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「それでも、アイシテル」 1 #ルート:S ※
しおりを挟む※浄化に際し、残酷な描写がありますので、ご注意ください。
*****
~ジークムント視点~
ひなが、低い声で告げた言葉。
『「聖女を誰より愛するモノを贄に、不浄の闇なる想いを彼方へ。捧げられし贄は、聖女と悠久の浄化の旅へと誘われよ。――祝福、あれ」』
長いその言葉が終わった次の瞬間、俺の体に激痛が走った。
「う…あぁああああっっ」
耐えきれずに叫ぶ俺に、遠く高い場所から声がした。
「なんでだよ! 陽向!」
カルの声だってことはわかるのに、痛みに耐えられずに飛びそうな意識をなんとかつなぐ。
「陽向ぁっっ!!!!」
カルの声は遠いままなのに、どうして? と俺も言いたいよ。
「ジーク……。あたしの選ばれし相手は、あなたね」
大人びたひなが音もなく俺の元へと移動したかと思えば、俺の肩にもたれかかるように身を寄せた。
「ど…してだよ! 陽向! 俺が! 俺が一番、陽向のことを愛してるのに! どうして選ばれてないんだよ!」
叫びと泣き声が混じったようなその声に、俺は悪態をつく。
「バァ…カ。ひなは…俺だけ……の、なんだっての」
最期の最後に選ばれたのか、俺は。ひなを一番愛している男として。
痛みの中、さっきの言葉を反芻する。
よくわかんないけど、ようするにひなを一番愛している人間を生け贄にして、浄化が完了するってことだよな。それと、ひなと一緒に浄化の旅に出る。
(やっぱ、ひなを生かすことは出来なかったのか)
諦めたくなかった。
触れるぬくもりごと、一緒に生きること。聖女だからとかじゃなく、ひなだから一緒に未来を見たかった。
「…ひな」
痛みに歯を食いしばりつつ、肩にもたれかかっているひなに話しかける。
「ずっと…一緒に行くから。心だけになっても、一緒だよ」
このまま死んで、浄化が完成するのなら仕方がない。
王位継承権第一位っていっても、アレクがいたらきっとこれからも国は護られるはずだ。
弟であって、俺が一番頼りにしてきた。
きっと大丈夫と、その意識をなくしかけた俺に。
「そのまま聞いて」
囁く声がする。
肩に乗っているひなの顔は、ずっと向きを変えずにそこにあるのに。
「ナーヴの指示に従って、あたしを刺して。ひなを……取り戻したければ」
なんて囁くんだ。まるで悪魔の囁きみたいじゃないか。
痛みとはまた別に体中が心臓になったような強い鼓動が、俺を刺激する。
「ナーヴ、聞こえてるんでしょ?」
普段聞いてきたひなの声とはすこし違う大人の声に、大人びた話し方。
『呼び捨てしていいなんて言ってないんだけどな、俺』
という声が俺の方にも聞こえてから、『転送』の声が続いた。
「ジーク。痛いだろうけど、男でしょ? もうちょっと我慢して。最後にいいとこ、見せてよ」
上空では泣き続けるカルの姿があるのに、そっちなどおかまいなしなひなの頭が俺の肩にある。
冷や汗が流れてきても、体が引き裂かれそうな痛みが襲ってきてても。
「……ひな、みててね」
隣の彼女じゃなく、俺が好きになったあの子へと向けて言葉を吐く。
目の前に光の魔方陣が現れて、魔方陣の中心に見慣れたものが刺さっていることに気づいた。
魔方陣へと手を伸ばした俺と距離を取るように、大人なひなが立ち上がって一歩下がる。
背中からは漆黒の羽根を生やしたままで。
俺たちの方へと教会の連中が近づこうとしたのを、アレクが威圧だけで遠ざける。
さすが、俺の弟だ。
魔方陣から剣を抜き、構える。
さっき言われたことは、ひなを刺せということだけ。ひなを取り戻すために。
剣を構えて、すこしだけひなの面影が残っている彼女に向き合う。
「…………」
「……刺さないの?」
刺されるのは自分だというのに、気にもしていないように刺さないのかという。
カンタンなことじゃない。
ひなの姿をしている誰かを刺すなんて。
それに、たとえひなだからってその言葉を鵜呑みにしていいのか?
俺が願うように、俺が好きになったひなが戻ってくる保障はどこにある?
自分の中の痛みと、突きつけられた現実と、自分が欲しているものと。
俺はそこまで単純に出来ていない。ひなであってひなじゃない存在。
どうする? どうするのが正解だ? あぁ、まただ。コレだから俺はダメなんだ。アレクみたいな決断力がないんだよ。ここぞという時に、揺らいでしまうんだ。
(ひなのことを好きになるのには、何のためらいもなかったのに)
俺の中の唯一の女の子。
他の誰でもない存在。
好きで好きで好きで…愛おしくて。
キス以外、何の手出しも出来ない歯痒さも、ひな相手なら待てると思えてしまったんだ。
剣を構えて、ジリ…ジリ……とひなに近づいていくのに、決意は離れていきそうになる。
「早くしなさい! 今のままじゃ、ひなを放せなくなる」
年上のように、俺を叱咤して、天使みたいに微笑んで両手を広げて、その瞬間を待ってる。
瘴気まみれで真っ黒で、大人なひなだけど、ひなを解放しようとしてるその言葉に乗るしかない。
「ひな……。もしも失敗だったら、あの世で償い続けるから、俺のそばで罵り続けてね」
俺の思いのたけをのせた言葉に、「…案外ドMなのかしら」と意味不明なことを言われたままで。
光魔法が纏われた剣を、ひなの心臓めがけてまっすぐ突き刺した。
ひなの体に刺さるギリギリのところで、もう一つの魔方陣が展開される。
低くブゥ…ンと振動音をさせて、剣が突き刺さった瞬間に魔方陣ごとひなの体の中へ。
「あ……あぁ…っ」
真っ黒なひなが、体をふるりと震わせてカルの方へと視線を向けた。
「カル」とかすかな声がしたと同時に、どさりと足元で音がして。
「…え」
地面にもう一人のひなが、元の姿で横たわっていて、その姿はまるで死んでいるように静かすぎるほど。
ごくりと息を飲むと、俺の肩にポンと手のぬくもりが触れて「おつかれさま」と声がした。
その胸にあったはずの剣は、低い音をたてながら消えてなくなる。なにもなかったように。
続けて聞こえた声が、最後の呪文を唱える。
『不浄を滅し、浄化の旅へ。真なる聖女の祈りを彼方へとつなげ』
そう呟き、真っ黒な羽根を銀色に変えて、カルの元へと急上昇した。
カルの元へとたどり着くまでの間に、髪の色もドレスの色もが、黒が抜け落ちたような銀に近い色合いに変化していく。
「カルナーク…、迎えに来たの」
声をかけられたカルは、泣き腫らした目でひなを見てまた泣き出す。
「もう…泣かないで? それよりも、カルナーク。あたしと一緒に…行ってくれるよね?」
今さっき呟かれた呪文の意味はわからないけれど先の呪文が有効なら、行こうと誘っているのは永遠に終わらない旅だ。
カルは、眼下の俺たちを一度だけ見下ろしてから「もちろん」といい、ひなの手を取った。
「アレックス」
ひながカルの手を取ったまま、アレクを呼ぶ。
「……行くのか、陽向」
眉間にしわを寄せたまま、天を仰ぐアレク。
「行くわ。このまま、浄化をし続ける終わらない旅をして、甘えん坊の相手でもすることにするわ」
クスリと笑って、カルの頬にキスをする。
カルが体をビクンと硬くさせて、真っ赤になってどこか嬉しそうに笑う。
(それは、ひなであってひなじゃないのに。本当にいいのか? それで)
そう思うけれど、カルに譲ってやるつもりもないし、義理もない。
「これでもう、聖女に丸投げしつづける理由はなくなったわ。あとは…そうね……呑気に面白おかしく楽しく、心を痛めることのない暮らしをしなさいな。あれもこれも我慢するから、こういうことになっちゃうのよ。たとえ、我慢をしなきゃいけなくなっても、一人で抱えないことね」
そう呟くひなの顔は、どこか寂しそうに見えて。
「その子も、上手く生きられなかった子だから、たくさん…愛してあげてね」
自分のことなのに、どこか他人事のように話してから、カルに「行きましょう」と告げた。
「もう…会えないわ。二度と。この子に言うことはあるの?」
と、カルのことを指すけど、俺は首を振って否定する。
シファルが「カルナーク」とシファルにしては大きな声で名前を呼んで。
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って、会えるかもわからないのに、約束をする。
二人の間をつなぐものがなんなのかはハッキリわからないけど、シファルにとっては本当は失いたくない人だったんだと知る。
「……ん。会えたらな、シファル」
と、ひらりと手を振って二人が身を寄せたのが見えた。
「ナーヴ、いるんでしょ?」
ひながナーヴを呼んで、ナーヴが二人の前にふわりと浮いて姿を現わした。
「……出来るでしょ? ナーヴなら」
何か頼んであったのか、主語がない会話をし。
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「……上出来」
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「あとは、まかせてね」
と、何度か教わっていた淑女の礼をするように、ドレスの裾を指先でつまんで頭を垂れた。
カルもそれに合わせたかのように、胸に手をあてて会釈をする。
光の中へと消えていく二人を追うように、切れ目が閉ざされていく。
音もなく消えたその後にあったのは、ただの青空で。
「むにゅ…ん」
なんて、いつものように眠りからさめるような謎の声をあげて、ひながモゾりと動いた。
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