
なんて、顔を見るなり聞いてきたこの先輩は…えっと。
「し、どう…先輩でしたっけ」
「お。憶えてたか。よしよし、いい後輩だな。うん。黒木は部屋だぞ。俺は飲み物なくなったから、他にないか探しに行くとこだ」
飲み物も買ってきたらよかったかな、もしかして。
「飲み物持ってきてやるよ。…何がいい?」
そう聞かれても、何があるのかわからないのに答えようがないんだけどな。
「あー…えっと、どうしよう…かな」
前に泊まった時、お茶っぽいものだけはあったような。
「自分で取りに行きますよ。鞄だけ先に置いてきてもいいですか?」
「いいぞー」
紫藤先輩の返事を聞いてから、僕は先輩の部屋へ入っていった。
「お邪魔します」
トートバッグにボディバッグも放り込んで、入り口近くの床に置く。
「おー、やっと来たか。昨日ぶりだな、白崎」
先輩は黒のセットアップって言ったっけ。それを着て、僕を見るなり笑いかけてくれる。
あれ? 思ってたよりも普通に話してる。先輩が意識してないように見えるから、僕もつられてそうなっちゃうのかな。
(それって、いいような寂しいような…)
複雑な気持ちを抱えながら、チラッと先輩の口元を一瞬だけ盗み見る。
キスの後の先輩が告げたように、ずっと先輩のことばかりで一日が終わったんだったことを思い出す。
「こんにちは」
「急に悪かったな、誘って」
とかなんとか言われたけど、こんなご褒美みたいな時間をもらえるなら急だろうが何だろうが感謝しかないんだけど。
「大丈夫です」
とだけ返してから、飲み物を取りに行こうとした僕。
「俺も行く」
その後ろから先輩がついてきて、紫藤先輩と黒木先輩と僕という三人でリビングの方へと歩き出した。
冷蔵庫に入っていた炭酸飲料と、食器棚からグラスをひとつ。
普段あまり炭酸を飲まないけれど、勉強会のはずなのに手にしているものは勉強する気がないでしょ? とか親に言われかねないものばかり。
僕が買ってきたお菓子も配置したら、尚更勉強会の空気が薄れた。
「はーい。後輩ちゃんも来たことだし、休憩しようよ」
「…だな。一旦休憩ぃーー」
「へぇーい」
「なんか…眠い」
「おい、寝るな。勉強会始まってから大した経ってねぇだろ」
「最近眠いんだよな。成長期かな、俺」
「今以上にデカくなったら、友達やめるぞ」
「…マジか」
「マジだ」
(本当に勉強会って感じがしないな)
くすくす笑いながら、炭酸飲料に口をつける。
「……っくっく…ん。プハッ。たまに飲むと美味しいですね、炭酸」
「だろ?」
そして、僕が買ってきたブラウニーを出して、みんなで二個ずつ食べる。
「なんか勉強すんの、バカくさくなってきた」
「は? 何のために集まってんだよ、お前」
「えー……っと、誰かさんの赤点回避のためと、後輩ちゃんにプレゼントをあげるため…だっけ? さくちゃん」
急に自分のことが話題に出されて、「…は」と僕は目を見開く。
「プレゼント?」
ドキドキしながら、先輩の様子をうかがう僕。
先輩はそんな僕から目をそらして、短く息を吐いた。
(…え? どういう反応? これ)
反応に困っていると、先輩の隣に腰かけていたバンドに出ていなかった先輩が肘で黒木先輩の脇腹を小突く。
「プレゼントって言い方すると、ハードル上がるだろうが」
みけんにシワを寄せて、先輩が一瞬だけ僕を見る。
チラッと見てから、また短く息を吐き、なぜかベッドの下にある空きスペースに腕を突っ込んだ。
「?????」
不思議そうに先輩を見ている僕の目の前に、乱暴に置かれた紙の束。
「…………これ」
紙を一枚一枚手にして、僕は先輩たちの顔を流し見る。
「なんでプレゼントだなんて言い方にするかな」
どこか恥ずかしそうに頬を赤く染め、「大したもんじゃねぇよ」と小声で呟く先輩。
「俺たちから、学校祭で頑張ってた後輩ちゃんに。…俺たちの前の代の先輩からもらい受けたのも含めて、過去問をプレゼント」
テーブルの上にごっそりと置かれた過去問の一番上には、見慣れた黒木先輩の文字が書かれていた。
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