黒木くんと白崎くん

ハル*

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甘い失敗 1

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~白崎side~


今日も先輩に会いにケガをする。

ん? 違うか。先輩に会いたいがために、ケガをする…か。

きっともうそろそろ先輩にバレている気はするけど、それでも口実を作れないと会いに行けない。

またちょっとした切り傷でもと思っていたのに、結果的に本当にケガをしてしまった。

本の返却をチェックをして、本棚に戻していく作業をしていた。今日の当番の先輩と。

二年生の先輩は女の子だし、どうみても僕の方が身長が高い。…ので、高い場所の棚を担当していたはずなんだけどね。

「ほんと…ごめんね? なんだか、白崎くんにばかり高い場所を担当させるの悪いなぁって思っちゃって」

「いいですよ、気にしないでください。とりあえず、保健室に行ってきてもいいでしょうか? 閉館まで残り時間、お一人で大丈夫ですか?」

「いい! 大丈夫! なんなら、閉館前に友達が迎えに来るから手伝わせちゃうし」

「…ふ。いいんですか? お友達、巻き込んでも」

「大丈夫! 幼なじみで、あたしのドジぶりはよく知っているから、しょっちゅう巻き込んでいるようなものだから。言えば、また? って言いながらも、手伝ってくれる友達だから」

そこまで聞いてから、「それじゃ」と出ていこうとすると、「ついでに鞄持って行っちゃいなよ。早めに治療終わったら、そのまま帰っていいから」と鞄を手渡された。

「じゃ、お言葉に甘えますね」

「うん! 本当にごめんね」

「それじゃ」

――なんて言いながら図書室を出たのが5分ほど前。

「どういうことですか、これは」

棚の上から降ってきた本が二年の先輩に落下しかけて咄嗟に体でかばって、頭には当たらなかったもののかばったときの手に本が当たった。

「いや…大したことはないんだって。バスケでボールが指先に…さ。で、切れて」

僕が詰め寄ると、先輩が一歩一歩下がりながら言い訳のように説明をしていく。

「バスケボールって、鋭利な刃物かなんかなんですか? どうして指先が切れるんですか」

「俺にもどうして切れたのかわかんないんだって。ってか、そこまでの出血じゃなかった。なんなら傷口見るか?」

そう言いながら、先輩が絆創膏が貼られた指を突き出してくる。

「……そこまでしなくてもいいですよ。見た感じ、確かにとっくに血は止まっているんでしょう?」

はあ…とわざとらしくため息をつき、鞄を二人掛けのソファーに放る。

「そんなに困らせたかったわけじゃないんですよ。先輩がケガしているのが珍しいから、心配でつい…それが顔に出てしまっただけなので、そこまで怖がらないでください」

一体どんな顔をしていたのか、怒ってないよと伝えた時の先輩のホッとした表情が極端すぎた。

「いつも僕に言っているように、先輩も気をつけてくださいね」

笑ってそう締めくくれば、「ん!」といつもの笑顔に戻った先輩に、僕も安堵する。

「ま、それはそれとして、お前こそ…どうした? その手首」

「あー…はは」

なんて、笑ってごまかしている僕のターンが来てしまった。

学校の保健室が出来る処置は、思いのほか限られてて。

いわゆる医療行為にあたることは出来ない。投薬なんかもそれにあたるけど、湿布とかもそれに該当するとかで、その処置が必要なら病院に行ってくださいって話らしい。

薬だって、本人があらかじめ持ってきているものだったら、若干の協力をしたりしなかったり。

医療従事者じゃなく、教員扱いだから…というのがその理由でもあるよう。

学校によっては元看護士だのなんだのって配置しているところも聞いたことがあるけれど、よほどな学校=私立とかじゃなきゃそんな括りには含まれないらしい。

なので、保健室に行ってきますというのも、正解のようで不正解なのかもしれない。

熱でもあれば、検温したりは出来るけどね。僕の現状には、保健室でどうこう…は適してないんだと思ってた。

それでも、だよ。先輩に会える理由が出来た。紙で指を切ったって程度じゃない、ちゃんとした原因があるケガ。

それはいいとして利き手じゃないけど、手をケガするのはあまり喜ばしくないことだけはわかる。

「返却本を整理してて、本が落ちてきました」

誰かをかばったとか、細かいとこは以下略とでもいわんばかりに省く。

わざわざ状況を説明すれば、人をかばって偉いでしょ? とかすごいでしょ? とか言ってほしいみたいで…浅ましい気がした。

そこまでして褒められたくはない。

「どうしてそうなった…と、今度は俺が言いたい」

「言われると思いました」

そこまで話をしてから、先輩が僕の手をチラッと見て頭を掻く。

「中学ん時に同じように保健委員会にいたお前ならわかっているだろうけど、この場所でやれることは限られていてな?」

そう呟きながら、僕の手をそっと下から持ち上げるようにして間近で状態を見る。

「動かすと痛むのか?」

「多少?」

と返せば、「なんで疑問形なんだよ」と眉間にしわを寄せつつ手を離してくれた。

「俺、個人的に湿布持ってきてるけど、安易に貼れないしな。…学校横に整形外科あるだろ。なんなら付き合うぞ」

「え? ほんとですか?」

思わず嬉しさが前面に出てしまい、飛びつくように先輩との距離を詰めてしまった。

「…ケガ人のくせに、元気だな」

「ケガしているのは手なんで」

なんて笑顔で返すと「屁理屈が」と低い声で返される。

「怒ってます? 先輩」

思ったよりも冷えた声だったので、嫌われたかとドキドキしながら聞いてみれば、先輩は首を振る。

「心配してるだけだ」

そういい、先輩が氷嚢を作って冷やせと言ってから、保健室を出ていった。

ややしばらくして保健医の先生と一緒に戻ってきて、氷嚢を先生に渡して一緒に保健室を出た。

わざとじゃないけど、まさかの展開だ。

「保険証、あるんだろうな」

「もちろんですよ」

「一応親の方に連絡つけとけ」

「あ、はい」

右手じゃなくて、本当によかった。スマホを操作して、メールを送れば、仕事がもうすぐ終わるから病院に迎えに来ると返信があった。

先輩に状況を説明して、一緒に校門を出た。

校門に行くまで、先輩の友達だと思わしき数名に声をかけられたり、やけに見てくる人がいたりした。

なんだろうと思いつつも、先輩の評価を落としたくないしなと笑っておく。

合間には、同じ学年らしき女子から声をかけられたり、後輩女子っぽいのがくっついて来ようとしたり。

(思った通り、先輩ってモテるんじゃ)

女子と並んだ先輩を視界におさめて、その度にチリッと焦れて、視線をそらした。何度も何度も。

そっぽを向く僕を気にかけた先輩が声をかけてきたけど、曖昧に笑うだけしか出来なかった。

先輩に自分を恋愛対象に見てほしいと思いつつも、やっぱり女子の方が似合うのかなといろんな言葉や感情を飲み込む。

(不毛なのかもだけど、考えずにはいられない)

切なさを胸の奥に押し込んで、先輩と隣にある整形外科へと入っていった。

軽い打撲だと診断を受けて、湿布を多めにもらっていく。母親は支払い前には迎えに来て、そのまま先輩と別れる。

「無理すんなよ? 困ったことあったら、メールよこせ。学校でもいつでも頼って来いよ?」

車に乗りこんだ僕に、先輩が早口でまくしたてる。

最後には、こうやって目いっぱい心配してくれる先輩の姿を見て、ホッとするんだけど。

「わかりました。今日はありがとうございました。また明日」

そういって手を小さく振って、窓から顔を少し出して先輩が小さくなっていくのを眺める。

僕よりも背が低い先輩だけど、そんなもん関係なく大きく感じてしまえる。

だから甘えたいし、頼っちゃいたい。年上だから、とかじゃなく。

心が満たされた気持ちだった僕に、翌日にもっと満たされることが起きる。

すこし遅刻気味で玄関で靴を履き替えていた僕を、先輩が小さな包みを持って待っていて。

「おはよ」

「あ、おはよう…ございます? って、どうかしたんですか?」

驚く僕に、握るように持っていた包みを押しつけてくる。

「なんですか? これ。僕の誕生日はまだ先ですけど?」

なんて、へらっと笑いながらそう言えば、その包みを奪い取って乱暴に開けてしまう。

「僕へのプレゼントじゃないんですか?!」

と慌ててそれを奪い返そうとしたら、先輩が中身を取り出して指先でつまんで掲げてきた。

「……それ」

先輩が持っていたのは、リストバンド。

「やるよ。時間なかったから、俺が昔使ってたやつだけど」

黒いベースの色に、白くて細いラインが入ったもの。

「いいん…ですか?」

「やる。新品買ってこようと思ったんだけど、思いついた時にはもう店が閉まっててな」

受け取って、あの日のようにまた胸に抱えるようにして。

「これがいい…です、先輩。…………うれしい」

朝のホームルームの時間が迫っているのに、このままここで先輩と話していたくなってしまう。

「ま、湿布隠しにもなるしよ。…使え」

「ありがとうございます! 最終確認ですけど、返せって言っても返しませんが、本当にもらっていいんですね?」

「なんだ、そのおかしな最終確認は。…ははっ」

先輩の笑顔が眩しすぎる。

破顔一笑…みたいな感じで僕を見ている先輩に、僕も笑顔を返す。

校内に響きだす予鈴に、揃って階段を上がって行く。

先輩は二階に、僕は三階に。

「じゃあな」

「はい。ありがとうございました」

階段を上がって行く足も、心なしかすこし浮かれて勢いよく。

あの日もらった第二ボタンの他に、先輩からの贈り物が増えた。手のケガは喜ばしくないけど、今回だけは喜ばしすぎる! どこかの神様に感謝だ!

(いや。あの二年生の先輩に感謝だ!)

僕と先輩の名前に入っている色で作られたリストバンド。

偶然過ぎる色合いに頬をゆるめそうになりながら、教室へと急いだ。



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